二年生の春 ~雨音と花歌 前編~
4月…
気づけば入学してから一年が過ぎ、また桜高の校門までの坂には、きれいな桜並木の桜が満開に咲いている。
一年前。
俺はあの坂道を登ってる時に彼女に出逢った。ありがちな出逢いだったのかもしれないけれど、運命というか出逢いの形は様々だなと思う。
一緒に過ごす事が増えてから、一年。
はじめての冬休みは相変わらず部活をしながら、和樹や駿と過ごし、いつものメンバーで遊びに行く事もあった。
例によってカラオケやボウリング。映画も見た。
正月には、蛍川神社で和樹と二人で初詣もしたが、みなみが巫女のバイトをしていて驚いた思い出がある。みなみは蛍火では相当有名な様で、なにやら地主の娘ということで、地域行事にはひっぱりだこの様だ。
神社で神様に願ったことは2つ。
1つは「部活で少しでも成績を残せますように」。
もう1つは…「美月と仲良くいられますように」。
年を明けても関係性は変わらず、あっという間に月日は過ぎて行った。
二年生に進級するに当たり、クラス替えがあった。
掲示板を皆で見ようという話になり、全員で確認することになった。
例によって、昇降口の扉に張り出される。
「神様~神様~…また陽太と一緒でありますように…。」
和樹が両手を合わせて目をつぶる。二年生になり、派手さというかチャラさに磨きがかかってあからさまに他の生徒の中では浮いている。カチューシャを付けてオールバックにした和樹の横から優里が身を乗り出す。
「別に誰と一緒で、誰と別でも気にしないけどね~。出来れば美月と一緒が良いけど!」
「優里はいいじゃん!人見知りしないし、むしろ全クラスの奴と仲良くなってるし!」
和樹と優里が話しているところで駿が青い顔をしている。
「絶対俺クラス違うよ~。」
「なんで?」
「なんとなく~。」
…意味がわからん。聞いて損した。
「ねぇ、陽太くん。」
髪を2つに結んだみなみが耳元で話しかける。
「ん?どうしたの?」
「美月と一緒なら良いねっ」
そういうとニコリとこちらに微笑みかける。
ふと思うが、みなみも充分に可愛いし人気もある。耳元で話しかけられたものなら普通なら好きになってしまうかもしれない。
だがどうしても俺の心は一人にしか向いていなかった。
「うん。一緒なら良いな。」
以前に比べて自分に素直になる事が当たり前になった。
後ろでまだ和樹と優里が言い合っているが、それよりもクラス分けが気になって仕方がない。
そんな中、髪も少し伸びて、肩までかかった黒髪で前髪を分けた色白な女子生徒がこちらを覗きこんで話しかけてくる。
「陽太くんっ?」
「…えっ!なに?」
声が裏返って返事をしてしまった。
「アハハッ!声裏返ってるよ!」
「ご、ごめん!で、どうしたの?」
「クラス分け、緊張しないの?」
「うん、すんげー緊張してるよ!」
「アハハッ!してるんだ!」
「美月は?」
「うーん…。一緒なら良いなって。思うよ?」
「え?一緒ならって?」
「一緒のクラスなら良いなって。」
「誰と?」
「うーん…。誰とって…。みんなだよ?」
「あ、そうだよね!俺もそう思う。」
確認癖は直らない様だ。
そうこうしているうちに前に進み、いよいよ順番が来た。
先程まで言い合いをしていた和樹と優里がいの一番に用紙を見る。
「お、お…小野田、小野田…」
「あっ!和樹!うちら同クラ!」
「おー!まじか!」
「うん!イエーイ!」
結局同じクラスになりたかったんだろう。本当にお似合いのコンビだ。
「陽太、陽太は!」
「別にそんな焦らなくたって…。」
興味が無い振りをしながらも俺は自分の名前と美月の名前を人の隙間から目を凝らして探した。
「俺は…」
「あっ、陽太くん3組だよっ!」
「あ、そうなの?」
美月が先に教えてくれたが、俺は用紙を見ながら自分の名前より美月の名前を探すことに集中していた。
「み、美月は?」
「私はねぇ…」
彼女はにやけながら少しだけもったいぶった様子でこちらを向いて応えた。
「3組!3組だよ!陽太くんと一緒だよ!」
そう言いながら目をくしゃっと細め、笑いながらこちらを見る美月に、
(「やったー!一緒だ!やったやったやったー!!」)
と言いながら飛びつきたかったが、何とか抑えようと努力した。
