最強の援軍

 

 何もない部屋でイブと対峙している。その距離は十メートル程度。


 イブは本気を出すと言った。どれほどの強さなのかは分からない。それにその言葉を信じていいかも分からない。でも、さっきの死亡遊戯は効果があった。ならいけるかもしれない。


 イブは珍しくまともな顔をしている。手を抜かないということか。


「いたぶる真似はしないわ。効率よく最短で貴方を壊してあげる。『虚空領域接続』『未来予知』『限定世界規則改変』『デウス・エクス・マキナ』」


 ドスが使っていたあの技か。でも、あれは本体に相当な負荷をかけると言っていた。アビスがイブをこの中に隔離したはずなんだけど、どうやって使っているのだろう?


『イブ、なぜ「デウス・エクス・マキナ」が使える? それに虚空領域への接続もできないはずだ。何をした?』


「そんなことを一々教えるわけないでしょ? どうせすぐに貴方も壊すし、教えるだけ無駄よ。フェル、貴方も準備はいいの? 後で本気じゃなかったとか言ってもいいけど、瞬殺するわよ?」


「そうか、ならお言葉に甘えよう。【能力制限解除】【全魔力高炉接続】【死亡遊戯】」


 眠ったことでキャンセルされたスキルを再度使用する。先程と同じように、部屋の中が赤に染まった。


「さっきと同じじゃない。本気がそれなの? ……つまらないわね」


「安心しろ、まだある。【百鬼夜行】」


 イブが怪訝そうな顔をしてから、笑い出した。


「貴方、何してるの? そのスキルは知ってるけど、近くに魔物がいなくては意味がないじゃない。この部屋には貴方と私しかいないわ……もしかして、恐怖で混乱しているの?」


「安心しろ、私はいたって真面目だ。準備は整った。来い、先手は譲ってやる」


「その冗談は面白いわね? それは強者が弱者に言うセリフよ?」


「なら、間違ってないだろ?」


「あらそう? なら今度は私がお言葉に甘えるわ――」


 イブが消えた。いや、消えたように見えただけだ。この部屋でイブは転移ができないはず。私が認識できない程の速さで動いたか。


 だが、速いだけだ。集中すれば見えるはず……左側から私の顔を殴ろうとしているのが分かった。左手の手のひらでイブの拳を受ける。そしてイブの拳を握り込んだ。


 イブは目を見開いて驚いている。


「嘘でしょ……! 反応はできても私の攻撃を受けられるわけが……! 何をしたの!」


「教えるわけないだろ。どうせすぐにイブはこの世から消える。教えるだけ無駄だ……と言いたいところだが、サービスだ。教えてやる」


 握っていたイブの拳を離してやった。イブは瞬時に距離を取る。かなり警戒しているようだ。


「百鬼夜行のスキルで魔物達の力を借りている。だからお前に力負けしない。簡単な話だろ?」


「……何を言っているの? 魔物なんかどこにもいないじゃない?」


「ここをどこだと思っているんだ? アビスの中だぞ? 数万の魔物がこのアビスには住んでいるんだ。そのすべての魔物の力を借りてる」


 魔界から来たオークにミノタウロスにコカトリス。こっちで知り合ったカブトムシやドッペルゲンガー。進化しなかった魔物達の子孫や、同じ種族の仲間達がこのアビスで暮らしている。森で駆け回っていた狼やヘルハウンド達も今回のためにアビスへ入って貰った。


 それに私の忠実な部下である、スライムちゃん達もいる。


 そのすべての魔物が私に力を貸してくれているわけだ。


「だから何をいってるの! 例え何万と魔物がいても、ここにいないなら意味はないでしょう!」


「百鬼夜行の影響範囲は壁を通り抜ける」


「……なんですって?」


「私も知ったのは最近だ。百鬼夜行の影響範囲は何かに遮られることはない。私を中心に半径十キロくらいは全てスキルの影響下だ」


 イブが何かに気付いてから睨みだした。気付いたところでもうどうしようもないけどな。


「転移してきたからこの部屋がどこにあるか分からなかっただろう? ここは最下層じゃない、広大なアビスの中心部だ。そして百鬼夜行の影響範囲はアビス全域をカバーしている。これで理解したか? つまり、お前はアビス内の魔物全員と戦っているという事だ」


 そして死亡遊戯は壁に遮られる。影響を受けるのはこの部屋にいるイブだけ。


 シナジーがないユニークスキルだと思ったが、こんな使い方ができるとはな。一番効果を発揮できるのはアビス内限定という条件付きだけど。


「さて、イブ。理解したところで確認しておきたい。お前、まだやれることはあるか? 私は本気だ。これ以上はない。これでお前に勝てない様なら、私は永遠にお前には勝てないだろう。奥の手があるなら早く出せ。出し惜しみをしている場合じゃないぞ?」


