二年生の夏 ~美しい月 後編~

花見坂駅につき、改札の前で立ち止まる。


「あっ、そう言えば俺今日バイクだったんだ。」

「えっ!バイクで来たの!?」

「う、うん…。和樹と二人で…。内緒ね?」

「もちろん内緒にするけど、よくそんな事するね…。バレたら停学だよ?」

「バレなきゃ良いよ!駅の駐輪所に停めてるんだよね。」

「んじゃあ、今日は電車じゃないの?」

「うん。そうなるね。」

「そっかぁ…。一人で帰るのか…。」


美月と二人で帰る絶好のチャンスだったというのに、失敗をしてしまった。こんなことなら真面目に電車で来るんだったと思うがそんなの後の祭りだ。

改札まで向かい、美月に挨拶をする。


「じゃあ、俺単車だから。ここまででごめんね。」

「うん…。またね。」

「またねっ!今日はありがとう!」


 そう言って手を降り改札へ向かう美月を見送ると、突然改札の手前で美月がピタリと立ち止まった。

と、同時にくるりと方向転換し、こちらにスタスタと向かってくる。


「ど、どうした?」

「あのさ…陽太くん。」

「何?」

「私もバイクで帰りたい。」

「は?どういう事?」

「私もバイクで帰りたいから、送ってってほしい。」

「え~!まじで言ってる?」

「うん。マジだよ。」

「だって、まずスカートだし…。」

「さっきのハーパンある。」

「制服だし…。」

「バレないと思う…。」

「なにより、まずくない?バレたらやばいぞ!」

「ヘルメットかぶってれば誰か分からないでしょ!和樹くんのヘルメットあるでしょ?」

「ま、まぁ…。でも本当に良いの?」

「全然良いよ!バイクに乗りたいし!」

「ん、んじゃあ…。行く?」

「うんっ!」


そう言って気乗りしないが駐輪所へ向かう。

和樹が被っていたヘルメットはあるが、当然美月には少し大きい。フルフェイスをしっかりと被せ、顎のベルトをぎっちりと締める。


「苦しくない?」

「ん…大丈夫。」


思ってみれば、今シールドに覆われているが、凄く近い場所にお互いの顔があるんだと思うと、妙に緊張したが、まずは安全第一だ。しっかりとベルトを締め、バイクを駐輪所から出す。