「お、おお!やったね!一緒だ!」
「美月~!うちも一緒!まじ嬉しい!」
「やったね優里!」
「みなみもいるよー!」
「みなみも3組?」
「そうだよー!一緒一緒!」
「キャー!やったー!」
優里とみなみと手を合わせながらぴょんぴょんと飛び跳ねる美月が可愛くて、手に汗をかいてしまう。
「和樹、俺たちも一緒だな!」
俺は自身の冷静さを保つため、和樹に声をかけた。
「おうっ!やっぱ腐れ縁だな!」
「ちょっと待って…。俺も一緒なんだけど!」
「お、駿!やった!みんな一緒じゃん!」
正直、美月と一緒なのも当然嬉しいが、奇跡的に和樹と駿と優里とみなみとも一緒だった事は本当に嬉しい。
美月は特別だが、他の4人と一緒な事も当然の様に幸せだった。
美月と同じ美術部の史織里は4組になり、少し残念そうな美月がいたが、部活でいつも会えるから気にしないと言い、史織里もあまり気にしていない様子で、いつもの様に二人でふざけあっていた。
こうして、俺の高校二年生がはじまった。
新学期を迎え、二年生に進級した俺たちは、同じクラスで授業中も時にはふざけ、ちょっかいを出し、楽しい生活を送っていた。
二年生になったことで、当然だが後輩も入学してきた。
サッカー部にも数名の後輩が入部してきて、美術部にも相変わらず意識の高い生徒達が入部したようだ。
大きなニュースは、サッカー部に入部した6年ぶりの女子マネージャーだ。
ずっとマネージャーに憧れていたらしく、サッカー部に入部した。なぜ野球部などの花形の部活にいかなかったのか聞くと、「大変そうだから」という理由だった。
彼女の名前は大友 桃子。鹿児島から引っ越して来たらしく、方言があり緊張しているのか涙目になりながら自己紹介してくれた。
「よ、よろしく…おね、おね…。お願いします。」
「大丈夫?」
「は、はい…。大丈夫だと思います…。」
「大友さんて呼んで良いのかな?」
「下の…下の名前で良いです。」
「んじゃあ、ももちゃん!ももちゃん良くない?」
「和樹、さすがにまだ慣れてないんだから。」
「ももちゃんで良いです。桃子、ももちゃんて呼ばれるの多かったんで。」
「あ…そうなの?んじゃあ、ももちゃんね。」
こうしてサッカー部にももちゃんが入部することになった。
ももちゃんは不器用ながらも一生懸命マネージャーとして貢献してくれ、気づけば紅一点。サッカー部の癒しになっていた。
そんな毎日が続いたある日。天気は梅雨にしては早い大雨。
外のグラウンドは雨でぬかるみ、屋外の部活は練習をするのが難しいほど雨が降っている。
サッカー部も例外ではなく、屋内で筋トレや階段登り等をしていた。
「はぁー!しぬっ!」
和樹が悲鳴にも近い声を上げるが、そんな事で練習は止まらない。
「よしっ!ラスト!」
「陽太さん!ちょっとゆっくりでお願いします!」
今年から入った直樹が涙目で訴えてくるが、ある意味一年生への洗礼の様なトレーニングに後輩達は汗を垂らし、階段を上っている。
三年生の先輩もいるが、時期キャプテンに任命されている俺は、積極的に全員をまとめるようにしている。
「よしっ終わり!少し休憩しよう!」
1階の廊下に横たわり休憩している部員を横目に、一度最上階の4階まで登り、部員が全員下りたか確認する。
すると、偶然3階の美術準備室から荷物を運ぶ史織里と目があった。
「あ、陽太くん!」
「おう、お疲れ」
「すごい汗だね。あっ、美月呼んでくる?」
「いやっ、大丈夫だよ!部活中だし!」
「そう?」
そうにやけながら史織里が言うと、準備室の奥から、
「史織里~!荷物運んでよ!」
美月が画材や絵の具を持ち準備室から出てきた。
「あ、陽太くん。お疲れ様!すごい汗だね!大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ごめん、汗臭いかな?」
「そんなこと無いよ!部活だもん、汗かくのは当然だよ!」
「そうだよね…。あ、荷物運ぶの手伝おうか?」
先程まで部活中だと史織里に話したのも忘れて荷物運びを申し出てしまっていた。
「ううん。大丈夫だよ!すぐ終わるし。ありがとう!」
「あ、そうだよね!逆にごめん!」
