スタンピード

 

 ピラミッドへ入る際に関しては何の問題もなかった。


 最近始めたばかりの受付の様で、ギルドカードを提示すればすんなりと通してくれた。もしかすると、いままで受付は魔族がやっていたのかもしれない。急に魔族がいなくなったら急遽代わりの受付を用意したのかも。


 ピラミッドへ入ると、ドゥアトから念話で挨拶が届いた。そしてすぐに景色が変わる。


 広い場所だ。そこにドゥアトが一人だけいる。どうやら転移したようだ。


「良く来てくれた。アビスに聞いていたよりもずいぶんと遅かったようだが、何かあったのか?」


「ああ、すまない。町で絡まれている獣人がいたんでな。助けて目立ちそうだったからちょっと時間をおいてから来た。まずかったか?」


「いや、そんなことはない。良く助けてくれた。獣人達に良くするのは創造主様やオルド様の願いだ。私自身が何かをするわけにもいかないので助かる」


 そういえば、昔、ドゥアトはここから外に出ていないと聞いた。ピラミッドのダンジョンをしっかり管理するために極力離れないようにしたとか言っていたはずだ。今でもそうなのだろうか。


 まあいいか。とりあえず来てみたが何をするのかは聞いていない。まずはそこから確認しよう。


「アビスからここで魔物暴走を起こすから手伝って欲しいと聞いているのだが、具体的にはどうすればいいんだ?」


「実は魔物暴走を起こしても魔物が外に出れない可能性がある。それを何とかしてほしいと思ってアビスに救援を依頼した。具体的な方法は私にもよく分からない。アビスがフェルを向かわせると、そう言っただけでな」


 そうなのか。でも、魔物が外に出れない可能性って言うのは何なのだろう。


「もうちょっと詳しく説明してくれ」


「簡単に言うと冒険者達が魔物を抑えてしまう可能性があるということだ。どうやら高ランクの冒険者がここを狩場にしているようで、私が魔物暴走を起こしても討伐されてしまう可能性がある」


「えっと、強い魔物を作るのはダメなのか? ドラゴンとか」


「魔物を強くするには魔力が必要だ。いま、このピラミッドでは出土品の制作に力を入れていて魔物に割り振るだけの魔力が少ない。それなりに強い魔物も作ってはいるのだが、それでも討伐されてしまう様なのだ」


 なるほど。強い冒険者というのは、入り口で会ったクロムのことだろうか。それともシシュティ商会に従っていると言う奴か? 前者なら問題はないと思うが、後者だと何とかしないといけないな。


 事情は分かったが、これって私が何かできるのだろうか。さすがに私がその冒険者達を討伐するという訳にはいかないと思うのだが。まさか変装して戦えとか言わないよな?


「えーと、私に手伝えることってあるのか? 私ではどうしようもないと思うのだが」


『そこは私が説明しましょう』


 アビスの声が頭に響いた。念話のようだが、ドゥアトとの会話を聞いていたのか?


『フェル様にはユニークスキルの「百鬼夜行」を使ってもらいたいのです』


 百鬼夜行か。


 なるほど、周囲にいる魔物達の能力を上げるスキルだな。それはあくまでも副次効果で、本来は周囲にいる魔物達の能力を私が受け取れるという効果だ。範囲内の魔物なら例え対象のユニークスキルでも使えてしまうというあり得ないスキル。


 ただ、魔物達が近くにいないと意味がないのと、敵対している魔物でも対象になってしまうのが問題でもある。ヤト達と一緒にウロボロスにいるドラゴンと戦った時に使ったら、ドラゴンが強くなってこっちが死にそうになった。今考えると死なないけど。


 それに他にも問題がある。


 範囲内にいる魔物が何かしら特殊な状態を受けていると私もその効果を受けた。死亡遊戯で弱らせているところに百鬼夜行を使ったら、ほぼ同じ範囲で相手を巻き込んで、私までバッドステータスのオンパレードになった。二つのユニークスキルに全くシナジーがなくてちょっと悲しい思いをした記憶がある。


 そんな理由から百鬼夜行はメリットもデメリットもあって使いづらいスキルというのが私の印象だ。だから滅多に使わない。


 アビスはそれを使えと言っている。おそらく魔物暴走で暴れている魔物達に百鬼夜行を使って強化してくれ、という内容なのだろう。


「魔物達を強化しろ、ということか?」


『はい、その通りです。それなら弱い魔物でも相当強くなりますからね』


 やっぱりそうなのか。でも、問題がある。


「悪いが今日は転移門を開いたから魔力が足りない。百鬼夜行は使えないぞ?」


『そこは魔力高炉の魔力を使ってください。魔力高炉も限界はありますので、あまり使い過ぎない方がいいですが、これくらいなら問題はありません』


 そういうものなのか。アビスが大丈夫というなら問題ないかな。


「分かった。そういうことならやってみよう。でも、ピラミッドの中って結構入り組んでいるよな? どこか広い場所に行かないとダメじゃないか?」


 試してはいないけど、死亡遊戯みたいに壁に遮られたら効果がないような気がする。よく考えたら私も魔物達の近くにいないと効果がないか?


『フェル様が何を言っているのか分かりませんが、特に必要ありません。いま、フェル様がいるのはピラミッドの中心ですよね?』


 アビスの言葉にドゥアトが頷く。ここがピラミッドの中心なのか。でも、それがなんだ?


