上下関係
ヴァイアの子孫であるアゼル。その娘のルゼがこちらを不思議そうに見ている。
「えっと、おふくろ、これ誰だ? いや、それよりも魔力酔いしてないのか? すげぇな」
初対面でこれ呼ばわりか。これは上下関係を教えてやらないとダメだな。何かを教えるならまず尊敬と言うか自分よりも上だと思われないといけない。舐められたらそれだけ時間が掛かる。
「魔力の操作方法を教えてやる。頭を下げて教えを請え」
「ああ?」
ルゼが眉間にシワを寄せて睨んできた。なかなか負けん気が強い。こういうところはヴァイアに似ていないな。
一触即発という感じだったが、アゼルが間に入った。
「ルゼ、この方はお前に魔力操作を教えてくれる先生だ。私がお前のために呼んだ。いまだに魔力操作ができないのは、小説ばかり読んで訓練をおろそかにするからだぞ?」
「そ、それは関係ないだろ! でも、先生? 魔族とは言え、俺より若い様に見えるぜ? 本当に教えられんのかよ?」
まあそうだな。私の見た目は十五歳くらいだ。ルゼの方が背も高いし、さすがに年下から教わるのは嫌なのだろう。
「詳しくは言えないが、この方は見た目よりも相当歳を取っていて知識や経験も豊富だ。ちゃんと頭を下げれば、必ずお前の力になってくれる」
相当歳を取っているって言い方はどうかと思う。年齢はともかく、精神は乙女なのだが。
「本当かよ? なんか嘘くせぇな。確かに俺の魔力に触れていても魔力酔いしないのはすげぇけどよ」
ここはやっぱり力を見せてやるべきかな。そういうのが一番手っ取り早い。
「どうしたら信じる? 要望があるなら聞こう。何でもいいぞ」
ルゼはニヤリと笑った。
「へぇ? 何でもいいのか? それじゃ俺と魔法対決しようぜ。俺が魔法を放つからそれを無効化するなり反撃してくれればいい。どうよ?」
「いいぞ。好きな魔法で攻撃してこい。でも、ここじゃ危ないな。そこの広い場所でやるか」
「よし、決まりだ。久々に魔法をぶっ放すぜ!」
ルゼはずいぶんと嬉しそうだ。もしかしたら、アゼルから魔法を使うなとか言われてるのかも。魔力が漏れすぎて暴発というか暴走するかもしれないからな。
アゼルは困った様な顔で私を見た。頷くことで大丈夫だと伝えると、アゼルも頷いてルゼの方を見た。
「おい、ルゼ、言っておくが――」
「おふくろが連れてきたなら多少は無理しても大丈夫だろ? 安心しろって、殺したりはしねぇからさ」
「いや、そうじゃない。ルゼ、お前が死ぬなよ? 魔法を撃たれたら、全力で抵抗しろ」
「え?」
「それじゃ、気を付けてな」
アゼルはルゼにそう言うと、私達からかなり離れた。
そこまで広範囲の魔法を使うつもりはないんだけど、なんでそんなに離れるのだろう? もしかしてルゼが広範囲魔法を使うのか?
「おふくろは何であんなに離れるんだ? それに死ぬなって……もしかしてアンタはかなり強いのかよ?」
「アンタか……そういえば名乗ってなかったな。魔族のフェルだ。強いかどうかはその目で確かめてくれ」
「フェルか。なら、こっちも名乗るぜ。俺はルゼだ。いつか魔女になるつもりだぜ?」
魔女。人界で最も魔力の多い人族の女性。その称号は魔術師ギルドが選定している。グランドマスターはともかく、魔女はヴァイアの家系に多かった。
なるほど、ルゼは魔女を目指しているのか。
「魔女の名は私の親友が名乗っていた称号だ。そう簡単に受け継げると思うなよ?」
「受け継いでみせるさ。憧れの魔女になるのは俺の夢だからな!」
ルゼはいい笑顔でそう言い切った。そうか、魔女に憧れているのか。私の中でルゼの好感度が少し上がったな。
「なら掛かってこい。お前には色々教えたくなった。まずはこの場で上下関係をきっちり教えてやる」
「言ってろ! なら、行くぜ! 【炎龍咆哮】!」
炎のドラゴンを作り出す魔法か。竜言語魔法と言われるほど複雑な術式が必要なのに簡単に使ってきたな。というか、殺す気か。
ルゼの頭上に大きな魔法陣が現れて、そこからさらに上へ炎が噴き出る。それが巨大な竜の形になった。いや、竜じゃなくて龍ってやつか。蛇みたいな長細い体に短い手と足が付いているタイプだ。
それが大きく息を吸うような動作をする。そしてこちらに炎を吐いた。
「【造水】【送風】」
龍に向かって右手を掲げ、水を作り出す。それを風で勢いよく飛ばした。炎の龍はその水に当たって吹き飛ぶ。蒸気がすごいな。
アンリのジェット大王イカを見て編み出したジェット噴射魔法。昔は木を吹き飛ばす程度だったが、いまならあれくらい余裕だ。
「ちょ、待て待て待て! 今の生活魔法じゃねぇか! なんで攻撃魔法になってんだよ!」
ルゼが抗議の声を上げている。
「そんなこと言われても攻撃魔法ってほとんど使えないからな。ああいうので代用しないと防げない」
