一年生の冬 ~雪明かりは二人を照らす~

 季節はあっという間に過ぎて12月…外には雪が降り積もり、春にはキレイな桜を咲かせた並木にも雪が積もり、また幻想的な風景を映し出している。

桜見市に冬がやってきた。


 入学してから初めての冬を迎えるが、僕達のグループの関係性は変わらず続いている。

当然だが、入学当初よりも過ごす時間は増え、たまに部活が休みの日には、学校終わりに遊びに行く事も多くなった。

 川の瀬方面の反対路線にある桜見市の中心部、青葉町(せいようちょう)にはカラオケやゲーセン等があり、そこに集まっては遊び、いかにも高校生らしい生活を送っていた。


 美月とも相変わらずの仲の良い友人の関係が続いている。だが明らかに少しずつではあるが、親しさは以前よりも増している様に感じる。

夏祭りで二人で見た景色、文化祭で二人で過ごした時間。そして3年生になったら文化祭を一緒に企画したいと話した事。

 あの日から、自分の中でだけかもしれないが他の男子と違う意識で、僕とは接してくれているのでは無いか…そんな気持ちも芽生えつつあった。

もちろん、僕の気持ちは変わらない。というか、正確には変わったのだろう。


 美月の事が好きだという事に気づいて、作っていた自分をやめて、ありのままに近い、素の自分として過ごしてからは、今までよりも素直な気持ちと言葉で話す事が増えた気がする。

遊びに行く時も、美月と話す事は多い。というか話す様にしている。

それが一番楽しいし、幸せに感じるからだ。

和樹や駿、優里やみなみと話す時ももちろん楽しい。だけど美月は別だ。

 僕の言葉に彼女が笑ってくれる事が嬉しくてついついふざけたり、おどけたりしてしまうが、その時の彼女の笑顔を見ると心が暖まり、充実していた。


 そういえば、皆で遊んでいる時に思いがけず驚いたのはカラオケだった。

いつも遠慮がちな美月だが、カラオケではよく歌を歌う。そしてそれが驚くほどに上手いのだ。

 正直、中学を卒業するまで女子とカラオケに行った事の無い僕にとっては、女子の歌声はアイドルグループや女性歌手の歌声か、妹と母の鼻歌。

それかクラスの女子の合唱程度だったが、マイクを通して歌う本気の女子の歌声がこんなにキレイだとは思わなかった。

 思い起こせば、美月はよく耳にイヤホンを付けて音楽を聞いている事がある。音楽が好きなんだろう。いつも女の子らしい曲を歌う美月に(いつか僕の好きな曲も紹介したい。)そう思っている。


 だが、遊んでばかりもいられない。僕たちが高校生である限りやってくる避けては通れない定例行事がある。

期末試験。そう、いわゆるテストだ。

テスト期間中は、テスト2週間前から各部活、特例を除いて実質休みに入り、放課後は勉強を行う。

だが、逆にこの部活を公的に休む理由が出来た事を喜ぶ連中もいる。


「よしっ!学校終わり!遊びに行こう!」

「おーしっ!今日はボーリングだ!」

授業を終えた和樹と駿が意気揚々と椅子から立ち上がり荷物をまとめる。

「お前ら赤点取ったら補習で部活出れないんだぞ。」

「分かってるよ!取らなきゃ良いんだろ!」

「俺たちは大丈夫だよ!家でやってるから。」

参考までに言うが、この二人は相当学力が低い。そして授業中は寝てばかりいる。僕も真面目では無いが、こいつら程では無い。

荷物が入った鞄を持ち、教室を出た二人が4組へ向かう。僕も机の中の荷物を鞄に詰め、流石に今日はおとなしく勉強しようかと思い、教室のロッカーに入っているマフラーを首に巻く。

巻いている途中で窓から見る外の景色には少しだが、太陽の光と雪が舞い散り、キラキラと反射している。

マフラーを巻いて振り返ると二人が肩を落とし教室へ戻ってきた。

「はぁー。意外に真面目だったな。」

「まさか優里にまで断られるとは思わなかった。」

優里とみなみを遊びに誘ったのだろうが、断られた様だ。テスト期間ともなれば当たり前だが。

僕は肩を落とす二人の元へ行き、笑いながら肩を叩き、

「残念だったな。今日はおとなしく帰って勉強でもしたら?」

と伝えた。

そう言いながら教室を出ようとすると、4組から小走りで優里がやって来る。

「ねぇ!やっぱ今日青葉駅前のカフェ行って勉強しよ!タピオカもあるし最高じゃない?