 イブが人を殺せるくらいの形相で向かってきた。かなり速い。


 私を掴むように手を伸ばしてきた。それをしゃがみ込むように躱し、右の拳をボディに突き刺した。


「ぐ、おぉ!」


 立て続けに左アッパーを顎に食らわせて、イブの体が少し浮いたところへ右ストレートを放った。


 イブは勢いよく吹っ飛び、地面を転がる。風穴を開けるつもりで殴ったんだが、そんなことはできなかった。頑丈だな。


 四つん這いになりながらもこちらを睨んでいるイブにゆっくりと歩み寄った。


「悪いな。私一人じゃお前に勝てないからみんなの力を分けてもらった。魔物達にも、あの頃のみんなにも、な。卑怯とか言うなよ。ちゃんと罠を仕掛けて待っていると言ったんだ。楽しみにしていてくれたんだろう?」


「……あの頃のみんな? みんなねぇ? だったらこの状況は私のおかげね。私に感謝するといいわ」


 イブは何を言っているのだろう? 本格的に壊れたか?


「お前に感謝することなんかないぞ?」


「何を言ってるの? そもそも貴方が魔王になって人界に来たのは誰のおかげよ? それにおかしいと思ったことはないの? あの頃の魔族がすんなりと人族に受け入れられるなんて」


「……お前のほうこそ何を言ってる?」


 確かに私はソドゴラ村に受け入れて貰えた。魔族であるにも関わらず、余りにも簡単に。でも、それは夜盗から助けてやったからだ。


「あの村を盗賊だか夜盗だかに襲わせたのはこの私よ? そして貴方は村の人族を助けて受け入れて貰えた。私がそうなる様に原因を作ってあげたんだから、私に感謝するのはあたりまえでしょ? アハ、アハハハハ!」


「なんだと?」


「魔族の貴方が人助けをできるように、このエデンで色々と問題を起こしてあげたわ。どっかの貴族に魔物の売買を教えてあげたり、皇族の生き残りに世界樹の事を教えてあげたりね。だいたいのことは貴方が解決したけれど、貴方に接触することなく不幸のまま終わった人達もいたわ。ああ、かわいそうに」


「……そんなこと信じられるか」


「エデンに来た頃を良く思い出して? そもそもアダム様が森で迷う訳がないでしょう? あれはタイミングを計っていたのよ? 村が襲われるタイミングをね」


 良くは覚えていないが、確かに魔王様は村に着く前に不自然な場所で野営を始めたような気がする。まさか、本当なのか?


「アハハハハ! 貴方は私が用意したレールの上を歩いているに過ぎないのよ! 悔しい? 悔しいでしょ? 貴方がエデンでやったことなんて、ぜーんぶこの私が用意したものよ! みんなや魔物達と運命的な出会いがあったとでも思ってる? 残念ね、それは全部私のしたことよ! アハ! アハハ! アハハ――」


 イブは四つん這いの状態から立ち上がり、醜く歪んだ顔で笑っている。


 そうか。みんなと出会えたのはイブがしたことだったのか……そうか。


「ありがとう、イブ」


「――ハハハ、は?」


「聞こえなかったのか? 礼を言うのは恥ずかしいから何度も言わせるな。ありがとう、イブ。お前のおかげで私は掛け替えのない人たちと出会えた。感謝してもしきれない。おまけにお前に勝てる状況まで作ってくれるなんてな。お礼に苦しむことなくお前を殺してやる」


「……何を言ってるの? 悔しいでしょ? 悔しいって言いなさいよ」


「いや、別に。そんな事情があったのは知らなかったが、そのおかげで私はそう悪くない人生を歩めている。そしてお前が私を魔王にしてくれたおかげで魔王様に出会えた。ついでだ。魔王様のそばには私がいてやる。お前はもう不要だ。安心して死ね」


「……フェェエエルゥゥゥゥウウ!」


「そうそう、イブ、お前にずっと言いたかった――馴れ馴れしいんだよ。お前は私を呼ぶときに敬称を付けろ」


 飛びかかって来たイブを難なく躱す。


 この状態ならイブのパワーにもスピードにも負けない。例えイブが未来予知をしていても、さらにその上をいける。


 右手のグローブに魔力を込めた。魔力を込めすぎて、右手のグローブから電気が放電するような感じになる。バチバチとちょっとうるさい。


「【ジューダス・改】」


 一瞬で百発程度のパンチを浴びせる技だ。滅茶苦茶右手が疲れるけど、気合で我慢。


 ほぼすべてイブにパンチを当てた。イブの服は随分とボロボロになったようだが、効いたか?


 イブは立ったままだが、フラフラしている。そして前のめりに倒れそうになった。


 支えるつもりもないので、左側に躱す。


 だが、イブは倒れる瞬間に私の左手を右手で掴んできた。


「『権限強奪』」


 嫌な予感がして勢いよくイブの手を払った。そしてイブから距離を取る。


 何をされた? いや、今のスキルはあれか? 女神ウィンの権限を奪ったと言うスキルか?


 イブはヨロヨロと立ちあがりながら笑い出した。


「アハハァハァ! 貴方の権限を奪ったわよ!」


 やっぱりそうか。だが、私の権限を奪ったところで管理者程の権限はないと思うのだが。一体何のために?


