協力者

 

 絡まれていた黒猫の獣人である少女につれられて市場通りを離れた。


 意外と獣人の少女はすばしっこい。大きさも場所もいい加減な配置のテントをすいすいと躱していく。追いつけないと言うほどではないが、なかなかの身のこなしだ。


 そして時折こちらを振り向く。ついてこれているか確認しているのだろう。もっと本気を出してもいいぞ。


「こっちニャ」


 人が少ない場所のテントに少女が入った。私も入っていいのだろう。少女の後にテントの入り口から中へ足を踏み入れた。


 中は意外と広い。大人が十人くらいは入れそうな広さだ。少女の両親だろうか、三十代くらいの獣人が二人いた。どちらも黒猫の獣人だ。ここは少女の家なのだろう。


「ナギ、その人は誰ニャ? それに今日は屋台で商売をするのではなかったのかニャ?」


 男性の獣人が少女に向かって問いかけている。どうやら少女はナギというらしい。


「お父さんもお母さんも聞いて欲しいニャ! この人はフェルさんって言うニャ! シシュティ商会の奴らに絡まれていた所を助けてもらったニャ!」


「だ、大丈夫なのかニャ? いや、その前にお礼――え? フェル様ニャ?」


 正直「ニャ」がうるさい。昔のウゲン共和国では語尾に鳴き声を付けてなかったんだけど、魔界にいる獣人達がこっちに合流してから流行したと聞いたことがある。


 語尾に鳴き声を付けるのは古い喋り方らしいけど、いつの間にか定着していたようだ。


 まあ、それはいい。なぜ私の名前を知っているのか聞いておこう。


「少女、えっと、ナギ、でいいのか? ナギを助けたのは偶然だ。私が歩いていたら、シシュティ商会の奴がぶつかっただけだからな。助けたんじゃなくて、売られた喧嘩を買っただけだ。だから気にしなくていいぞ」


 目立たないようにしようと思ったけど仕方ない。私は運が悪いからな。うん、仕方ない。


「そんな事よりも、なんで私の名前を知ってる?」


「そ、それはナギがヤト様の血を引いているからですニャ! ヤト様は不老不死の主、フェル様に仕えていたと伝わっていますニャ!」


 父親らしき獣人が誇らしげに言った。ナギも誇らしげにしている。


 ヤトの子孫か。獣人達は魔族と同じで結婚という仕組みはない。なんとなく気に入った異性とつがいになって子を産み、一緒に育てるのが普通だ。


 ヤトもこのウゲン共和国に居ついてから子供を産んだ。


 相手はヤトと一緒に人界中を回った料理人兼マネージャーだった。名前は覚えてないけど、結構ラブラブだった気がする。「皆のアイドルは卒業して、この人だけのアイドルになるニャ」とか言ってたな。あれってノロケだったのだろうか。


 そういえば、結婚はしてないけど子供が生まれたので、リエルが判断に迷っていた気がする。でも、裏切者認定はされていないのでセーフなのだろう。どういう線引きがあるのか全く分からないが。


