A few weeks ago:俺の傘もう返ってこない気がする
finale.雨降り列車の青い傘
これで良かったのだろうか。ふとそんなことを考える俺、今日は日曜日。俺は今、駅のプラットホームにいる。そう。決して階段を駆け下りているのではない。みなさんご存じファジー理論を堂々と掲げた電車が行き交うホームにたたずんでいるのだ。
“まもなく、6番線に列車が――”
数週間前、教育実習生に告白された。正直に言ってしまえば俺は彼女を恋人にしたいほどに好んではいないのだが、なぜか結局付き合う方向に話が進んでいった。
まぁ、別に強制的に付き合わされたってわけじゃない。両者——というか、主に俺の合意の上だ。うむ。だから法律的に問題はないといえよう。うむ。
ひゅぅぅぅっと電車が滑りこんできて、ドアが開く。俺が乗った先には、エネルギッシュな笑顔。黒いリクルートスーツじゃない、数か月前には毎日見ていた私服だ。
「おはよ、なずなくん」
ここまで言えばわかってくれると思う。そう、イッチー先生だ。今日はバーガンディのシャツワンピを着ている。バーガンディがボルドーかイマイチわかんないけど。
「おはようございます、由樹さん」
俺は彼女に出会ったことで、大きく人格が良い方向に変わった、というほどのことはない。ないけれど、俺の考え方に少なからず影響を与えてくれた。それは確かだ。もう俺はかつての向なずなではない。通学路の俺と学校の俺は今でも別人だ。別人だけれど、通学路での俺を知っている人間に学校でも接することが嫌ではなくなった。
今までは、人によって接する態度を変えることを、どこか申し訳なく思っていたんだろうと思う。でも、そうすることでしか生きていけないから、致し方なくそうして生きていた。でも、俺はひとつのキャラしか持ってはいけないなんて、誰が決めたんだ。ひとりの人間にずっと同じ接し方をしなきゃいけないなんて、誰が決めたんだ。
「いやー、今日が楽しみで昨日寝られなかったよ」
彼女のおかげで、自分の感情に正直になれた気がする。楽しかったら今まで通り大声で笑うし、嬉しかったら今まで通り全力で喜ぶ。それだけじゃなくて、悲しかったら素直に悲しめるし、疲れていたら素直に休めるようになった。
「遠足前日の小学1年生ですか? まったくぅ」
これらに関しては、心から彼女に感謝している。あのAM7:28の電車でしか会えなくて、高校で再会できたのは奇跡だと思った感動をずっと忘れたくないんだ。
「うそうそ。レポートが終わらなくてさ、大変だったよ」
ひらひらと手を振る彼女は俺のおねいさんであり、俺の先生だった。
「お疲れさまでした。ところで俺の傘、今日持ってきてくれましたか?」
「やぁごめん! すっかり忘れてた!」
いっそのこと、車内で雨が降ったら、彼女は青い傘を持ってきてくれるだろうか?
〈雨降り列車の青い傘 Fin〉
もしよかったらあとがきもよろしくお願いします!(09.18.Friに公開予定)
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