結婚の相談
難しい課題を与えられてしまった。どうすればいいのだろう。
そもそも相談する相手が間違っていると思うのだが、強引に押し切られた。ああいう相手の都合を考えない感じはディアに似ているな。
嫌ではない。嫌ではないんだ。でも、私の専門外だ。私の専門は殴る感じのものであって、結婚相談所ではない。だいたい、結婚したことないのに、二人を結婚させてください、と言われてもどうすればいいのだろうか。
『あれ? フェル様、頭を抱えてどうしたのですか? 今日は確か、ニャントリオンでディア様の子孫にお会いするはずじゃ?』
ダンジョンに戻ってくるとアビスから心配そうに声を掛けられた。
アビスに相談してみよう。私には無理だ。
今日、ディアの子孫である現ニャントリオンの店長に相談された。
なんでも娘がニャントリオン専属護衛の息子と結婚したいと言って来たそうだ。
護衛の息子は娘の幼馴染でもあるし、子供の頃からよく知っている。今時珍しい好青年だし、親として娘の幸せを考えるなら間違いなく賛成だ。
だが、問題はいまの身分や立場。四女とはいえ、ニャントリオンという大ブランドの娘を護衛の息子と結婚させるわけにはいかない。
とはいえ、娘には幸せになって貰いたい。結婚を諦めさせて嫌われたくないし、どうしよう?
そうだ、困った時はフェルさんだ。頼もう。
そんな流れで私に相談された。
『大変ですね』
それを聞いたアビスが心底同情するような声で言った。
本当に大変だよ。呼び出されたと思ったら娘の結婚相談なんて。ちょっと考えさせてくれって言わずに、完全に断るべきだったかも。
「アビス、ひとごとみたいに言うな。『じゃあ、お任せします、フェルさん。お金はいくら掛かってもいいですので』と丸投げされて困ってるんだ。頼むから助けてくれ」
『それは相談する相手を間違っていると思いますが? 思考プログラムに結婚させる方法なんて聞かないでくださいよ』
「そんなの私だって同じだ。最初の相談先からして間違っているんだ。でも、放ってはおけないだろ?」
ディアの子孫だ。みんなが幸せになって欲しい。
『相変わらずですね』
「なにが相変わらずなのか知らないが、頼むから一緒に考えてくれ。スライムちゃん達もこういう方面は全くと言うほど役に立たないし」
『仕方ありませんね。それじゃ、過去に似たような事例がないか確認してみます。そこからどういう対策を取ればいいか考えましょう』
「おお、よろしく頼む」
なんて頼りになるんだ。確かに身分違いの恋とか過去に事例があるかもしれない。それに似たような感じで対応すれば、二人が結婚できるような形に持っていくことも可能だ。
待つこと数分。アビスが『ありました』と言った。
「そうか、どんな感じなんだ?」
『見つけた事例では二人で逃げましたね。愛の逃避行というやつです。それが一番手っ取り早いと思います。逃走ルートを考えますか? 完璧に追手を躱す方法ならお任せください』
「却下だ。手っ取り早いけど、幸せなのはその二人だけだろう? 全員が幸せになる感じの結末になるやつをお願いしたい。他にはないのか?」
『となると、やっぱり身分に釣り合うだけの立場を手に入れるというのが王道ですね。昔、トラン国の親衛隊長に恋をした兵士が頑張って似たような立場になり、結婚を申し込んだという事例があります』
あれ? どこかで聞いたような話だな。どこでだっけ?
『ああ、よく調べたらスザンナ様でした』
「ものすごい身近な話だったな。そういえばそうだった。スザンナがお見合いしている場所へ男が突撃してきたっけ」
『あれってフェル様が手引きしたんですよね?』
「……男なら当たって砕けろと言った気はする。さすがにそれを薦める訳じゃないが、同じような身分になって結婚を申し込むという手段が一番いいだろう。誰からも文句は出ないはずだ」
となると、どれくらいの立場が必要なんだろう?