少し周りを見回して、先生や同じ学校の人間がいないのを確認し、バイクに跨る。続いて美月も後ろに跨り、バイクを走らせた。


 夏の日差しと熱気が体に直接まとわりつくが、同時にバイクを走らせて感じる風の心地良さに、美月は楽しんでいた。

明らかに前にバイクに乗った時よりもリラックスし、緊張していない様子で、周りをきょろきょろと見まわしながら乗っている。

信号待ちで、美月がシールドを開けて話しかけてきた。


「陽太くん!バイクやっぱり気持ちいいね!」

「だろ!てか、俺の背中汗臭くない?大丈夫?」

「全然気にしないよ!むしろ良いにおい!」

「え?良いにおいって、バイクのガソリンが?」

「違うよ!」

「あ、んじゃあタイヤの焦げるにおい?」

「違くて!」

「外のにおいか!風もろに浴びるからね!」

「違くて陽太くんの背中だよ!」

「あっ、そういうこと?ごめん!」


意味の無い確認をしながら、星見までの道をバイクで走る。

まだ日の昇っている夕方の町を駆け抜け、空を見ると大きな入道雲が見えた。

と思うと、ポツリポツリと雨が降り始める。

いわゆる夕立だ。


空は瞬く間に暗くなり、最初はポツリポツリと降ってきた雨だったが、次第に強くなり始め、少しずつ体を濡らしていく。

星見の公園まではあと少しだ。


「美月!大丈夫!?」

「うん!大丈夫だよあんまり濡れてない!」

「この前の公園で良い?」

「うん、それでも良いけど、陽太くん濡れてるでしょ?タオル貸すから、家まででも良い?」

「分かった!教えて!」


本来ならば喜ぶところなのかもしれないが、単純に雨が降り始めている状況で喜ぶわけにも行かない。

美月に誘導してもらいながら、美月の家へ向かった。


「あそこ!あそこが私の家!」


星見の住宅街の中にある、かなり立派な2階建ての家だ。黒い屋根に茶色い外壁。バルコニーもあり、庭も良く整備され、花壇には花が沢山咲いている。

ひとまず家の前に到着し、美月をおろした。


「大丈夫?濡れてない?寒くない?」

「平気!そんなに濡れてないよ!てか、陽太くんの方が凄いじゃん!」


気にしていなかったが、見ると正面から雨を受けていたせいか、制服の前半分が見事にびっしょりと濡れている。


「俺は大丈夫だよ!バイクだと乾くし!」

「駄目だよ!風邪ひくよ?少し雨落ち着くまで、ここで待ってたら?」

「いや、さすがに悪いよ!」


そう言うと、玄関が開き中から女性が出てきた。


「おかえりなさい。あら…。こんにちわ!」

「あ…。」

「ママ!ただいま!」

「おかえり。美月のお友達?」

「う、うん!そう!」

「ど、どうも…。」


 中から出てきた女性は美月のお母さんだった。

スラリとしたスタイルで髪を後ろで丸めて留めている。美月に似て目がパッチリとして、正直相当な美人のお母さんだった。それもあって、緊張が止まらない。

と言うよりも、バイクで帰ってきた事を怒られたらどうしようかと緊張していた。


「どうしたの?こんなに雨に濡れて!」

「いや…あの…。バイクで帰ってきまして…。」

「そ、そうなの!帰ってる途中で雨が降ってきて、走ってたら偶然陽太くんがバイクで通って!乗せてくれたの!」

「あら…そうだったの?わざわざありがとうございます。」

「い、いえいえ!そんなこと無いんです!むしろ、乗せれて良かったですよ!夏風邪は長引きますからね!」

「そうね。ところであなた、陽太くんていうの?」

「はい、齋藤 陽太と言います。」

「ふーん。そうなんだ!あなたが陽太くんね。美月の母です。いつも美月から話は聞いてるわ。」

「えっ…そうなんですか?」

「そんなこといいから!ママ、陽太くん風邪引くからタオル貸して?それと、少しだけ雨宿りしてもらっても良い?」

「もちろん!陽太くん中に入って。」

「いや、でも夕方ですし、もう遅くなるので。」

「いいから!大丈夫だよ!少し入ってて!」

「んじゃあ…おじゃまします。」


 ヘルメットを外し、玄関に入り靴を脱ぐ。

まさかこんな展開になるとは到底想像していなかった。

ガラスを割った罰でプール掃除をして、美月が手伝ってくれてその後まさかの美月の家…。

