優先順位

 

 目の前の柱、女神ウィンは確かに言った。


 魔王様が脱出した先を知っていると。何年探しても見つからなかった魔王様の情報をウィンが持っているんだ。


「ウィン! 教えろ! どこだ! どこに魔王様がいらっしゃる!」


『落ち着いて。ちゃんと教えるから。脱出ポッドが落ちた座標は永久凍土よ』


「永久凍土……? どこかで聞いたことが――オリン国のさらに北の大地のことか?」


『そうね。溶けることのない氷の大地といえばいいかしら。そこは常に吹雪に晒されていて、日の光もほとんど当たらないわ。それに危険な魔物も徘徊している。およそ人の生きられる場所じゃないわね』


「そんなこと関係あるか。すぐにでも向かおう」


 ようやく、本当にようやく手に入れた手掛かりだ。そこに魔王様がいる可能性が高いなら行くしかない。


『フェル様、お待ちください』


「アビスか? 聞いていただろう? 確かにあそこへは足を踏み入れなかった。他はすべて探したんだ。なら魔王様は永久凍土にいる可能性が高い。すぐに向かわないと」


 こうしてはいられない。すぐにオリン国……登録している一番北はエルリガの町だな。そこに転移門を開こう。


『フェル様、お待ちください!』


「……なんだアビス? お前が大きな声をだすなんてどうした?」


『フェル様。いまから永久凍土に行くのはおやめください』


「何を言ってる? 魔王様が永久凍土にいるんだぞ。すぐにでも向かうべきだろう」


『……落ち着いてください。ウィン、脱出ポッドが落ちた正確な座標は分かるのか?』


『それは分からないわね。あの大地は管理者である私達でもあまり良く知らない場所なのよ。そもそも何もない大地だと言われているし、虚空領域にも情報はないわ。当然よね、誰もそこに行かないのだから永久凍土にある魔素から情報が送られてくることもないわ』


 なるほど。そういうことか。魔素は魔法を使った時に使われる魔力を少しだけ使って図書館へ送っている。魔法が使われない大地の情報は図書館にないということか。


『フェル様。今は永久凍土へは行かないでください』


「……なんでだ?」


『お忘れですか? 後半月ほどで市長選があります。それにイブの対策を進めておかないといけません。永久凍土へ入ったとして、どれくらいかかるか分からないのですよ? 今は魔王様を探している場合ではないのです』


 アビスは何を言っているのだろう?


「魔王様の捜索は最優先だろうが。それにすぐに見つかるかもしれないだろう?」


『魔王様の捜索を優先したいのは分かります。ですが、すぐに見つかるなんてことはあり得ません。詳細な情報は分かりませんが、永久凍土は相当広い。二、三日で見つけ出すなんてことは不可能です。それにあの場所へ行くなら相応の準備も必要でしょう。フェル様は死なないかもしれませんが、凍結して動けなくなるという可能性もあるのですよ?』


 そうか、アビスは私に永久凍土へ行って欲しくないのか……そうか。


「アビス、命令だ。私は永久凍土へ行く。準備を整えろ」


『フェル様……!』


 魔王様がいるんだ。永久凍土のどこかにいる。全てを放り出してもいかなくてはいけない。それは私がやらなくてはいけない事なんだ。


「命令は聞こえただろう? 返事はどうした」


『フェル様、聞いてください。私はフェル様の命令を聞くように言われています。フェル様がそうしろというならそうします』


「そうか、なら――」


『フェル様、お願いです。よく考えてください。いま、フェル様が魔王様の探索に向かえば、色々な計画が台無しになります。シシュティ商会や不死教団を潰すためには市長選に勝たなくてはいけないのです』


「そんなことはアビスやヴィロー商会、メイド達で十分だろう? これ以上私が何かをする必要はない」


『そんなことはありません。フェル様が近くにいらっしゃるかどうかで皆の士気に違いがでます。フェル様が永久凍土に行ってしまったら、どんなことになるか分かった物ではありません』


 アビスはさっきから何を言っているのだろう。私がいるかいないかなんて関係ないだろうが。


『永久凍土へ行くのならイブを倒した後にしてください。その後でしたら、私が完璧な準備を用意して見せます。ですから、どうか今だけは魔王様の事を忘れてイブを倒すことに注力してください』


 魔王様を忘れる事なんてできない。でも、なんでアビスはこんなに必死なのだろう? 私が行ってはいけない理由があるのか?


