家族と姉妹

 

 ナキアを救出してから四日後、ようやくソドゴラへ戻ってきた。


『おかえりなさいませ。大体分かってますけど、首尾はどうでしたか?』


「ただいま。ナキアは無事だ。誘拐を企てた組織は末端まで潰しておいたぞ。三日程度で済んだのだが、国王にどうしてもお礼をしたいと言われてな、今日はその歓待を受けていた」


『王女が無事で良かったですね。でも、歓待ですか? フェル様のことは国王しか知らないのですよね? 周囲が変に思うのでは?』


「ああ、だからナキア救出を祝うパーティにちょっと参加しただけだ。立食パーティだったから素早く食べてすぐに離脱した。ヒットアンドアウェイだな。そうだ、スライムちゃん達にも別途料理を用意してくれたから持ってきたぞ」


 そう言って、亜空間から料理を取り出す。豪華なお弁当箱に入っている高級食材の詰め合わせらしい。


「人数分あるから皆で分けてくれ。あとお礼としてお金も貰った。これもお前達で分けろ」


 ジョゼはお弁当を受け取ったが、お金の入った袋はこちらに返してきた。


「それはフェル様がお使いください。我々はお金を使うことがないので」


 そりゃそうだ。どう考えてもスライムちゃん達が町で買い物をすることはない。


「分かった。なら私が預かっておくからなにか欲しいものがあったら言ってくれ。買ってきてやるから」


「それでしたらヒマワリの種を買ってきてもらえますか? とりあえず買えるだけお願いします」


「どれだけ買うつもりだ。というか、植物系は駄目だ。お前ら何か変な植物を作るつもりだろう? ここが村だった頃に作ったヒマワリな、新種のヒマワリじゃなくて、ヒマワリから進化した魔物枠の扱いにされたんだぞ? 可哀想だろうが」


 いまだに植物学者とかが畑に来て色々調べている。近くにいるアルラウネとマンドラゴラがちょっと悔しそうにしているのが、見ていてなぜか切ない。


「いえ、普通に育てます。キラービーからハチミツを作りたいという要望がありまして、その準備をしたいのです」


「そうなのか? 確かにハチミツ作りはいつの間にか廃れてしまっていたな」


 魔物達はダンジョンの外に出なくなったし、ダンジョン中にある花じゃ蜜が取れないのだろう。でも、ダンジョンでヒマワリが育つのだろうか。たしか、ダンジョン内の土は見せかけだけで栄養的な物は何もなく、ほとんど何も育たないとか聞いたことがあるが。


「アビス、ヒマワリってこのダンジョン内で育つか?」


『狭い範囲でなら可能です。そこだけ土を本物と同じにしますので』


 なら大丈夫かな。


「それじゃアビス、それはお願いする。場所に関してはジョゼ達と相談してくれ。ヒマワリの種は明日買ってくるから」


『畏まりました』


「ありがとうございます、フェル様」


「いや、いいんだ。他にも何か要望があれば言ってくれ。これはお前達のお金だ。必要な物なら何でも買って来よう」


 ヒマワリの種がハチミツになるなら嬉しい。他にも何か食べ物に代わるならどんどん買って来よう。


「それでしたら、こちらのお金も預かっていただけますでしょうか?」


 ジョゼがそう言いながら、大量の銅貨を差し出してきた。大小入り混じった銅貨だ。ちょっとだけ銀貨も入っている。しかもこれだけじゃないらしい。まだたくさんあるとか。


 でも、なんでこんなものを持っているのだろう。


「これは何のお金だ?」


「アビス内で冒険者達を叩きのめした時に落ちていたお金です。価値でいうと、全部で大金貨三百万枚くらいあります。ほとんどが小銅貨とか大銅貨だけですが。いつの間にかこんなに溜まってしまいました」


「そういうのは冒険者達に還元してあげろ。というか、なんで溜め続けた?」


 宝箱に入れておくとか、やり方は色々あると思う。


 ああ、そうだ。良いことを思い付いた。私がいちいち買い物に行かなくてもいいかもしれない。


「ドッペルゲンガー達がいたよな? アイツらなら人族に化けられるし、町へ買い出しに行って貰え。私がお前達の要望を聞いて買うよりも手っ取り早いだろう」


 さっき返されたお金を改めてジョゼに渡す。


「よろしいのですか?」


「ああ、構わない。ただ、絶対にやり過ぎるなよ? 危ないような気がしたらまずは私に確認しろ。あと、買い物はヴィロー商会だけだ。買った物はヴィロー商会を通してチェックするからな?」


 スライムちゃん達は頷いている。どうやら分かってくれたようだ。


 そしてジョゼが手を上げた。


 確認したい事があるのだろうか。みんなには昔から世話になっているから、よほどの事がない限りできるだけ許可を出してやりたい。


「えっと、確認だよな? 何を買いたいんだ?」


「はい、船を買って内海の魔物と戦いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「なんでお前達はそうやって予想の斜め上を行くの? まさかとは思うが人界征服を狙ってないよな?」


 付き合いは長いのにいまだによく分からないところがあるな。まったく誰に似たのやら。


 その後、スライムちゃん達とじっくりお話をした。多分、分かってくれただろう。


 ちょっと疲れながら妖精王国へ行くと、なぜかセラがいた。帰ってくるのはまだ先だと思ったのだが、どうしたのだろう。


「おかえり」


 セラはニコニコしながらテーブルに座っていた。良い事でもあったのかな?


「ああ、ただいま。そんなに笑顔でどうしたんだ?」


「トラン国で王女様が無事保護されたってニュースがこっちまで届いているわよ。フェルがやったんでしょ? それが嬉しかったのよ」


「いや、どう考えても私じゃない。最後の美味しい所を渡されたみたいな感じでな。なんというか、ほとんど何もしてない。むしろ、いなくてよかったような……」


「なんでそんなにネガティブなの? いいわ、食事しながら話を聞かせてよ」


 そうだな、こういう時はたくさん食べて気分転換しよう。




 食事が終わり、のんびりとリンゴジュースを飲みながらセラと話をしている。セラは終始笑顔だ。


「フェルの従魔達は相変わらずねぇ。人質を救出したときの手際もそうだけど、船を買っていいですか、なんて笑い過ぎてお腹が痛いわ」


「頼りになるのは間違いないのだが、こう、予想がつかなくてな。いつも大変だ」


「そう言ってる割りには嬉しそうよ?」


「そうか? まあ、セラよりも付き合いは長いからな。もう私の家族みたいのものだ――いや、みたい、じゃないな。家族だ。少々困った所はあるが、なによりも信頼できる相手がいると言うのは嬉しいものだ」


 なぜかセラは少しだけ寂しそうな顔をした。なんだ? セラはたまにこうなる時があるが、家族という言葉に反応したのだろうか?


「私よりも長い付き合いって、たった数年じゃない。誤差よ、誤差」


 ……まさか拗ねてんのか? 面倒な奴だな。


「なんで張り合おうとしてるんだ? お前も家族みたいなものだぞ。ちょっと残念な妹って感じだけど」


 そういうと、セラはたちまち笑顔になる。だが、一度不思議そうな顔をしてから、怒った。こういうのを百面相と言うのだろうか。顔の筋肉が筋肉痛になりそう。


「ちょっと待ちなさいよ。どう見ても私の方が姉でしょ? 残念な妹はフェルの方じゃない? 私はそんな残念な妹をしっかり面倒見ている、できる姉って感じでしょ?」


「だれが残念だ。喧嘩売ってんのか」


「どう考えても、フェルから売ったんでしょ!」


「あの、お客様。お二人が暴れると後が大変なので止めて貰えますか? それとほっぺたが伸びますよ?」


 近くにいたウェイトレスに怒られた。いかん、出入り禁止になったらシャレにならない。ここはちゃんと頭を下げよう。そして仲良しアピールだ。この辺りはリエルから習った。


 セラと肩を組む。セラも意図を察したのか、私の肩を組んできた。


「……すまん。大丈夫だ。私達は仲良し。ほら、な?」


「そう、ベストフレンドだから安心して」


 ウェイトレスは、一度ため息をついてから厨房の方へ去って行った。そのため息の理由を教えてもらいたいところだが、ここは大人しくしておこう。


 確かに暴れたら駄目だ。以前も残ったジャガイモ揚げをセラと取り合って怒られた。同じミスはしない。


「私が妹なのはいいが、残念は取れ」


「いいわ。でも、姉と妹の関係は譲らないわよ」


 姉と妹か。アンリやスザンナも私を姉のように慕ってくれたな。ナキアもあの頃のアンリに似ていた。懐かしいな。


 そういえば、あの後、ナキアは大丈夫だったのだろうか。


 部屋で休ませているとは聞いていた。パーティにも出ていなかったし、倉庫で助けてからは会っていない。


 ナキアは随分と興奮してたはずだ。まあ、さらわれたのだから仕方ないだろう。トラウマになったりしなければいいんだけどな。子供達を溺愛しているトラン国王ならその辺りのフォローも大丈夫だとは思うんだけど。


「フェル? どうかした?」


「ああ、いや、姉と妹の話から色々と思い出していてな。今回さらわれたのは五歳の女の子なんだ。トラウマになったりしないといいな、とな」


「五歳? そんな子をさらうなんて……組織はちゃんと潰したんでしょうね?」


「もちろんだ。スライムちゃん達が念入りに潰した。関わっていた奴らは全員捕まえたし、後はトラン国に任せている。確か主犯格は極刑だと言っていた。トラン国王はかなり子煩悩でな。自分の事はどうでもいいが、子供のためならオーガにでもなれるようなタイプだ――おい、セラどうした? 聞いてるか?」


 なぜかセラは思いつめたような顔をしている。セラはほんの数秒だけそんな顔をしていたが、私が見つめていることに気付き、笑顔になった。


「ごめんなさい。でも、話は聞いていたわよ? 子供をさらわれたトラン国王の気持ちになったらちょっと怒りが湧いてきちゃって」


「そういうことか。確かに自分の子供がさらわれたら犯人に怒りを覚えるだろう。私でも気持ちは分かる」


「……ないわよ」


 なんだ? 良く聞こえなかったが、セラが何かを言った?


「セラ、何か言ったか?」


「え? いえ、何も言ってないけど?」


 セラは普段通りの笑顔だ。どうやら聞き間違いだったようだ。


「そうか、私の聞き間違いか。さて、そろそろ食堂が閉店の時間だな」


「そうね、お開きにしましょうか」


「じゃあ、セラ姉さん、今日の勘定はよろしく頼む」


 今日はセラに奢って貰う。そう決めた。私の姉というなら払ってくれるはずだ。そういう視線を送ろう。


「ちょ、それはないでしょ! 今日、ものすごく食べたじゃない! 割り勘にしてよ!」


「頼りになる姉さんがいて、私は幸せ者だな」


 セラがぐらついている。どうやら効いてるようだ。もうひと押しか?


「あの、割り勘でも奢りでもいいですから早く払ってください」


 ウェイトレスに急かされたので割り勘にした。次はセラに奢らせよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る