レメトの奇跡
一体、この小さな体にどれだけの熱意を秘めているのだろう。
アルマは三日かけて、医学の知識と治癒魔法の術式を完全に頭に入れた。正直、ここまでやれるとは思ってなかった。私の計算よりも早く住人を救えそうだ。
私が驚いている事に気付いたのだろう。アルマはこちらを見て首を傾げている。
「あの、大丈夫でしょうか? その知識は教わりましたので、お休み頂いても――」
「馬鹿言うな。お前が頑張っているのに私が寝れるわけがない。それにアルマは魔力が少ないんだ。私が供給してやるって言っただろ」
「そ、そうでした。では、すみません。引き続きよろしくお願いします」
「謝るのはこっちの方だ。無理をさせてすまないな。あとは病人を治せば終わりだ。私の従魔やメイド達に色々と準備を整えさせたからスムーズにやれるはず。最後まで頑張ってくれ」
「は、はい! 憧れの聖母様と同じように多くの人を救います!」
イメージでしかないが、アルマの瞳が燃えている。意外と熱血だ。
勉強がてらリエルの話をしてやったからかもしれない。リエルがメーデイアの町を救った話をしてやったら、目に見えて張りきりだした。アルマが「聖母様と似たような事を、私がやれるなんて!」と、今までの疲れが吹き飛んだように頑張りだしたからな。
リエルの事が本当に好きなのだろう。正直、傾倒し過ぎだと思う。リエルはアルマの思っているような奴じゃないぞ、と言いたい。でも、それを言ったらすぐに倒れそうだ。ここは絶対に言わないでおこう。
メイドに連れられて子供が十人くらい入ってきた。どうやら最初の患者達のようだ。
「アルマ。落ち着いてやれ。時間は掛かるが丁寧に術式を構築しろ。そのほうが遥かに早く終わるからな」
「はい! では、こちらへ……」
アルマの治療が始まった。
十人単位で患者を部屋に入れて、まとめて治す。本来は数人がかりでやる方法だが今回はアルマ一人で全部やっている。術式の構築はアルマに任せているが、魔力を提供しているのは私だ。アルマの背中に触れながら私の魔力をアルマに供給している。
アルマ一人なら一回やっただけで魔力が枯渇してしまうだろう。でも私が魔力を供給しているなら無限にやれるはずだ。
「はい! では次の方達をお願いします!」
治った患者は入り口の扉とは別の扉から自分で歩いて出ていく。アルマにお礼を言いたそうだが、それは後だとメイド達にお願いして患者達に周知しておいた。そんなことをしている暇はない。サクサク治療していかないとな。
すぐさまメイド達が次の患者達を部屋に入れる。動きによどみがない。
床に寝かされた患者達を見ながら、アルマが治癒魔法を部屋全体に発動させた。部屋が薄い緑色で覆われると患者達の顔色がみるみる良くなる。そして患者達は自力で立ち上がった。
その治った患者達をメイドが「こちらです」と案内して外へ出す。
良い感じのペースだ。これなら一日くらいで何とかなるかもしれない。
「では次の方達をお願いします!」
アルマも元気のようだし問題なくやれそうだ。
「お待ちください! 順番を――」
「ええい、やかましい! 治癒ができるなら儂が先だろうが!」
入り口の方がうるさくなった。問題が起きたようだな。
一人の男が入ってきた。五十代くらいの頑固そうな男だが、さっき聞こえた内容からして先に治せということか?
「さあ、儂を治療しろ!」
アルマは男と私を交互に見ている。どうしていいか分からないようだ。ここは私が対処するべきだろうな。
「女子供が先だ。それと病気の進行が早い奴。お前はどちらでもない。順番になるまで待っていろ」
「何を言っとる! 儂はこの都市の市長だぞ! なら先に治すべきだろうが! 儂の命の方が他の奴より価値があるのだぞ!」
よくもまあここまで勘違いした奴が市長になれたもんだ。
「あ、で、でしたら先に……」
アルマが男の言葉に従いそうになっている。権力に弱いのだろうか。そういうところはリエルに似てないな。仕方ない、教えてやろう。
「アルマ、リエルならそんなことは言わない。アイツは例え相手が王族だろうがイケメンだろうが、そんな事は関係なく弱いものから助ける。聖母の事を信仰しているなら、それくらい覚えておけ」
アルマが目を大きくして驚いている。そして項垂れた。
「市長とやらも相手をしている場合じゃない。強制的に排除させてもらうぞ――ジョゼ!」
外の方へ呼びかけると、入り口から粘液の触手が勢いよく入ってきて市長を捕まえた。
「な、なんじゃこれは!」
「お前の治療は最後だ。最後尾に並んでいろ。ジョゼ、頼むぞ」
「はい、お任せください。人の道理を叩き込んでおきます」
ジョゼは魔物だけどな。
「ぎゃあああ!」
高速で市長が外に引っ張られた。一瞬でこの部屋から市長がいなくなる。これで大丈夫だろう。ルールを守れない奴は長く苦しむことになる。見せしめとして扱わせてもらおう。
そして外にいるメイドを呼んだ。
「順番を守らない奴を排除しろ。そういう奴らは最後だ……メイドの力を見せてやれ」
メイドがニヤリと笑うと、お辞儀をしてから外に出て行った。ああいえば頑張ってくれるはずだ。
そっちはいいとして、問題はアルマかな。さっきから落ち込んでいるようだ。リエルならそんなことは言わない、という言葉に傷ついたのかも。フォローしてやらないと。
「えっと、気にするなよ? 権力者に弱いのは誰でもそうだから」
アルマは首を横に振って否定した。
「そうではないのです。私は聖母様の様になりたいと思っているのに、なんて未熟なのでしょう。確かにその通りです。聖母様なら横入りした方を先に治すなんてことはしません。聖母様なら必ず弱い方から助けるはずです。それに気づかなかった私は何て愚かなのでしょう……」
リエルと違う事をしただけでここまで落ち込むと言うのも凄いな。まあ、それだけ熱心に信仰していると言う事なんだろうけど。ちょっとだけ将来が心配だ。
「アルマ、完璧な奴なんていないんだ。足りないところがあるならこれから学べばいい。リエルだって最初から完璧だったわけじゃない……気がする。いや、むしろ一点においては最初から最後まで駄目な奴だったかもしれないぞ?」
「聖母様は完璧ですから、駄目なところなんてありません」
ものすごい澄んだ目で言われた。信仰って怖いな。
「えーと、リエルが完璧かどうかは分からないが、アルマの目標とするリエルに劣っているからと言って嘆くことはない。大体、アルマはまだ七、八歳だろう? そんな若いのにリエルと一緒と考える方が傲慢なんじゃないのか? アルマはこれからだ、これから」
「そう、ですね。今の私が聖母様にあらゆる面で劣っているのは当然のこと。嘆いている暇があるなら精進しろ……そう言う事ですね!」
「えーと、うん、そんな感じだ。これを無事にやり遂げればリエルに近づけると思うから頑張れよ」
「はい! 頑張ります! では、次の方達をお願いします!」
どうやら立ち直ったようだ。でも、アルマはリエルを引き合いに出せば何でもやりそうだな。本当に将来が心配だ。悪い奴に騙されるなよ。
それからアルマは一日以上かけてレメトにいる病人達を全員治療した。終わったとたんに緊張が解けたのだろう。アルマは一瞬で寝てしまった。
眠気覚ましやポーションなんかで体を騙しながら起きていたからな。流石に限界だったのだろう。とりあえず椅子に座らせたままにしておいた。
アルマをシスターに任せて孤児院の外に出た。日が高い。もうすぐお昼だな。
私に気付いたジョゼ達が近寄ってきた。
「フェル様もそろそろお休みください。アルマ様と同じように四日以上寝ておられないでしょう?」
「私は大丈夫だ。何かあったら大変だからな。聖人教の奴らが来るまでは起きていよう。それとありがとうな。ドラゴンの卵で作ったドラゴンオムカレーが評判良かったぞ。メイド達も『メーデイアの奇跡』を再現できたと怖いほど喜んでいた……本当に怖かった」
メーデイアの件はメイドギルドでそんな風に呼ばれているらしい。私じゃなくてリエルの事を語り継いでほしいのだが、どうも私がドラゴンの卵を提供したことのほうが大きく扱われているようだ。勘弁してほしい。
そして今回の件は数十年も経つとレメトの奇跡と呼ばれるのだろう。まあ、今回はアルマが主役だ。ドラゴンの卵もスライムちゃん達が持って来た。私の事は語り継がれない。うれしい。
「では、我々は都市内の警護をしておきます」
「悪いな。よろしく頼む」
ジョゼが頭を下げると、それに合わせて他のスライムちゃん達も頭を下げた。そして分散して都市の警護に当たるようだ。スライムだから寝ないとはいえ、働かせすぎだな。あとで労ってやらないと。
『フェル様、よろしいでしょうか?』
いきなりアビスからの念話が届いた。そういえば、アビスのほうは任せっぱなしだったな。何かあったのだろうか。
『大丈夫だ。なにかあったのか?』
『いえ、遺跡での対応が終わりました。その報告です。結構危険な物でしたので遺跡の機能を無効化させております』
『そうなのか。まあ、仕方ないな。でも、勝手に機能を無効化して大丈夫なのか?』
『問題ありません。つい最近見つかった遺跡なので、そもそも動いていませんでしたから。今回遺跡が見つかったことで発生した感じですね』
もともとずっと動いていなかったわけだし、機能を無効化しても問題ないという事なのだろう。
『分かった。こっちも治療が終わったところでな。後は聖人教の奴らに任せれば任務完了だ』
『そうでしたか。お疲れ様です。ですが、こちらは一つ気になることがあります』
『気になること? 何が気になるんだ?』
『この遺跡は最近見つかったのですが、見つからないようにかなり厳重にカモフラージュされていました。正直なところ、これを人が発見できるのはあり得ないかと』
発見があり得ない? でも、現に見つかっているようだが。
『その、よく分からない。そんなにおかしい事なのか?』
『そうですね。知っていなければ見つけることは難しいかと。たまたま見つけるなんてことはないです。砂漠で砂糖一粒探し出すくらいの確率でしょう』
そんなの無理だろ……ああ、それくらい可能性が低いと言う事か。
でも、それから考えられる事って何なんだ? 見つけた奴は運がいい奴? いや、悪い奴なのか?
『遺跡を探し出した奴ってどんな奴だ?』
『巷で冒険王と言われているアダマンタイトの冒険者らしいです。三十代くらいの人族ですが、多くの遺跡を発見しているようで、すでに百以上の遺跡を見つけたとか』
『それは凄いな……いや、まて。もしかしてソイツが遺跡の魔道具を使った奴なのか?』
『いえ、それは違います。冒険王は遺跡の中へは足を踏み入れてません。問題を起こしたのは若い冒険者達の様で、疫病が発生したのはたまたまです。本人達も知っててやったわけじゃないですし、意図的じゃない事は判明しています』
まあ、意図的じゃなくても大惨事になるところだったんだけど。まあ、それはおいておこう。
となると、冒険王とやらはどうして遺跡を見つけられたのか、という問題だけか。
『その冒険王とか言う奴は問題のある奴なのか?』
『調べた限りは全くないですね。問題というよりも、不思議に思うことはあるのですが、まだ偶然で済ませられるレベルです』
『何が不思議なんだ?』
『冒険王が発見した遺跡は我々が発見した遺跡以外ということです。百以上も遺跡を見つけているのに、全く被らないのはどういう事だろうかと思いまして』
私達が魔王様を探すために見つけた遺跡のことか。探し出した遺跡を冒険者ギルドや遺跡機関に報告はしていない。それらの遺跡を再発見した冒険者達もいる。
だが、その冒険王というのは、まったく被らないということか。
『アビス、意図的に避けられるとしたらどんな可能性がある?』
『「図書館」を見れる、というところですかね?』
神眼を持っていると言う事か? それなら確かに未発見の遺跡を見つけられるかもしれない。図書館なら誰かが見つけた遺跡かどうかも情報を得られるだろうからな。でも、なんで見つかった遺跡を避けているんだ?
『なんでそんなことをするのか、アビスは分かるか?』
『そうですね、何かを探している、という可能性が高いと思います。全くの未発見遺跡に求めるものがあるのではないかと。ただ、冒険王はどの遺跡にも入っていないので、何を探しているのかは分かりませんが』
求めるもの、か。
『ちなみに魔王様がいる永久凍土の遺跡は図書館だとどんな扱いになる? 魔王様を探しているなんてことはないよな?』
『それはないでしょう。魔王様を知っているのは我々だけです。そもそも図書館にある魔王様の情報はイブに一度消されていますから、探すということ自体が無理ですね。それと魔王様のいる遺跡に関しては、完全にプロテクトしてますので、例え神眼を持っていても遺跡の情報自体見つけられないでしょう。プロテクトを解除できるなら別ですが、普通の人族には無理です』
考えすぎか。でも、ちょっと何かが喉につっかえている感じだ。なんだったっけ?
まあいいか。私もそろそろ眠くなってきた。
『とりあえず、事情は分かった。今のところは何もしなくていいだろう。そっちは撤収してくれていいぞ』
『分かりました。それにしても、久々にこういうところへ来れてちょっと嬉しいですね。不謹慎ですが、こう、フィールドワーク的な感じで楽しかったです』
『そうか。なら今度余裕ができたらどこかの遺跡を見て来たらどうだ?』
『いいのですか?』
『もちろんだ。ダンジョンのアビスが本体とは言え、ずっと同じ場所にいるのも退屈だろ? たまには羽を伸ばすといい』
『嬉しいですね。なら今度計画を立ててどこかの遺跡へ行ってみます』
アビスが喜んでいる。提案をして良かった。スライムちゃん達にも似たような事を提案してみようかな。
アビスとの念話が切れた後、メイドが近寄ってきた。
「聖人教の皆様がお見えになりました。町の西門辺りにいらっしゃいます」
「そうか、ありがとう。引継ぎをして後は任せよう」
「それでしたら私達がやりますので、フェル様はお休みください」
言葉に甘えるかな。治癒師も来ているだろうし、何かあっても対処できるだろう。なら私は目立たない方がいい。
「分かった。なら頼む。孤児院の一室を借りて寝ているから、何かあったら起こしてくれ」
「畏まりました」
アルマほどじゃないが私も疲れた。早速眠らせてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます