受け継がれたもの

 

 ステージでは色々な出し物が行われている。どの出し物も結構受けていて、今もかなり盛り上がっているようだ。


 そしてテーブルには先程新生ニャントリオンとして踊っていた三人が座っていた。


 スライムちゃん達も隣のテーブルに座っている。


 そっちのテーブルにはフリートも座っているのだが、大丈夫かな。フリートはニコニコしているから大丈夫だとは思うが、将来、スライムになる研究とか始めたら私のせいなのだろうか……レヴィアに怒られるかもしれない。


 そっちを気にしていたら、同じテーブルにいるナギが私の目の前で手を振った。


「フェルさん、聞いてるかニャ? 私がここにいるのに驚いてないニャ」


 そんなことよりも紙袋を被っているスライムちゃん達の方が衝撃的だ。なんで正体を隠そうとしているのだろう。というか誰に隠してるんだ。少なくとも私ではなさそうだけど。


 まあいいか。今はナギの相手をしよう。確かに何でここにいるのかは知らないからな。


「ナギはどうしてここにいるんだ? ウゲン共和国から来たのだろうが、どうしてここへ?」


「実はヤト様を見習って修行に来たニャ! ヤト様は若かりし頃、この妖精王国で修行を積んだらしいニャ。だから私もここで修行するニャ!」


「そういうことか。確かにヤトはここで基礎を学んだと言ってもいい。ナギは若いのに偉いな。応援してるから頑張れよ」


 美味しい物を作れる人が増えるのはいいことだ。


「もちろんニャ! 一流のアイドルになって見せるニャ!」


「そっちじゃない。修行は料理の方だ。だれだ、アイドルの修行を妖精王国でやったとか言った奴は」


 犯人は分からなかったが、どうやら料理の修行もするらしい。本当に頑張ってくれ。


 それにしても、いつの間に三人で踊ることになったのだろう。そもそもいつ頃ナギがここへ来たのか知らないが、三人とも仲良くなっている感じだ。年が近いと言う事もあるのだろうが……まあ、悪い事じゃないな。


「フェル様、よろしいですか?」


 背後から声を掛けられた。振り返ると、ヴィロー商会の店長と、アダマンタイトの冒険者クロムがいた。二人が一緒にいるのは別にいい。元々クロムはヴィロー商会の関係者だからな。


 でも、なんでクロムがここに? こいつもナギと同じくウゲン共和国にいたはずだが。


「構わないが、なんでクロムがここいるんだ?」


「ナギの嬢ちゃんをここまで護衛してやったんだ。というか、親父に迷宮都市へ行くように言われたから、それはついでみたいなものけどな」


 そういうことか。まあ、クロムはヴィロー商会の跡取りだから、何かしらあるんだろう。そこに首を突っ込むつもりはない。


「クロムがいる理由は分かった。それで、店長。私に用なのか?」


「ただのご挨拶ですよ。シシュティ商会を潰してくれたお礼も兼ねておりますが」


「気にしなくていいぞ。ヴィロー商会のために潰したんじゃなくて、私の都合で潰しただけだから」


 店長は柔和な笑みを浮かべると、「なら、そういう事にしておきます」と言ってから、ヴィロー商会の状況を説明してくれた。


 ヴィロー商会はシシュティ商会に奪われたダンジョンを全て取り戻したそうだ。そして通常の流通経路も復活。人界中でヴィロー商会が返り咲く感じになったらしい。


 とは言え、縮小したヴィロー商会ははっきり言って人手不足。そこでウゲン共和国で獣人達を雇ったそうだ。どうやらピラミッドでの魔物暴走でクロムが皆を避難誘導させてたのが、獣人達の好感度を上げたらしい。


 店長がそこまで話すと、クロムが笑いながら私の肩を叩きだした。


「色々とフェルのおかげで助かったぜ。ここまで予想してたわけじゃないだろうが、ヴィロー商会がいい感じになって来たのは全部フェルのおかげだ。親父の代わりに礼を言っとくよ」