何が何だかわからないが、とんでもない緊張をしている。他人の家ということに上乗せして、美月の家だ…。汗か雨かわからないものが頭から垂れてくる。


家に入ると美月が先に中に入り、タオルを持ってきた。


「これで拭いて!」

「ありがとう…。」


タオルは確実に自分の家のタオルとは違うにおいがして、美月のシャンプーの様な、制服から香る様な…。そんな匂いがして、より一層緊張した。

そのまま廊下を進み、リビングのドアを開ける。

中には大きなテレビとソファー。そして沢山の絵画が壁に掛けてあり、そのどれもが風景画であまりの美しさに言葉が出ない程だった。


「うわ…これ凄いね…。しかも、これって全部桜見の絵?」

「そうだよ!私が書いたのもあるけど、ママが書いたのもあるんだ!」

「お母さんも絵上手いんだね…。」

「うん!実はママは元プロの絵描きさんだったんだよ!今はもちろん書いてないけどね!」

「そうなんだ…。通りで上手いわけだね。」


そう言いソファーに座る。絵を1つ1つ眺めては美月が説明をしてくれる。

すると、足元にミニチュアダックスフントが寄って来た。


「あっ!クッキー!ただいまっ!」

「可愛いね!この子クッキーっていうの?」

「そう!女の子だよ!陽太くんも犬飼ってるんだよね?」

「そうそう。まつりっていうんだ。柴犬だから完全に真逆だね。」

「アハハ!そうだね!」


そんな会話をしていると、美月のお母さんが着替えを持ってきた。


「これ着て!主人のだから少し大きいかもしれないけど、帰るまで洋服乾かしておくから。」

「いや、そんないいんです!」

「風邪引いちゃうよ?折角だから!」

「美月も着替えてきなさい。あなたこそ風邪引きます!」

「はーい。陽太くん着替えててね!」


そういって美月は鞄を持ち、2階へあがって行った。


「すみませんなんか…。」

「気にしないで頂戴!美月のお友達なんだもの。いつも仲良くしてくれて嬉しいです。ひ・な・たくん!」


そう言い、美月のお父さんの洋服を渡される。お母さんはキッチンへ向かいお茶を入れてくれているようだ。

服を着替えていると、上の階から勢いよく階段を下りてくる音が聞こえた!


「お母さん!お姉ちゃんの彼氏きたの!?」

「か、彼氏!?」

「あら、海星(かいせい)。起きたの?」

「彼氏どこ!?」


そうすると美月がリビングへ入って来る。


「こら!海星!彼氏じゃないってば!友達!」

「なんだよ、友達か~。でも男じゃん!」

「男の人だからって彼氏とは限らないの!」

「は、はじめまして…。」

「こんにちわ!陽太くんでしょ!知ってるよ!お姉ちゃんの彼氏!」

「ち、違うよ!」


そう言うと、バタバタとキッチンへ行き自分の麦茶を入れ始めた。


「ごめんね陽太くん。あれ、私の弟の海星。まだ小2だから子どもで…。」

「そうなんだ!可愛いね!彼氏だと思ったんだ…。」

「うん…。お兄ちゃんが欲しいみたいなの。一緒に遊ぶのに私じゃつまらないみたいでね。」

「なるほどね…。よろしくね!海星くん!」

「海星で良いよ!陽太くんはゲームとか好き?」

「結構やるよ?何か持ってるの?」

「んじゃあ、これやろうよ!」


そう言うとテレビに配線を繋ぎ、ゲームをし始めようとする。


「海星、夕飯までだからね!」

「分かってるよ…。別にお姉ちゃんの彼氏とろうとしてるわけじゃないから!」

「だから、彼氏じゃないの!」

「まぁまぁ、俺もゲーム好きだし、一緒にやろうよ!その代わり、手加減しないからね!」


そう言いラグが敷いてある床に座り、海星と一緒にコントローラーを握る。ソファーに座る美月とクッキーが見つめる中ゲームをした。

美月は普段とは違ういかにもリラックスした部屋着だ。

こんな美月を見る事が出来るのも、同じ学校で俺と優里以外他にはいない…。

そう思うと優越感が押し寄せてくる。本当はせっかくだからもっと美月と話したい事は沢山あるが、緊張が勝ってしまい今日は無理そうだ。

ゲームが出来て、海星がいてくれて良かったと思う。


海星は小2なのにゲームがそこそこ強く、大それたことをいってみたものの、こちらも本気にならずには勝てそうもなく、気づけばゲームに夢中になっていた。

キッチンから良い香りが立ち込めてくる。

(いつか美月にも手料理作ってほしいな…)

