二人だけの約束
目の前のテーブルに豪華な料理が置かれている。
食べていいのだが、ウルスラの熱い視線を受けながら食べるのはちょっと嫌だ。
「フェルさん、どうぞ気にせずにお食べくださいな。それとも何か気になることでも?」
ウルスラの視線が気になる。あれは獲物を見つけた狩人の目だ。ちょっとだけリエルを思い出す。
「もしかして毒とかを気にされているのですか? もちろんそんなことはありません。フェルさんが本物だと言うのは、先程のアンリ様に関する問題で証明されております」
そんなことは気にしてない。気にしているのはお前の視線だ。
戦いたくて仕方ない。そんな雰囲気を出している。チラチラと聖剣フェル・デレを見せているのは何かのアピールなのだろうか。
「先に言っておく。食事はするが、ウルスラと戦うつもりはないぞ?」
「そんなひどい! サリィとは戦って私とは戦わないなんてどういう理由なんですか!」
ウルスラのニコニコしていた顔が悲し気に歪む。どう見ても演技なんだよな。しかし、どういう理由、か。そもそも戦う理由のほうが知りたい。
アンリも村にいた頃はよく戦いを挑まれた。いつだって「一緒に連れてって」か「部下になって」って言ってたな……もしかしてウルスラもそんな感じなのだろうか。
「ウルスラ様、おやめください。私がフェル様と戦ったのは捕らえようとしたからです」
サリィがウルスラを諫めている。もっと言ってやれ。
「なら私もフェルさんを捕まえようとしたら戦ってくれるのかしら?」
「その時は逃げる。お前の勝ちでいいぞ」
「それはそれで困りますわね……いいですわ。交渉はまた今度にしましょう。『今日は』戦いませんからゆっくりお食事を楽しんでください。それでは、私やサリィ、それにバハラムにも何か飲み物を」
ウルスラが、入り口で出迎えてくれたメイドとは別のメイドに飲み物を頼んだ。というか、あのメイドは偽物と一緒に連れていかれたな。なんでもあのメイドが偽物を本物だと進言したとか。
あれか、暗黒メイド。メイドギルドの所属でも、闇堕ちしたメイドとか。メイドギルドでそんな風に聞いた。
それと宰相はそのまま宰相だった。バハラムと言うらしい。なんだか苦労してそうな顔だ。いまはサリィと一緒に私の正面に座っている。
三人とも食事はしないようだが、飲み物を飲んでくれるなら私も食べやすい。
よし、本気を出すか。
すぐに料理を平らげてしまった。
ニアほどではないが、かなり美味い。食材もかなり高価なものを使ってくれたのだろう。なんだか申し訳ない気分になってきた。
「話に聞いていた通り、たくさんお食べになりますのね? お味のほうはどうでした?」
「美味かった。かなり満足だ。でも、すまないな、いきなり押しかけただけなのに」
「本物のフェルさんならいつでもいらしてくださいな。これからはいくらでもご馳走しますので」
どうやら私の偽物はこれまでも結構いたらしい。アビスが言っていた通り、フェルを見たら偽物だと思え、と言われているそうだ。
でも、それだとおかしいような気がする。
「さっきの偽物のことだが、城下町にいた門番は本物だと言っていたぞ? だから私が偽物扱いされたわけだが、なんでさっきの偽物は本物扱いされていたんだ?」
「一番の理由はさっき一緒に連れていったメイドですね。フェルさんで間違いないと言ってましたから。それと偽物の証拠がなかったのです。結構長い期間滞在してましたので、城下町では本物だと思われていたようですね」
詳しく聞くと、毎日、偽物を食事に誘いだして部屋を調べていたらしい。いつもはあまり時間がなく調べきれなかったとか。そこへ私がやって来て多くの時間を稼げたそうだ。
「新たな偽物が脱走したと聞いたので、これはチャンスだと思ったのですが、まさか本物とは驚きました。ここ最近、他の国でもフェルさんの目撃証言があったのですが、それも偽物だと思っていましたわ」
「そうだな。それは多分、私だ。いま色々と国を回っていてな」
「何をされているんですか? とても興味があるのですが?」
神を起こしていると言っても理解は出来ないだろう。適当にはぐらかすか。でも、地下へ行く許可も必要だな。なんと答えるのが一番いいだろう?