「気にするな。ヴィロー商会にはこれからも魔界へ食糧を送ってもらうからお互い様だ」


 店長が一歩前に出て頭を下げた。


「ご安心ください。今後は命に代えましても対応して見せます」


「いや、命に代えるな。もう少し気楽にやってくれ」


 そんな様子を笑ってみていたクロムだったが、スライムちゃん達がいる方を見てから首を傾げた。


「なあ、フェル、ちょっといいか?」


「なんだ? スライムちゃん達が飲んでいるのはリンゴジュースだ。私のオススメだぞ」


「マジかよ、そんな高級品が飲めるか。まあ、俺は酒の方が……いやそうじゃなくて、あのスライム達なんだけど」


 スライムちゃん達とフリートがババ抜きをしている。フリートが優勢だ。もうすぐ上がりそう。


「何か気になるのか? 魔物だが私の従魔だから危険はないぞ」


「ああ、いや、俺、迷宮都市にいる冒険者に情報収集してたんだよ。今度、アビスへアタックを掛けるつもりだからさ。その情報の中に、大罪の間ってところに凶悪なスライムがいるって話なんだが、聞いている話と見た目が似ていてな。まあ、そんなことありえないか? でも、七体の色が聞いていた話と一緒の様な……?」


 もしかして紙袋で顔を隠しているのは、そのためか? 確かにスライムちゃん達がアビスの外に出たと知られたら冒険者達がパニックになる。それを見越してそんな紙袋をしているのだろうか。最近は幼女の姿で戦っていたらしいし。


 でも、はっきり言って何の役にも立ってないと思うぞ。変装するなら色と形を変えればいいのに。


「クロム、物事には知っていても言ってはいけない事があるんだ。暴れたりしないから見なかったことにしてくれ」


「ああ、やっぱりそうなのか? あのスライム達のおかげで地下四十二階は攻略不可能とまで言われてるらしいぞ? ……ババ抜きに負けて暴れたりしないだろうな?」


「意識がある間は大丈夫だ」


「意識がなくなる時があるのかよ」


 一日くらいは持つから大丈夫だろう。でも、明日は早めに百鬼夜行をしておかないとな。


 店長とクロムは人脈作りのために他の人達にも挨拶に行くようだ。クロムはスライムちゃん達を凝視しながら離れて行った。


 結構時間が経ったが、いまだに来客があるな。どれだけの招待状を送ったのだろう。


 そしていま、厄介そうな奴らがこっちへ近づいてくる。いつ来たんだ。


「フェルさん。こちらにいらしたのですわね。探しましたわ」


「……ウルスラ、それにサリィ。お前達、国を離れていいのか? ウルスラは国王代行だったんじゃ?」


「父と母が帰ってきましたので大丈夫です。私もそろそろ次期国王としての研鑽を積まなければいけない年ごろ。何事も経験という事で、各国を見て回ってくると伝えましたから、なんの問題もありませんわ」


「それならいいのだが」


「ウルスラ様、いい加減なことは言わないように。『旅に出ます』と書置きを残して脱走してきたんじゃないですか」


 サリィは相変わらずクールな顔をしているが、ちょっぴり怒っている感じもするな。


「父と母ならそれだけで分かってくれます」


 こんなのが国王になっていいのだろうか。いや、なるしかないんだけど。来ちゃったみたいだし、追い返すのも悪い気がする。連れ戻す部隊が来るまで遊んでいくといい。アンリは国王になっても脱走してたからな。それが受け継がれているのだろう。


「どうしようもないだろうし楽しんでおけ。言っておくが、このシーフードピザは私のだ。欲しければ、他から持って来い」


「自分で料理を取りに行くと言うのは新鮮ですわね! 大体全く食べないか、メイドが用意してくれるのですが……いいですわ、これは私に対する挑戦。サリィ、行きますわよ。やり方を教えてくださいな」


 ウルスラはずかずかと料理が置いてあるほうへ歩いて行った。そしてひどく疲れた感じでサリィが後を追う。


 大変だな。サリィはいつもウルスラの行動に振り回されているのだろう。アンリとスザンナもそんな感じだったけど、スザンナは姉のように振る舞っていたからまだ楽だった。サリィは立場的にも色々やりづらそうだ。


