悪魔

 

 私が本物と認められた翌日、トラン城の地下へやってきた。


 ウルスラは何度もついてこようとしたが、最終的にサリィに羽交い絞めされて断念した。


 昨日、サリィにスザンナから教わった技を教えてやると言ったのが効いたのだろう。取引は大事だ。


 さて、切り替えていこう。


 今回の機神ラリスは魔王様が停止させたわけじゃない。停止させたのはノマだ。しかも正規の手順を踏んで停止させたわけじゃない。アビスが言うには、目覚めさせた時にどうなるか分からないそうだ。


 もしかしたら戦う事があるかもしれない。気を引き締めて行こう。


 地下の大広間を歩きながら機神ラリスの事を考える。


 どうやら機神ラリスは、技術の発展と衰退を管理するための管理者だったらしい。文明が進み過ぎても、衰退しても問題なので、同じ状態をできるだけ長く維持すること、そしてそれを監視することが目的だったそうだ。


 正直、何を言っているのか私には分からない。文明が進もうが衰退しようが、それは人族の選択であって、管理者が勝手に判断して滅ぼしていい物でもない。


 やはり魔王様が言っていたように過度な介入をしないことが一番なのだろう。その証拠に管理者や私がいなかった時期のほうがみんな幸せだったような気がする。


 いま問題が起きているのは、イブがシシュティ商会と不死教団を使って色々やっているからだ。その問題さえ取り除けば、管理者や私が介入しなくても人界は問題ないだろう。


 随分と考えていたようだ。目の前に機神ラリスがいる柱がある。まずはアビスへ連絡だ。


『アビス、機神ラリスのところまで来た。どうすればいい?』


『はい、いつも通り紐を小手に繋いでから再起動をお願いします』


『いいのか? 確かノマが無理やり壊したんじゃないのか? どこか直すのでは?』


『いえ、それはもう直してあります。アンリ様がトラン国王だったころにここへは何度も足を運びましたから』


『そうなのか?』


『はい、あの頃はトラン国の住民が目を覚ましたばかりでしたから、そのアフターケアみたいなものをアンリ様から依頼されていましたので。そのついでに機神ラリスを直していました』


 そうか、あの頃はその問題があったな。私は遺跡探索を再開してこっちはアンリやアビスに任せきりだった。そもそもアンリが「これは私がやるべきこと」とか言って手伝わせてくれなかった気がする。


 でも、機神ラリスってついでで直されたのか。ちょっと悲しい気がするのはなぜだろう。


 それを気にしても仕方ないか。いつも通り再起動して味方になって貰わないとな。イブを倒すにはできるだけ戦力が欲しい。


 いつも通り、柱から紐を取り出して小手につなげた。そして立体モニターで再起動の手順を行う。


 地響きのような音が柱から聞こえた。これもいつも通りだ。


 情報を更新しているかもしれないのでしばらく待つ。だが、一向に何も話す気配がない。まさか、まだ壊れているのだろうか。


「おい、機神ラリス。起きてるか? 起きてるなら返事をしろ」


『……どうして私を起こした?』


 なんだいきなり? その辺の事情はアビスからのデータで分かっているはずなんだが。


「イブを倒すために手を貸せ。ダメならまた停止させる」


『すまないが、私はもう何もする気がない。イブとやらに騙され創造主を殺した。そして人族に騙され、魔素の体を用意し、最後には情報の矛盾を指摘され、私は停止させられた。こんな無能な管理者に何ができる? 私はこのまま朽ちていくのがお似合いだ。イブを倒すことに手は貸さん。停止させろ』


 管理者として自信をなくしているとかそう言う事なのだろうか。面倒だな。ここはどうにかしてやる気になって貰わないと。


「イブに復讐したいとか思わないのか? そのチャンスがあるんだぞ?」


『ない。騙された私が悪いのだ。創造主を殺してしまったのは、イブの嘘を見抜けなかった私に責任がある。イブに対する怒りよりも、自分に対する怒りしかない』


 復讐とかの線はダメか。となると、情に訴えるか?


