一年生の秋 ~君に見せる僕らしさ~

 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が始まろうとしている。

 

 あの夏祭りも思い出になり、季節は過ぎていく。

部活に熱中した夏休みを送った8月は終わって、気づけば9月も終わりに近づき、暑い日もあるが、時折秋の風が校舎に流れる為、夏服のままでは肌寒く、カーディガンを着こむ生徒も多い。


 桜高には9月から11月の秋の季節に恒例になっている行事がある。

1つ目は2年生の修学旅行。

2つ目は桜高の文化祭だ。

 毎年文化祭になると各部活やクラス毎に出店を出し、地域の人や他校の生徒を招き盛り上がる。

各学年、各クラスから文化祭委員を選出し、企画をしていきながら開催をする。


 もちろん、僕は委員にはならなかった。

サッカー部は毎年恒例で焼き鳥を出店で出す。基本的には一年生が中心になって行い、先輩は他の出店を回りながら宣伝をするという事で、僕達一年ももちろん例外ではなく、その出店の準備をする事になった。


放課後、部活の時間までいつものメンバーで話し込む。

「優里達テニス部は何すんのー?」

「うちらはチョコバナナ!」

「いかにも女子っぽいな…」

「でも基本的にはテキト―にやって他まわるけどね。」

「羨ましいわ。俺たちは多分ずっと出店担当だわ。」

ふてくされた和樹の肩に手をまわし、瞬が声をかける。

「大丈夫だよ、和樹の分も俺がどっかで飯買ってくるから。」

「そういう事じゃねーよ!」

二人の漫才のような掛け合いはもはや定番だ。

「みなみは体育館でずっと吹奏楽部の発表してるから良かったら来てね!」

みなみは相変わらずマイペースに笑顔で話している。


 文化祭本番を今週末に控え、学校中は盛り上がっていた。


「あれ?美月は?」

僕は4組の中を見回し、美月を探す。

「あー美月は、なんか学園祭の準備らしいよ。美術部は美術室で絵の展示会するらしいよ。文化部だから文化祭はある意味発表の場だしね。」

「そうなんだ…」

優里からそれを聞き、文化祭当日に美術室に行けない事を悔しく思った。

「まっ、俺達サッカー部はひたすら炭臭くなりながら鳥焼いてようぜ。」

和樹と瞬が肩を組み笑っている。


「ねぇねぇ陽太くん。美月今美術室にいるよ?行かなくて良いの?」

みなみが小声で耳打ちしてくる。

「べ、別に大丈夫だよ?今から部活だし。」

少し焦った口調になってしまったが、みなみはふーん、という顔でこちらを見ながら微笑む。

 僕はみなみの言うとおり美術室にいければと思ったが、美月も部活をしている。邪魔をしては悪いと、僕も気を取り直して部活に向かう事にした。


 文化祭前日には各部活が準備に取り掛かり、校庭にテントを張り、物品の準備や食材の調達。そこから家庭科室の冷蔵庫に冷やして下ごしらえ等を行う。サッカー部も無事に準備を終え、明日に備える。

この数日はなかなか美月と話すことができていない。たまに顔を見ることはあるが、用事がなければなかなか話すこともないし、何よりもう入学して半年も経つと色んな友達とも話すことが多くなる。美月ももちろん他の女子と話している姿が多い。男友達と話していないだけ良いけど…。


そして前日の準備を終え、滞りなく当日を迎えた。

 

 朝から学校の校門も飾りつけられ、大きな看板やアーチが設置されている。

思った以上の盛り上がりに、正直無関心だった僕達も思わず声を出す。

「す、すげぇな…」

他校の生徒も多く来ており、お嬢様学校で有名な桜見女子高校、通称桜女(さくじょ)の制服を着た生徒も多く来ている。

「やべぇやべぇ、桜女だ!おいっ陽太、駿!」

和樹が興奮し女子生徒に手を振っている。

「アドレス聞こうかなぁ…」

駿も乗り気だ。

「陽太!聞く?」

「俺はいいわ。」

 前までだったらノリで聞いていたかもしれないが、今は全く興味が無い。

集合時間に遅れない様にサッカー部のテントに向かい、先輩から指示を受けさっそく焼き鳥作りに取り掛かる。

エプロンをつけ、そろいのジャージに着替えて頭に鉢巻きを巻く。

炭が燃える大型のコンロで手をやけどしそうにしながら、軍手を着けて焼き鳥の串を持ち、焦げないように回す。

時折、煙を吸い込んでむせ込みながら、

(ああ、他のブースまわりたいな…)

