あり得ない理由
空中庭園へ行った日の翌日、トラン国へやってきた。
トラン国で登録している場所はノマが使っていた研究所だ。アンリに頼んで使わせてもらう事にした。入り口の周囲はカモフラージュされているし、色々便利だからここに決めた。
アンリとしては王城に登録して欲しいようだったが、アンリが王城から脱走するときに便利だぞ、と言ったら即座に許可をくれた。
でも、王城にも転移門を登録しておけば良かったとちょっと後悔している。
トランに来た理由はもちろん機神ラリスに会うためだが、それには王城へ行く必要がある。そもそも機神ラリスは王城の地下にいるのだから、王城へ入る許可と地下へ行く許可の両方を貰わないといけない。
ルハラとかでは連行された形だが城へ入れた。トランでは大丈夫だろうか。それにそもそも許可が出るのか分からない。ちょっと心配だ。
アンリの子孫とは言え、王族の誰とも面識がない。名前が伝わってくれているなら何とかなると思うんだが、どういう状況なのか、いまいち分からないからな。
それに変な噂を聞いている。どうやらトラン国が戦争の準備をしているという話だ。でも、そんな可能性があるのだろうか。アビスも戦争を仕掛ける理由がないと言っていた。
トラン国はかなり恵まれている。ウゲン共和国とは違って豊かな大地が広がっているし、鉱山やダンジョンで色々と資源も出る。国が貧困で困っていることはないだろう。
そこから推測すると、シシュティ商会や不死教団が絡んでいる可能性はある。アイツらが国の貴族を唆しているということは十分に考えられることだ。面倒だがそれも排除しないとな。まあ、その辺りはメイドギルドにお任せだ。情報が来るのを待とう。
ノマの研究所からなら王都へはすぐに着く。早速行くか。
一時間ほど歩くと、王都が見えてきた。たしか名前はマイオス、だったかな。何度かアンリに招待されたことがある。その度に脱走を手伝わされたけど。
アンリはいつまでも子供だったな。もちろん公の場所では王として振る舞っていたけど、ソドゴラに住んでいた相手しかいなくなると途端に緊張感をなくしていた。
それも仕方ないだろう。村長が宰相として色々とやってはいたが、アンリへのプレッシャーは相当なものだったはずだ。アンリのせいではないとはいえ、国の住人が十年近く眠らされていたんだ。その怒りの矛先がアンリに向くこともあったと聞いている。国の立て直しはそうとう厳しいものだっただろう。
だが、アンリはやり遂げた。多くの人に教えを請い、多くの知識を学んだ。勉強嫌いだったアンリが必死になって頑張っているのを見ると応援したくなったものだ。
だから息抜きにお忍びでダンジョンへ連れて行った。村長とスザンナに良く怒られたな。村長はアンリが心配で怒っていたけど、スザンナはなんで誘ってくれないのかって怒ってた。
……いい思い出だな。
そんなことを思い出していたら、城下町へ入る門が見えてきた。結構並んでいる。仕方ない。私も並ぶとしよう。
ニ十分ほど待って私の番になった。
門番にギルドカードを見せると、門番はすこし困った顔をした。そしてこちらを上から下までジロジロ見ている。嫌な目つきではない。本当に困ったな、という感じだ。
「名前はフェルで間違いないのか? 訂正するなら今の内だよ?」
訂正? 自分の名前を訂正する訳がない。なにか私の名前に問題があるのだろうか。
「私の名前はフェルだ。訂正はしない」
「……そうか、それじゃこっちに来てもらえるかな?」
何だろう? もしかして王城へ連れて行ってくれるのだろうか。それなら楽なんだけど。
そんな風に思っていたら、牢屋に入れられた。
牢屋に入れられるまで何の抵抗もしなかったのが悪いんだけど、せめて牢屋の鍵を掛けられる前に抗議するべきだったな。仕方ない、いまからでも抗議しよう。
「何をする。犯罪者扱いするな」
「この国でその名前を騙るのは犯罪だよ。それ以前にギルドカードの偽造だけどね。それにその恰好、フェル様にあやかってコスプレしているんだろう? 残念だけど、この国の法律で罰金とるからね。知らなかったとは言わせないよ? この国へ入る時の注意事項に書いてあるからね」
転移門が裏目に出た。トラン国の町か関所を通る時にそんな注意をされるのだろう。でも、私はフェル本人だぞ。大体、こすぷれってなんだ?
「法律に従って今日一日は拘束させてもらうよ。明日、お金を払えるなら出られるけど、払えないなら奉仕活動をしてもらうからね。それと偽造の件を冒険者ギルドにも連絡するよ。そうそう、他にもちゃんとした服を持っているよね? そんな恰好でうろついていたらまた捕まるよ」
門番の兵士はそう言って牢屋を出て行った。
えーと、どうしよう。ここは怒るべきなのだろうか。それとも大人しく従うのがベストなのか?
