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……それから三年の月日が経過して、大学生になると、文は一遍の小説を書いて、それを出版社に応募した。
小説家になることは文の幼いころからの夢だった。
そして加奈の夢は音楽家(ピアノの演奏者)になることだった。
そのことを文は知っていたし、加奈も文の夢を知っている。
二人の夢を知っているのは、世界に文と加奈の、たった二人だけだった。
二人は大人になっても、その夢を忘れずに、頑張ってお互いの夢を叶えることを子供のころに約束していた。
その小説のタイトルは、『木漏れ日』と言う名前のタイトルだった。
それはいなくなってしまった奥山加奈を思って、牧野文が心を込めて書いた小説だった。
その物語の中では、加奈は東京から引越しをすることはなくて、ずっと文と一緒にいてくれて、文と同じ紺色のブレザータイプの制服を着ていて、文と同じ女学院に通っていて、その首元には幸せの象徴と言われる黄色いリボンをほかの生徒たちと同様につけていた。
文と加奈はその女学院で幸せな三年間を送り、二人はたくさんの幸福な思い出とともに、女学院を卒業して、同じ大学(今、文の通っている東京にある大学のことだ)に通うことになった。
その物語は、二人が手をつないで、一緒にその大学の門を通るところで終わっていた。
物語のエピローグでは、文は小説家に、加奈は音楽家になって、それぞれの夢をきちんと叶えることに成功していた。
木漏れ日の世界の中で、二人はずっと、ずっと幸せそうに笑っていた。
その小説を書き上げたとき、文は一人で涙した。
……二人の手はずっと、……一生つながっていると思っていた。離れることなどない。そんな風に勝手に思っていた。
二人はこのまま、普通に成長して、普通に幸せになるのだと思っていた。
でも、それは文の勝手な思い込みに過ぎなかった。
……『待っているだけでは、人は幸せなんかにはなれないのだ』。
……『きっと夢を叶えるためには、なにかを新しく手に入れるためには、大切ななにかを失う必要があるのだ』と思った。(それこそ、自分の魂を削り取るような痛みと一緒に……)
努力をしなければ人は幸せになれない。
そんな簡単なことに、今までずっと、文は気がつくことができなかった。……加奈のおかげで、……大切な人を失ったおかげで、ようやく気がつくことができたのだった。
文の書いた小説、木漏れ日は佳作をとった。
その賞をきっかけとして、文はそのまま小説家として、人生を生きていくことになった。
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