と心の中と表情で語る。

 そんな思いを持っていても意味が無い。これがサッカー部恒例だ。


 思いがけず驚いたのはサッカー部の焼き鳥には以外にも客が多い。確かに1本30円で焼き鳥を売っているんだ。客が途切れない。

他のブースに気を取られてながらも途切れない客に対応している間に昼が過ぎ、午後になっていた。


「あーもう限界!俺他まわってくる!」

「おい和樹!…お前が行くなら俺も行くぞ!」

和樹と駿がエプロンを外した。

「あ、おい!お前らどこ行くんだよ!」

「他のとこ!ちょっとくらいはまわらないと!絶対後悔するから。ほら、少し落ち着いてきたころだし。陽太、よろしく!」

「お土産買ってくるから!」

そう言うと和樹と駿は仲良く駈け出して行った。

他の部員もそれに合わせて順番に出かけていき、気づけば一人残りながら、ため息をつき、焼き鳥が焦げない様に1本1本皿に移していく。

 本当は、美月の美術部に行きたい。作品を見たいというわけでは無く、美月が何をしているのか気になっていた。

ただでさえ、最近は出店の準備に追われ、美月と会話らしい事も少なかった。

どんな事が最近あって、どんな事をしていたのか。秋はどんなテーマで絵を描いていたのか。すべてが気になる。


 物思いにふけって正面を見ていると、あっという間に焼き鳥が焦げてしまった。下を向いて、急いで焼き鳥を皿に移すと、客が来る。


「すいません!焼き鳥4本下さい。」

「はーい。」

空元気ながら多少でもやる気を出して返事をして、顔を上げる。

するとそこにいたのは、制服の上に美術部のジャージを着た美月だった。

「えっ!美月?どうしたの?」

「どうしたのって、焼き鳥買いに来たんだよ?」

「焼き鳥…卓球部も…やってるよ?」

「そうだけど、サッカー部のが良いなって思って。」

「それは…うちの焼き鳥の…タレが良いってこと?」

「いや、塩が良い…。っていうか焼き鳥の味とかじゃなくて…。」

「あ、味じゃないのか。んじゃあ…焼き鳥の焼き方…って事?」

突然の美月の来店に思わず確認せずにはいられなかった。

「もう、違うよ!もちろん焼き鳥も買いに来たけど、陽太くん達いるかなぁって思って来たんだよ。」

「あ、そっか!ごめん、なんか確認ばっかしちゃって。」

(「もしかして、僕に会いに来てくれたのかな」)という思いが表に出てしまって、確信したかったが為に確認してしまった。

「大丈夫だよ。あ、そうだ!この子同じ部活の史緒里。2組なんだけど、同じ部活だし、仲良いんだ!。」

「あ、顔は知ってるよ。俺3組の齋藤 陽太。よろしくね。」

「こちらこそ。美月から話は聞いてるよ!美月の絵には齋藤くんが必要なんだってね!」

「ちょ、ちょっと史緒里!それはいつも助けてくれるって話で…」

「え、だから齋藤くんいないと描けないんでしょ?」

史緒里は笑顔で美月をからかう様に話している。

「でも、単純に美月は絵が上手いから、俺はいつも偶然手助け出来る環境にいるだけだよ。」

「そうなんだ!でも美月の絵は本当に良い絵描くから、これからも作品のお手伝いよろしくお願いしますね!美術部の為にも!」

「う、うん…がんばります。」

「もう!史緒里が余計な事言うから困ってるじゃん。」

そういう美月の頬は、焼き鳥を焼くコンロの熱なのか、恥ずかしさからなのか赤らんでいた。

「あ、これ良かったら食べてよ。余っても良くないからさ。」

そういって僕は照れ隠しと、少しでも好印象をと思って皿に焼き鳥を10本入れた。

「え、こんなに大丈夫だよ!」

「美術室にまだ部員いるでしょ?先輩とか。少ないけど皆で食べて。サッカー部からって。」

「んじゃあ…ありがとう。お言葉に甘えて頂くね!」