「そういえば、新入部員が何人か入ったんだけど、私の中学時代からの後輩の祐
希!美術部に入ったんだ!」
そう言うと、準備室の中から女子が姿を表した。
「は、はじめまして…、多田 祐希です。」
「お疲れ様。。サッカー部の齋藤です。」
身長も小さく、小柄で控えめな表情の子だ。美月の星見中からの後輩な様で、ずっと可愛がっているらしい。
「君も絵、好きなの?」
「はいっ!」
「美月は絵がうまいから沢山教えてもらうと良いと思うよ。」
「そんなことないよっ!祐希もなかなか上手くて賞も取ってるし!」
「私なんか、全然駄目です!美月さんには叶わない。でも動物の絵ならまだ何とか負けませんけど。齋藤先輩は、どこ中だったんですか?」
「俺は川中だよ?」
川中とは川の瀬中学校の略称である。
「川中ですか…。私の同じクラスに、川中出身の愛美(まなみ)って子がいるんですけど、知ってますか?」
「愛美…?知らないな…。苗字は?」
聞いた事の無い名前に、記憶をたどるが全く見当がつかない。
「おい!陽太!サボってないで筋トレすんだから!」
下の階から息を切らした和樹が大きな声で呼んでいる。
「あ、悪い!いま行く!ごめんね、話の途中なのに!もう戻らなきゃ!」
「あ、はい!こちらこそ引きとめてしまってすみません!」
「ごめんね陽太くん!」
「大丈夫だよ!美月も部活がんばってね!」
「ありがとう!…あ、陽太くん。ちょっと相談があって…。」
俺は、めったにされない美月からの相談という言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。だが、こんなことは無いし、何か理由が無ければ美月自ら声をかける事は無い。下の階へ戻らなければならないが、どうしたのか気になった。
「え?どうしたの?何かあった?」
「うん…。あのさ、もし良かったら今日一緒に帰らない?」
思いがけない誘いに胸が高鳴る。断る理由なんか無い。出来る限りカッコつけて、即答で返事をした。
「もちろん。大丈夫だよ。何時に終わる?」
「うーん…。多分私の方が遅いと思うから、待っててくれる?」
「うん。大丈夫だよ。じゃあ、またね!」
「また、メールするね!」
まるで付き合っているかの様なやり取りに、心が弾む。
そこからは部活を出来る限り集中してこなし、顔に出てしまうニヤけ顔を押えて練習をした。
部活を終え、練習着から制服へ着替える。前と同様出来る限りの制汗スプレーでエチケットを整えて、ロッカーの鏡で髪型を直し、外へ出る。
案の定、外での練習よりも早く終了した為、美月を待つ事になった。
「陽太はこの後どうすんの?」
和樹が部室で着替えて荷物を鞄へしまう。
「俺はちょっと色々と…」
「ふーん…。美月ちゃんとなんか話したの?」
「え!いや別に、なんて事無いけど…。」
「一緒に帰るとか?」
「ま、まぁ…そんな感じ。」
着替えている部員が変に盛り上がる。
「ひゅー!デートじゃん!」
駿が飲み物を飲みながらふざけた顔をしてこちらを見てくる。
「いや、違うよ!相談があるらしくて…。」
和樹が口元を緩ませている。
「まぁごゆっくり!!」
和樹や駿を中心に一通りいじられ、部室を後にする。
強い雨が降る中、傘を差して校門付近で待っている。
桜並木の木達も、まだ少し残った桜の花が散る様な強い雨を受け、小さく小刻みに雨足に葉を揺らす。
和樹や駿達部員を先に帰らせ、待っていると桃子がやってきた。
「あ、陽太先輩。お疲れさまでした。」
「お疲れももちゃん。気を付けて帰ってね。」
「はい、でも今友達待ってるんです。」
「友達?」
「はい。あ、今来たみたいです!」
昇降口から傘を差し、雨の中を駆け足で走って来る小さな影。祐希だった。
「ごめんね桃子!お待たせ!」
「ううん。桃子も今来たところ。」
「あ、桃ちゃんが待ってたのって多田ちゃんだったの?」
「はい。仲良しなんです!」
「そうなんです!先輩は何してるんですか?」
「俺は、人待ってて…。」
「…そうなんですか?それって、美月さんですか?」
何と答えれば良いかわからないが、美月の真剣なまなざしを思い出し、嘘をつく事でもないと思い、応えた。
「そうだよ。もう部活終わったかな?」