というか、トラン国へ向かうって知ってるんだから、アビスも助言してくれ。一言文句を言ってやろう。
『アビス、聞こえるか?』
『はい聞こえます。どうされました? 王都へは着きましたか?』
『王都へは着いたのだが、捕まったぞ』
『何をしたんですか? ちゃんと謝れば許してくれると思いますよ』
まずは私の心配をして欲しい。いきなり私が悪者扱いされてる。
『何もしてない。理由は知らないが、フェルという名前を騙るのは犯罪だと言われた。それにこの服がこすぷれだとか言われた。どういう意味だ?』
『ああ、そういうことですか。コスプレはコスチュームプレイの略です。簡単に言うと有名な人と同じ格好をして遊ぶみたいなニュアンスですね』
私が私の恰好をして遊んでいると言う事か。なるほど、勉強になった。
『暴れていいか? 魔王としてトラン国を破壊してもいいような気がしてきた』
『そういう魔王ジョークはやめてください。やろうと思えばやれるんですから。言うのを忘れていましたが、トラン国ではフェル様の名前を騙る人が多かったのですよ。アンリ様の親友で王位の簒奪を助けた魔族、そして不老不死だという話まで広まっていまして、自分がフェルだ、と言ってトラン国の貴族からお金をだまし取る詐欺が横行した時期があったのです』
『それはどこに訴えれば勝てるんだ?』
『どこにも勝てません。トラン国ではフェル様を見たら偽物だと思え、とまで言われてます。うっかりしてました。それを何とかしないといけませんでしたね』
本当にうっかりなのだろうか? アビスはしたたかなところがある。分かっていてやったという可能性も無きにしも非ずだ。
『あれか? 私が昨日、魔王様を探しに行こうとしたから、その仕返しか、コラ』
『心外です。そんなことするわけないじゃないですか。仕返しするならもっと効果的にやります。こんなもんじゃ生ぬるいです』
それはそれで嫌だな。というか、最近、アビスに遠慮がない。ストレスが溜まっているのだろうか。
『とりあえず、事情は分かった。でも、どうすればいい? 勝手に逃げ出した方がいいのか?』
『いえ、すこし待てば解放されるでしょう。おそらくですが、冒険者ギルドへも連絡が行きましたよね? そこからフェル様が本物だと言う情報が伝わりますので、誤解は解けますよ』
そういえば、カードの偽造ということで、冒険者ギルドへも連絡するとか言ってたな。ギルドが証明してくれるなら逃げ出す必要もないかな。
『分かった。ならしばらく待つ。ちなみに、私の名前は王族にも伝わっているのか? 王城に行けば入れてもらえるのかどうか、ということなんだが』
『それはもちろん大丈夫でしょう。フェル様の名前は城下町のメイン通りにも使われているほど有名ですからね。フェル様がレオやジェイ達を倒した道がフェル通りという名前です』
『……いつから?』
『アンリ様が即位したころからですね。もしかして知らなかったんですか?』
『まず、本人に許可を取るべきじゃないのか? ちょっとアンリの墓に行ってくる。文句を言わないと収まりがつかない』
『色々と終わってからにしてください。むしろ名前を変えて欲しいなら、今の国王に頼んだ方が早いですよ』
『……そうする』
どっと疲れが出た。心を落ち着けよう。いま、私の心はこの薄暗い牢屋と同じだ。今の私にはうってつけという事だな。
おかしい。結構時間が経っているのに誰も来ない。二、三時間程度だと思っていたのだが、そろそろ六時間は経つぞ?
いや、ちょうど誰かが来たようだ。足音が聞こえる。ようやくか。
現れたのは私を捕まえた門番だ。両手でパンとコップが乗っているトレイを持っている。
「夕食の時間だよ。大したものは出せないが、今日くらいは我慢してくれよ」
温かそうなパンが二つと牛乳かな。ちゃんと頂こう。でも、その前に聞かないといけない。
「えっと、冒険者ギルドへは連絡してくれたんだよな?」
「うん? もちろんさ。ちゃんと連絡をいれたよ」
「何か言ってなかったか? 私が本物のフェルだとか」
門番は目を丸くするという表現が似合うほど驚いている。そして笑い出した。
「いやいや、そんな事は言ってなかったよ。書類を送って終わりさ。特に返信はないね。いや、それにしても、自分が本物のフェルかい? なり切ろうとする気持ちも分からないではないけどね、それはあり得ないよ?」
あり得ない? 何でだ? それこそあり得ないんだけど。
「あり得ない理由ってなんだ? そこまで言うなら私が本人じゃない理由があるんだな?」
門番はニッコリと笑うと大きく頷いた。
「もちろんだよ。だって本物のフェル様は王城にいるじゃないか。今頃は晩餐会の最中じゃないかな?」
私じゃない本物の私が王城で晩餐会に出ているらしい。そして私は薄暗い牢屋の中。
ふと、門番が持ってきた私の夕食を見た。私の夕食はパン二つと牛乳だ。
私を騙ることよりも、ソイツが私よりもいい物を食べていることが許せないな。
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