「認めるわ、フェル。貴方は強い。この場所じゃ私に勝ち目はないわね。仕方ないから出直すわ」


「何を言ってる? そもそも逃がす気はない。ここから出られるとでも思っているのか?」


「もちろん思ってるわ……ねぇ、アビス」


 アビスに話し掛けた? 一体、何を……?


「アビス! どういうことだ!?」


『……さあ? イブが何を言っているか私にも分からないのですが?』


「やあねぇ、私はアビスのマスターでしょ? さっきフェルの権限を奪ったもの。さあ、命令よ、アビス。私をここから出しなさい。そしてフェルはこのまま閉じ込めておいて」


 そうか、イブは私の権限を奪うことで、アビスへの命令権を奪ったのか。


 ……残念な奴だな。戦う前に私とアビスの関係を調べておくべきだろうに。それにしても、アンリにこんな形で助けてもらえるなんてな。後でちゃんと感謝しておこう。


『なぜ私がお前の言う事を聞かなくてはならない? さっきも言っただろう。私が忠誠を誓うのは唯一人だ。それはイブ、お前じゃない』


「ア、アビス! 貴方、何を言っているの! 私はフェルの権限を奪った! なら私が貴方のマスターでしょう!? 何でマスターの命令が聞けないの! 私の命令を聞きなさい!」


『残念だがフェル様は私のマスターではない。ただの相棒だ。そして、マスターよりも低い権限しか持たないお前の命令は聞けないな』


「な、なんですって……?」


『私への最優先命令は「フェル姉ちゃんの力になってあげて」だ。お前はフェル様か? ……スキャンしてみたが違うようだ。悪いがお前の力にはなれないな。さあ、フェル様。ご命令を』


「イブを逃がすな。それだけでいい」


『畏まりました。絶対に逃がしません』


 イブの方を見ると、明らかにうろたえている。私から距離を取ろうとしているようだが、どこへ行くつもりなんだろう。


「残念だったな。私がアビスのマスターでないことを知らなかったのか? それとも私を甘く見て情報収集を怠ったか?」


「こ、この……!」


「さあ、決着をつけよう。魔王様のお側にいられるのは一人。それはお前じゃない。この私、フェルだ」


 転移してイブを殴りつける。両手で重い一撃を何度も食らわせた。


 イブはガードに専念しているようだが、この状態でガードしていても意味はない。時間をかけて活動を停止させてやる。


 何度か殴ったあと、イブは逃げるように距離を取った。グロッキーだがその顔は笑っているようだ。


「ア、アハ、ハ、こ、ここまで、ボロボロにされるとは、ね」


 イブは深呼吸しながら魔力で体を修復しているようだ。まだ魔力が持つのか。


「その状態で笑えるとは、まだ何かあるのか?」


「残念だけど、私自身にはなにもないわ……でも、手はある。ここへ来るのが、私だけだと思ってた?」


「なに?」


「私からの連絡がある程度途絶えたら、この都市にいる悪魔達がアビスへなだれ込むことになっているのよ。明日の選挙のために呼んでおいたのだけど、念のため保険をかけていたの。もうそろそろ入る時間よ。悪魔達は一騎当千。貴方のスキルで強化されていると言っても、ただの魔物が私の悪魔達に勝てるかしら?」


 悪魔達がアビスへ入ってくる?


「アビス! 状況は!?」


『申し訳ありません。何体かの悪魔が入り込みました。この部屋へ壁や床を壊しながら向かっています』


「アハハハハ! 壁さえ壊れてしまえばこっちのものよ。部屋の中から壁や床を壊す時間はくれないだろうけど、外側から壊す分には問題ないわよね? 悪いけど逃げさせてもらうわ。また、後で戦いましょう?」


 まずい、ここでイブを逃がしたらもうチャンスはないだろう。ここで決着を付けないと。


「アビス! 悪魔達が到着するまでどれくらいだ!」


『……あと十五分ほどです』


 早すぎる。


 どうする? 十五分じゃイブを倒せそうにもない。かといって悪魔達を止めるには普通の魔物では無理だ。それに魔物が倒れてしまうと、私の百鬼夜行による強化が減ってしまう。今はイブを圧倒できているが、もし強化が減ってしまったらイブに勝てなくなる。


『まさか、そんなことが』


 いい手が無いか考え事をしていたら、珍しいことにアビスが独り言を言った。


「アビス、どうした!? また、問題か!?」


『問題、ですね。驚きました。おそらく連絡が来ると思いますので、お待ちください』


 連絡? 何を言ってるんだ? そもそも誰から連絡が来る?


『フェル様、お困りですか?』


 なんだ? 念話? でも、この声は――そうだ、間違いない。私がこの声を間違える訳がないんだ。


「ジョゼ、か?」


『はい、ご無沙汰しております。挨拶はまたのちほど。ところで、なにかお困りではありませんか? ならご命令を。我々フェル様親衛隊が必ずや期待に応えて見せましょう』


 どうやら私にも援軍があるようだ。それも、最も信頼できる最強の援軍がな。

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