第1話 旅の始まり④

      ◆

 あの駐屯兵が退席してしばらく、バルドは何をするでもなく耽っていた。そんなバルドの元に、一人の人物が顔を出した。


「あれ、ヴェルナーはもう帰っちまったのか?」


 部屋に入ってきたのは、赤毛に眼帯の少年、先ほど話題に上がっていたバズだった。


「ああ、今しがたな」


 バルドが肯定すると、少年はなんだと少し残念そうな顔を見せた。駐屯兵とはいえ年の近いヴェルナーをバズはいたく気に入ったらしく、二年前からあの男が『バルドグロック』へ顔を出すようになって以来、二人は仕事でも協力することが多いし、プライベートでも共にいるところをよく見かける。バルドも駐屯兵団とは友好な関係を続けていきたいと思っているので、次世代を担う二人が仲の良いことは悪いことではないと考えていた。


「こないだヴェルナーにライフルの撃ち方を教えてもらったんだ。いいよな、軍は最先端の武器が自由に使えるんだから」

「軍部だって税金で賄われた軍資金を使って軍備を整えているわけだから、自由というわけではないだろう。だが、何分民兵組織である我々では、そういった軍備の面では出遅れている。最新の銃器を揃えるのにも金がかかるしな」


 立場は対等といえど、やはり自警団と駐屯兵団の間に格差が生じているのは仕方のないことだ。だからこそ、ヴェルナーにそういった様々なものを見せてもらうことができて嬉しいのだろう。今年十八になろうというバズは、『バルドグロック』の副将として、そして次期バルド=グロックの名を継承する人間として、少しずつ頼もしさを見せてはいるが、こんなところはまだまだ年相応の少年だ。そんなバズを見るたび、バルドはいつも穏やかな気持ちになる。


 バズはバルドと同じグロックの姓を名乗ってはいるが、その血は繋がっていない。今から十年ほど前だったか、グリアモの近辺の森でうずくまっていた少年をバルドは保護した。バズという名だけ口にし、後は何一つ語ろうとはしなかった。しかし、バルドを強く見据える目に何か惹かれるものを感じ、少年をこの『バルドグロック』に迎え入れた。元来明るくて人懐っこい性分の少年はすぐにここに馴染んだ。人徳もあって戦闘の筋もいい。そんなバズを見て、その数年後、バルドはバズを自身の養子に迎えることを決意した。後継者として、そして息子として、この少年のことを誇りに思っていることは間違いない。もちろんそんなことは微塵も口に出したことは無いが。


 楽しそうに語っているバズに、バルドはふいに問いかけた。


「バズ、この自警団の後続の決まりは何と教えた?」


 突然問いかけられて、バズは一瞬目を丸くするが、すぐに真剣な表情になりその問いに答える。


「先代のバルド=グロックに後継者と認められた者は、その養子となる。そして代替わりの際にその名を拝命し長となる、だろ?」


 理想の答えに、バルドは眉を下げる。


「そうだ、つまり私がお前を養子に迎えた時点で、未来の『バルドグロック』ひいてはこのグリアモの町を支える役割をお前は担うこととなった」

「……」

「先代のバルド=グロックは皆、この町のために命を賭し、平和を守ってきた。この町を愛し、この町の民を愛し、この町に骨をうずめそして死んでいった。お前にその覚悟はあるか?」


 ゆっくりと問うバルド。その目は先ほどヴェルナーの前で見せていた悠然としたものとも、楽しそうに語るバズを見守る穏やかなものとも異なる、厳格なる当主のものだった。

 射すくめられるような目に僅かにバズの表情が曇った。しかしそれも一瞬の事、バルドの意思に応えるように、バズははっきりと告げた。


「はい。覚悟の上です」

「…よろしい。では、これからもグリアモのために精進しなさい。ヴェルナーはきっとお前の助けになる。よくしてもらいなさい」


 そう言って、バルドは歯をのぞかせにやりと笑った。

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