ep18.雨降り学校の赤い傘

「もしかしておふたり、好き同士ではない?」


 インターネット上でたまに見かける“もしかして:”のノリで訊いてくる理菜。


「ではない! ではねえよ!」


 教卓を吹き飛ばせるんじゃないかってぐらい叫ぶ俺。


「え、なに言ってんの蜷川さん!?」


 ワンテンポ遅れて驚いているイッチー先生。


 女の子の思い込みこーわ。前に否定したじゃんか。


 心の中で毒づいたその瞬間にチャイムが鳴り、俺たちは席に戻った。というか俺は逃げるリスのごとく速足で、あるいはいいことがあったサルのごとくスキップしそうになりながら帰った。このときの俺は、イッチー先生と今日二度も話すことになるとは微塵にも思わなかった……わけじゃない。後半戦に続く。




ep18.雨降り学校の赤い傘




「教えてあげよっか?」


 1限が終わり“ありがとうございましたー”のあとに座らずに訊いてくる理菜。


「何をだよ?」


 俺もつられて座らずに訊き返す。そうするしかない。だろ?


「今のこの状況に合う単語」


 急に教室が暗くなって、さらに外がうるさくなった気がする。窓の外を見やると、窓ガラスを割るんじゃないかってくらい叩きつけるようにして雨ががんがんと降っている。これは巷で話題のゲリラ豪雨ってやつか。下校時刻までには止んでほしいな。


「今のこの状況とは」


 これまた訊き返す。気分はオウムである。こけーっこっこっ。これはニワトリか。


「なずなとイッチー先生がほんとは好き同士なのにそうじゃないふりしてる状況」


「そうじゃないふりしてるんじゃなくてほんとに市原先生を好きじゃないし、なんなら嫌いなんだよ……。じゃあ、仮に、仮にそうだとしてさ。あるのかよそんな単語?」


 よくぞ訊いてくれましたと言いたそうな、理菜の自信に満ちあふれた声と表情。


「茶番!」


「「間違いない」」


 ハモった声に振り向くと、こちらの席までやってきていたイッチー先生だった。


「あ、イッチー先生じゃないですか。先生もやっぱこれ茶番だと思うんですね」


 そう満面の笑みで言うのは、言うまでもなく理菜である。俺はイッチー先生と目を合わせないようにそっぽを向く。だがしかし。


「実際どうなんですか? イッチー先生はなずなのこと好きなんですか?」


 理菜のストレートな投げかけに、普段のイッチー先生と同一人物とは思えないほど小さな声でもぞもぞと話す先生。その小さな声を頑張って聞き取った俺は――。




「その傘、私のだよ?」


 放課後の昇降口前。小さな池で、俺はイッチー先生の傘を差して佇んでいた。


「知ってますよーそんなこと。持ち手の部分とこに市原って印刷してある剥がれかけの汚らしいシール貼ってあるじゃないですか。だから、これお借りして待ってたんです」


「返してよ」


 1限終わりのゲリラ豪雨は止んだものの、放課後また集中豪雨にやられた。ついさっき、というかイッチー先生がきた瞬間止んだみたいなところだ。晴れ女かよ。


「俺の傘返してくれたらこれお返ししますよ。まっさか忘れてないですよね?」


「あー。そういえば君の傘返してなかったね。うちのどっかにあるかなー」


 悪びれもせずに頭をぽりぽりと掻くイッチー先生。ふざけんな盗っ人。


「……何かわたくしに言いたいことはございませんか?」


 怒りを押し殺して、“謝れよ”という念を込めて敬語で訊く俺に、


「あ、えっと。君のことが好きです」


 違うんだよもう、なんかさぁ!


 俺はイッチー先生のラズベリーレッドの傘ごと、大きくかぶりを振った。集中豪雨を俺から守っていたその赤い傘は、イッチー先生に天然のシャワーをもたらした。天然のじゃなくて酸性雨のシャワーだって? それは聞かなかったことにしよう。




 これは後で理菜から聞いた話なのだけれど、あの日の放課後、局地的大雨が去った後に大きな虹がかかっていた、らしい。へー。ふーん。圧倒的それがどうした感。

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