ニャントリオンは服飾の大ブランドだ。その四女に釣り合うだけの身分、か。同じとはいかなくともそれなりに大きな店を持っているくらいの立場にならないとダメかな。となると……。
「ヴィロー商会の店舗を任せられるくらいなら釣り合うと思うんだが、どう思う?」
『身分や立場的には十分だと思いますが、ヴィロー商会って相当大きいですよ? いまから店舗を任せられる程の商人になるのは厳しいと思いますが?』
「そうかもしれないが、結婚のためなら頑張れるだろう。それにヴィロー商会なら多少の伝手はある。何とかなるはずだ。よし、早速この条件を伝えてこよう」
商才を見せられたら結婚を許すとかにすればいい。それで解決だ。
あれから数ヶ月。
今日はニャントリオンとヴィロー商会で護衛の息子に関する話を聞いてきた。
『フェル様、浮かない顔をしていますね?』
「ああ、うん。護衛の息子ってスタロと言うんだけどな、その、なんだ、スタロには商才がないらしい。いや、商才がないというよりも運がないとか」
『はあ、運ですか。なんでまたそんな評価に?』
「あくまでもヴィロー商会の奴が言ってたに過ぎないぞ? スタロは、頭の回転は速いし人当たりもいい。何より真面目で向上心があると、かなり評判は良かった。でも、商人にとって一番大事な運がないそうだ。仕入れた物が前触れもなく壊れてしまったり、商品を輸送していたら毎回魔物に襲われたりと、利益は上げているのに同じくらい損失があるとか」
でも、運か。そんな曖昧な物は、普通ならそうでもないのだろうが、確かに商売をするなら運は必要だろう。
『それじゃヴィロー商会の支店長になるという作戦は失敗ですか?』
「そうだな。ヴィロー商会の奴も、悪い奴じゃないけど店は任せられないと言ってる。残念ながらこの方法じゃダメだ」
『でも、釣り合いの取れる身分なんて他にはありませんよ? 冒険者ギルドでアダマンタイトになるまで頑張って貰いますか?』
身分的には釣り合うし、スタロはそれなりに修練を積んでいて強いと聞いている。何年かすればアダマンタイトの冒険者になれるかもしれない。
でも、冒険者は危険な活動をしているわけだから、例えアダマンタイトでも親は認めない気がするな。すぐに未亡人になる可能性があるなら誰だって認めないだろう。
冒険者は駄目だ。他を考えよう。
「冒険者と商人以外で、大ブランドの四女と釣り合う身分ってなんだ?」
『ギルドのギルドマスターですかね? いや、グランドマスターくらいじゃないとダメかもしれませんが』
「いまから職人系のギルドに入っても何十年後だろ? 釣り合いが取れても時間が掛かり過ぎる。二人とも二十代だからな。そこから何十年も頑張って認められても遅い」
さて、どうしたものか。そもそも釣り合うような身分になるという作戦自体が駄目なのかも。やっぱり逃避行か?
『フェル、聞こえる? セラだけど』
セラから念話が届いた。そろそろ帰ってくる時期か。
「ああ、聞こえる。帰ってくる日の連絡か?」
『ええ、一週間後くらいには帰るわ。お土産も持っていくから楽しみにしてて』
「分かった。よろしくな。食べ物がいいぞ」
『分ってるわよ。そうそう、いま迷宮都市って盛り上がってる? 今回はしばらくいるつもりだから楽しみだわ』
盛り上がってる? セラは何を言っているのだろう? 迷宮都市が盛り上がる理由なんてあったか?
「特に盛り上がってはいないと思うぞ。アビスの中も平和だし」
『そうなの? そろそろ市長選でしょ? 演説活動とか始まっているかと思ったんだけど? 投票権はないけど、お祭りみたいで楽しいから、新しい市長が決められるまでは迷宮都市にいるつもりなのよね』
「ああ、市長選か。今の市長になってそろそろ五年になるんだな――あ!」
『なによ、急に大きな声を出して』
「恩に着る。おかげでいいことを思い付いた。グッジョブだ」
『よく分からないけど、私のおかげなら次の食事代はフェルの奢りよ?』
「分かった。好きなだけ奢ってやる。アイスにチョコ入れていいぞ」
『明日帰るわ!』
「ちょっと忙しいからゆっくり帰ってこい、それじゃあな」
商人も駄目、冒険者も駄目なら、市長があるじゃないか。迷宮都市の市長ならそれなりの身分と言えるだろう。十分に釣り合いは取れる。任期は五年だけど、結婚してしまえば市長でなくなったとしても問題はないはずだ。
「アビス、いいことを思い付いたぞ」
『ええ、フェル様の言葉だけは聞こえていましたので、分かります。どうやら、昔、私が立てたプランが役に立つときが来たようですね。私の優秀さを証明して見せましょう』
「頼りにしてるぞ……でも、スタロって運が悪いらしいからプランは念入りにな。これを逃すとまた五年後だし」
「私のプランは運なんかに左右されません。誰だって市長になれますよ」
それはそれでどうかと思うが、ずいぶんと自信たっぷりだな。ここはアビスに期待しよう。期間は十分にある。頑張ってスタロを市長にさせて、結婚させてやろう。
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