ep11.机上の筆談での本音
“「変なの」って言わない?”
“言わないよ絶対! 床に落ちてる消しカスに誓う!”
理菜の口癖は“変なの”だ。
でもまぁ、口は堅い方だ。こんなことを話せる相手はこいつしかいない気がする。
ということで、6月の電車でのことの一部を理菜に話した。その結果。
“変なの”
と、丸文字で返ってきた。なんでだろう、脳内で完全に理菜の声で再生された。
ep11.机上の筆談での本音
“言わないって言っただろ!”
“なずなまじなにしてんの? 不審者と仲良くしたいの?”
“ちげーよ!”
“だけどさ、イッチー先生も意外とあれなんだね”
俺の文字上の叫びを無視してイッチー先生への認識を変える理菜。
「まーな」
メモ帳で筆談していると、相槌を打つのに平仮名を3文字も書かなきゃならない。それが嫌だった俺は小さな声で言った。
「知らない人に話しかけて、勝手に傘奪って、それからしつこく話しかけてるってことでしょ? 非常識極まりなくない? やばくないそれ?」
俺につられた理菜が筆談をやめて声に出す。ちょ、声がでかいって。普段はおとなしめの清楚系キャラなのに意外とこういうところあるよなこいつ。
先生の授業をメモをとりながら聞いているイッチー先生が一瞬こちらを見た。
条件反射で、俺は理菜をにらみつける。
“うるさい”
平仮名3文字を書くのは嫌だったのに、秒で平仮名4文字をメモ帳に書き殴った。
“ごめんなさい”
“よろしい”
イッチー先生と目が合った後だと筆談が全く面倒にならない。
“で、どう思ってるの? イッチー先生のこと”
“率直に言って、あの教育実習生にはこれ以上関わりたくない”
これが俺の本心だ。これ以上でも以下でもない。
“それは意外かも”
“電車に乗ってるときの俺と、学校にいるときの俺は別人だから。俺の全てを知ろうとしないでほしい。知らない人なんだから、あのとき仲良くしてやっただけでも俺に感謝してほしいくらいだよ”
“なるほどな?”
理菜は小さく相槌を打ってくれる。こうなったら俺はもう止まれないかもな。
“迷惑なんだよ、あーゆうの。意味わかんないだろ、普通に考えて。なんで俺なんだよ? 誰だっていいだろ。話しかけて反応してくれれば誰でもいいんだろ。俺は被害者なんだよただの。訴えてもいいぐらいだろ仮にも
理菜が相槌を打とうと、俺からメモ帳を受け取ったとき、チャイムが鳴った。
話を聞いてもらえたおかげでなんかもやもやしてたのが少し晴れたかもしれない。
通学路の俺と学校の俺は別人なんだ。学校での俺は友達といることが大切で、くだらない話をしたりふざけたりすることが生きがいなんだ。だから、これらを壊さないでほしい。知らない女子大生なんかに、俺の人生を壊される権利なんてない。
そこまで心の中で叫んで席を立って椅子を蹴った。友達のところに行こう。あぁ、でも偶然ってのは罪だ。いやこれは偶然ではないか。偶然ではないな。必然だな。
「向くん、少し時間ある?」
慣れない苗字にくん付けの呼び方。
振り返ると、外ハネ気味のショートボブに黒いリクルートスーツ。エネルギッシュな笑顔。今の俺にはそれが、悪魔の笑顔に見えた。
「市原先生でしたっけ? 俺今時間ないです。ご用があればまたの機会に」
満面の笑みを貼り付けて答える俺。一礼して、ドアに向かってダッシュ。次の授業なんだったっけな! もうわかんないから階段に向かって走っちゃお。
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