「そうだったんですね!もうすぐ来ると思いますよ!」
「陽太先輩の彼女さんですか?」
「ち、違うよ!クラスメイト!友達!」
「なーんか焦ってますね。美月さんもうすぐなので!それじゃあ失礼します!」
「陽太先輩!ファイトです!」
「ああ、お疲れ様。気を付けてね。」
そういって会釈をして、二人は並んで校門の先の坂を下っていく。
多田はなぜ美月を待っていると分かったのだろう。気にはなるが、確認するすべがない。そうこうしていると、携帯が鳴った。
〈ごめんね!今終わりました。すぐに下に行くからちょっと待っててね。〉
美月からのメールだった。
何と返信しようかと考えていると、それよりも先に美月の姿が昇降口に見えた。
薄紫色の傘を差し、小走りの美月がこちらへ向かってくる。
「ごめんね!待っちゃったよね?」
「全然大丈夫だよ。さっきも多田ちゃんと会って、もうすぐで美月来るって聞いてたから。」
「ありがとう。んじゃあ帰ろっか!」
そう言いながら、二人並んで雨の坂道を下りながら話をする。
改めて、こうやって二人で帰るのは本当に久しぶりだ。というか、二人きりはもしかしたら冬のテスト勉強以来かもしれない。雑談でも嬉しく、幸せな時間が過ぎていく。
美月が相談したかった本題を聞こうと思うが、妙に勇気がいる事で聞くに聞けない。
強い雨足が傘を打ち、声を大きく出さないと聞こえない程本降りになっている。
「美月、良かったら少しお店入らない?」
「え?お店?」
「うん。ちょっと雨宿りっていうか、雨音で上手く声も聞こえないし、相談あったんでしょ?ちゃんと聞きたいからさ!」
「そうだね。どこかあるかな?」
心当たりはあった。サッカー部の行きつけ。花見坂商店街のお好み焼き屋どんちゃんだ。
少し歩いていると商店街へ着く。どんちゃんは今日も開店している。
「ここ、前にお祭りで食べたお好み焼き屋さん。」
「あー!凄く美味しかった!こんなに近くにあったんだね!」
「うん。ちょっと寄ろう。」
そういって入口のドアを開ける
ドアには小さな鈴が付いており、入店を知らせる仕組みだ。
「いらっしゃーい!」
中から威勢の良い声が聞こえる。女店主の沙織さんだ。
「こんにちわ。二人良いですか?」
「なんだ陽太じゃない!あれ?その子確か蛍火のお祭りの時にいた子でしょ?」
「こんにちは。野木です。」
「いらっしゃい!そんな堅苦しく無くて良いよ!美月ちゃんでしょ?」
「あ、はいそうです!」
「沙織さん、なんかジュース2つください!」
「はいはい。好きなとこ座ってね!」
店内は珍しく人が少なく、桜高の生徒は誰もいなかった。
大人数で利用した客がいたのか、あわただしくテーブルの皿と箸やコップを片づけている。
俺と美月は奥のテーブル席に座った。
「美月、なんか食べる?」
「ううん大丈夫。晩御飯あるから。食べれなくなっちゃうとママに悪いし。」
そんな真面目な言葉すら可愛気があり、胸が締め付けられるようだ。
沙織さんがジュースを運んできて、一口飲む。何を言われるか不安だったが、相談の内容が気になり、意を決して聞いてみた。
「それで、相談て?どうしたの?」
「うん…あのさ…。突然だけど今度の日曜日って空いてるかな?」
「え?日曜?どうしたの?」
「ちょっと会えないかなって?」
「え?…会うって…俺と?」
「うん。」
その日は予定が無く、ちょうど部屋の模様替えでもしようかと思っていたところだ
。美月の突然の誘いに戸惑いこそあったが、それよりも理由を知りたくなった。
「良いけど、どうしたの?」
「実は、今度の二年生の美術コンクールに出展するんだけど、テーマが「花」で、もちろん資料もあるし学校の花も見るんだけど、どうしても沢山の花を見たくて。それで調べてみたら、川の瀬に「川の瀬総合公園」てあるでしょ?そこの花畑が凄く今の時期キレイだって聞いて。それでもし良かったら川の瀬だし、一緒に案内してくれないかなと思って。」
「なるほどね。…つまり勉強っていうか、作品への資料収集ってことね。」
デートの誘いかと思ったが、これはこれでまたとない機会だ。断る理由は尚更無い。むしろこれはデートかもしれないと思っている。
「なんかごめんね…。陽太くんにはいつも協力してもらっちゃってる気がする。」