 そんなやり取りを見ていたタルテがこっちを見て口を開いた。


「ねぇねぇ、フェルさん、今の人って誰? すっごい美人。ニャントリオンにスカウトしたい」


 その言葉にナギとルミカが頷く。


「トラン国の次期国王だ。隣にいたのは親衛隊のサリィだな」


 皆がびっくりしている。そりゃそうか。まだ国王じゃないとは言え、確実に次の王になる。本来、ここにいるような奴じゃない。


 山盛りの料理を皿に乗せてウルスラとサリィが戻ってきた。


「これがウルスラスペシャルですわ。どうです? この城のような風格。美味しそうですわ」


 食べるのに苦労しそうだし、味が混じっているのでは? まあ、私ならそれでも食べるけど。


「ウルスラ、ニャントリオンに入らないかニャ? いま、メンバー募集中ニャ――もがが」


 ナギがそんなことを言いだした。怖いもの知らずというかなんというか。しかも呼び捨てだ。タルテとルミカが慌ててナギの口を塞いでいる。


「まあ、私をニャントリオンに? 確かに私のご先祖様もニャントリオンに所属しておりましたけど」


「それなら決まりニャ。私のバックダンサーとして使ってやるニャ――もがが」


 いったん抜け出したナギが、改めてタルテに口を押えられた。そしてルミカがウルスラに頭を下げている。


「す、すみません! この馬鹿猫! アンタ、トラン国の次期国王になんてこと言ってんの! 聖母様の天罰を食らわせるわよ!」


「……わかりましたわ。ご先祖様であるアンリ様が通った道、この私もやってやりますわ! バックダンサーから始めて、下剋上を狙いますわよ、サリィ!」


 サリィがものすごく驚いている。食べ物を頬張ったまま、目を見開いて止まってるぞ。


 ……なんだか不思議だな。みんなの子孫があの頃の事をやるというのは。魂的な物が受け継がれているのだろうか。


 なんとなくだけど、あの頃に戻ったみたいだ。それにここにいるみんなもあの頃のように楽しそうにしている。もちろん私も。


「あ、フェルさん、こちらでしたか。探しましたよ」


 振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。見たことはあるけど、誰だっけ?


「……エインです。えっと、ルハラ帝国、ラーズ皇帝陛下のインペリアルガード。覚えてますよね?」


「ああ、エインか。すまん、顔は覚えていたんだが、名前をド忘れしてしまってな。そうかルハラ帝国にも招待状がいってたんだな。遠い所お疲れ様」


「はい、ありがとうございます。挨拶もそこそこで申し訳ないのですが、エスカ市長がどちらにいるかご存知ですか? ラーズ皇帝陛下からのお祝いのお言葉をお伝えしておきたいのですが」


「それならあそこだ。流石にラーズはこれないか。そういえば、もう一人の、上半身が裸の奴は?」


「ダルムですね。大丈夫です。アイツは国外に出すと国際問題になりそうなので連れて来てません」


「賢明だ」


 あんなのを見たら美味しい食事も不味くなる。いない方がいい。


「では、先に話をしてまいります。その後でまた――えっと、なんでしょうか?」


 ナギがエインを引き留めている。どうしたのだろう。


「お前も見た目がいいからニャントリオンに入れてやるニャ。バックダンサーとして頑張るニャ」


「はい?」


「この、アホ猫ー! すみません、すみません!」


 ルミカが勢いよく頭を下げている。ナギって怖いもの知らずだな。まあ、ウルスラに声を掛けている時点でそれ以上はないけど。


 エインが首を傾げていたら、ポン、と手を叩いた。


「ああ、アイドルのニャントリオンですか。実は何を隠そう、私のご先祖様は妖精愚連隊というアイドルをやっていたんですよ。トラン国の簒奪王アンリ様って知ってますか? その方と一緒だったんです」