「ええと、ちょっと遺跡に用事があってな。実はここの地下にも用事があって来たんだ。地下へ行く許可を貰えるか?」
「この城の地下ですか? 機神ラリスのいる場所ですわよね?」
「そうだな。許可を貰えるか?」
「分かりました。許可を出しましょう。私も一緒に行きます」
「いや、一人で行くつもりだが」
「でも、面白そうですわよね? すごく興味がありますわ。それとも力で私をねじ伏せて行かれますか?」
「なんでそんな凶悪そうな笑みで言う。それと聖剣を握るんじゃない。ウルスラは戦闘狂なのか?」
ウルスラに聞いたのに、サリィとバハラムが頷いた。
「ちょっと貴方達? 私は戦闘狂なんかじゃないわよ? フェルさんと手合わせしたいのは普通の感情でしょ? だって、人界最強の魔族なのよ? どれくらい通用するか試したいわ」
「そういう考えに至るのが、戦闘狂だと思うぞ。というか人界最強ってなんだ?」
「アンリ様の日記にそう書かれていますけど? アンリ様が逆立ちしても勝てない相手だったと絶賛の嵐でした」
アイツめ。アンリだって人族の中なら最強だったろうが。もちろんセラは除くけど、アンリは勇者候補だったし強かった。何度も戦って私を部下にしようとしていたな。
そして念話でした最後の言葉。ありえないと思って約束してしまった。もしかして長生きしていれば、いつかそんなこともあり得るのかな。
「フェルさん? 何か嬉しいことでもあったのですか? 食事している時のように笑顔ですけど?」
「ちょっとアンリの事を思い出していた。アンリは何度も戦いを挑んで来てな。勝って私を部下にしたかったそうだ。まあ、返り討ちにしてやったが」
スザンナとタッグを組んで襲って来ても返り討ちにしてやった。なかなか面白い連携をするようになってはいたが、それでも私には届かなかったな。
「なるほど、フェルさんに勝てば、部下になってくれるんですね……戦いましょう! そして私が勝ったら部下になってください!」
「断る。というか、さっき今日は戦わないとか言ってただろうに。王族なんだから自分の言った言葉に責任を持て」
「ですから、今日は、です! 明日戦いましょう! 百歩譲って明後日でも可です!」
「絶対に嫌だ」
「じゃあ、地下へ行く許可は出しません」
ウルスラは頬を膨らませてプイっと横を向いてしまった。子供か。
サリィに助け舟を出してもらおう。ウルスラ本人と話してもダメだ。
助けてくれ的な視線をサリィに送った。サリィはそれに気づいたのか、私の方を見て頷いた。
「こうなったウルスラ様は止められません。諦めてください」
「諦めるのが早すぎだろう。なんで頷いた」
おそらく言っても無駄というのをすでに悟っているのだろう。甘やかすからそうなるんだ。
念のため、バハラムの方を見て同じように訴えた。
バハラムは首を横に振って「諦めろ」とだけ言った。お前ら使えないな。
仕方ない。さすがにしばらくは無理だが、落ち着いたら戦ってやろう。
「私にはやることがある。しばらくは無理だ。余裕ができたら戦ってやるから地下へ行く許可をくれ。もちろん一人で行くという許可だぞ」
「分かりましたわ、その辺りが妥協点でしょう。フェルさんと戦う日まで私もさらに精進しますわ!」
そう言っていきなり立ち上がり、聖剣の素振りを始めた。
「危ないだろうが。そういうところはアンリにそっくりだな」
ウルスラは素振りを止めて、私を不思議そうに見つめた。
「わたくしが、アンリ様に似ているのですか?」
「ああ、笑った顔とか、部屋の中でいきなり素振りを始めるとか、そういうのはアンリにそっくりだ。でも、素振りはやめろよ。危ないから」
「そんなこと初めて聞きましたわ……すごく嬉しいものですわね!」
まあ、嬉しいものなのだろう。気持ちは分かる。私だって魔王様に似ているとか言われたらけっこう嬉しい。
「フェル様。私とスザンナ様って似ているところがありますか? よければ聞かせてください。スザンナ様の日記もあるのですが、その、色々と雑な日記でして、いまいちよく分からない事が多く……」
サリィが小さく手を上げてそんなことを聞いてきた。結構気になるのかもしれないな。でも雑な日記って。
仕方ない、色々話してやるか。
そう思ったが、ウルスラが思い出したようにパンッと手を叩いた。
「スザンナ様の日記で思い出したのですが、アンリ様の最後の言葉ってなんだったんですの? 念話の事はともかく内容まではスザンナ様の日記にも書かれていないのです。ただ、念話の後、アンリ様は大層喜んだとか」
その件か。でも、それは言わないでおこう。多分、アンリは私との最後の会話、そして約束を、二人だけのものにしたかったんだと思う。
「悪いな。それは言えない。あの時の会話は二人だけの秘密だ」
「それじゃ地下へ行く許可もあげません!」
「そう言えば何でも言う事を聞くと思うなよ? 私はこの二人みたいに甘くないぞ?」
その後、ウルスラとさらにサリィも一緒にアンリの最後の言葉を聞きたがった。
だが、それは死守した。王だったアンリがあんなこと言ったと知られたら大変だからな。それにウルスラならアンリの意思を継ぎますとか言いかねない。
『フェル姉ちゃん。言い忘れてた。生まれ変わったら、次こそは一緒に人界を征服しよう。だから待っててほしい』
『言い忘れたことってそれか? ……いいだろう。もし、アンリが生まれ変わって、それを覚えていたら一緒に人界を征服してやるぞ。二人だけの約束だ』
あれはアンリなりに私の事を気遣ってくれたのかもしれないな。
あの頃はソドゴラにいた皆が寿命を迎える事が多かった。私は寂しそうにしていたのだろう。だからアンリはあんなことを言って、私に魔王様以外の理由で生き続ける意味を残そうとしてくれたのかもしれない。
……まあ、本気だったかもしれないけど。
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