「そんなこと無いよ。美月の絵好きだし、俺で良ければもちろん協力するし!」
「…ありがとう。陽太くんて優しいよね。」
「まぁな!」
ドヤ顔に美月も思わず笑ってしまう。
「あ、でもせっかく川の瀬だから、和樹と優里も誘う?」
「…うーん。でも皆来ちゃうと結局楽しくてふざけて集中出来ないと思うし。二人だけ…が良いかな…。」
「え?二人…きり?俺と?」
「そうだよ?」
「皆で行って途中で個人行動とかじゃなくて?」
「うん。最初から二人が良いな。」
「わ、分かった!んじゃあ二人で行こう!」
また、少し確認してしまったが、俺を求めてくれているんだと思うと嬉しい。川の瀬は確かに自分の庭だ。出来る限り案内しよう。なによりも私服で二人で会えるというだけでも嬉しくて仕方が無い。楽しみが増えた様な気がした。
「なに?デートの約束?」
沙織がテーブルへ来てにやけている。
「沙織さんには関係ないですよ!」
「そんな事言わないの!美月ちゃん!この子、うぶだから可愛いところも沢山あるけど、意外と男らしいところもあるし、優しいからよろしくね!」
「はいっ!いつも頼ってます!」
「陽太をよろしくね!」
ニコニコと笑う沙織さんと美月の相性は良い様で、その後も料理の話や沙織さんの恋愛の話し。そして、この時初めて知ったが沙織さんは結婚しているらしい。
そんな話をして窓を見ると、外は雨が止んでいる様だ。
店を出て、花見坂駅から電車に乗り、帰路についた。
電車での別れ際。美月を見送りながら日曜の集合時間を話しあった。
「じゃあ、日曜日の11時に川の瀬駅の南口改札のところでね。」
「うん!ありがとう。楽しみにしてるね!」
そう言ってドアが閉まり、手を振って見送った。
電車の中で座席にも座らず立ったまま日曜日の想像を膨らませる。
何を着ようか、何を履こうか。髪型や、最近買った香水を付けようかと考えていると気づけば川の瀬に到着した。
電車を降りて、改札を抜ける。時計を見るとどんちゃんに寄っていた事もあってかもう18時を過ぎていた。
外を見るとまた雨が降り出しており、大きな雨粒がコンクリートの地面を打ちつけている。
「うわー…朝チャリで来なくて良かった…。」
改札を抜けた駅の屋根の下で、そう言いながら傘を開こうとすると、駅の出口、横並び数メートルのところに、桜高の制服を着た女子生徒が雨宿りをして立っている。
スラリとした身長で俺と変わらない程だ。
髪は軽くパーマのかかった茶色のロングヘアー。表情こそ大人びているが、どこか幼いところもあり、雨が降り続く暗い空を困り顔で見上げている。
この一年見た事が無い生徒なのでおそらく一年生だろう。
遠くから見ているだけで分かる、美月とは違った独特な感覚が身体を包んだ。
美月の様に緊張したり、ドキドキする様な感覚ではなく、美月とは違った気持ちで声をかけたい。そんな感覚だった。
俺は、彼女の方へ歩み寄り、少し距離を開けて隣に並んだ。
近づく俺に気づいた彼女は、こちらを見て目を大きく開き、少ししてから軽く会釈をして話し始めた。
「こ、こんにちわ。」
「こんにちわ。一年生ですか?」
「あ…はい。そうです。今年入学しました。」
「そうなんだ。はじめましてだね。」
「…はい。」
「しっかし雨凄いね…」
屋根のついた駅の端から少し顔を出し、雨雲で暗くなっている空を見上げる。遠くの空は青空も少し見えるが、上空は雨雲があるようだ。
「もう少ししたら止むかもね。」
「はい。学校出た時にはもう止んでたから降らないと思ってたのに、駅に着いた途
端降りだしちゃって…。私バカだから傘電車に置いてきちゃったんです。」
「まじか…。確かにさっきまで降って無かったもんね。」
彼女は学校指定の鞄に部活用の大きめのバッグを持ち、うつむいて、履いている新品のローファーのつま先を上げる。
「はぁ…。本当バカだなぁ…。」
「俺もよく忘れるから、バカじゃないよ。よくある事だよ。」
「…そうですか?」
「うん!」
そう言ったものの無言が続く。無理もない。彼女からしたら初対面の先輩だ。話す言葉もそうそうあるわけでは無いだろう。
だが雨音がBGMになり、無言の時間もしんどくは無かった。
「何部?」