そんな妄想すら膨らんでいた。


ふと外を見ると、キレイな夕焼け空が見え、雨が止み美しい空が姿を現していた。雨が降った事で、空気中の塵も全て落ち、より一層美しい空だ。


気づけば時間が経ち、時計を見ると18時過ぎ。

随分長居してしまった。


「あ、俺そろそろ帰ります!気づいたらこんな時間だった!すみません、長居してしまって!」

「あら、全然良いのよ?気にしないで。」

「そうだよ!制服乾いたかな?」

「もう大丈夫だと思うわ。」

「えー陽太兄ちゃん帰っちゃうの?」

「ごめんな!またゲームやろう!」


そう言い、立ちあがるとお母さんが口を開いた。


「今日は美月を送ってくれてありがとうね。お礼に夕飯食べていかない?」

「そうだよ!陽太兄ちゃん一緒に食べようよ!」

「いやいや!さすがにそれは遠慮させていただきます!申し訳ないです!」

「そうだよ!ママも海星も、陽太くん気使っちゃうよ!」

「あら、そう?優里ちゃんはいつも食べてくのに。」

「あれは別!食べていくんじゃなくて食べにくるの!」

「なんだよ、彼氏なんだからご飯位いいじゃんか…。」

「彼氏じゃないの!」


そこまで否定されると少し傷つくな…。

そう思いながら、帰り仕度を整えると車のライトが家を照らす。誰かが車を停めて降りたようだ。玄関の扉が開く音が聞こえ、廊下を歩き、リビングの扉が開く。


「ただいま。誰か来てんのか?」

「あ、お帰りお父さん!」

「おかえりなさい。」


お、お、お父さん!!!?

まぁそりゃあそうだ。もう夕食時だ。お父さんが帰って来るのも無理は無い。だが、この状況…。どうしたら良いものか。緊張感が一気に襲ってくる。


「表にあったバイク。どうした?」

「あ、パパおかえりなさい!今日ね、友達が来てて。」

「あのね、美月の学校のお友達が来てて、夕方雨降ったでしょ?その時に偶然バイクで通って乗せてきてくれたんですって。陽太くんよ。」

「夕方の雨…。ああ、電車が何本か運休になったよ。なかなか雨が強かったもんな。」


そう言うと、こちらを振り向き目が合う。

スラリとした長身で美月に似た顔立ちをしたかなりカッコいいお父さんだ。


「は、はじめまして。齋藤 陽太と言います!お邪魔させていただいています!」

「ああ、陽太くんか。こんばんわ。今日はわざわざ美月を送ってくれてありがとうね。」

「いえ、でもバイクだったので、大丈夫か心配だったんですが、ヘルメットも2つあったので…。」

「制服でバイクに乗ってたのか?」

「え、ええ。」

「たしか桜高はバイク禁止じゃなかったか?」

「ま、まぁ…。そうです。」

「そんなことはいいじゃんパパ!」

「まぁそうだな…とにかくありがとう。」


凄い緊張感と威圧感を感じた。これが、好きな人のお父さんというものか…。

とてつもなく緊張するが、それよりも嘘をついているという罪悪感の方が強かった。

本当は途中で拾ったのではなく、花見坂駅からバイクに乗ってきたのに…。


「とにかく、せっかくだから夕飯食べていって?」

「だから、ママ遠慮しちゃうって!」

「今日はハンバーグよ?食べてほしいじゃない!」

「やった!お母さんのハンバーグだ!陽太兄ちゃんラッキーだね!」

「ハンバーグか…。だったら食べたほうが良いかも…。」


先程までこちら側だった美月も突然お母さん寄りになった…。それほどまでに凄いハンバーグなのか…。気になる。


「お父さん!ハンバーグだよ今日!」

「何!ハンバーグか!楽しみだな!」


海星が駆け寄りながら声を上げる。

お父さんまで…。どうなっているんだ。


「陽太くん!もし良かったらで良いんだけど…食べていく?ママのハンバーグ美味しいから。」

「え…でも…。」


そう言うと、お父さんが俺の肩を叩きながら口を開いた。


「せっかくだから食べていきなさい。」


こうなったら食べるしかない。頂くとしよう。


「じゃあ…お言葉に甘えて…。」

「ほんと?じゃあ座ってて?私も準備するから!」


そう言うと、美月にダイニングテーブルに案内される。椅子に座り、キッチンで食事の用意をする美月を見つめていると、胸が高鳴った。

(美月と結婚できたらこんな生活なのかな…。)