「アビスのほうが何を言っているのか分からんぞ。ここがピラミッドの中心だったらなんなんだ?」


『そこで百鬼夜行を使ってもらえれば、ピラミッド内の魔物達に効果が発揮されるので、それで十分かと』


「……もしかして百鬼夜行って壁に遮られたりしないのか?」


『しないはずです。フェル様を中心に半径数キロくらいの範囲に効果が発揮されますので壁とか土とか関係ないです』


 初めて知った。あまり使ってなかったからだろう。このピラミッドで実験してみよう。


「私の方はもう大丈夫だが、そろそろ始めるのか?」


 ドゥアトが頷いた。そして両手を広げると、目の前に立体モニターが複数展開される。どうやらピラミッド内を映しているようだ。


「では始めよう。まずは普通に魔物暴走を発生させる。そして魔物達が敵わないようなら百鬼夜行を使ってくれ」


「最初から使わなくていいのか?」


「使わないでいいのならそのほうがいい。最初は様子見をしてくれ。個人的にはシシュティ商会に与する冒険者などボコボコにして欲しい所だがな」


 ドゥアトは随分と過激になったな……いや、昔からこんなもんだったっけ?


「さあ、魔物達よ。暴れるがいい。『スタンピード』」


 ドゥアトというか、ダンジョンコアのスキルなのだろう。ドゥアトがそう言うと、モニターに大量の魔物達が映った。いわゆるアンデッド系の魔物が多い。包帯だらけのマミーとか、ゾンビ的な騎士とか。後は蛇とか、毛のないワンコとかだ。


 モニターで見た限り、冒険者達は出口へ向かって逃げ出しているな。よく見ると、外で会ったクロム達が避難誘導をしている。約束を守ってくれているようだ。


 しばらく待つと、ダンジョンに残った冒険者達は三組になった。


 まずはクロム達。これは他にも避難する奴がいないか確認しているのだろう。


 もう一組は、魔物達をかなりの早さで倒している。見た感じ相当強い。これがシシュティ商会に雇われているというアダマンタイトなのだろう。


 最後の一組は、獣人達のパーティだ。黒猫の獣人がいるところを見ると、もしかして漆黒なのだろうか。よく見ると、ナギに絡んでいた奴の護衛をしていた奴だ。パーティの強さは微妙で、逃げ出そうとしていたが魔物達に囲まれてしまったようだ。


 この状態で百鬼夜行を使ったら危なすぎる。今は使えないな。


「ドゥアト、あの獣人達を助けてくる。百鬼夜行はその後だ」


「……シシュティ商会に与しているとは言っても獣人だ。確かに大怪我とかはさせたくない。あれらを外へ転移させることもできるが、それだと外にいる者達に不思議に思われるだろう。悪いがよろしく頼む」


 ドゥアトに頷くと、目の前の景色がすぐに変化した。私を獣人達の近くに転移させたのだろう。


 いま発生している魔物達は魔素で作り出した疑似生命体だ。私がボコボコにしても問題ないはず。


 さて、助けてやるか。


 獣人達は部屋の隅に追い込まれている。私のいる出口への通路側に魔物はいない。こっちに呼び寄せればいいかな。


「おい、お前達、こっちだ。逃げて来い」


 出口へ向かう通路から、魔物達に囲まれている獣人達にそう告げた。


「すまないパオ! リーダーが怪我をして動けないんだパオ! 俺達の事はいいから早く逃げろパオ!」


 自分達の事よりも他人である私を気遣ったか。ちょっとだけ見直した……でも、パオってなんだ?


 まあいい、魔物達の壁を無理やりにでも壊すか。


 マミーの背後に近寄って首のあたりを掴む。そして投げた。マミーは緩慢な動きしかしないからな。ちょっと距離を開ければ結構時間を稼げる。そんなわけで、何体ものマミーを投げ飛ばした。


 ようやく獣人達のパーティが見えた。


 どうやら黒猫の獣人が怪我をしてうずくまっている。それを象の獣人が庇っているようだ。他には狐の獣人とか熊の獣人、それにウサギの獣人がいる。


「おい、大丈夫か? 歩けるなら通路の方へ行け。あっちには魔物がいない」


「すまんコン! 助かるコン!」


 狐とウサギの獣人が黒猫の獣人を抱えて、象の獣人と熊の獣人がそれを庇うように移動し始めた。そして通路の方へ到着する。


「アンタもこっちにくるガオ!」


「私は大丈夫だ。早く行け。ここで足止めしておく」


「なら、名前だけでもおしえて!」


 語尾に鳴き声が入らない。ウサギの獣人だな。名前を名乗る訳にも行かないから、ここは格好良くいこう。


「名乗るほどの者じゃない。私に構わず早く行け。お前達が逃げ切ったら私も逃げる」


 一度は言ってみたいセリフを言えた。これは日記に書かれるな。


「すまないニャ……アンタもちゃんと逃げ切るニャ!」


 黒猫の獣人が抱えられながらもそんなことを言った。普通にしている分にはまともな奴なんだろうな。


 さて、通路の先にはクロム達がいるし、もう大丈夫だろう。


『ドゥアト、転移で部屋に戻してくれないか?』


 そう言うと、景色がすぐに変わった。どうやら転移したようだ。


「……私に構わず早く行け、か」


「……名乗る訳にはいかないんだから仕方ないだろうが。言いたいから言ったわけじゃないぞ?」


「何も言ってないぞ?」


「顔が言ってんだよ」


 珍しくドゥアトが笑っている。馬鹿にされているわけじゃないんだろうが、ちょっとモヤっとする。


 まあいい、次が本番だ。切り替えて行こう。

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