探している物

 

 アルマが疫病からレメトの住人達を救って三ヶ月が経った。


 予想通りというかなんというか、あの出来事は「レメトの奇跡」と呼ばれるようになった。さらにアルマは「聖母の再来」と呼ばれるようになっている。


 あの後、聖母の派閥は大騒ぎだった。


 派閥に一人はいる聖女。聖母リエルの派閥には、その聖女がおらず、聖人教最大の派閥だとしても他の派閥に引け目を感じていた。だが、今回の件でアルマを聖女に推す声が出た。


 アルマ本人に打診したようだが一度は断られた。そうしたら派閥のトップに泣きつかれた。比喩じゃなくて本当に泣かれた。いい大人が泣くんじゃないとも思ったが、リエルの派閥に聖女がいないのもなんとなく寂しいので、教皇としてアルマに聖女になるように伝えた。


 どうやら私が教皇だとは思っていなかったらしい。教皇からの指名ということでアルマは聖女を引き受けてくれたようだ。


 ちょっと若すぎるのが心配だが、その辺りは派閥の奴らがフォローするだろう。


 それが昨日の事だ。とりあえず、これであの件はすべて終わったと言えるだろう。疫病が発生してもそれによる死者は無かったようだし、遺跡も使えなくした。聖人教による復興支援はまだ行われているが、ようやく普通の日常が戻ってきたということだ。


「すごいわね、聖人教。ルハラにいたんだけど、今回の件、向こうでも耳に入ったわよ?」


 妖精王国の食堂で、対面に座るセラが私の方を見てそんなことを言った。ニヤニヤしているのが少々イラッとするが、今回はセラに助けてもらったわけだし、甘んじて受けよう。


「そうか、セラはルハラにいたのか」


「ええ、ちょうどダンジョンに潜っていた所だったのよ。ダンジョンから出た後に聞いたのだけど、疫病が発生したにもかかわらず、死者は一人もいなかったそうね? ルハラでも聖人教を絶賛する人が多かったわよ」


 絶賛されるほどではない気もするが、女神教みたいに駄目な宗教じゃないと思ってくれるのはありがたい。


 でも、さっきから気になる。聖人教が絶賛されるくらいでセラがこんなにニヤニヤする訳がない。


「それに聖人教の教皇が自ら現地へ赴いたって話が出ててね、みんな褒めてたわよ? それを聞いていて鼻が高かったわね!」


「なんでセラの鼻が高いんだ。まあ、セラのおかげで治癒が間に合ったとは言えるが」


「そうじゃないわよ。フェルが褒められていたことに鼻が高かったって言ってるの。私の友人が人に褒められている、それは自分が褒められることよりも嬉しいものよ?」


 そんなものだろうか?


 だが、分かる気もするな。ルゼが数日前に魔術師ギルドへの依頼を受けて見事にやり遂げたと聞いた。アゼルの話ではそれは見事な手並みだったらしい。ギルド内でもルゼを褒める人がいたそうだ。それを聞いた時、確かに嬉しかった。


「まあ気持ちは分からんでもない。それはいいとして今回はセラに助けられた。前に言った通り、今日は私の奢りだ。たくさん食べてくれ」


「ありがたくご馳走になるわ。すみませーん、メニューにあるものを全種類二人前お願いします」


 その注文を聞いたヘレンが渋い顔をしたが、頷いてから厨房のほうへ向かった。とりあえずは注文通りにやってくれるようだ。


 リンゴジュースだけは先に運んでくれたので二人で乾杯をすることにした。


 とくに乾杯をする理由はないが、久々に会ったということでいいだろう。木製のコップを軽く当てて二人で乾杯した。


「そういえば、セラは今回、随分とダンジョンへ行ってたんだな? いつもなら長くても半年くらいで帰って来ていたのに」


「そうね。発見されるダンジョンが多くなったから、向かった地域のダンジョンに片っ端から入っていたのよ。今回は五つか六つくらいあったわ」


「ダンジョンがそんなに発見されたのか?」


「まあ、そうね。小さなものから大きなものまで多くのダンジョンが発見されたわ。そういうのを専門にやっている冒険者がいるのよ」


 多くのダンジョンが発見された……? どこかで聞いたような?


 ああ、思い出した。アビスから聞いたんだ。確か冒険王とか言う奴が多くの遺跡を発見したとか。


「冒険王とか言う奴の事だな? 確か百を超える遺跡を発見したとか。すごいものだ。そういえば、アダマンタイトの冒険者だとか聞いたな。セラは会ったことがあるのか?」


「……いえ、無いわね。知ってはいるけど会ったことは無いわ。同じアダマンタイトの冒険者ではあるけどね」


「そうか。おそらく色々な場所へ赴いているから会えないのかも。冒険者というと、ダンジョンに入ったり、魔物を退治したりすることが多いのに、遺跡探しを専門にしているとか聞いた。面白い奴なんだろうな」


 もしかしたら神眼を持っている可能性があるが、例え大体の場所が分かっても現地では結構迷う。私が魔王様を探していた時もそんな感じだった。座標的には合ってるんだけど、入り口が分からなかったとか。


 でも、そうか。セラは発見されたダンジョンへ行ってるんだな。


「発見されたダンジョンでなにか面白いものは見つけられたか?」


「そう、ね……残念だけど、私が探しているものは見つからなかったわ。でも、見つからない方がいいのかも」


 セラは落ち込むような顔をして目を伏せた。


 探しているものがあるのか? それがどこかのダンジョンにある? でも、見つからない方がいい? 一体何を探しているんだ?


「なあ、セラ、お前、一体何を探しているんだ? それって見つかった遺跡、つまりダンジョンにある物なのか? 良かったら手伝ってやるが?」


 セラは首を横に振った。


「いえ、いいのよ。これは私がやるべきことなの。これをやっている間は夢にうなされることもない。私がやれることはこれだけだし、フェルの手を煩わせるほどの事じゃないわ」


 夢にうなされる、か。夢を見ないためにダンジョンに潜っているわけだ。もしかしてセラがいつも言っている「あの人」絡みなのだろうか。おそらくセラは自分の手でやり遂げたいのだろう。ならあまり押し付けるような事は言わない方がいいな。


「分かった。なら手伝う事はしない。でも、何を探しているのかを聞いてもいいか? もしかしたら情報を提供できるかもしれないぞ?」


「それも遠慮しておくわ。さっきも言った通り、見つからない方がいいのよ。そうすれば、ずっと探していられる……探している間は、何もかも忘れられるわ。でも、見つかったら、その時は――」


 セラが真面目な顔になり私を見つめた。


 なんだ? なにか決意的なものを感じる。どうして私を見てそんな顔をするのだろう?


「セラ、お前、一体……?」


「ああ、ごめんなさい。せっかくの楽しい時間に真面目な話は駄目よね。それにフェルの奢りなんだからガンガン食べなきゃ!」


 セラは無理に明るく振る舞っている気がする。それに露骨に話を逸らした。


 私に言いたくない事なのだろう。まだセラに信頼されていないということか。私を友人だと言ってくれるが、心の奥底ではまだ壁がある様な気がする。四百年近く一緒にいるのにな。


 一体、セラはどんな問題を抱えているのだろうか。無理にでも聞き出したい気はする。だが、それをしてしまうと、セラはいなくなってしまうような気がしてならない。


 このままでいいのか悩むところだな。聞いても聞かなくてもセラはいつかいなくなってしまうような感じがする。どうするべきなのだろう?


 セラはそんなことを考えている私を見て、儚げに笑った。


「フェル、私の事で何か考えているの?」


「……ああ。実を言うと、どこまで踏み込んでいいのか、距離感が分からない。私はお前を親友、いや、家族のように思ってる。だが、セラ、お前は私の事を信頼していないだろう?」


「そんなことは無いわ。フェルの事は信頼している。それに嬉しいわ。家族のように思ってくれているのね? 私も同じ気持ちよ」


「なら教えてくれ。お前は一体どんな悩みを抱えている? 私に相談できない事なのか?」


 セラは辛そうな顔をしてから、頭を下げた。


「……ごめんなさい、フェル。それは言えないわ。これは私がどうにかしないといけない事なの。それに言ったところでフェルには何もできない。私と同じ悩みを抱えることはないわ。家族にだって秘密くらいあるものでしょ?」


「そうは言ってもな、家族が悩んでいるなら一緒に悩んでやりたいだろ?」


「……その言葉だけで十分よ。さあ、ヘレンちゃんが料理を持ってきてくれたわ。早速食べましょ!」


 やっぱり言う気は無いか。なら、これ以上は踏み込まない方がいいな。


「わかった。でも、いつか私に相談しろ。一人で悩む必要はないはずだ。一人よりも二人で悩んだ方が解決するかもしれないからな」


「ええ、そうね。私達には無限と言えるほどの時間がある。いつか相談できる日が来るかもしれないわね。さあ、辛気臭いのは終わりよ。料理が冷める前に食べましょ!」


「それには同意だ……おい、コラ。カラアゲにレモン汁を全部掛けるな。二つだけかけて、残りはマヨネーズだろうが」


「なによ、そのルール? あ、ちょっと、ヤキトリにトウガラシを掛けないでよ! 辛いの苦手なんだから! 家族でもやって良い事と悪いことがあるのよ!」


 とりあえずいつも通りの食事になった。気まずくならないようにいつもよりはしゃいだ気がする。それはセラも同じだっただろう。


 あとどれくらいの時間をかければ、セラは心を開いてくれるのだろうか。それに私に言えないほどの悩みとは何なのだろう?


 いつか、セラの口からそれを聞きたいものだ。その時は全力でセラの悩みを解決してやろう。

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