そんな妄想をしながら隣で海星がずっと話しかけてくる。

返答をしながらも意識は美月に向かっていた。

お父さんが部屋着に着替え、席に着く。

少しすると美月がお母さんのハンバーグを持ってきてくれた。


「はいっ!お待たせ!食べてみて美味しいから!」

「ありがとう!じゃあ、すみません頂きます!」


一口食べた…。

あまりにも美味しいハンバーグに絶句した。


「う、美味いです!なんですかこれやばいですね!」

「そうでしょ!凄く美味しいでしょ!私も海星もパパも皆大好きなの!」

「いや、これは本当食べて良かった!」

「うふふ!ありがとう!沢山食べて!」

「さすが男の子だな。良い食べっぷりだ。お父さんも若い時は食べれたのになぁ…。」


美月の家族の会話に交じりながら、本当に暖かい家庭で、こんな家に育ったら美月の様に優しく、暖かい子になるのも理解が出来た。

そして、いつか家族を持ったらこんな家庭にしたいな。そう思う事が出来た。


食事を終え洗い物位はしようと声をかけるが、美月がそれを止めた。


「今日は陽太くんはお客さんなんだから!いいから!それに洗いものは私の仕事なの!」

「でも、ご飯頂いたから、それくらいはするよ。」

「大丈夫。少し休んでて。美月と私でやるから。それにいっぱい食べてくれたから少し休まないとね!」

「じゃあ、お言葉に甘えます…。」

「じゃあさ、ゲームしよう!」

「海星、お前は風呂入りなさい。」


海星は嫌々だろうが風呂に行き、俺はソファーに腰をかけ窓の外の空を見上げていた。

あまりにも美しい星見の空を家の中から見えるなんて、とても貴重で幸せだ。

気づけばソファーから降りて、リビングからベランダの窓を開けてバルコニーに出て、腰をかけて空を見上げていた。


「陽太くん。柚子のジュース飲むかい?」


後ろから突然声をかけられ、バルコニーに出てきた美月のお父さんが、隣に座ってきた。


「あ、頂きます。」

「美味しいよ。柚子は美月の好きなものでね。陽太くんも好きなんだって?」

「はい!すっきりして、さわやかで、好きです!」

「そっか。夏っぽいもんな。夕食は口にあった?」

「はい。凄く美味しくてびっくりしました。それに、本当に暖かい家庭だなって。こんな家で育ったら美月もああなりますよね。」

「陽太くんの家は、こうじゃないのか?」

「いや、同じ様なもんです。だからこそ癒されたのかもしれないなって。」

「そうかそうか!なら良かったよ。でも、美月がああなるっていうのは?美月はどんな子なのかな?どうしても美月も年頃だからあまり多くは語らないんだが、割と父親とは話してくれる方だと思ってるんだけど、なかなかどんな学校生活を送っているのか分からなくてね。」

「美月は…一言で言うとすごくガンバリ屋です。すごく優しいし、皆の事考えてるし。なにより絵に対して真剣です。応援したくなる。それに…。」

「…それに?」

「いえ…。とにかく、凄く素敵な子だと思います。」

「…なるほどね。そこまで言われると嬉しいね!」

「はい…。」


少しの沈黙の中、柚子ジュースを飲みながら空に浮かんだ月を見つめる。


俺は、心の中にあるモヤモヤが晴れないまま、今日という一日を終えるのは嫌だった。

この関係が複雑になっても良い。幻滅されても良いから素直になる事にした。


「お父さん…。すみません。嘘をついていました。」

「ん?嘘?」

「はい。僕は今日美月を途中で見つけてバイクに乗せたんじゃありません。この前ふざけて学校のガラスを割ってしまい、その罰で今日は学校のプール掃除だったんです。休みの日なのに学校に行くので、友達とバイクに乗って花見坂駅に停めてました。それで、美月がプール掃除を手伝ってくれて、帰り一緒だったのでそのままバイクに乗せて家まで送ったんです。その途中で雨が降ってきて…。でも、しっかりとヘルメットは付けました!安全運転で、制限速度も守りました!もちろん校則にも違反してますし、美月も巻き込んでしまって…本当にすみません。」


そう良いながらお父さんの顔を見ると、じっと俺の目を見つめて自分の柚子ジュースを一口飲み、深いため息を吐いた。


「はぁー。なるほどな。そういう事か。」

「…はい。すみませんでした。」

「いや、いいんだ。」

「え?」

「最初から嘘だってことは分かってたよ。」

「え!どうしてですか?」

「考えてもごらんよ。なぜ川の瀬に住んでいる君がバイクに乗って星見で美月を拾うんだい?それに、雨に濡れたはずなのに、全く濡れていない美月の髪。ヘルメットを長時間被っていた証拠だ。」