「え!流石優里!いいとこ見つけたな!それで賛成!」

「静かな環境で勉強とか…最高だな!」

無駄に期待してしまった自分が馬鹿だった。和樹が絶対に勉強をする気は無いのは長年の付き合いで分かる。

この流れだときっと誘われるだろう。だが、赤点をとっては元も子もない。今回ばかりは誘われる前に断ることにした。

「俺は今日は家帰って勉強するわ。」

「えー!陽太真面目だね!」

「いや、普通だろ。」

「んじゃあ、今日は俺達だけで行こう!駿も行くっしょ?」

「行く行く!」

「優里の他は?」

「みなみと美月も誘ったからきっと二人も来ると思うよ?」

 なに?美月も誘っていたのか。それはそうだろう。いつも誘うメンバーであれば間違いなく声をかける。

失敗してしまった。表には出さないが、表情は曇りおそらく眉間にしわが寄っていると思う。

そんなことなら参加すれば良かったが、流石に今のタイミングでそれを告げれば美月と一緒だから参加をすると皆に思われてしまう。

残念だが今回は見逃すしか無い。


「じゃあ陽太!また明日な!」

鞄を急いで持ち上げ、和樹と駿は優里と一緒に教室を出て行った。


 教室に残された僕は溜め息をつきながら、マフラーを首へもう一度しっかりと巻き直し、教室を後にする。

 他の生徒も今日ばかりは直ぐに帰宅する為、もう教室には僕しか残っていない。

部活が無いため、鞄は学校指定のものだ。その鞄を肩に掛け、教室を出て廊下を歩く。窓から外を見ようとするが、窓ガラスが曇っていて良く見えない。

廊下は冷えた空気が漂い、室内なのに息を吐くと白く煙る。

昇降口へ向かう為、少し歩いて4組の前を通りすぎようとすると、ドアが勢いよく開き、後ろから突然声をかけられた。

「陽太くん、帰るの?」

声のする方を振り返ると、教室のドアを開けて廊下に出てこちらを見る美月がいた。

「あれ?優里達と勉強しに青葉のカフェ行ったんじゃないの?」

「誘われたけどテスト期間中だもん。いくらなんでも勉強しないと赤点取っちゃうから断ったの。」

彼女のしっかりとした真面目な性格は、本当に魅力の一つだと感じる。だが、それ以上に僕は嬉しさがこみあげていた。

「だ、だよな!俺もやらないとヤバいから今日は勉強する事にした。」

「そうなんだ…もう帰るの?」

「うん。今日は家でやるつもりだよ。」

「独りで?」

「うん。誰か誘っても結局ふざけそうだからさ。」

「そっかぁ…。」

「美月は?今教室に一人なの?」

「うん。もう皆帰ったよ。私も家でやろうと思ってて。…でも、分からなかったら困るから少し学校でやって、先生に聞けるようにしようかなって。だから…もう少し学校に残っていこうかなって思ってた。」

 

 もし美月も帰るならば(「それじゃあ一緒に帰ろう?」)と誘うつもりだったが、残って勉強するというのなら致し方無い。やはり今日は帰るしかないようだ。

「そうなんだ…でも頭良いねその方法!先生に聞けるのは強いね。ほら、俺いつもふざけてるからあんまり先生取り合ってくれない事が多くてさ。」

「へへへっ!私頭良いでしょー!先生を使って教えてもらうなんて!でも、取り合ってくれなくても、いくらなんでもテスト期間中なら先生も教えてくれると思うよ?」

笑顔で自慢げな表情と心配してくれている表情の美月を見て、また胸が高鳴る。

やはりこのまま帰りたくはない。

僕は美月の顔を見て聞いた。

「良かったらさ、俺も残って良いかな?」

「え?残ってくれるの?」

「いや…ほら、分かんない所あったら先生に聞けるし?」

「フフッ。それ私が言ったんだよ?」

口元を手で隠しながらクスリと笑っている。

「いや…良かったら一緒に残って勉強したいなって…。美月頭良いから教えて欲しいし、俺ももし分かる事あったら、教えてあげれるかなぁって思って。」

「私と一緒に勉強してくれるの?」

「うん…。良かったらしたいなって…。でも無理なら良いよ!一人の方が集中できると思うし!」

焦りと恥ずかしさで早口になってしまう。

「無理じゃないよ。良いよ!一緒にやろう?」

そう言うと美月はマフラーを外し、教室の暖房を付け、鞄から教科書を取り出して机の上に出した。


 ただ、僕は不思議に思っていた。残って勉強していくと言ったのに、なぜ鞄に教科書が入っていたのだろう。そして、暖房は切られていた。淡い紫色のマフラーも外して畳んでいる。本当は帰るつもりだったのかもしれない。

