神様

 

 朝、妖精王国の食堂でセラと一緒に朝食を食べている。


 温かいスープが喉を通って体中に染み渡る。これから寒い所へ行くから丁度いい。


 今日は魔導都市エルリガにある魔術師ギルドへ行くことになっている。


 ヴァイアの子孫である現在の魔女が私に相談があるとか言って念話を寄越したからだ。


 どうやら本人ではなく娘の問題のようだが、どう考えても殴る様な案件じゃないだろう。相談されるのはいいのだが、私に解決できるだろうか。ヴァイアの子孫だからできるだけ力にはなってやりたいが。


「フェルも今日はこれから出かけるんでしょ?」


「ああ、オリン国の魔導都市エルリガへ行ってくる」


「そう、あの辺りは寒いから気を付けた方がいいわよ? 不老不死と言っても病気にはなるから」


「そうだな。昔、遺跡の魔道具で病気になったことがある。ユニコーンの角がないから、暖かい装備をしていくつもりだ。人界で風邪を引くと鼻が詰まって料理の味が分からなくなるからな。それは避けたい」


 セラが呆れた顔をしている。料理に味が無かったら嫌だろうが。


「まあいいわ、私もまた旅に出るわね……今度はちょっと長くなるかもしれないわ」


「そうなのか?」


「ええ、いくつか回りたい遺跡があるから……」


「セラは冒険者みたいだな?」


「冒険者なのよ。フェルと違って私はまだ冒険者ギルドに所属しているし」


「そういえばそうだったな」


 私は冒険者ギルドをすでに脱退している。ジェイやレオと同じ時期に辞めた。どこで聞いてくるのか、私を指名依頼する奴らが増えたからだ。いくらお金を貰ったとしても、良く知りもしない奴の依頼を受けたくはない。


 そんな理由から冒険者ギルドを脱退して、個人的な知り合いのお願いだけ聞くようになった。結果としてこれで良かったと思う。正直、ギルドから連絡がくるだけで面倒だったからな。


 だが、セラはまだ続けているようだ。指名依頼されたら面倒だと思うのだが。


「セラは面倒じゃないのか? 結構指名依頼も多いだろ?」


「私を指名する人なんていないわよ。私の事を知っている人なんていないし、ここ数百年、ギルドへ行ってないもの」


「そうなのか? それならなおさら所属する意味がないと思うのだが」


「身分証になるものがこれしかないのよね。フェルは迷宮都市の市民のカードを持ってるんでしょ? 私もそう言うカードがあれば脱退するんだけどね」


 迷宮都市の市民というのはある種のステータスだからな。どの国でもそれなりの待遇を受けられる。


 でも、そうか。セラは身分の証明が冒険者カードしかないんだな……千年近く生きているのにそれでしか身分を証明できないって言うのも寂しく感じる。私も似たようなものではあるが。


「市長に掛け合ってセラの市民カードを作って貰うか?」


「そういうのを職権乱用って言うんじゃないの? しなくていいわよ、とくに困ってはいないし、何かに使えるかもしれないしね……さて、そろそろ行くわ。また念話するから」


「ああ、またな」


「ええ、また」


 セラはそう言って妖精王国を出て行った。


 セラは私に気を使っているのだろうか。ここに住めばいいのに「それは止めておくわ」と言って首を縦に振らない。もしかしたら他に住んでいる場所があるのかもしれないな。故郷の町とかに家があるのかも。


 ふと気づくと、ヘレンがテーブルのそばにいた。どうやら食器を片付けに来てくれたようだ。


「セラさんはもう出かけたんですか?」


「ああ、ついさっきな」


「セラさんは半年ぐらいにふらっと帰って来てフェルさんと大食い勝負しますよね? 昨日も言いましたけど、食べ過ぎは良くないですよ?」


「そうだな。でも、料理が美味しいのが悪い。不味かったらやらないぞ?」


「そう言われたら、どうしようもないですね……そういえば、フェルさんはどこにお住いなんですか? 常連なのに一度も宿に泊まる手続きをしたことがないんですよね? セラさんは来るたびに泊まってくれますけど」


 そりゃそうだ。二階の奥の部屋があるから手続きなんかしない。それに、ここに泊まるのは最近では稀だ。セラが来た時くらいだろう。普段はアビスの方で寝ることのほうが多いかも。


 そういえば、ここ数十年、あの部屋が私の部屋だとは誰にも言ってないな。ヘレンには言っておくか。


「ヘレン、実は――」


「セラさんはいつも同じ部屋を借りるんですけど、その隣の部屋の事ってフェルさんは知ってます?」


「――なに?」


 セラが借りている隣の部屋? それって私の部屋だよな? それともその反対側の部屋か?


「えっと、二階の一番奥の部屋のことか?」


「そう、そうです! 実はあの部屋に神様が住んでいるんですよ!」


 ヘレンは何を言っているんだろう? 間違ってはいないけど、全然違うような? 一応神殺しの魔神という二つ名は持ってるけど、私は神様じゃないぞ?


「えっと、神様?」


「はい! あの部屋にお供え物をしてお願いを書くと、神様が叶えてくれるんですよ! おじいちゃんが昔助けてもらったことがあるって言ってました!」


 ヘレンのおじいちゃん……? ああ、あのお人好しか。借金の保証人になってしまって、あやうくこの妖精王国を取られるところだった。さらには、そんな状態でもお客様第一で若い冒険者を格安で泊めてたからな。宿の経営自体がものすごく落ち込んだ。


 いよいよ宿を手放す寸前になった時に、私の部屋に豪華な食べ物を置いて行った。宿を売り渡すことになって申し訳ないと言う謝罪の手紙も一緒に。


 当時は魔界にいる魔王アールの件があったし、忙しかったからそれに気付くのが遅れてしまったんだ。仕方ないので色々解決してやった。主に武力で。


 そもそも金貸しと借金をした奴がグルだったし、若い冒険者の奴らも一部はグルだった。金を返せない状態にして妖精王国を奪おうと考えていたのだろう。


 拠点となっている場所に踏み込んで暴れた。そして衛兵に突き出して終わりだ。保証人は解除されたし、若い冒険者の奴らは別途お金を払う事になった。


 多分、それを言っているのだと思うが、なんで私が神様になっているのだろうか。ヘレンはともかく、あのお人好しは私の事を知っているはずなんだけど?


 まあいい。いまはそれよりもヘレンの言葉に回答しないと。何か期待をした目で見られている。


「えっと、すごいな」


 自分で言ってて、どうかな、と思った。もうちょっと気の利いた答えがあるだろうに。


「そう、すごいんですよ! 泊ってくれないですけど、常連であるフェルさんなら何か知りませんか! そもそも私と同じ年齢っぽいのにものすごく年上に見えるフェルさんなら何か知ってそう!」


 色々するどいな。それに、そのことは知ってる。ものすごく知ってる。


 でも、今この場で言えるような雰囲気じゃない。いつかはバレるだろうけど、今は言わない方がいいだろう。というか言いたくない。大体、神様扱いされているのが嫌だ。


「いや、全然知らないぞ。おっと、用事を思い出した。この話はまた今度な」


 エルリガに行くのは本当だ。急ぎじゃないけど、急ごう。


「そうですか……フェルさんなら何か知ってるかと思ったんですが。あ、引き留めてしまってすみません。どこかへ行かれるんですよね。お気を付けて!」


 ヘレンのお見送り付きで外に出た。


 アビスに向かいながら、さっきの事を考える。


 私の事をしっている人も随分と減った。まあ、その方がいいだろう。不老不死と言う事が広まったらまた不死教団みたいなものができて祭り上げられる可能性がある。そういうのを避けるためにも、私の事を知っているのは少数のほうがいい。


 ヘレンも私の事は知らないが、いつか私の事を教えてもらえる日が来るだろう。それまでは神様がいると思っててくれ。でも、知った時にどんな顔をするだろうか。ちょっと怖いな。幻滅されたらどうしよう?


 でも、ずいぶんと先の事になるだろうから、気にしないでおこう。徐々に神様じゃないと言っておくかな。


 さて、アビスで転移門を開いてエルリガへ行くか。




 暖かいローブを羽織ってから、魔導都市エルリガへやってきた。


 やっぱり転移門は便利だな。ヴァイアに感謝だ。


 そのヴァイアがグランドマスターを務めた魔術師ギルドの本部が見えてきた。ヴァイアやレヴィアがいた頃は結構来ていたのだが、最近では久しぶりだ。


 受付でグランドマスターへ連絡をしてもらった。今のグランドマスターはそのまま魔女もやっている。確か、アゼルって名前だったはずだ。


 待つこと数分、アゼルが直接やって来て、これからヴァイアの家へ行くことになった。


「フェルさん、来てくださってありがとうございます」


 アゼルは家に向かっている途中、お礼を言ってきた。


 それに対して気にするなと言うように手を振る。


「いや、大したことじゃない。それよりも詳しい話を聞かせてもらえるか? なにか相談があるんだよな?」


「ええ、実は娘の事なのですが――」


 どうやらアゼルの娘はもう十五歳なのに、いまだに魔力操作を行えず、絶えず魔力が周囲に洩れているらしい。アゼルはともかく、最近では家族も近くにいるのが厳しい程の魔力が放出されているため、魔力操作を教える事も難しくなってきたそうだ。


「私が教えてやれればよかったのですが、魔女として、そして魔術師ギルドのグランドマスターとしての仕事が多く、娘を見てやることができなかったのです……そこでフェルさんの事を思い出しまして、協力いただけないかと」


「なるほど、そういうのならまだ大丈夫だ。私に任せておけ」


 二人を結婚させろと言われるよりは遥かにマシだ。それに魔力操作なら魔力付与でかなり鍛えた。訳の分からないユニークアイテムができてしまうから魔力操作自体あまりやらなくなったけど。


 ……うお、すごいな。家に近づいただけで分かった。この辺りは随分と魔力がある。普通の奴なら眩暈や吐き気に襲われるだろう。


 アゼルが家の扉をちょっと強めに叩いた。


「ルゼ、母だ。ここを開けてくれ」


 ルゼと言うのが名前なのだろう。そういえば、昔、そんな名前の赤ちゃんが生まれたとか聞いたことがあった。


 しかし、ルゼ、か。なんとなくルネに似ている。いかん、平常心だ。ちゃんとしていないと殴るかもしれない。


 扉の向こうで何かが動く音がする。多分、鍵を開けているのだろう。そして黒髪のショートカットをした十五、六歳くらいの女の子が扉から顔を覗かせた。


「おふくろ、どうしたんだよ? まだ仕事中だろ? ……あん? だれだ、コイツ?」


 女の子なのに喋り方が、その、なんだ、リエルに似ている。


 何だろうな。リエルとルネが一緒にいた頃を思い出す。かなりモヤっとして来た。頼むから性格だけは良くあって欲しい。

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