「なんで、髪の事を?」

「お母さんが教えてくれたよ。」

「じゃあお母さんも気づいてるんですか?」

「ああ。きっと最初からね。さっき話したよ。」


そう言いながらお父さんは笑っている。


「しかしいいじゃないか!青春っぽくて!大人に嘘をついて二人乗り。若いねぇ。」

「は、はぁ…。」

「確かに、親としては娘をバイクに乗せるなんて心配になる事だ。注意はしたいけど、それよりも美月に驚いてるよ。あの子は嘘をつくような子じゃない。」

「確かに、そうですよね…。」

「そして校則違反をしようなんて子じゃない。」

「はい…。一応止めたんですけど。」

「ほら、美月が進んで乗ったんだろ?そんな美月を見たことない。それにね、美月はいつも家で君の話を出すんだよ。多分無意識だと思うけど。今日は陽太くんと、陽太くんがって、君の話をするから、正直どんな奴か知りたくなってね。」

「そうだったんですか!恥ずかしいです。」

「でも、思った通りの子だ。素直に嘘をついていたと言え、それを謝れるんだ。勇気のいる事だよ。真っ直ぐな気持ちがあって美月に向き合ってくれてるんだね。よく話してくれた。ありがとう。」

「いや…。本当にすみません。」


そう言うとお父さんは、グラスに入った柚子ジュースを見つめ、ふと空に浮かんだ月を見上げて話し始めた。


「美月が生まれた日ね、空に星が沢山浮かんでてとてもきれいだった。本当に沢山星がある夜だった。でもね、その沢山のキレイなどの星よりもその日の月がきれいだったんだ。というか美しかったんだ。こんな色んな光る星の中で、色々な人の中で、どの星よりも、誰よりも唯一無二で輝いていてほしい。そんな願いを込めて美月って名前にしたんだよ。」

「そうなんですね…」

「君は陽太くん。太陽の陽に太いで陽太。美月とはきっと正反対だが、どちらも無くてはならない存在だ。不思議な出逢いだね。」

「はい…。」

「それに月は太陽がなければ輝けないしね。」

「でも、俺には美月が必要です!美月がいるから俺は頑張れるし美月の笑顔がいつも見たくて。…って、すみません変なこと言って…」

「いいや。大丈夫だよ。俺だって男だ。そこら辺はなんとなく察するよ。ただ1つ、質問しても良いかな?」

「はい…」

「陽太くんにとって、美月は他の誰よりも輝いているかい?」


お父さんは俺の顔を覗き込んで、真剣に質問を投げかけてきた。


「…もちろんです。他の誰よりも、何よりも輝いています。本当に本当に、美月は特別です。変な事を言っているのも分かりますし、まだガキなんでうまくまとめられないですけど…少なくとも俺にとって彼女は特別です。」


そう言うとお父さんは満面の笑みで一息つき、キッチンでお母さんと会話をしながら洗い物をする美月を見つめて、


「そうか。間違いなく美月にとっても陽太くんは特別だよ。とは言っても、なかなかコミュニケーションが取れてない親父から言われても安心しないかもしれないけどね!でも…君が陽太くんで良かったよ。これからも美月をよろしくね。」


そう美月と同じ笑顔で伝えてくれた。


そして僕も美月を見つめて答えた。


「はい…。もちろんです。」


そう言って、お父さんに誘われ、ジュースを乾杯した。


「あ、そうそう!陽太くん!一つだけ男としてアドバイス!」

「はい?」

「好きだったら、自信を持ってここぞという時に言う事!でも、ここぞというときね!じゃないと気持ちが足りないって思われるから!女の子は難しいぞ。」

「いや!そんな好きとか…」

「あはは!ただのアドバイスだよ!」


美月のお父さんは最初こそ緊張したが、明るくて楽しくて、すごく優しくて大きな人だった。


「あっ、それと陽太くん!学校へはちゃんと電車で通うんだぞ。そして、電車に乗る時に窓を開けてはしゃがない!あと電車内で大声で話さない事!」


突然電車のなかでのいつものサッカー部での素行を注意される。不思議で仕方がなかった。


「は、はい…。でもなんで?」

「あれ?聞いてないかな?俺の仕事は桜見線の車掌だからね。」

「え、えー!!そ、そうなんですか!」

「いつも見てるぞサッカー部!だからルールを守るように!」

「はい…気を付けます…。」


間違いなく今日一番の驚きだった。




時計は20時を過ぎている。

挨拶をしてすっかりと乾いた制服に着替える。


「海星、また遊ぼうね!」

「うん!またね兄ちゃん!」

「お母さん、今日は本当に美味しいハンバーグありがとうございました。そして…色々とごめんなさい。」

「ふふふ!また来てね!ハンバーグ作るから!お母さんにもよろしくね!」

「色々?ママになにかしたの?」

「いや、それは…」

「それはママと陽太くんの秘密っ!」

「なにそれー。」

「ハハ…。それと、お父さん…。」

「うん!またな!いつか酒飲めるようになったらまた月見酒でもしよう!」

「はいっ…すごく楽しみにしてます!」

「うん!気を付けてな!」

「はい!じゃあお邪魔しました!」


 そう言って、美月と共に玄関を出て、満点の星空の星見の住宅地へ出る。


夏の虫とカエルの鳴き声が聞こえる静かな住宅地で、夕方の雨の水たまりに月が写る。

そして、明るく光る月が二人の影を作る。

夜なのに、夏特融の湿気のある暑さと、夏の匂いが体を包んでいく。

バイクを押して道路に出て、ヘルメットを付ける準備をしながら口を開く。


「見送りはここまでで良いよ。」

「うん!今日はありがとう!海星とも遊んでくれて…。疲れたでしょ?」

「全然!楽しかったし可愛かったよ!てか、ハンバーグ本当めちゃくちゃ美味しかった!また食べたい。」

「ぜひぜひ!美味しいでしょ~!」

「うん!最高だった!」

「じゃあ…私も作れるように頑張るね!」

「えっ…。う、うん!美月のハンバーグ楽しみにしてる!」

「その時まで、待っててね!」

「うん!待ってるよ。今日はありがとうね本当に!」

「そんなことないよ!あっ、そういえばバイクで帰って来たの、バレなくて良かったね!」


本当はもうバレているが小声でヒソヒソと話す美月と、その純粋な笑顔を見ると、ここで本当はバレていると伝えるのは間違いだと分かった。


「…そうだね!良かった!」

「うん!また乗せてね!」

「今度はちゃんとした休みにな!」

「うん!」

「じゃあ…またね。」

「うん!バイバイ!」


そう言ってヘルメットを付けてシールドを開ける。

俺はどうしても最後に伝えたい事がありバイクのエンジン音に打ち消されないように声を出して言った。


「美月!今年の夏も沢山思い出作ろうな!」

「うんっ!作ろう!」

「皆で遊んだり、祭り行ったり!後…時々二人で帰ろうな!」

「えっ…。うん!そうだと嬉しいな!」

「俺も!じゃあまたね!」


ヘルメットのシールドを閉めバイクを走らせる。

バイクのサイドミラーに映った美月はずっと手を振っている。


星見の坂を下り、川の瀬の家へ向かう。




帰りのバイクを走らせながら、今日の長かった一日を振り返る。

そして、今までに無い美月の姿を見る事ができた俺は、より一層彼女の事が好きになれた。


 

 赤く点灯した信号待ち。

空の月を見上げ、これからくる夏をいつもと同じ様に楽しみたい。

そして美月の笑顔を一番近くで見ていたい。

そう心に刻み込んだ。



青信号に変わった星見の道路を、川の瀬に向かい、これから訪れる夏の楽しみと、秋に訪れる修学旅行。

とにかく楽しく美月と一緒に二年生の日々を過ごしていきたい。


そう思いながらアクセルを回して、バイクを走らせた。



“Mrs.GREEN APPLE 青と夏”






だが、あの修学旅行での事件が、俺達の今までの関係を大きく変える事になると、

この時は想像もしていなかった…。

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