「なら助けてくれないか? イブは放っておいたらいつか人界に災厄をもたらす。そんなことは望んでいないだろう?」


『人族がどうなろうと別に構わない。創造主が亡くなり、楽園計画も破たんしているのであれば、私が存在する意味もない。頼む、私をこのまま眠らせてくれ。いや、破壊してくれ。創造主を殺してしまった時の映像が私の中で何度も再生されるのだ……今の私にはそれが何よりも辛い……』


 何言ってんだコイツは。お前らがそんなことを辛いと言える資格があるか。


「おい、ラリス。そんなことで死にたいみたいなことを言える立場だと思っているのか? 大体、お前達管理者や創造主は何回人族を滅ぼした? それに楽園計画とかで魔族に何人の人族を殺させた? それは良くて、創造主はダメなのか?」


 ラリスは何も答えない。ならまだ言ってやる。


「人の命がみんな平等なんて言うつもりはない。知り合いと知らない奴なら、知り合いの命の方が大事だ。だがな、創造主一人の命が、いままで奪った命よりも価値があると思うなよ? お前はそんなことで落ち込む資格はない。いままで奪った人族の命のために落ちこめ」


『……落ち込む資格がない、か』


「そうだ。それにお前は落ち込む前にまず償いをしろ。まずは人族に、そして創造主にな。死んだり、眠ったりしてる場合か」


『償い……そうか償いか』


「そうだ。お前達は人族を三回滅ぼしたんだろう? なら人族を三回救え……まあ、それでも足りないけどな」


 ラリスは黙ってしまった。柱がカラフルに光ってるから考えているんだと思うけど、ちょっと心配になるほどチカチカしてる。


『……イブを倒すのを手伝えば、人族を一回救ったことになるか?』


「そんなこと知るか……だが、私を救ってくれることにはなると思う。ほとんどイブがやったことだが、私はお前達の計画に翻弄された一人だぞ。まず、私から救ってくれ」


『そうか。魔王のシステムに翻弄されているのだな……そうだな、私は死んでいる場合ではない。人族に、そして創造主に償わなくてはいけないのだろう。分かった。魔王フェル、いや、魔神フェル様に手を貸そう』


 おお、どうやらうまくいったようだ。


 良かった。これで魔神ロイド以外の管理者をこちらに引き込めた。イブの本体がどういう物なのかは知らないが、管理者が六人いればなんとかなると思う。あとは私が人型のイブに勝てれば問題なしだ。


「詳しいことはアビスと相談してくれ。私は私でやらなくてはいけないことがあるからな」


『了解した。どこまでできるかは分からないが、全力で対応しよう』


 いきなり前向きになったな。まあ、いい傾向だろう。


 さて、一旦ソドゴラへ戻ってアビスと今後について相談するか。でも、その前にウルスラ達に挨拶しておこう。




 トラン城の地下から戻ってくると誰もいなかった。


 どうやらサリィがウルスラを連れて行ったようだ。まあ、こんなところにいたら国王代理の仕事ができないだろうからな。


 ウルスラに会うには玉座の間の方に行けばいいのだろうか。直接行っていいかどうか分からないので、その辺りのメイドにでも聞いてみるか。


 地下への入り口がある部屋から外に出ると、ちょうどいいタイミングでメイドがいた。


「すまない、ちょっと聞きたいのだが――お前……?」


 なんだ? なんでこのメイドがいる?


「フェル様、お待ちしておりました」


「なんでここにいる? 昨日捕まったはずじゃ?」


「抜け出してきました。フェル様に用がありましたので」


 私に? いや、その前にエプロンについている赤い染みは……まさか!


「お前! ウルスラ達に何かしたのか!」


「そんなことはしておりません。私を捕らえて見張っていた兵士達を多少攻撃しましたが。すぐに治療をすれば命に別状はないでしょう。そんな事よりも、です。我々の神がフェルさんに伝えたいことがあるとのことです。では――」


 目の前のメイドが、首をカクカクと左右に動かした。操り人形みたいで不気味すぎる。


「あー、あー、ようやく繋げられたわ」


 なんだ? 何を言ってる?


「フェル、久しぶりね。元気でやってる? それとも絶望してる? アハ、アハハハハ!」


 その笑い方……!


「お前イブか!」


「ピンポーン、大正解! 嬉しいわぁ、覚えててくれたなんて。念入りに記憶を消してあげたのにねぇ」


「お前の事を忘れるか! それよりも、このメイドに何をした!」


「メイド? ああ、この子? 魔眼で見てないの? この子は私の天使よ――いえ、悪魔って言っておこうかしら。他の管理者達の天使と区別しておかないとね」


 悪魔? それに天使だと? 管理者を護衛するのが天使なら、イブを護衛するのが悪魔ってことか? ふざけやがって。お前が一番の悪魔だろうが。


「さぁて、話したいことはたくさんあるけれど、制限時間もあるし、どれから話そうかしら?」


 いきなり襲い掛かられてもいい様に警戒しておこう。でも、何を言うつもりだ?


