夢の終わり
とうとうこの日が来た。
セラが今日封印から解かれる。アビスは封印ではなく、コールドスリープだと言っていたが、名称なんてどうでもいい。重要なのはセラが目を覚ました後、どのような行動を取るか、だ。
イブは言っていた。セラは自身を勇者にした者達を憎んでいると。
気持ちは分かる。だが、魔王様に復讐すると言うのは少しスジが違う。そもそもこの勇者と魔王のシステムに魔王様は関係していない。
このシステムは第四世代から始まったものだ。第一世代で追放された魔王様がこれに関係していることはないのだ。
まあ、根本的な原因は魔王様にあるかもしれないが、それを言ったらどこまでも原因を遡れてしまう。魔王様以外の創造主が亡くなっていることで気持ちを収めて貰いたいところだ。
イブの拠点であった海底研究所へ転移門を開く。
私もヴァイアと同じように行ったことがない場所でも転移門が開けるようになった。たまに失敗するが、滅多にやらないので特に問題はない。それに一度行ったらすぐに登録する。そうすれば失敗はしない。
海底研究所には転移門で何度か足を運んでいた。セラの監視が目的だ。
目を覚ます状況は装置のエネルギー状態を見ればわかるが、その前にセラが目を覚ます可能性もあったので、こまめに確認をしに来ている。
アビスが「私が監視しますよ」と言ってくれたので、普段の監視はお願いしてるが、何となく心配で何度も来てしまった。
転移門を開いた部屋から外へ出る。
内海の中心、その海底にあるこの研究所は海洋生物の研究施設だったらしい。
遺跡で大爆発が起きとか、隕石が落ちたとか、そんな話もあったが、実際にはそんなことはなかった。人界がリアリティゲームと言われていた頃から内海はあったし、研究所は昔から海の底だ。
つまり遺跡機関が言っている事はまるで嘘ということ。遺跡機関が爆発を抑えたなんてことはない。
おそらく遺跡機関を最初に作った者たちが大ウソをついたのだろう。それが、いまだに信じられているようだ。しかもアビスが調査した限りでは、遺跡機関のだれもそれを嘘だと思っていないらしい。
いまさらそれを嘘と言っても仕方がないので、そのままだ。そもそも遺跡機関は研究者のような人物しかおらず、遺跡を使ってどうこうしようという考えはないらしい。ほとんどは遺跡から色々な考察をするのが好きなだけ、とアビスは言っていた。
基本的に無害だし、何かあればアビスが対応するだろうから、私はノータッチだ。色々とやることが多くて忙しいからな。任せられることはどんどん任せよう。
そんなことを考えながら研究所の中を歩く。巨大なモニターのある部屋に着いた。
イブの本体がいたとされる部屋だ。
すでにイブの本体はいない。その残滓も。そして悪魔達も天使達に倒された。イブの痕跡はもう何もないだろう。
あれから百年か。
人界や魔界は平和だ。
管理者達は人界で起こることをあるがままに受け入れて、いまはほとんど傍観者となっている。もちろんなにかあれば手を貸すこともあるようだが、基本的には全員が人界の行く末を見守るだけという事に決まったそうだ。
でも、代わりに私へお願いしてくるのは勘弁してもらいたい。管理者達より身軽だから、色々と聞いてはやってるけど、そういうのは天使達に任せればいい。なんですぐ私に頼ろうとするのか。私よりも数倍優れている奴らなのにそこに気付かないとは、アイツらもまだまだだな。
ちょっとだけモヤっとしながら、部屋にある扉の一つに近づいた。
この部屋にセラが眠っている。
もともとは魔王様が眠っていた場所らしい。同じ装置にセラが眠っているわけだ。なんとなくイラっとする。目を覚ました時は意識が朦朧としているらしいので、ひっぱたいてやろうか。
そう考えながら扉を開けた。