彼女が残って勉強すると僕に言った理由は分からなかったが、僕達はそのまま4組の教室で二人で勉強する事になった。


「この机、借りていいかな…」

美月は隣の机を自分の机に寄せ、2つの机をつなげてぴったりと隣合う様にした。僕は隣に座り、鞄からノートと問題集を引っ張り出し、筆箱からシャープペンを取り出す。

 美月とは別のクラスだった為、彼女に筆箱やノートを見られる事はほとんど無かった。意識している子が相手となると、筆箱やペンすらも見られる事が恥ずかしいのだと、この時初めて感じた。


 その後はお互いに教科書の内容やテスト範囲を話したり、問題をこなしたり、時には歌手の歌や絵の話。サッカーの話をしながら進めていった。

不思議だが、二人でやる勉強はいつもの数倍も捗り、頭にドンドン知識が増えていくのが分かった。

そして、時折美月のノートや教科書を見るふりをして、美月の表情をチラリと覗くと、真剣な表情をした彼女と、教科書とノートを行き来する時に漂う、かすかなシャンプーの香りが彼女との距離をより一層縮めている様に思えた。


 気がつけば時計は16時半過ぎ。この季節のこの時間帯は、もう太陽が落ち始め、夜が近づく。雪の影響もある為、電車の本数も少なくなる可能性がある。

キリの良い所で勉強を切り上げようと思っていた。


「美月、今日はこれ位にしない?もう暗くなるよ?」

「あ、そうだねっ!もうこんな時間なんだ。ついつい集中しちゃったよ!」

教科書とノートを閉じ、各自鞄に詰めて椅子から立ち上がる。机を直し、マフラーを首に巻いて、教室の暖房と電気を消す。窓の外は少しの日の光とそれに照らされた雪明かりもあってまだ明るく、先程よりも静かに雪が降り続いている。

昇降口へ向かって教室を出るが、もう誰もいない。廊下で吐く息はやはり白く、視覚的にも寒さを感じさせる。下駄箱でローファーに履き替え、校門へ向かう。

 彼女のローファーはいつも輝いており、しっかりと手入れをしているが、僕と言えば踵を踏んでつぶれている。とっさに隠れて踵を直し、しっかりと履く。

 彼女の姿を見ると、改めて自分と一緒に歩いているのが不思議になる。こんなに真面目でしっかりとした子が僕なんかと歩いてくれるなんて…。そう思うと、やはり釣り合っていないなと思ってしまう。


 外に出て空を見上げると、低い雲に覆われ雪が降り続いており、その雪が地面を埋めて、昇降口から校門まで二人の足跡を残している。気づけば、自然と二人で帰っていた。

 いつもの坂道も、雪が降るといくら除雪しても滑りやすくなり転んでしまうこともある。ローファーは思ったよりも雪に弱く、ツルツルと滑り、ゆっくりと坂を下っていくが、いつ転んでしまってもおかしくない。滑り下りる様にして、不格好な姿で二人で並んで坂を下る。そんな時ですらも、まるで雑なスケートをしているかの様に楽しく、お互いの恰好を見てはふざけて笑い、楽しんでいた。

 本当は今日くらい手を繋いで下りれば良かったのかもしれないが、到底自分からは言える自信は無い。今はふざけながら歩くだけで幸せだ。


 無事に下まで降り、駅までの道を歩く。

雪が積もり、子どもたちが作ったであろう雪だるまやカマクラが道路に並ぶ団地を抜けると商店街が見えてくる。店先はいつもの活気を扉の内側に閉じ込め、窓から見える明かりの灯った店内からは優しい光が零れ、積もった雪をオレンジ色に染める。


