ep15.消しゴム機密情報

「なるほどな。家でくつろいでいるところに仕事がぶちこまれるってことか」


「そういうことです。だから、これ以上俺に近づかないでください。お願いしましたよっ」


「いや、それは無理。これからも仲良くしてね」


 にっこにこの笑顔をこちらに向けてくるイッチー先生。俺は自教室に聞こえるんじゃないかってくらい、大きくため息をついてやった。




ep15.消しゴム機密情報




「さぼり、楽しかった?」


 教室に戻った俺は、理菜に皮肉を投げられる。まぁ授業終了のチャイムが鳴ると同時に帰ってきたからさぼりと認識されても仕方がないかー。というか実質さぼりか。


「楽しいわけねーだろ。嫌いな人と1時間一緒にいたんだぜ?」


 担任の先生は、教育実習の先生といたんだしまぁいいでしょう、というとても謎な理論を展開してくれて、怒られることも欠席としてカウントされることもなかった。俺はもともと屋上になんていなくて、さっきの授業は真面目に受けていたということになったのだ。いや、これが事実だから。俺ってすごいなー、とつくづく思う。


「いやでも、なずなってほんとはイッチー先生のこと嫌いじゃな――」


「なんか言った?」


 理菜の台詞をみなまで言わせず訊き返した俺に、彼女はすぅっと小さく息を吸い込み、ふるふると首を振った。なんでもないよ、という言葉とともに。


「……やっぱりお似合いだと思うんだけどなぁ」


「なんだよ、なにがだよ」


「べっつに? 独り言ですー」


 理菜はなんでもないよ、と言ったわりにはノートの端の方に傘的なsomethingを落書きし始めた。嫌な予感がした俺は、その落書きが完成する前に、理菜のペンケースから消しゴムを奪い取り、勢いよくノートに擦りつけてやった。消しゴムが無言で悲鳴をあげた。


「あーもーなにすんの!」


 非難の目を向けてくる理菜。“す”にアクセントかかっている。ってか、悪いのはそっちだろ。理菜の消しゴムはちょっとぼろぼろになったけど、これは正当防衛だろ?


「なにすんのって、ここなんて書く気だったんだよ!」


 消えかけ傘下の半分、左側にはいつもの丸文字でなずな、と書いてあった。その右隣の空白の部分を消しゴムで指して俺は問いただす。ちなみにこれは理菜の消しゴム。


「知りたいのかね、なずなくん?」


「いや、いい」


「知りたいのかね、なずなくん?」


「頼むからやめてくれ」


 なにかの博士みたいな言い方をする理菜に、俺はぶんぶんと首を横に振った。


「よろしい」


 満足そうに頷いて椅子から立ち上がる理菜。そしてスキップをしそうなくらいに軽い足取りでイッチー先生の方へと歩いて行く、え、イッチー先生の方?




「おかえり。市原先生と話してきたんだ?」


「ただいま。話してきたってゆーか、なずなに関する機密情報を教えてきたよ」


 3限が始まる1分前、理菜は自席に戻ってきた。行きと同じような軽い足取りで。


「俺の機密情報ってなんだよ」


「さぁね?」


 強盗がナイフを突きつけるようなスピードで問う俺、全く怖がらない理菜。


「教えろ」


「嫌でーす」


「教えろ」


「嫌で――」


「教えろ」


「い――」


「教えろ」


 ゲシュタルト崩壊という単語が脳をよぎったとき、理菜がため息をついた。


「仕方ないなぁ。とりあえず今、号令かかっちゃったから起立しようか」


 我に返って周りを見ると飛んでくる視線、視線、視線。視線という視線が俺らを突き刺してくる。いや、正確にいうと突き刺さっているのは俺ひとりかもしれない。


「すみません」


 俺は頭をかいて起立し、おねがいしまーすに合わせてゆるゆると頭を下げる。


“なずなって実はツンデレなんですよ、って”


 席について教科書を開いたところに届いたのは、動物がゆるいタッチでデザインされているメモ。差出人は確認するまでもない、理菜からだ。


“何言ってくれてんの!? 俺間違ってもツンデレではないよ!? たとえ国連が「地動説は嘘です」って正式に発表しても、天変地異が起きてもツンデレではないよ!?”


 俺はそう書き殴ってメモ帳を返す。そして見て驚くな、理菜のレスはこうだ。


“何ひとりで急にパニクってんの!? ツンデレっていうのは、なずなもご存じドラ地帯で売ってるーションケーキって意味だよ!?”


 樹木がなくて永久凍土が広がってるような寒すぎる場所でケーキって売られてるのかよ! しかもデコレーションされてるやつ!


 残念ながら、俺の心の叫びは誰にも届かなかった。

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