「ありがとう齋藤くん!美月の言うとおり、優しいんだね!」

そう言うとまた史緒里は美月の顔を覗きながら笑いかけた。

「なんなのっ!史緒里!」

いつになくムキになる美月は、普段あまり僕に見せない照れて怒った様な笑い顔で史織里の肩を叩く。それがまた、僕の心をギュッと掴む。これほど迄にムキになっている美月を見て、これは冗談では無くもしかしたら本当なのかも…と思いこんでしまった。

「へへっ!私先行ってるよ!」

史緒里は昇降口へ戻り、美月と二人になる。

何故か今まで途切れなかった客が途切れ、他の部員もいない時間だった。

文化祭で賑わう校庭の端、出店のテントの中に置いていた音楽スピーカーからの音と、生徒達の声が入り混じる中で、この久しぶりの二人きりの状況に、何を話せばよいか戸惑ってしまったが、切り出したのは美月だった。

「鉢巻き…似合ってるね。」

「あっ…」

僕は恥ずかしくなり、鉢巻きを外した。

「外さなくても良いのに。似合ってるよ?」

「いや、恥ずい…。」

顔が赤くなってしまう。こればコンロの熱さではない。

「陽太くんは今日はずっとここにいるの?」

「うーんどうかなぁ。でも和樹も駿も他のとこ行っちゃったし、俺はいないとまずいからね。美月は大丈夫なの?」

「私は休憩。って言うか暇で。少し外出て良いか先輩に聞いたら良いよって言ってくれたから。」

「そうなんだ。わざわざ来てくれてありがとうね。」

「ううん。私もこんなに焼き鳥もらったって。得しちゃった。ありがとう。」

「うん…あ、」

「なに?」

「(会いたかったよ…)」

その言葉を伝えたかったが、いつもの通り、怖さが出てしまい言葉が続かない。

「なんでもない…。」

「…そっか。」


午後になり、少し肌寒くなってきた。

雲も増えはじめ、秋の風が吹き、美月の前髪が揺れている。また少し無言の時間があり、少し下を向いた美月がこちらにチラリと一瞬上目づかいをする。

「どうしたの?」

「え…?いや何でも無いよ!あの…もし時間あったら絵見に来てね?」

美月は少し小声になりながらも美術部の見学を誘ってきてくれた。

「も、もちろん。時間出来たら必ず行くよ。」

思いがけない美月からの誘いだったが、元々行きたかったのだ。僕からしたら誘ってもらえて好都合だった。

「うん。じゃあそろそろ美術室戻るね。」

「あ…うん。買ってくれてありがとうね!」

「うん。またねっ!」

そう言うと、美月は小走りで昇降口へ走って行った。


急に日が陰り、冷たい空気が吹く。

美月は誘いに来てくれたんだろう。きっと絵を見に来て欲しいんだ。

そう思うと、こんなところで作業をしている場合ではないと思う。だが、性格もあってか、抜けだす事は出来ない。今は僕一人しかいないからだ。

それにしても、30円の焼き鳥を4本分で計120円。その金額で美月と会えたなら、焼き鳥を作っていて良かったと心から思った。


 だが、あの時とは何か違う。あの夏祭りの夕日を見た後。

あの時は、幸せで充実していたからか、こんな気持ちにはならなかった。

和樹や瞬、優里やみなみと合流しても満足していたし楽しかった。

あの時は本当に充実した時間だった。だから二人きりではない事も気にしなかったが、今は違う。

美月に会いたい。美月と話したい。二人だけで。

僕はきっと、あの夏祭りの時は美月と近くにいることで、どこか安心していたというか、大丈夫だと思っていたのだろう。美月は離れないと思っていた。

だが、今は違う。美月がそばにいないからこそ なぜか不安で、なぜか会いたくて仕方がない。こんな気持ちは初めてだが、美月のそばにいたい、今すぐ会いたいと心から思っている。