 私からの情報だな。でも、その情報はこの場で言わないほうが良かったと思う。


 エインがウルスラに肩を掴まれた。


「え、あの、なんでしょうか? というか誰です?」


「その話は本当ですの?」


「アイドルの話ですか? はい、アンリ様とスザンナ様、そして私のご先祖であるクル様が同じグループでアイドル活動をしていたとフェル様に教わりまして」


 ウルスラが私の方を見つめる。おそらくエインがクルの子孫なのかどうなのか確認したいと言う事なのだろう。


 頷くことで肯定した。


「これは天の導き。エインさん、私とサリィ、そして貴方の三人で妖精愚連隊を再結成しましょう」


「はい?」


 エインはよく分かっていない感じだ。そしてサリィはまた驚きの顔をしている。


「ナギさん、私とサリィはニャントリオンを脱退します! 今日から私達は妖精愚連隊オメガ! ライバルですわ! 必ずやアイドルの頂点に立って見せます! この聖剣フェル・デレにかけて!」


 だから室内で剣を振り回すな。


「なるほどニャ。下剋上できないと思って逃げたニャ? そんな事じゃ私には勝てないニャ!」


 盛り上がってるな。よし、別のテーブルへ移ろう。


「なるほど、そういう事ですか」


 背後からメイド長の声がした。


「……だから背後に立つんじゃない。メイドが背中に立っていると思うと、命の危険を感じるんだ。死なないけど。で、なにがそういう事なんだ?」


「アイドルグループ二つまとめて潰せというご命令ですね? ご安心ください。完膚なきまでに叩き潰しますので」


「そんな命令はしてないけど、まあ、頑張ってくれ」


 三つ巴というヤツだな。群雄割拠。どのアイドルグループも頑張って欲しい。私の知らないところで。


「フェル様」


「ジョゼか。どうした? ババ抜きに負けても暴れるなよ」


「そんなことはしませんが、一つ提案がありまして」


「提案? なんだ?」


「はい、フェル様も私達スライムとアイドル活動をしてはどうでしょうか。チーム名は百鬼夜行が良いと思います。次点で死亡遊戯」


「絶対に断る。フリートも拍手するんじゃない。というか、魔物の言葉は分からないだろ、なんで拍手したんだ? え、分かる? 嘘だろ? 体はスライムになってないよな?」


 色々とカオスだ。楽しいのだが、ものすごく疲れる。こういうのも昔のままだな。それは改善して受け継がれて欲しいところだ。




 あの後も色々あったが、切り抜けてアビスへ戻って来た。


『おかえりなさいませ、フェル様。随分と楽しかったようですね?』


 アビスにはそう見えるのか。まあ、間違ってはいないな。


「まあな、疲れるが楽しかった」


 自然と頬が緩むのはそういう事なんだろう。久々に心の底から笑った気がする。


 でも、ここからは切り替えて行こう。危険はないが、慎重にならないとな。


「それでどうだった?」


『はい、管理者達と調べましたが、間違いないですね。フェル様とイブの戦いを調査しましたら、そういう情報が出てきました。ちなみにすべて対処済みです。コピーは管理者達と協力して全て消しています』


「そうか。なら間違いないな。会いに行こう」


『そんなことをしなくても、魔王様から渡された技術で消すことが可能です。わざわざ会いに行く必要はないと思います』


「そうかもしれないけど、長い付き合いだ。黙って消すのは気が引ける。最後くらいきちんと話をしておきたい」


 アビスは考えているのだろうか。何の返答もしてくれない


「アビス、これにはお前の協力が必要なんだ。頼むから手を貸してくれ」


『分かりました。準備をしますからお待ちください』


 良かった。どうやらやってくれるようだ。


 別に会いたいわけじゃない。ただ、何を思い、何を考えたのかを知りたいんだ。会ったところで何かが分かる訳じゃないかもしれない。それでも普通に話をしてみたい。


『フェル様、準備ができました。私も監視していますからね。何かあればすぐに引き戻しますよ』


「ああ、もちろんだ。ベッドに寝てればいいのか?」


『はい、ベッドで横になりリラックスしてください』


 アビスに言われた通り、ベッドの上で横になった。そして目を瞑り、力を抜く。すぐに睡魔が襲ってきた。


 さあ、イブに会いに行こう。

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