「そのマフラー良い色だね。」

美月のマフラーは淡い紫色のマフラーだった。

「うん!私紫色好きなんだよね。なんか凄くキレイな色な気がして。小物とかも紫が多いんだ。」

「俺はもっぱら黒ばっか。美術部は流石色への着目点も違うね!」

「ただ、好きなだけだよ。っていうか、紫って素敵じゃない?ただの単色じゃない、青と赤が無ければ生まれない色。その独特な存在が凄く素敵だなって。」

「…そっか。やっぱ美月ってすごいね。」

話をしていると、商店街の先に小さな公園が見えた。

公園内には、滑り台とブランコや鉄棒。奥には砂場があり、いくつかの植木が四方を取り囲んでいる。

 雪が積もった植木のせいか、普段とは違う雰囲気を醸し出している。少し薄暗くなった街を街灯が灯し始め、公園の街灯も点き、降り積もった雪を照らして明るく広がる。


「ねぇねぇ!雪だるま作ってみる?」

ちょうど公園の横を通る時、頬を寒さで赤く染めた美月が笑顔ではしゃぎながら提案してきた。

「手袋無いから雪だるまはちょっとキツくない?」

「うーん…んじゃあ、小さいの!」

少しふてくされながらも美月は設置してあるベンチの上に積もった雪を手に取り、丸め始める。

「冷たっ!…凄い、雪だ~!」

冷たさに顔を歪ませながら、子どもの様な笑顔で無邪気に雪を丸めていくその姿を見て、身体は寒さで冷えているのに、胸の奥は断然熱くなった。

いつもこの笑顔を見ると、胸が美月に染まる。いてもたってもいられなくなる。

「…俺も作るよ!」

そういって滑り台に積もった雪を集めて丸く固めていく。

「んー冷たいっ!…よしっ雪玉出来たっ!陽太くんは出来た?」

「とりあえずは出来たけど、不器用で…しかも俺のは少し大きいな。」

「んじゃあ、貸して!私のが上で陽太くんのが下で…」

 そういって美月は、二人で作った雪玉を重ね、雪の積もっていない木の下にある、地面に落ちていた石と折れた木の枝を挿し、小さな雪だるまを作った。

「出来たっ!雪だるま。可愛くない?」

「確かに大きな雪だるまより、この小さい方が可愛いね。」

「二人の合作だね!」

「うん。なかなかの出来だね。…でもさ、やっぱ手冷たいよ!俺手いたくなってきた!」

少し照れながら、手をズボンのポケットに入れる。

「うんっ。冷たいね!でも冬っぽくて楽しいっ!」

両手にハーッと息を吐きかけながら美月が笑う。

「この雪だるまここに置いておこう。誰か見つけてくれるかなぁ…」

「子どもが見つけたら喜んでくれそうだな。」

「子どもかぁ…うんっ!」

 さっきよりも赤くなった頬の美月が、鼻をすすりながら笑顔で答えた。

「あー…楽しいけどやっぱり手が冷たいなぁ…。」

そう言う美月の手をギュっと握り締めたかったが、もちろんそんな勇気は無い。

僕は応えることが出来ず、どうすれば良いか考えてしまった。


「陽太くんは雪だるま、誰かと作った事ある?」

「うーん…ずっと昔に親と作った位かな。美月は?」

「私もちゃんと作ったのはパパとママとかと作ったり、幼稚園の頃に作ったりとかそういう感じかな。」

「まぁそんなもんだよね。」

「でも…男の子とは初めて作ったよ。」

「え?」

 不意にそう言う美月にあっけにとられたが、ひとまず公園を出て、二人で並んで歩きながら駅へ向かう。

「初めてって…俺が?」

先程の続きを問いかける。

「うん。初めて一緒に作った。」

「そうなんだぁ…。」

「うん…。」

「なんで?」

「え?だって一緒に帰ってたし…」

「んじゃあ、一緒に帰る人と作りたかったの?」

「違うよ!作れたら楽しそうだなって思ったから。」

「楽しそうって…雪だるま作りが?」

「もうっ!陽太くんと作るのがだよ!」

(何で?何で俺と作るのが楽しいんだ?これって…)

そんな確認をしたくなったが、堪えて彼女の気持ちを察しようとした。

「あ、ありがとう。俺も楽しかったよ。」

「そう…なら良かった!あーあ…。ちゃんと手袋持ってきてたらもっと大きいの作れたのになぁ。」

 僕と一緒に作りたかった理由を知りたかったし、本人の言葉を聞きたかったが、また確認をすることになってしまう。不安があり、確信を求めてしまうと何故か確認ばかりしてしまう。良いことではないと思うが知りたい。

そして、今日はどうしても聞きたい事もあったんだ。

「美月さ…」

「ん?なに?」

笑顔の美月が僕の方を見ながら歩いている。

「俺といて楽しい?」

「え?」

「俺さ、美月とタイプ違うじゃん?ていうか、美月は真面目だし、しっかりしてるし、成績も良いし、先生からも好かれてるし。どちらかと言うと、正直俺って不真面目な方だし、たまにはしゃいだりし過ぎて先生からも怒られる。だから、そんな俺と一緒にいて良いのかなって。立場が違うっていうか…。申し訳ないって言うか、友達だとしても美月に似合わないんじゃないかって、不安になっちゃうんだよね。」

 美月を好きだと確信してから、自分らしく、素の姿を見せていきたいと思って過ごしていたが、それはつまり「格好つけない」自分を見せるという事だ。

もともと真面目とは言い難い僕の姿をさらけ出している事が不安に感じてしまう。

なぜなら、こんなにも素敵でキレイで、心がピュアな美月を好きだから嫌われたくないのだ。

 

 先程まで笑っていた美月の表情は固まり、歩みが遅くなっていく。無言で歩いているが、彼女は下を向いて考え込んでいる様だ。

すると、いよいよ美月の歩みがピタリと止まった。

少し先を歩く僕も足を止め、振り返って美月を見つめる。

「美月?」

「陽太くんは、私にとって…」

下を向いていた彼女は、顔を上げて真剣な表情で強く伝えた。

「陽太くんは私にとって、うまく言えないけど…すごく大切だよ?私に無いものを持ってるし、いつもそれをくれるし。一緒にいる時は楽しいし、素でいられるし。でも、緊張する時もあるし…。不思議だけど…いつも見かけるとなんか、安心する時もあるし。…う、うまく言えないけど、絶対似合わないとか無いよ!」


 こんなにも真剣に、そして強い口調で目を見て話す美月は初めてだった。

僕は愚問を投げかけてしまったようだ。だけど、聞けて安心した。少なくとも、美月が嫌じゃないならば嬉しい。その気持ちが大きかった。

 だが、それ以上に胸が苦しい。本当は、美月に好きだと伝えたかった。それほどまで気持ちは高ぶっていた。だが、もし好意を持っていてもそれが友達としてだったら…。間違いなく今の関係性が崩れてしまう。それだけは避けたい。この関係で幸せなんだ。壊したくない。そういう思いが襲ってくる。

ただ、今は美月の言ってくれた言葉が素直に嬉しかった。

「ありがとう。でも、俺もそう思ってるよ。美月と一緒は楽しい。本当に。だからさっき言ったのは、不安になっちゃっただけだから。ごめんね。美月の気持ちが聞けて嬉しかったよ。」