たかが、校庭と校舎の3階の距離。走れば5分もかからないが、遠く感じる。


 時折来店する客へ接客をしながら、心ここにあらずでいると、遠くから和樹と駿の声がした。

「ただいま!陽太店番ありがとう!」

「お土産のチョコバナナ買ってきたよ!」

「後で優里も来るってさ!」

「うん…ありがとう。」

2人を羨ましく感じ、少しぶっきらぼうに返答してしまう。というか、考え込んでしまい、なんて答えれば良いか分からない。

「どうした?え、もしかして怒ってる?」

「いや、怒ってないよ。」

「陽太もまわりたかった?」

「いや…そんなんじゃ無くてさ。」

「なんかごめんな。」

駿が真面目な顔で謝りだす。

「俺たちが二人で言ったから怒ってんのか?」

「だから…怒って無いって。」

「陽太。なんかあったか?」

「いや、特には…。何もないよ。」

「そっか…でも、ここからは俺達が二人で店番するから、ゆっくり回ってきて良いよ。てか、むしろ18時の終わりまでまわってこいよ!」

「は?今まだ15時前だぞ?流石にまずいよ。」

「大丈夫だって!その為に俺達二人で行って来たんだから!ここからは俺達でやるから。」

いつになく和樹が率先している。

「そうそう!陽太は気にせず美月ちゃんとこ行ってこいよ!」

駿が後から続いた。

「…なんで美月の所に行かなきゃダメなんだよ。」。

「え?いや…なんとなく?」

駿は笑いながら答えた。

「瞬の言っていることは気にせず、女テニと優里も後で来るし、他のブースもやってるから!とりあえずお前は抜けて後ラストまでゆっくりして来いよ!」

和樹はそういうと、カーディガンを脱いで、シャツの腕をまくり、鉢巻きを巻きなおして、僕の肩をポンと叩いた。

「んじゃあ…分かった。ありがとう。」

いつもならそれでも断るが、あまりの和樹と駿の勢いに押されたのと、どうしても美月に会いたかった自分に嘘をつきたくない気持ちが勝り、エプロンを脱ぎ、出店を出て校舎へ向かった。


 他の部活の出店に目もくれず、気づけば西校舎3階の美術室に向かっていた。

美術室のドアは開いており、入口には小ぶりな飾り付けがされている。


<桜高美術部 作品展示会場>


 そう書いてある入口のドアを入ると、壁一面に部員が作成した絵の数々が展示されていた。彫刻もあり、粘土もあり、いかにも美術部らしい。

その中に、ひときわ目立ったあの桜の絵と、その隣に大きな雲が2つ浮かんだ夕焼け空と夜空が半分ずつ描かれた絵が飾られていた。その下には蛍が飛び交い、空には花火が上がっている。タイトルは、

<夏の色>と書いてある。

(この絵…)


1年4組 野木 美月 


作成者名を見て息が詰まった。

「あ、あの!」

先輩部員に声をかける。

「美月…野木さんいますか?」

「え、はい…呼んできますね。」

先輩はそういうと美術室の奥へ入っていく。

絵を見つめていると、中から美月が駆け足で出てきた。

「陽太くん!来てくれたの?大丈夫なの?お店。」

美月は焦った顔で聞いてくる。

「大丈夫。和樹と駿に任せた。そんな事より、この絵…美月が描いたんだ…」

「うん…あのお祭りに行って出来た絵だよ。キレイな思い出だったから描いたんだ。すごく好評だよ。」

「やっぱキレイだよ…すごくキレイ。」

「春の絵は、桜の花をスケッチしたやつを参考にしようと思ったけど、なんかそれよりも二人で見た坂の下からの景色が思い出に残ってて。この夏の絵は、あの時一回もスケッチとかしてないんだけど、家に帰ってからもずっと頭の中からあの色とか景色が消えなくて。カッコつけた言い方になっちゃうけど、心のファインダーっていうか…。スケッチしなくても、残ってるんだ。だから、すぐに描けたの。」