他にも空間魔法と強化魔法はそこそこ使えるけど、どっちもあれは防げなかっただろう。本魔法なんて論外だし。
「お、俺の最強魔法が生活魔法に負けるって……」
ルゼはショックを受けていて、すでに戦意喪失している感じだ。
そんなルゼにアゼルが近づいた。
「ルゼ、これで分かっただろう? この方は見た目通りではない。我々よりも遥かに優秀な魔法使いなのだ」
「別に優秀ではないぞ。ルゼが使ったような魔法は使えないからな。ただ、親友に色々教わったから使い方が上手いだけだ」
ヴァイアがやってたらこの辺りが湖になるぞ……いや、言い過ぎか。でも池っぽいものなら作れたはず。
ルゼはこちらの方を見てから、頭を下げた。
「分かった。俺の負けだ。アンタに――いや、フェルさんに色々教わる……あーこれも違うな。えーと、色々教えてください」
言葉遣いとは裏腹に素直な奴なんだな。なんかこう、警戒していたワンコが懐いてきた感じだ。
「もちろんだ。ビシバシいくから付いて来いよ」
「おう! 立派な魔女になるために頑張るぜ! そして俺もいつかはあの小説みたいに……!」
なにか不純な動機を感じたが、まあいいだろう。不純じゃない動機なんてあまりないし。でも、小説って言ったか? そういえば、アゼルも小説がどうとか言ってたな。もしかしたら、私と話が合うかもしれない。その内、どんな小説が好きなのか聞いてみよう。
「それでは私は一度魔術師ギルドへ戻ります。後の事はお願いしてよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。早速今日から始めよう」
「よろしくお願いします。よろしければ、今日は家に泊まって行ってください。美味しい物をたくさん用意しますので」
それはいい提案だ。たまには妖精王国以外の料理も食べてみたい。
「なら今日は泊まっていくかな。料理に期待してるぞ?」
「なんだよ、今日はって。俺に教えてくれている間はずっと泊ってくれよ。おやじやおふくろ、それに兄貴達も忙しくてなかなか帰ってこないから部屋は余ってるぜ?」
ルゼがそんな提案をしてきた。どれくらいの期間が必要になるのかは分からないが、最初の半年くらいはみっちり教えた方がいいのかもしれないな。
「アゼルはどうだ? しばらく泊っても問題ないか?」
「もちろん問題ありません。むしろ、フェルさんに問題がないならぜひお願いします。その、ルゼは色々と寂しい思いをしていると思いますので、誰かがそばに居てくれれば嬉しいでしょうから」
「な、何言ってんだよ、おふくろ! もうガキじゃねぇんだから寂しくなんかねぇよ!」
ルゼが顔を赤くしてアゼルに怒っている。
なんだか微笑ましいな。これがディアから教わったギャップ萌えと言うヤツか……私の余計な知識って全部ディアから教わってる気がする。色々と忘れたい知識だ。
アゼルはルゼをなだめるとエルリガへ戻って行った。
「いや、本当に寂しいから泊めようとしたわけじゃないんだぜ? ……本当だって」
「分かった分かった。少しでも多くの指導を受けたいという意味だったんだろ? なかなかやる気があるな」
「そう、それだよ! それじゃ早速頼むぜ! 師匠!」
「……師匠? それ、私の事か?」
「色々と教えてくれるんだろ? 先生でいいかと思ったけど、俺の炎龍咆哮を消しちまうなんて普通できねぇからな! 敬意を込めて師匠だよ、師匠!」
よく分からない理屈だが、師匠なのか。まあ、先生よりはマシなような気もするな。
「分かった。今日から私の事は師匠と呼べ」
「おう、分かったぜ、師匠! それじゃ早速修行しようぜ!」
勉強じゃなくて修行なのか。なんかこう、男っぽい思考だな。まあいいか。元気がある方がやりやすいし。
「よし、それじゃ、十キロ走ってこい」
「なんのいじめだよ! 魔力操作を教えてくれるんだよな?」
「体が疲れている時の方が魔力の流れを感じやすいんだ。お前はそういう基礎から始める。十キロじゃなくてもいいから立ち上がれないくらい走ってこい。魔女になるんだろ? なら頑張れ」
「分かったよ! 走ればいいんだろ、走れば!」
「嫌なら私とオーガごっこでもするか? 私がオーガ役で、もし捕まったら……口では言い表せない程の大変な事になるが」
「どんなことになるんだよ! 走る、走るよ、走らせてください!」
そう言ってルゼは走りだした。家の周りを囲む柵に沿って一周すれば一キロくらいだから十周もすれば、かなり疲れるだろう。魔族式の教え方だから辛いかもしれないが、頑張ってもらうしかないな。
あとでリンゴをやろう。あれを食べれば疲れなんて吹っ飛ぶ。
さて、私はルゼが走っている間に育成プランを考えよう。立派な魔女にしてやるからな。
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