正面に魔王様が眠っていた装置と同じようなガラスの円柱がある。その中は薄緑色っぽい水で満たされていて、セラが目を閉じたまま浮かんでいた。
魔王様の様に直立ではなく、膝を抱え込むようにして丸まっている姿だ。セラは白のワンピースを着ているが、その服と黒い髪がガラスのなか全体に広がっている感じで、ちょっと怖い。
セラを眺めていたら、背後に気配を感じた。振り向くとアビスが立っている。他の部屋で調べものをしていたのだろう。
「まだセラは目を覚ましていませんか?」
「ああ、まだのようだな」
私がセラの目覚めに立ち会うと言ったら、アビスも同行すると言ってきた。
セラが目を覚ましてすぐに私と敵対する可能性を心配しているらしい。イブの話ではセラが恨んでいるのは創造主達や管理者達の事で私じゃないと思うのだが、特に断る理由もないので一緒に立ち会うことになった。
それにしてもセラか。
私はセラの事を良く知らない。知っている事といえば、以前魔王様がセラを治療していた時に話したときの内容がすべてだろう。
あの時、セラの過去を聞くような事は無かった。どちらかというと、セラが私に質問ばかりしていた気がする。
セラは私よりも五十年くらい早く勇者になった。だが、セラが倒すべき魔王はイブに封印されていた。そして魔王が封印されていたこともあり、魔族は人界へ攻め込まなかった。
セラは五十年、何をしていたのだろうな。
冒険者ギルドに登録してアダマンタイトだったことは知っている。でも、それがいつからなのかは知らない。勇者になる前や、なった直後は何をしていたのか等、私はセラの事を何も知らないんだ。
イブはセラの何を知っていたのだろう。私やイブには理解できないことがセラにはあるらしい。それを分かってやることができればいいのだが。
「フェル様、そろそろのようです」
アビスの声にハッとする。
セラの入っているガラスの円柱から、薄緑の水が徐々に減ってきた。ボコボコと音を立てながら排水しているようだ。
そして水が無くなると、セラはガラスに寄りかかるように座っていた。見た限り意識はないようだ。
今度はガラスの中が白い煙で満たされる。
「これはなんだ?」
「セラの洗浄と乾燥をしているだけです。危険はありませんので安心してください」
セラは不老不死だからこれでどうにかなるとは思わないが、知らない事が起きると色々と心配になる。まあ、魔王様の時の予行だと思っておこう。
最終的に煙はすべてなくなり、全く濡れていないセラが座ったままの状態でいた。
そして音もなく円柱のガラスが下がってきた。全部のガラスが床の台座に吸い込まれると、ガラスに寄りかかっていたセラは、そのまま床に伏せるように倒れた。
アビスがすぐに近寄ってセラを抱きかかえる。
「隣の部屋にベッドがありますので、そこへ運びます」
「分かった。そうしてくれ」
アビスはセラを抱きかかえたまま歩き出した。
この部屋にはイブの本体がある部屋への扉以外にもう一つの扉がある。アビスはそこへ向かった。先回りして扉を開ける。
アビスは私に頭を下げてから部屋に入り、中にあるベッドへセラを寝かせた。
「どれくらいで目を覚ます?」
「すぐに目を覚ますと思います。不老不死なので筋力の衰えはないでしょうし、見たところ魔力の循環も問題ありません。ただ、記憶の混乱はあるかもしれませんね」
「記憶の混乱?」
「イブの話を総合すると、セラは『ラストエデン』によって記憶を消した状態で夢を見ているはずです。調べたところ、目を覚ませば記憶が戻る様ですが、記憶というのは色々と難しいものでして、すぐに記憶が戻るのかどうか微妙なところですね」
私の場合は日記を見て記憶を取り戻したが、頭が混乱したというよりも、痛かった。魔王様が治してくれたけど、セラは大丈夫だろうか。