 それはいいとして、ヤトは私の名前を子供達に教えていたのだろう。ヤトの子供には赤ちゃんの頃に会ったが、それ以降ほとんど会っていなかったからな。


「そうか、ヤトから私の名前を聞いていたのか」


「……信じてくれるのかニャ?」


 ナギがこちらを覗き込むような姿勢でこちらを見ている。


 信じるも何も疑う理由がないのだが、ナギの目はちょっと怯えた感じだ。もしかしてヤトの子孫だという自信が無かったりするのか? なら一応魔眼で確認しておこう。


 ……間違いないな。ヤトの血を引いている。ナギは間違いなくヤトの子孫だ。母親の血筋だな。


「間違いないぞ、お前はヤトの血を引いてる。似ているかどうかと言われるとちょっと疑問だが」


「ほ、本当かニャ! ……でも、なんで分かるニャ?」


「私には超強力な鑑定スキルがある。だから分かる」


 まあ、私の名前を知っている時点で信用はしてたけど。


「や、やっぱりニャ! 私はヤト様の血を引いているニャ! ニャンダホー!」


 訳の分からない掛け声を出しているが、嬉しいと言う意味なのだろう。うん、よく見ると尻尾の荒ぶれかたがヤトに似てるな。でも、クールビューティーさがない。


「よかったな。でも喜び過ぎじゃないか? まあ、獣人達にとってヤトは英雄だから嬉しいのは分かるけど」


「それだけじゃないニャ! 漆黒に所属している黒猫族はみんなヤト様の血を引いているって言ってるニャ! それにアイツらは、私がヤト様の血を引いてないって言うニャ! これで文句は言わせないニャ!」


 ヤトの血を引いてる? アイツらが?


 ヤトが強くても、子孫が強いとは限らない。それに性格だって同じではないだろう。いままで会った奴らは色々と受け継いでいたけど、それは特殊な例だったのかもしれない。


 でも、ヤトの血を引いている奴があんなことをするか?


 ……いや、それはただの願望か。ヤトの子孫はヤトっぽくあって欲しいと言う私の願望。ああいう風になってしまう事もあるだろう。でも、子孫の個人的な状況はともかく、漆黒を名乗るならヤトを名乗るのも同じだ。漆黒の名がついた集団が暴れるのは許せない。


「漆黒にいる奴らは、なんでシシュティ商会に従っているんだ? なにか事情があったりするのか?」


「知らないニャ。でも、獣人は誰もシシュティ商会には逆らえないニャ。ここにあるピラミッドやオアシスは全部シシュティ商会の管理下ニャ。逆らったら生活できないニャ」


 ナギの父親、それに母親もウンウンと頷いている。


 そうか、オアシスか。ここにあるのは天然のオアシスではなく、人工のオアシスだ。定期的なメンテナンスと魔力が必要なはず。それをシシュティ商会がやっているのだろう。生殺与奪の権利をもっているということか。


 これはすぐにでも権利を放棄してもらわないとな。騒ぎも落ち着いてきた頃だろうし、そろそろピラミッドへ向かうか。


「それじゃゆっくりしたいところだが、やることがあるんでな。この辺でおいとまする」


「お待ちくださいニャ! まだナギを助けてもらった礼をしていませんニャ! それにヤト様が仕えたというフェル様が来てくださったのに、このまま帰したら末代までの恥ニャ!」


 ナギの父親が私を引き留めようとすると、母親もナギも同じように頷いて引き留めようとした。


 気持ちは嬉しいが、それは後にしてもらおう。


「やることが終わったらまた来る。礼はいらないが、後でなにか食事でも作ってくれ……そうだ。今日はピラミッドでなにか起きるかもしれない。知り合いに近くへ行くなと伝えておいてくれ。シシュティ商会には言うなよ」


 三人とも首を傾げているが、頷いたから分かってくれたのだろう。


 よし、ピラミッドへ向かおう。とっとと終わらせて食事をしないとな。




 ナギのテントを出てピラミッドへ向かう。また日よけのマントを頭からかぶってバレないように移動しよう。


 どうやら騒ぎは落ち着いたようだ。ただ、獣人達の話に耳を傾けると「魔族」という言葉が聞こえた。騒いではいないが、気にはなっているのだろう。好意的な事ならいいんだけど。


 さすがに市場通りを通るとバレるかもしれないので、テントの間を通って別のルートで向かった。


 ピラミッドの入り口では冒険者と思われる奴らが中に入るために並んでいるようだ。


 私も手続しないとダメだな。アビスと一緒だ。ダンジョンで見つかった物は価値の一割を支払わなくてはいけない。遺跡機関が決めているルールだ。維持費に当てるためだと言っているが、どちらかと言えば、管理している奴への報酬だ。


 列の最後尾に並ぶ。手続きしているのはシシュティ商会の奴だろうが、最悪、振り切って中に入ってもいいだろう。入ってしまえばこっちの物だし、魔物暴走が起きてしまえば、いろんなことがうやむやだ。