その言葉を聞いて、僕は気づいた。

美月が描く絵は彼女の思い出に残っているものが書かれているんだ。それが桜の絵であり、夏の絵であり。何にせよ、その全てに僕も一緒にいれたことが嬉しい。そして、思い出になってくれていることが幸せに感じる。

美月の中にある思い出の景色や風景に、僕もいれば良いな。そう強く思った。


「思い出に残ってるの?」

「もちろんだよ。だからこの絵も見せたかったの。見に来てくれて良かった。」

「俺も…会えて良かった…」

「え?…会えて?」

あまりの絵の美しさと、美月に会えた安心に思わず心の声が出てしまった。

「…誰に会えて良かったの?」

「あ、それはえーと…この絵!この絵に出会えて良かった。そういう意味!」

「絵に出会えてって…なんか、私より美術部みたい。」

「た、確かにね」

そういうと美月は声を出して笑ってくれた。

笑い声に気づき中から史緒里と先輩が出てくる。

「野木さん、後は片付けだけだから色々まわってきて良いよ。」

「え、だってまだ展示中ですし…」

思いがけない先輩の言葉に美月が戸惑っている。

「もう人来ないから。ずっと朝からあまり休まずにここにいたでしょ?少し遊んできて良いよ!」

「そうだよ美月。先輩が言ってるんだから。行ってきなよ!」

「え…でも…」

「齋藤くんもこの後時間あるなら美月とまわって!今からだと他のまわれる子も少ないと思うし!」

 僕は何て言おうか頭をフル回転して考えていた。断るのも嫌だ。何て言うべきか。考えてみたが言葉が思い浮かばない。

でも、たまには自分の気持ちに素直に言ってみよう。嫌われても良い。

ただその気持ちだけが思い浮かんだ。


「美月、一緒にまわろう?先輩も言ってくれてる事だし。」

「え、いいの…?」

「あ、もちろん美月が嫌じゃ無ければね?」

「嫌じゃない!嫌じゃ無いよ…。」

「んじゃあ行こうよ。荷物持って!」

そう言うと美月は部員に向かって頭を下げ、

「んじゃあ、今日は甘えます。ごめんなさい!」

「いってらっしゃい!」

部員に見送られ、美月は笑顔でジャージを脱ぎカーディガンを着て荷物を持ち、こちらへ向かってきた。

「んじゃあ、行こう!」

僕は振り返り、再度美術部のみんなへ頭を下げた。


 そこからは2人で色んな部活の出店をまわった。

まわる出店毎に会う同級生に二人でいる事をからかわれるが、それも嫌では無かった。美月も笑顔で答えている様で、僕といるのが苦痛では無いと分かり安心した。

 いくつかの出店を周り、みなみの発表会を見学しテニス部のチョコバナナも買って中庭のベンチに座って最近の絵の話や海外サッカーの話をした。

興味が無かった話題かもしれない。だけど、美月はずっとこちらを見て、聞いてくれていた。


 気づけば少しずつ日も暮れ始め、各出店は18時で閉店した。

その後は18時半からのクライマックスの花火だ。今年は予算の関係であまり立派な花火では無いらしいが、それでも見たいと思った。美月とも花火を見る約束をしていたから。

 校庭の真ん中へ向かい、花火を見ようとする人ごみの生徒の中に入る。

「花火どうする?」

「見たい…見る?」

「うん…でも、大丈夫かな?」

「なにが?」

「俺と一緒に花火なんか見たらさ、なんか…誤解されないかなって。」

女子と2人で花火を見る。しかも学校でとなれば変な噂になるのではないか。

いかにも恋愛経験の無い男の考えそうな事である。

「陽太くんは見たくない?」

「いや、そういう事じゃないけど!」

「だったら見たいな…。」

「一人で見るの?」

「ううん…。一人は嫌だよ…。」

「え?俺と?」

「うん」

「なんで?」