「バレーです。」
「バレー部か。どうりで背高いもんね。俺と同じくらいだ。」
「あ…やっぱり大きいですよね。引きました?」
「え?なんで?」
「大きい女の子って、やっぱり嫌かなって思って…。」
「そんなこと無いよ?気にしないけど。」
「本当ですか?…優しいですね。先輩。」
そういうと彼女は少し恥ずかしそうに顔をうつむいている。
「先輩は、サッカー部…ですよね?」
「え?そうだけど、なんで分かるの?」
「前に入学して仮入部期間中に桃子が教えてくれました。次期キャプテンだって。」
「ああ、ももちゃん仮入部とか関係なくすぐ部活入ったからね。」
「桃子と同じクラスなんです。」
「そういう事か…。」
何故他にも部員がいるのに、俺を気にしていたのか。その時は分からなかった。
「地元は川の瀬なの?」
「はい。川中です。」
「まじで?同じだ。俺も川中!」
「一個上ですね。」
「そうだね!」
そこからは共通の中学時代の先生や同級生の話題になった。やはり同じ中学という事で盛り上がる。雨は降っているが、雨が止むのを待つ時間は退屈では無かった。
「…やっぱり同じ中学だと話題尽きないね。」
「そうですね!楽しいです。」
そういうと彼女は笑顔でこちらを見た。改めて正面から見る彼女は、やはり大人びて見えるが、ニコリと笑うと幼げで女の子らしい表情を見せる。眼を合わせると恥ずかしくなり、話題をそらすことにした。
「雨、止みそうにないね。」
「そうですね…。今日は早めに帰れると思ったのに…」
「…良かったらさ、この傘使って良いよ。」
「え?」
「俺の傘!ほら、俺もう部活で汗かいて濡れてるし、家も近いからさ!」
「でも、これ先輩のですよね?」
「大丈夫。使って。」
そう伝え、畳んである傘を彼女に半ば強引に渡し、雨の降る外へ出た。
「じゃあ、学校で会えたらまた声掛けるよ!」
「あ、でも…。」
「いいから!このまま帰ったら風邪引くぞ。」
口を半開きにし、返答に困っている彼女は遠慮がちに傘を握っている。
「じゃあまたね!」
後ろを向き、自宅へ走ろうとした瞬間後ろから声が聞こえた。
「陽太…先輩!」
「え…?」
走り去ろうとしたが、急に名前を呼ばれ立ち止り振り返る。
雨音が邪魔をする中、彼女は声を上げた。
「あ、ありがとうございます!必ず傘返します!」
「無理しないで良いよ!なんなら、ももちゃんに返してくれれば良いし!」
「いや…直接!必ず直接お返しします!」
「そっか!わかった。もう行くね!…えっと…」
長い事話していたが、名前を聞いていなかった。
「あ、私愛美(まなみ)って言います!梅澤 愛美です!」
「あ、梅澤さん!またね!」
「はいっ!ありがとうございます!」
運動部ならではの声の張りで、彼女は深くお辞儀をして俺を見送った。
雨に濡れている身体を気にし、振り返って雨の中駆け出す。
帰り道を走りながら角を曲がり、彼女が見えなくなってからゆっくりと歩き始め、ふと頭の中で考えた。
(何気なく彼女は俺を呼んだけど…なんで俺の名前分かったんだろう。)
彼女に名前を言った覚えは無かったが、ももちゃんが教えたのだろう。そう思う事にした。
そして、その帰り道、美術部の多田の言葉を思い出していた。
同じクラスで川中出身の愛美。
彼女が愛美…。梅澤 愛美か…。
思いがけない出会いだったが、何故か彼女から傘を返してもらうのを少しだけ楽しみにしている自分がいた。
雨の中帰宅し、携帯を開くと美月からメールが届いていた。今度の日曜日の話だ。
俺は、詳しい待ち合わせ場所やどういう花を見たいのか。美月とやり取りをして、我に返り、日曜に意識を向けることにした。
もちろん、日曜は楽しみだし、美月と二人きりでデート、というか散歩というか、公園を歩けるのだ。楽しみで仕方がない。
だが、不思議な事に梅澤と話していたその時間。俺は美月の事をほんの少し忘れてしまっていたのだった。
改めて初めて美月を見た時とは明らかに違う、愛美への感覚をその時感じた。
そして、数日過ぎて快晴の天気の中、日曜日を迎えた。
~雨音と花歌2 へ続く~
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