ep3.ランドセルちゃん
「リア充撲滅委員会の黒幕の方ですかね? だとしたら俺ら勘違いされてる――」
憐れむような目で彼女は、俺の右肩にぽんと軽く手を置いた。
女の子が泣いてるのにそれを放っておいて冗談言えるなんて一生彼女できないよ?
そう彼女の顔に書いてあった。ふん、なんだし。
ep3.ランドセルちゃん
「君、だいじょぶかい?」
人を心から安心させるような笑みを浮かべ、マシュマロのような声で彼女は女の子に話しかけた。さっきまでの俺と話していたときとは全く違う。豹変する
女の子は涙目のままだったけれど、何も答えずにがしゃんと音を立ててランドセルを背負い直した。落ち着きを取り戻そうとしているようにも見えた。
「お母さんとかお父さんは?」
俺の問いに女の子はふるふると首を振った。やっぱり迷子か。
「迷子じゃないもん」
そう思って“おねいさん”と目を合わせた瞬間、俺らの思考を読んだかのように否定が入る。ランドセルを握る両手に力が入ってる。悔しいのか迷子扱いされるのは。
「人が多かったから、降りられなかっただけ」
拗ねたようなその声に、俺らは目を合わせてテレパシーらしきものを送る。
――今のでどういうことかわかった?
――わかりませんよ。情報量少なすぎませんか?
こうして放置していたのは1秒にすぎなかったと思うのに、ランドセルちゃんの目に涙がじわじわとたまっていく、あ、ダム決壊しそう。ちなみにだけど、ランドセルちゃんっていうのは俺が今てきとうに名付けた。
「え~っと、ランドセルちゃん、1回落ち着こ? 何があったのかおねいさんたちに最初から話してくれたらありがたいな。ねっ」
フレアスカートのポケットからもこもこのハンカチを取り出して優しく渡す彼女。ランドセルちゃんはそれを受け取って両目にぎゅっと押し当てた。
っていうか、お前もかよ! ランドセルちゃんっていうネーミング。
おねいさんのもこもこのハンカチを涙と鼻水でぐしょぐしょにしながらランドセルちゃんが話したことをまとめると。
ランドセルちゃんは私立小学校に通う1年生で、普段はお母さんの付き添いのもと電車で通学しているそう。ところが不幸は突然訪れるもので、今日はお母さんが体調不良。仕方なくランドセルちゃんひとりで行くことに。ランドセルちゃんは、さっきこの電車が停まった
「不幸は突然訪れるもので、って前置きするほどの不幸でもなくない?」
まぁこの人口密度じゃ小学生ひとりで降りるの大変だよなぁ、ドアから遠いところにいたんだろうし、と俺がうんうん頷いているとおねいさんが口をはさんできた。
「うっそ、なんで俺の心の声聞こえるんですか!?」
さっきからランドセルちゃんだったり突然訪れる不幸だったり、心読まれ過ぎ。
「聞こえるもなにも、口に出してたけど。それはそうとして、もう次の駅着いちゃうよ? 私がランドセルちゃんを長塚まで送り届けようか? 時間ならあるし」
口に出してた? え、全く自覚なかった。やべーな、俺。
「あ、そうしていただけるとありがたいです、よろしくお願いします」
「おけおけ!」
俺が丁寧な言葉づかいで会釈するとこう明るい声が返ってきた。温度差すげーや。
「ランドセルちゃんもそれでいい?」
俺が目線をランドセルちゃんに合わせて確認すると、当人は頷いてくれたものの、上から視線が飛んできた。
「なんで君も勝手にランドセルちゃんって呼んでるの?」
「へ? だめなんですか?」
さすがにだめではないだろう、と一瞬でも思った俺がばかだった。
「だめに決まってるじゃん、意匠権? みたいな著作権なかったっけ?」
要するに、おねいさんが考えたニックネームだから使うなってことなんだろう。
くすり、という天使の笑い声みたいなのが聞こえた。それを発したのはさっきまで泣いていたランドセルちゃんだった。今は復活したようだ、よかったよかった。
「著作物っていうのは、
技術の時間、半分寝ながら聞いていたことを脳の隅から引っ張り出してきて反論を試みる。正直合ってる気がしないけど、この際事実なんてどうだっていいのだ。
とりあえず駅に着く前におねいさんを論破したい、それだけ。
「ふ~ん、そっか、そうなんだ」
思ったより早く引いてくれた。よっしゃ勝ったな。
“……お出口は右側です”
減速していき、アナウンスがうるさくなった車内に紛れる。そろそろお別れか。
「あ。ランドセルちゃんってネーミングださいから使わない方がいいと思うよ?」
プラットホームに滑りこむ車内で涼やかに彼女が言った。ランドセルちゃんがまたくすくすと笑い声をこぼした。さっきまでの泣き顔はどこにもなかった。
「ランドセルちゃんって先に言い出したのおねいさんじゃないですか!」
「へへ、まーね。じゃっ、また明日! 行こランドセルちゃん!」
俺の叫びを受け流し、笑顔になったランドセルちゃんを連れて彼女は降車した。
このときの俺が気付いてなくて、数分後の俺が気付いていることがひとつある。それは、さっき彼女が座席の端のバーにかけた俺の青い傘がなくなっているってこと。
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