「だって今日一緒にまわったし…。」

「まわったから…見たいの?」

「違うよ。だって、一緒に花火見たいもん。」

また確認してしまった。でも、不安なんだ。本当に僕となんか見てくれるのかと。噂になっても良いのかと思ってしまう。

「お、俺も見たい。一緒に見ようねって約束したし。」

「本当?」

少しの照明が照らす薄暗い校庭で、僕より低い身長の美月が、顔をこちらを見上げて不安げな表情を浮かべている。

「うん…。」

僕も美月を見て答えた。


「あ、陽太!」

「美月もここにいたんだ!」

和樹と優里だ。駿とみなみもいる。

「和樹と優里とみなみと皆で花火見ようってなって、二人を探してたんだよ!」

「みなみは別に私たちだけで見ようって言ったんだけどね…」


本当だったら二人で見るのが良かったのかもしれなかったが、今日は二人じゃなくて皆で見よう。そう直感で思った。

「美月、今日は皆で見ようか!」

「うんっ、そうだね!皆っ!ここ見やすいよ!」

美月が手招きをして皆で空を見上げる。

僕と美月が並んだ横で、美月の隣には優里とみなみ、僕の隣には和樹と駿が並んだ。花火を待つ生徒の声でざわつく中、和樹が空を見ながら呟く。

「…んで、陽太はあの後から何してた?」

「え?俺?」

「うん。無駄な時間過ごしてなかったか?」

「うん…無駄では無かったかな。」

「そりゃ良かった。お前さ、もう少し自信持ちな。いつも自信ありそうで無ぇんだからさ。本当はバカ素直なクセに、その思った事行動に出さなくてどうすんだよ。第一、そこそこ顔も良いし真面目なんだから。もっとお前らしくしろよ。」

和樹が僕にだけ聞こえる程度の声で呟く。

「…。」

「まっ良いけどっ!俺も楽しかったし!少しは強気になれよ?俺らにはお前らしさが出せてるけど、周りにもお前らしさ素直に出せよ。」

和樹はそれ以上何も言わなかったが、僕が特別な気持ちで美月に接している事に気づいているんだろう。いつになく真面目な表情の和樹の眼は真っ直ぐと空を見ていた。

 何も言えない僕は、隣にいる美月を横目で見る。

優里と楽しそうに話している美月の笑顔を見て、生まれて初めて胸が痛いほど締め付けられ、頭が熱くなり、口元に力が入る。

僕はこの時、本当の自分の気持ちにやっと気づいた。

「和樹…。」

「ん?」

「ありがとう。」

「…おう。」

そう言って、和樹は僕の体にドンとぶつかる。その衝撃で、隣にいた美月の方へ体が倒れかけ、美月の手に僕の手が触れてしまった。

「あ、ごめん!」

「え?う、うん。大丈夫!」

少し顔を合わせてしまうが、手が触れたのはもしかしたら初めてかもしれない。今までにないドキドキという胸の鼓動が響いている。


 そのすぐ後、夜空に今年最後の花火が上がった。

大きな花火でも無く、特別キレイな花火でも無かったが、花火の茜色に照らされた美月の横顔だけは忘れられないほどキレイで可愛くて、それ以上の言葉が見つからない程愛おしかった。

花火では無く、美月を見る僕に気づいた彼女は、近くで鳴る花火の音に負けない位の声を出した。

「何こっち見てるの?ほら!花火キレイだよ!」

「美月!」

「ん?なあに?」

僕は今までより少し素直に、自分らしく笑って大きな声を出して言った。

「あのさ…キレイだよ!」

「え?何が?」

音で聞こえなかったのか、もう一度大きな声で言った。

「花火に照らされた美月の顔、キレイだよ!!」

「えっ…」

その言葉に戸惑った美月は、花火の明かりだけでもわかるほど赤面し、恥ずかしがりながら一度前を向いた。そして嬉しそうに口元を緩ませ、少し時間をおいて深く息を吸い、またこちらを見上げて大声で言った。