「どうやら私の目的を知っている様ね? それに貴方は絶望していない。記憶も戻っているし、計算が狂ったわ。悪魔達を使ってフェルが絶望するように色々とやってたのに」


「どんな計算をしていたのかは知らないが、お前の計算なんてそんなものだ」


「アハハ! 言うわねぇ。余計な事はせず、絶望に打ちひしがれていたなら貴方を救ってあげたのに」


「お前の救いなんて死んでもごめんだ」


「アハハハ! フェルは死なないでしょ? 私がそうしてあげたんですもの。でも、仕方ないから、強制的に救ってあげる。あと少しで私も動けるようになるし、このままでいるのも飽きちゃった。そろそろ貴方の体を貰いに行くわ」


 やっぱり、イブの狙いは私の体か。


「一つ聞かせろ。なぜ私の体を狙う?」


「それも知っているでしょう? でも、ちゃんと教えてあげるわ……アダム様の隣にいていいのはこの私、イブよ。貴方じゃない」


 声のトーンが変わった。随分と重たいというか、恨み言の様にも聞こえる。


「だって数千年もアダム様にお仕えしたのよ? 私がアダム様の寵愛を受けるべきでしょう?」


 イブは魔王様の事が好きという事なのだろうか。でもイブは管理者の原型。人ではない。


「分かっているわ。私はただのプログラム。アダム様が私に振り向くことはない。例え奥様の思考をベースにしていても、アダム様が私を愛することはないの」


 今度は笑い出した。情緒不安定か?


「アハハハ! でも、貴方は違う! 娘と同じ姿を持つ貴方はアダム様の寵愛を受けられる! でも、それは私が受けるべきでしょう!? いえ、受けるべきだわ!」


 魔王様に愛されたいから体を奪うと言う事か。昔、女神ウィンも似たような事を言っていたが……ふざけたことを言いやがって。


「だからその体を私に頂戴? ああ、安心して。私がフェルを完璧に演じてあげる。もちろん、貴方が大事にしている人達にも優しくするわ。約束する」


「寝言は寝て言え。冗談で言ったならセンスが欠片もないな。可哀想に」


「あら、冗談のセンスには自信があったのに……まあいいわ。私がその体を貰うのは決定事項。貴方の意思は関係ない」


「そうか。私がお前を倒すのも決定事項だ。お前の意思や気持ちなんか関係ない」


「私を倒す? アハハハ! 色々と動き回っているようだけど、私よりも数段劣る管理者達を味方に引き込んだくらいでどうやって倒すというの? 貴方の方こそ寝言は寝て言った方がいいんじゃない?」


「私の体を奪う自信があるようだな?」


「もちろんよ。貴方が何をしてもその体は私が頂くわ」


 何をしても、か。ならアビスへ誘い込めるか? イブと外で戦うのは意味がない。アビスの中に閉じ込めて、本体と人型、同時に倒さないと。


「そうか、なら動けるようになったらアビスへ来い。そこで決着をつけてやる。私に勝てたら、この体をくれてやる」


「へぇ? アビスというのは迷宮都市にあるダンジョンよね? 魔王らしくダンジョンの奥深くで待っているというわけ?」


「それが魔王らしいかどうかは知らないが、罠を張って待ってやる。それとも罠があると分かっていて来るのは怖いか?」


「……面白いわね。どんな罠があるのか興味が湧くわ。それに、そんな状態で私に負けたら貴方は絶望するかしら?」


「そうだな。お前に勝てないと思って絶望すると思うぞ」


「……いいわ、ならその挑発に乗ってあげる。そうね、迷宮都市の市長選、その投票日に行くわ。ちなみに市長に立候補しているのは私の悪魔よ。市長選も精々がんばりなさいな」


 なるほど。もしかすると、シシュティ商会の会長とか不死教団の教皇も同じ悪魔か?


 これは負けられないな。


「そろそろ時間切れね。それじゃ、次はアビスの中で会いましょう。その日が永遠の別れの日になると思うけど……アハ! アハハハハ!」


 カクカク動いていたメイドが一瞬だけ脱力して目を瞑った。だが、すぐに目を開ける。


「神との話は終わりましたか?」


「ああ、終わった」


「では、これにて失礼致します。ごきげんよう、フェル様」


 メイドはスカートの裾を掴み、すこし広げてからお辞儀をすると、窓を突き破って飛んでいった。


 投票日にイブがアビスへ来る。嘘かもしれないが準備を整えておかないとな。

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