ep17.マテ茶カレンダー

“もう熱中症で倒れろ”


 そのメモを書いているときの理菜はいつもよりかわいかった。


“ちな理菜は俺のこと好きなの?”


“いや、ぜんっぜん。どっちかというと嫌いだな”


 お前こそ熱中症で倒れろ。


 そんなことを思ったけど、明日には忘れてるんだろうな。理菜いわく、“記憶力やばきことこの上なし”な俺のことだから。




ep17.マテ茶カレンダー




「――市原先生の教育実習は今日が最終日となります。連絡は以上」


 時が巻き起こした風によって、ばらばらとめくられていくカレンダー。それが数十枚ほどちぎれ、風に消え去り、俺らには夏の終わりが告げられた。天気というやつはマイペースすぎやしないだろうか、今は立秋からはかなり遅れた9月下旬である。


「イッチー先生のとこ行かない? 1限始まる2分前まででいいからさ」


 SHRを終えた俺は理菜に話しかけられた。ふざけんなこいつ。3分間も市原先生の半径1m以内にいろと。そう思ったけど、俺は優しいから頷いてやる。


「わーったよ。ひゃくはちじゅー、ひゃくななじゅーきゅー、ひゃくななじゅ――」


「いちいち数えるかよ!」


 理菜にぺしっと左腕を叩かれた。地獄のような3分間が始まるゴングになった、のかもしれない。教育実習最終日、気の抜けない前半戦が始まる。




「おや、本日はどのようなご用件で?」


 久々に話す市原先生――ではない。初日から、毎日話したり話さなかったりだ。なんか向こうが話しかけてくるから受け答えしてるだけだけど。うん、今ここ2週間分の記憶を探ってみたけど俺から話したことはほとんどにないな。


「なんでもないでっす授業の準備しなきゃなので帰りまっす」


「ちょ、待て」


 しれっと席に戻ろうとするも、理菜に連れ戻される。


「誠に残念ですが、市原先生に用件などないのですよ」


「それはちょうどよかった! 私も向くんに用事なんてなくって」


「ちょ、待て待て」


 厳かな口調でけんかを売る俺、けんかをフランクに買ってくれるイッチー先生、その場から立ち去ろうとするイッチー先生を捕獲する理菜。


「そろそろ授業始まりますし、席に着きましょうか」


「それがいいですね。俺予習しなきゃだし」


「ちょ、待て待て待て、ちょっ」


 それでもなお定位置に着こうとする俺ら、飼い犬をしつけるかのごとく待てを連呼して止めにかかる理菜。哀しいかな、彼女は今ドッグフードなど持っていない。


「マテ茶?」


 イッチー先生の呟きはむなしくもスルーされた。いや、俺からすると全然むなしくないし、なんなら他人の不幸は蜜の味って感じだけれども。


「違いますよ! それではわたくしは、このへんで失礼します。どうぞお幸せに~」


「「失礼すんな!」」


 理菜のおじぎに俺らの叫びがハモって降りかかる。どんまい理菜。


「あれれ~? もしかしておふたり、好き同士ではない?」


 インターネット上でたまに見かける“もしかして:”のノリで訊いてくる理菜。


「ではない! ではねえよ!」


 教卓を吹き飛ばせるんじゃないかってぐらい叫ぶ俺。


「え、なに言ってんの蜷川さん!?」


 ワンテンポ遅れて驚いているイッチー先生。


 女の子の思い込みこーわ。前に否定したじゃんか。


 心の中で毒づいたその瞬間にチャイムが鳴り、俺たちは席に戻った。というか俺は逃げるリスのごとく速足で、あるいはいいことがあったサルのごとくスキップしそうになりながら帰った。このときの俺は、イッチー先生と今日二度も話すことになるとは微塵にも思わなかった……わけじゃない。後半戦に続く。

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