「ありがとうっ!陽太くんも素敵だよ!」

冗談なのか、本気なのか。少しおどけた顔をしているが、目を細め、いつもの笑顔で、僕に向かって伝えてくれた。こんなにも大きな声を出した美月は初めてだ。


「優里もみなみちゃんもキレイだぞー!」

隣で和樹が口に手を当てて大声で言う。

「うちが可愛いのは当たり前!和樹も花火の明かりでちょうど良くなってるぞ!」

「何がちょうど良いんだよ!」

「俺は?俺は?」

「駿は変わんねぇよ!」

「みなみは、そういう陽太くんがカッコ良いと思うよー!」

その時は皆で沢山大声を出して、沢山笑ってふざけあった。


 でも、考えてみればそこで和樹が二人を褒めたという事は、僕が美月に言った事は皆に聞こえていたのだろう。

でもそれで良い。正直に言ったんだ。僕は清々しかった。


 花火も終わり全生徒が家路につく。校門を抜けて、いつもの坂道。秋がもうすぐそばまできているからか、桜の木も葉が少しずつ落ちている。

駿の自転車に和樹が乗り、その後ろに優里が乗る。駿は後ろから追いかけて走っている姿を、みなみが後ろから微笑ましく見ている。


 美月と並んで歩く僕はいつもより美月と近くにいる様な気がした。

「今日はありがとう。すげぇ楽しかった。」

「こちらこそありがとう!」

「絵も凄くキレイだったよ!」

「うん…実はね、ちょっと落ち込んでたんだ。」

「どうしたの?」

鞄を両手で前に持ち、下を向いて美月が歩く。

「実は、あんまり美術室に人来なくて全然見てもらって無くてさ。やっぱり美術部なんて興味無いだろうし、校庭で出店やったり体育館でバンドやったりしてるのにわざわざ校舎入って3階まで行かないでしょ?凄く残念だなって思ってたんだ。」

「そうだったんだ…でももったいないよ。あんなに素敵な、キレイな絵なのに!皆損してる。」

「損か…そうだね!そう思うとなんか気が楽だよ!」

下を向いて話していた彼女が顔を上げ笑顔を見せる。

「だから陽太くん来てくれた時、凄く嬉しかったんだ!陽太くんといるといつも楽しいし、気づいたらいつもありがとうって言っちゃうね。なんか不思議な感じ!」

「俺もいつも楽しい。それに、ありがとうはこっちの台詞だよ。あんなにキレイな絵も見せてもらったし。」


そう話しながら、坂道の中腹を過ぎた頃、美月が立ち止り、僕もつられて立ち止まった。

「ん?どうした?」

「あのね…来年は修学旅行があるから厳しいけど、三年生になったら、桜高の文化祭の実行委員になりたいって思うの。」

普段控えめな彼女からの言葉とは思えなかった。

「どうしたの?急に。」

「ううん。なれたらなって思っただけ。私、企画とか得意じゃないし、まとめるのとかやった事無いけど、こんなに楽しくて皆笑顔になれるなら私も参加してみたいなって。それで、少しでも美術部の絵とか、作品ももっとちゃんと飾って、皆に知ってもらえたらなって思って。」

そう言う彼女の眼は真剣で。迷いの無い力強い言葉だと分かった。

「うん。良いと思う。絶対大丈夫だよ。応援する。」

「本当?ありがとう!」

「そしたら…そしたらさ!俺が委員長をやるよ。絶対やる。だから副委員長をやって?二人で協力してさ、色んな事してみようよ!絶対叶えよう!」


 僕は何よりも、美月の笑顔を見たかった。三年生になった時、どんな関係なのか今は分からないが、ただその時に美月の笑顔を見ていたかった。その為になら何でも出来ると思った。

「委員長やってくれるの?…んじゃあ約束ね。それまで仲良くしてね?」

「もちろん。仲良しでいるよ。」

「うん!ありがとう!」

そう言いながら二人で坂を下り、皆で駅へ向かう。


 楽しい時間はあっという間と言うけれど、今日はとても長く感じた。それは1分1秒を大切に過ごせたからだと思う。

今まで女子に対して特別な感情を持った事も無く、可愛いな、キレイだなという子は正直数人はいた。でもそれはただ感覚で思っていた事だったんだ。

 和樹の言葉を聞き、美月の想いを知り、ふいに見た花火に照らされた自然体な彼女を見て、初めて自分に素直になれた。

何より、自分の気持ちに嘘をつかないでいる事が大切だということが分かり、僕は今日から、素直に生きていこうと思う。

そして改めて今日初めて気づく事ができた。



僕は、美月が好きだ。



“いきものがかり 茜色の約束”

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