「…うん。」

「んじゃあ、これからもまた一緒に遊べる?」

「もちろん。もちろんだよ。だから…そんな似合わないとか言わないで。」

「分かった。もう絶対に言わないよ。約束する。ごめんね。」

「約束ね…絶対ね!」

そう言うと、こちらへ小走りで走って来る。

その時、足元に氷った水たまりがあった様で、彼女が滑り、転びそうになった。

「キャッ!」

「危ないっ!」

僕は咄嗟に手を伸ばし、彼女の手を握り体勢を支える。なんとか転ばずに支えることが出来た。

「大丈夫?」

「う、うん。危なかった…。ありがとう。」

 その時、自然と手を握ってしまっていた。初めて女子の手に触れた瞬間だ。だが、このタイミング。感動や喜びよりも転ばなかった安堵の方が大きかった。

 折角手を握れたのに、こんな事故な形だとは思わなかった。実感が無かったものの、その後の美月の言葉にようやく実感が湧いた。

「手…ありがとう握ってくれて。」

「あ、ごめん!危なかったから!」

「大丈夫だよ。ありがとう。陽太くんの手…暖かいね。」

「え…う、うん。美月は…冷たいね。」

そう言うと、一度少し強く手を握り締めた。

だが、美月の手は恥ずかしさからか、みるみるうちに暖かくなっている様だ。

体勢をしっかりと起こし、手を離すとまた駅までの道を歩く。

「星見の方も雪降ってるのかな?」

「うーん…。多分降ってると思う。」

「美月の家は、駅から近いの?」

「歩いて15分位かな?」

「そうなんだ。俺も同じくらいかなぁ。」

 他愛もない会話が続くがこれが一番心地良い。


 あたりは暗くなり、帰宅時の学生や社会人が歩いているがほとんどの人が傘を差している。雪も降り積もり、止む気配は無い。


 駅に着き、街の明かりも増えてくると、街の明かりが降る雪に反射してキラキラと輝いている。

駅に到着して、改札を抜ける前に来た道を振り返りながら、美月が空を見上げている。


「改めてこうやって見ると、雪…きれいだね…。」

 そう言うと、少し上を見上げた美月は息をハーッと出して、空からゆっくりと降る雪と、白く染まる息を見つめて微笑んでいた。

 桜の時も、夕焼けの時も、花火の時も見た笑顔。だが今日はあの笑顔とは少し違った笑顔だった。


 少し、美月が変わった気がした。美月も心を開いている様な。そんな笑顔だった。

ポケットの中で握った手を少し震わせなが、美月と手を繋ぎたい衝動を抑えていた。


そして、マフラーに埋まった口元から見える美月の微笑んだ表情を見て、彼女を好きになった事を改めて再認識した。


「うん…きれいだね。きっとこれも今しか見れない色…。でしょ?」

「…そうだねっ!陽太くんと見るいつもの色。今日も見せてくれてありがとう!」

また、いつもの笑顔を見せて僕に言葉を投げ掛けてくれる。

「うん。俺も一緒に帰れて良かった。」

「フフッ!…でもやっぱり寒いねっ!早く駅入ろう!」

そう言ってまた改札に振り返り、二人で駅の改札を抜けた。




 それから数日が経ち、無事にテスト当日を迎え、何日かしてから結果が配布された。僕も美月も無事に赤点は無し。

美月の教え方が上手かったのか、あの時間集中出来たのが良かったのか分からないが、良い結果になって良かった。

もちろん色々な意味で僕にとってもあの勉強は良い結果だった。


 成績の学年一位は意外にもみなみ。いつも遊んでいた優里や和樹、駿と一緒にいたはずだが…。

瞬も何とか赤点は回避できた様だ。


 放課後、4組の自分の机で眠るみなみと他の生徒とふざけている駿を横目に、落ち込みながらもいつもの通りにヘラヘラと補習に向かう和樹と優里の後姿を見送った。

「優里と和樹くんは見事に赤点だったね。」

「馬鹿だよな。少し勉強しときゃ良いのに。まぁ俺達はちゃんとやったもんな。」

そう言いながら椅子に座る美月を見下ろすと、机に寄りかかっている僕を見上げながら美月が、

「うんっ。楽しかったね雪だるまも!」

と、目を細め、笑顔で答えてくれた。

「でも、先生には結局聞かなかったけどね~!」

「確かに…。」

「残って勉強して良かったっ!」

僕は、勉強よりもあの後の帰り道が頭から離れなかった。

今思う素直な気持ちを伝えたい。それが今の僕には出来る。


「…今度はさ、もっと大きな雪だるま、作ろう。」

「え?」

「雪だるま。この前のより大きいのだよ。」

「…誰と?」

「え?」

「誰と作るの?」

美月が聞いてくる。

「誰って…美月と…だよ。」

「ふーん…。なんで?」

「こ、この前のは小さくて不完全燃焼だったから!」

「それだけ?それだの理由?」

「な、なんだよっ!」

「プッ…あははっ!この前の仕返し!」

「なっ!…」

「もちろんっ!また作ろうね!」

「み、美月としか、作らないからな!」

「そっか…。それなら良かった!」


 その美月の言葉の意味は今の僕にはまだ分からないが、少しずつ進んでいく僕達の距離を感じながら、少しでも美月も僕を想ってくれていたら良いな。

そう願い、もっと自分らしくても美月は受け入れてくれることを知れた。

そして、美月も少しずつ僕に素直な表情を見せてくれる。


この「好き」はどこまで続くのだろう。


彼女の気持ちを知りたい。どう思っているのか。彼女の口から。

それが分かるまで、僕の確認はまだ続きそうだ。


その後、僕は初めて彼女に曲を紹介した。

その曲はまるで、あの日の僕たちそのものを歌っているようだった。


“back number ヒロイン”

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