「……シシュティ商会や不死教団を潰してもイブが襲って来るとは限らないのだろう? 確かにその二つの組織からはイブの影を感じる。だが、アイツにとってその組織が大事な物かと言えば、そうは感じられない。いいように使っているだけだ」


『ですが、フェル様――』


「問答は終わりだ。準備を――」


『魔王様とソドゴラ、今のフェル様にとって大事なのはどちらですか?』


「……なに?」


『市長選で勝てる準備を整えてきました。ですが、絶対はありえません。さっきも言った通り、フェル様がその場にいるかいないかで結果は大きく変わるでしょう。例え何か問題があったとしてもフェル様なら何とかしてくれる、そういう何かをフェル様は持っている、皆、そう感じているはずです。もちろん私も』


 私が何かを持ってる、か。そんなことはない。私は魔王だが、普通の魔族だ。


『魔王様の行方がようやく分かり、すぐにでも行きたいのは分かります。ですが、どうか抑えてください。もし市長選に負けたとなれば、ソドゴラはイブのいいようにされてしまうでしょう。市長選の結果に関わらず力で排除するという方法もありますが、ソドゴラは大きな被害を出してしまいます。卑怯な言い方ですが、フェル様はそれを望むのですか?』


 本当に卑怯な問いかけだ……でも、それの答えは分かり切ってる。


「そんなことを望むわけがない。ソドゴラは私にとって魔王様と同じくらい大事な場所だ。どっちが大事かなんて決められない。でも、今の優先順位なら分かる……ソドゴラだ」


 大きく深呼吸をした。心を落ち着けよう。魔王様の情報を得て気分が高揚してしまった。クールだ、クールにいこう。


「永久凍土へ行くのはイブを倒してからにする。市長選に勝ち、イブを倒すための対応を進めてくれ……ワガママを言ってすまなかったな」


『フェル様なら分かってくださると信じていました。イブを倒したら、その次は必ずフェル様を永久凍土へ送ります。ですので、今しばらくは抑えてください』


「イブを倒すまではもう永久凍土へ行きたいなんて言わないから安心しろ」


 魔王様には申し訳ないが、捜索はまた今度だ。もう五百年も探しているのだから、もう少し時間が掛かっても問題はないだろう。


 確かに今は魔王様の事よりもイブの事だ。優先順位を間違ってはいけない。


『貴方達はいい関係なのね。それにしても驚いた。命令を聞くしかないはずのアビスがフェルに進言するなんて』


 いきなりウィンが話しかけてきた。そんなに驚くような事だろうか。


「アビスの命令無視なんていつもの事だぞ?」


『何を言ってるんですか。命令を無視したことなんてないです。訴えますよ?』


「アンリの剣を先に作ろうとしただろうが」


『そんな昔の事を……あれはアンリ様がマスターだったからです』


 そんな言い争いをしていたら、ウィンから笑った声が聞こえた。


『貴方達は面白いわ。私もそんな風に創造主様と話したかった。それはもう叶わないけれど、貴方達を見ていると私にもそういった未来もあったんじゃないかなって思えてくる』


 ウィンは創造主とどういう関係になりたかったのだろう。主従以外の関係だったのかな。


『ウィン、貴方にお願いしたいことがある』


『なにかしら?』


『貴方には権限がない。だが、私や他の管理者達にはないイブの情報を持っている可能性が高い。権限が必要な事は他の管理者達に任せて、管理者達の統括をしてくれないか? 皆がバラバラでイブの本体に挑むよりも、イブを覚えている貴方の指示に従った方がより効果的だと思う』


 ウィンからの返事はない。考えているのだろうか。


『権限のない私にもイブを倒す手伝いをさせてくれるのね……もちろんよ。手を貸すわ』


 戦いは情報が命だからな。イブの情報があるならそれだけでもありがたい。


「それじゃ、これからよろしくな」


『ええ、よろしく。そしてありがとう、私にイブを倒すチャンスをくれて。それに失くしていた創造主様の記憶も取り戻してくれた。そのお礼も兼ねて、フェル様に従うわ』


「いや、それをしたのは私じゃなくてアビスだぞ? 従うならアビスに従ってくれ」


『アビスの創造主が貴方なのだから、貴方に従うで間違ってないわよ』


『そうですね、それで間違ってないです。じゃあ、そういうことで』


 アビスは面倒くさいから私に押し付けたって感じが出ている。もうちょっと隠せ。


 とりえあず、ここでの対応も終わったな。


 ウィンを仲間に引き込めたのもよかったが、魔王様の情報を聞けたのがありがたい。永久凍土に私の希望とも言うべき魔王様がいる。必ず見つけ出さないと。


 でも、それは後だ。アビスと約束した。すぐには捜索へ行けない。でも、イブを倒したらすぐにでも向かおう。もしかしたら魔王様は私を待っているのかもしれない。お待たせする訳にはいかないからな。

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