雨降り列車の青い傘

齋藤瑞穂

present:どうしてこうなった!?

preface

「初めまして! 一之瀬大学教育学部4年の市原いちはら由樹ゆきです! 2年5組の皆さん、3週間という短い期間ですがよろしくお願いします!」


 秋なんて微塵も感じさせない9月初頭のSHR。教卓を背にしているのは、はきはきと話す教育実習生。外ハネ気味のショートボブ、実習生らしい黒のリクルートスーツ。緊張感を感じさせない、見る者にエネルギーを与えてくれるような笑顔。


 俺は彼女を見かけたことがある。いや、見かけたことがあるレベルじゃない。知っている。彼女は芸能人でも著名人でもないのに。本名や通っている大学を知ったのは今でこそあるが、俺は彼女の知り合いなのだ。


 でも。高校ここで会うなんて全く予想してなかった。あの7:28発の短めの編成の電車でしか会えないと思っていたし、あまつさえ、もう会うこともないと思っていた。


 彼女との出会いや今までに話したこと――さまざまな思い出が走馬灯のごとく駆けめぐる。その間1秒ほど。そして俺は心の中で大きく息を吸い込み、心の中で叫ぶ。


「どうしてこうなった!?」


「ん、むかい? どうかしたのか?」


 間延びした先生の声と、数多あまたのクラスメートの視線、おさえきれてない笑い声。それらを受けてたどり着いたひとつの事実。もしや、さっきの心の声が口に出てた?


「いえ、何でもないです!」


 弁解しようと顔を上げた俺と、教育実習生の市原先生とでしっかり目が合う。ばちんと音がした気がした。その音で彼女は瞬時ににっこにっこに笑う。


 やばいってやばいってやばいって……。


 それを見た担任は、何を思ったか俺の他己紹介を始める。


「あのうるさいのむかいなずなっていうんですけど、まぁ面白い奴なので、なにかしら困ったことがあって私がいないときは彼を頼ってください」


 これはかなりまずい。学校にいるときの向なずなは彼女が知ってる俺じゃない。


 ってか面白い奴だから頼るって何だし。


「はい、わかりました」


 素直に返事する教育実習生。先生の雑な他己紹介を聞いて笑うクラスメート。


 どうしてこうなった!?


 今度はちゃんと心の中で叫んでいると、隣の席の理菜がノートの切れ端を俺の机に置いてくる。すっと目に入ってくる、女子らしい丸文字。


“この教育実習生ってなずなの元カノなの? なんか今朝、情報屋が「2-5に来る教育実習生はなずなの元カノ」ってみんなに言いふらしてたけど”


 俺は条件反射でそれを握りつぶし、理菜をにらみつけてぶんぶん首を左右にふる。


 どうしてこうなった!?




 俺は冷静になろうと、1秒で駆けめぐらせてしまった走馬灯を呼び戻す。どこから話せばいいのだろう。そうだな、梅雨入り宣言がされたあの日でいいか。俺らが出会った、どんよりする雨の日。もう3ヶ月も前のことだ――。

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