魔王様観察日記

ぺんぎん

第一章

魔王様観察日記

 

 魔界から人界に来て一日経った。


 森の中なので薄暗いが、見上げると木々の間から空が見える。雲がない青い空というのは本で知っていたが、実際に見るとすごい。


 昨日は曇りだったからあまり何も感じなかったが、今日はちょっと感動した。


 個人的には大変面白い。しかし、魔王様はなぜ人界に来たのだろうか。しかも森だ。もっとこう、見晴らしのいい場所に行くべきではないだろうか。


「魔王様、どうして人界に来たのですか?」


 前を歩く魔王様に聞いてみる。


「これからは人族とも仲良くするべきだと思うんだ。そのための先発隊だよ」


 魔王様のお考えはよく分からない。人族と仲良くする必要があるのだろうか。それにこんな森の中に人族はいないと思う。


「申し訳ありません。理由が分かりません。人族と仲良くする必要があるのでしょうか?」


 魔王様を疑うわけではないが、分からないことは聞いておかないと後で大変だ。魔王様の従者として人界についてきたのだから、魔王様のお考えをしっかり理解しておかなくては。人界に来る前に聞くべきだが、なんというか、魔王様と一緒ということで浮かれていた。反省しよう。


「必要だね。人族と仲良くしたほうが魔族にとってメリットが多いんだよ」


 そうだろうか。あの嫌な奴を魔王様が倒し、「身を守る以外で暴れない」という形の協定を結んだはずだ。それだけで魔族としては十分だと思うが。


「納得いかない顔をしているね」


 魔王様に見透かされた。顔に出てしまったようだ。冷静になろう、クールだ。


「いわゆる武力による危機はほとんどなくなったけどね、残念ながらこのままだとあと十年ぐらいで魔界の食糧が尽きてしまうんだよ」


 確かに魔界で生産できる食糧はあまりない。それなら人族から奪えば……そうか、あの協定があるからそういうことはできないのか。でも、人族と仲良くなっても食糧は増えないと思う。そこのところはどうなんだろう。


「魔界だけでは自給自足がままならないから、人界と積極的に交流して、食糧を調達したいと思うんだ。最終的には人界の一種族としてこっちに住めたらいいんだけどね」


 なるほど。しかし、人族が簡単に魔族を受け入れてくれるだろうか? 先代、いや、先々代の魔王がいた時までお互い殺し合いをしていた種族だ。難しいと思う。


「簡単にはいかないだろうけどね。だからこそ、先発隊として一番信頼しているキミを連れてきたんじゃないか」


 おお、魔王様から信頼されている。これは頑張らなくてはいけない。


「わかりました。全力で人族と仲良くします。イラッとしても人族を殴りません」


「ああ、うん。よろしくね。さて、今日はこの辺で野営をしようか。ワイルドボアでも狩ってくるから、火をおこしておいて」


 魔王様は一人で森の奥に行ってしまった。魔王様に言われた通り、私は火を起こして野営の準備をする。


 ワイルドボア。野生のイノシシだから、おいしいとは思う。しかし、昨日から、さらには今日の朝、昼と全部ワイルドボアだったので、正直つらい。贅沢を言ってはいけないのは分かってはいる。分かってはいるが、どうにかならないだろうか。野菜とかほしい。


 魔界から持ってきたものに、食べ物が入ってないか調べよう。魔界を出るとき、結構急いで準備したので、適当に持ってきてしまったから何かあるかもしれない。


 ……結論から言うと、食べ物はなかった。頑張れば花とか食べられるかもしれないが、やめておこう。これは非常食だ。ただ、食糧とは別に面白いものが入っていた。


 日記帳だ。まっしろで何も書かれていない。何かの本と間違えて持ってきたのだろう。


 これも何かの縁なので日記を書くことにした。


 魔王様に聞いた話だが、人族は読み書きすることが多いらしい。私は読むのはともかく、書くのは苦手だ。今後のことを考えると書く練習をしておくべきだな。日記をつけることで、字の練習をしよう。


 それに良いことを思いついた。日記に魔王様のことを書けばいいのだ。いや、書くべき、だな。


 魔王様の人界での軌跡を書いて、魔界のやつらにも後で教えてやろう。これは私の使命だと思う。


 魔王様を驚かせたいので、日記をつけているのは秘密だ。乙女の秘密というやつだな。


 そうこうしている内に魔王様が戻られた。


 魔王様がとってきたのは宣言通りワイルドボアだった。もしかして、この森にはワイルドボアしかいないのだろうか。広そうな森なのだからもっと色々な動物がいてほしい。特に食べられるやつが。


「おかえりなさいませ、魔王様」


「はい、ただいま」


 ワイルドボアを朝食用の足だけ残して丸ごと食べた。成長期って怖い。魔王様は狩りの途中で木の実を食べたからいらないらしい。ちょっと心配になると同時に私も木の実がほしかった。


 その後は寝る準備をした。結界を張る魔道具を使って安全を確保。むしろ、魔王様や私を襲ってきたら返り討ちになるので、相手の安全を確保したとも言える。


 私は本を読むのでまだ起きていますと断りをいれた。魔王様には先に休んで頂こう。そもそも魔王様より先に寝ていいわけないけど。


 そして日記を書く。まずタイトルを書こうと思ったが、魔王様にばれるとやりづらいので、タイトルは書かないでおく。書くとしたら「魔王様観察日記」かな。不敬な気もするが、バレなければいいのだ。


 名前を書くところが日記帳の最終ページにあった。他の日記帳と見比べたわけではないがそういうものだろうか。最初のページじゃないのか? まあ、いいけど。


 名前だけだと味気ないのでちょっとアレンジした。


 ―― 魔王様の忠実な従者 フェル ――


 自画自賛だが、なかなかいい気がする。


 よし、ゆっくり寝て、明日も頑張ろう。

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