past:こちらリア充専用車両となっております

Rain-Train

ep1.どうでもいい忘れ物

“……お降りの際は、足元にご注意ください”


 車内アナウンスが聞こえてきて、俺は前に抱えていたリュックサックを後ろに背負い直す。自動ドアが開いて、人波に流されて外に出る。


 この車両、人口密度やばかったなー。


 人波に流されてエスカレーターに乗る。左側でそんな独り言をこぼして。


 今日の天気は雨。朝からテンション下がる。まぁ6月だからしゃーない。


 人波に流されて改札を抜ける。大量の教科書類がぶち込まれた重いリュックサックのポケットに定期券をねじ込みながらそう呟いて。


 待てよ、雨?


 穏やかになってきた人波に逆らってコンビニの前で立ち止まる。両手が軽い。


 傘忘れてきたー! 全俺が泣いた。いや泣いてないけど。全く泣いてないけど。どこに忘れてきたかは分かってる。でも取りに帰る気にはならない。あーもうっ、今朝寝坊しなけりゃよかったのに。俺は学校へと歩きながら、8分前のことを思い返す。




「なんで目覚まし時計鳴らなかったんだよぉぉぉ!」


 そう叫びながらプラットホームへの階段を駆け下りる俺、時刻AM7:28。きっと。いや、発車メロディーが流れてるから絶対そうだ。普段乗っている最終車両は階段から最も遠い。その代わり最も人口密度が低いのだ。でもこの際あきらめざるを得ない。雨で湿っていて滑りやすい階段から、1番近い3両目2ドアに飛び込む。


 槍のように横につかんでいた青い傘を縦に握り直して、何事もなかったかのようにお行儀よく満員電車に体をねじ込ませる。と同時にドアが閉まり、すぅっとゆっくり電車は動き出した。人口密度がまじでやばいので、この電車の説明をさせてほしい。


 俺が今乗っているのはAM7:28発の列車だ。この時間帯の特にこの電車はめっちゃ混んでる。お弁当を空中に置けるぐらい混んでる。まぁそんなことしてるとお弁当は人波に運ばれていく。だから間違ってもお弁当は空中に置いてはいけない、と俺は去年学んだ。それなのになぜ俺がこれを選り好んで乗るかというと、比較的遅くまで寝ていられる、なおかつ学校に遅刻しない時刻発だからだ。


“......The doors on the left side will open.”


 そうこうしているうちに、減速していく電車。俺が乗ってから3分、俺からするとひとつめの駅に着く。そこで何人かの人が降りてくれて、俺はドアの端に移動することに成功。座席の端の金属のバーに傘をかける。つい先週買ったばかりの新品だ。


 そこからさらに2分後、ふたつめの駅に着いた。ここでまた人が乗ってきて、俺はリュックサックを背負ったままだったことを思い出す。そこで、鼓笛隊の大太鼓のように前に背負い直し、3分間その状態でドアに寄りかかって過ごした。




 そして、冒頭に戻る。つまりはそういうことなのだ。ひとつめの駅で傘をかけて、そのまま降りてしまったのだ。なんかもう、いいや。さよなら、俺の新品の青い傘。


 誰か傘を必要としている人が拾って有効活用してください。どうせ泥棒に盗られるのだろうが。そいつも、お金に困っていて、この新品の傘を売り飛ばして死にそうになっていたところをどうにかして生き延びてくれたら許す。いやそんな人は電車乗るお金もないか。電車乗るお金あったらそれ使って食料買うな俺だったら。


 そんなことをぼやきつつ、俺は学校へ歩を進める。当然のごとく、雨に濡れて。ぐしょ濡れだ。靴下が水と仲良くしてて困るとかそんなレベルじゃない。むしろシャワーを浴びているようで気持ちいい。けど、リュックサックごとシャワーを浴びているから教科書類もぐっしょりなのだ。学校に着くまで、俺は教科書たちをいじめた。その罰としてか、俺は学校に遅刻した。いや、まぁ、普段自転車チャリでぎり遅刻を逃れてるんだから徒歩で行ったらそらそうなるわな。




「なんで2日連続で目覚まし時計ならねんだよぉ!」


 そう叫びながらプラットホームへの階段を駆け下りる俺、時刻AM7:28。きっと。いや、発車メロディーが流れてるから絶対そうだ。


 あれ、これって既視感デジャヴ


 最近知ったばかりの横文字を俺は脳内黒板に大きく書く。って、そんなことしてる場合じゃないない。黒板消しで脳内黒板に書いた文字を消して、俺は3両目2ドアにダイブ。あ、これは隠喩というやつでして実際駆け込み乗車したくらいなのでみんなもやらないでね。駆け込み乗車もしちゃだめです、ほんとは。俺は急いでるからさ。まぁ、こういう言い訳をするのが駆け込み乗車する人の特徴?


 そんなこんなで乗り込んだこの車両は思っていた通り人口密度がやばい。隣にいる人のスマホ画面を見ようとしなくても目に飛び込んでくる――って、あれ? 左隣の人のスマホの延長線上、斜め左前にいる女子大生っぽい人。ネイビーのスニーカーに淡い桃色のフレアスカート、小物の青。その小物はまさしく、昨日俺が電車に置いていった青い傘だ。てことはつまり、あの人に拾われたんだ。いい人そうで良かった。


「あ、これ君のでしょ?」


 それなりに静かな満員電車の中、そう言って青い傘を差し出してきたのはその女子大生っぽい人だ。拾っただけじゃなくて持ち主覚えてて返してくれるんだ。ほんとにいい人だな。俺は軽く会釈して傘を受け取ろうとする。


 が、彼女は俺の傘を強く握って放そうとしなかった。

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