 あと少しで私の番になる。


 そう思ったら肩を掴まれた。振り向くと、二十代前半くらいの人族が立っている。どうやら私の後に並んでいたようだ。


「おい、ここにいる魔物は強いぞ? お前みたいな子供が来るところじゃない。見たところ一人のようだし、興味本位で入るのはやめておけ。ここがお前の墓になっちまうぞ……もともと墓だけどな!」


 ドヤ顔をしているが、上手い事を言ったと思っているのだろうか。さて、どうしよう。良くある絡まれ方ではなさそうだ。どちらかと言えば心配してくれているのだろう。


 パーティを組んでいるようで、男の仲間達も「危ないぞ」とか「一人は危険だ」とか言っている。いい奴らなんだろうな。


「こう見えても私は高ランクの冒険者なんだ。それにそれほど奥にはいかないから安心してくれ」


 最初に話しかけてきた男が首を傾げながら「高ランク?」と言っている。


 ギルドカードを見せようかとも思ったが、ヒヒイロカネって職員ぐらいしか知らないランクだ。見せても理解してくれないだろう。奥にはいかないと言ったし、これでなんとか引いてもらいたい。


「確かに見た目で判断するのは良くないか……もしかしてさっき騒ぎになっていた魔族か? フードで見えないが魔族に似た雰囲気を持ってるな?」


 鋭いな。とはいえ、コイツらがシシュティ商会の奴らかどうかは分からない。否定した方がいいだろうか。


 答えに迷っていたら、男の方がニヤリと笑った。


「答えなくていいぜ。あれはなかなか格好良かった。少女のためにシシュティ商会に逆らうなんて、噂通りってことか」


 噂というのは魔族がシシュティ商会から離れたという事だろう。


「俺はアダマンタイトのクロムだ。よろしくな」


 一応礼儀として名前を言っておくか。それに注意してやらないとな。


「私はフェルだ。一つ忠告しておく。今日はピラミッドに入っても入り口の近くにいろ。危険だからな」


「……何かあるのか?」


「さあな。ただ、無理に抑え込むような真似せず、逃げた方がいいとだけ言っておこう」


 クロムは笑っているが目は真剣だ。そしてこちらをジッと見つめている。


「……そういうことか。魔族はそういう事ができると聞いたことがある。それに、どこかで聞いた名前だと思ったら、迷宮都市で有名になっているフェルか。本気でシシュティ商会を潰そうとしているんだな」


 魔族が魔物暴走を起こせると言うのはガセだが、そう思ってくれててもいいかな。


「私を止めるか?」


「冒険者やここにいる獣人達に被害は出ないんだよな?」


「もちろんだ。単にシシュティ商会にはダンジョンの管理能力がないと知らしめるだけだからな。できれば、避難誘導をしてくれ。被害を出すつもりはないけどな」


 暴走させる魔物に関してはドゥアトがコントロールできるだろう。ちょっとだけ外に出ればいい。外で暴れる必要はない。


「おいおい、アダマンタイトを雇うのは高いんだぜ?」


 男は笑いながらそんなことを言っている。冗談なのだろう。でも、確かにタダ働きはよくないか。


「あとでリンゴをやる。それでどうだ?」


「いいだろう、取引成立だ。いつ頃やるかは知らないが、それまでにできるだけ冒険者達を外へ出す様に仕向ける。それでいいな?」


「十分だ。よろしく頼む」


 意外なところで協力者ができた。これでコイツらがシシュティ商会と繋がっていたりしたら私に見る目が無かったと思って諦めよう。


「そうそう、ピラミッドの中にはシシュティ商会に従っているアダマンタイトもいるから気を付けな。もしかしたらソイツらに食い止められる可能性もある。まあ、アンタなら色々やりようはあるだろうけどな」


 そんな奴らがいるのか。ソイツらは要注意だな。食い止められたら計画が台無しだ。いざとなったら私自らが相手をしよう。


 さて、ようやく私の番だな。手続きして中に入ろう。

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