見ていると、セラの頬がピクピクと動いている。そして瞼、いや眼球が動いているのだろう。眉間にシワを寄せている感じがちょっと痛々しい。
そして動きが止まり、セラはゆっくりと目を開いた。
セラは首を動かさずに眼球だけで周囲を見る。私の方を見たが、怪訝そうな顔をするだけで私を誰だか分かっていない感じだ。
「ここは……どこ? 貴方達は……?」
記憶が戻っていないのだろう。アビスはそもそも知らないだろうが、私を覚えていないのはそうに違いない。
「そのうちに記憶を取り戻す。今はゆっくりとしていろ。アビス、なにか飲み物とかあるか?」
アビスは「用意してきます」と言って部屋を出て行った。
セラは私の事を見つめている。かすかに覚えているのだろうか。何かを思い出そうとしている顔だ。
「自分自身の事は覚えているか?」
「え、ええ。私はセラよ。貴方は……見覚えがあるのだけど、名前が思い出せないの。聞かせてもらっていいかしら?」
「私の名前はフェルだ。魔族だが、襲ったりしないから安心しろ」
「魔族の……フェル? なんとなく大事な名前だったような……フェル……フェル? ………………フェル!?」
セラの目が見開き、私の肩を掴んだ。だが、直後にセラは叫び声をあげて頭を抱えた。
「お、おい、セラ! 大丈夫か!?」
セラがベッドの上で頭を両手で抱えながらのたうち回っている。
「あ……あ……あああ! フェル! 私の……! 私の大事な……! 違う……違うわ……フェルは……!」
なんだ? さっきから私の名前を言っているようだが、大事とか、違うとか、何を言いたいんだ?
だが、徐々にセラは落ち着いてきた。頭は抱えているし、息は荒いが、徐々に動きが小さくなってきた。一応背中をさすってやっているが、これで効果があるのだろうか。
そしてセラは両手を頭から離して、大きく深呼吸をした。
「大丈夫か?」
「……ええ、ありがとう。落ち着いたわ」
セラは私に微笑みかけてから、真面目な顔になった。
「貴方に聞いておきたいことがあるの」
「それは構わないが、もう大丈夫なのか? いま、飲み物が来るからもう少し落ち着くまで待ったらどうだ?」
セラは首を横に振る。
「いえ、大事な事なのよ。ちゃんと答えて」
「……分かった。何を聞きたい?」
「貴方は……どっち? フェルなの? それともイブ?」
そういうことか。セラは知っていたのだろう。イブが私の体を奪おうとしていたことを。だからそんな質問をしているんだ。
「私はフェルだ。イブは百年ほど前に倒した。体は乗っ取られていないぞ」
セラの目は落胆していた。いや、目だけでなく体全体で落胆しているようだ。ちょっと傷つくんだが。
「おい、その態度はなんだ。お前は私がイブに乗っ取られた方が良かったと言うのか?」
「……それは、ごめんなさい。私はイブが勝つ方に賭けていたわ……私は賭けに負けたのね。いえ、なんとなく……本当になんとなくだけど、そんな気はしていたわ。イブはフェルに勝てないって」
「賭け事はもうやめるんだな。才能がないんだ」
「……そうね。もう賭け事は止めるわ……申し訳ないのだけど、少しだけ眠らせてもらってもいいかしら? ちょっと頭が痛くて、それに少し眠いわ」
私の時は魔王様が治してくれたが、今回はそうじゃない。かなりきついのだろう。
「ああ、少し寝ろ。今までも寝ていたが、眠いなら寝るべきだ」
「そうね。起きたら色々な話を聞かせて。これまで何があったのかを」
「分かった。時間はある。ゆっくり寝とけ」
「……ありがとう」
そう言うと、セラはベッドに横になった。そして目を閉じる。
近くにいたら寝られないと思い部屋を出ようとした。
その際にふとセラの顔を見たら、閉じた目の目じりから一筋の涙が流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます