賢神クオー

 

 永遠の園を通り、世界樹までやってきた。木が巻き付いた巨大な建造物が大樹のようにそびえ立っている。


 ここは生物の設計図が保存されているらしい。それは魔界があんなことになる前の生物が含まれているそうだ。いつか魔界が浄化され、生物が住めるようになったら、ここにある設計図を使って絶滅してしまった生物の再生を行うとか。


 生物が全滅したのは自分達のせいなのに、身勝手な気がする。だが、創造主、つまり人間達はなんとかして魔界を元に戻そうと必死だったのだろうな。


 だが、それを魔族達にやらせているのはどうかと思う。浄化には魔力が必要なのは分かるが、自分達の罪を魔族に背負わせるとは許せない。


 魔界の浄化に魔王様が関わっていたかは分からない。魔族の歴史は二千五百年程度だ。浄化が始まったのもそのころだろう。人界で言うところの第四世代になってからなので、その時点では魔王様は追放されていたはず。関わっていないと思いたいが、もし関わっていたら一回くらい殴らせてもらおう。


 世界樹の近くには金属の円柱があった。円柱にある手形に手を重ねる。以前と同じように世界樹への入り口が開き、中へ入れるようになった。さっそく入ろう。




 五百年前に来たときと同じだな。


 賢神や天使達が動いていないのだから当たり前のことかもしれない。でも、この世界樹としての機能、設計図を保存する機能はずっと動いている。世界樹は魔力高炉に溜め込んでいる魔力を利用して動いているとアビスが言っていた。賢神が使っている魔力高炉は第二。私も使える魔力高炉だ。


 だが、以前はそれ以外でも魔力を得ていた。それは世界樹に捧げられたエルフ達からだ。


 世界樹に捧げられると言うのは、ここにある装置で眠ることを指す。それは最小の生命活動を維持させながら、魔力を搾り取るというえげつない行為をするものらしい。私が深い眠りにつく前に、アビスからそれを聞いた時はそんなものは破壊してしまえと思ったほどだ。


 でも、今はエルフが世界樹に捧げられることはなくなったそうだ。私がエルフ達と交流を持つことで、外部からの刺激を受けるようになったからではないか、とアビスは言っていた。それにどんな因果関係があるのかは分からない。でも、私がしたことでそうなったのならちょっとは嬉しいな。


 さて、物思いにふけるのはここまでにしよう。まずは賢神のいる場所へいかないとな。




 エレベーターや転送装置を使い、世界樹の最上階までやって来た。


 ここもあの時のままだ。青白いヒヒイロカネと呼ばれる金属の部屋、モニターと呼ばれる黒い画面に表示される大量の文字、円柱の装置の中に横たわっている創造主。


 もう随分と前のことなのに明確に思い出せる。


 あの時、魔王様は創造主に罵声を浴びせてもいいとおっしゃっていた。それは私が魔王だったからだろう。魔王と勇者の関係、そして不老不死、その仕組みを作ったのが創造主や管理者だ。魔王様は私が辛い目に遭うことが分かっていたのだと思う。


 そしてあの時渡してくれた操作マニュアル。念のためだったのかもしれないが、魔王様はこうなることを予想していたのだろう。魔王様が動けなくなり、私がイブと戦う事になることを。


 そうなってもいい様に魔王様は色々と準備しておいてくれたのかもしれない。イブを出し抜くために管理者達を壊さず、眠らせただけだったのは、私のためだったのかも。


 魔神ロイドに関しては、魔王様がイブの思惑に気付く前だったから破壊してしまったが、他の管理者は全部寝ているだけだ。私が目覚めさせることができるように操作マニュアルを渡しておいてくれたのだろう。


 イブを倒したらまた魔王様を探さないとな。イブと決着をつける前に戻ってきてくれるのが一番いいのだが、そんなことに期待してはダメだ。それに、イブは私の手で倒しておきたい。自分のため、そして両親のために。


 よし、賢神を起こそう。まずはアビスに連絡だ。色々協力してもらわないとダメだろうからな。


「アビス、世界樹の最上階へ来た。どうすればいい?」


『はい、まずは魔王様から貰ったと言う操作マニュアルを用意してください』


「それはもう用意した」


『それでしたら、起動に関するページを目次から探してください』


 操作マニュアルはかなり分厚い。アビスが言うにはこれはあくまでも超非常時のものであって、本来、こんなものは使わないそうだ。旧世界で紙媒体の本はかなりレアだとかも聞いた。


 それはともかく、ようやくお目当てのページを見つけた。意味は分からないが、操作通りに対応することはできるだろう。


「一応やれそうだが、意味は分からんぞ?」


『そういうものです。エンジニアではないので知る必要はないですよ。早速対応してください』


 エンジニアというのは技術者という意味らしいが、魔王様もそのエンジニアらしい。でも、研究していたとかも言っていたような気がする。いつか魔王様に聞いてみよう。


「わかった……だが、本来あるべきところに装置がない。こういう場合はどうするんだ?」


『そういえば、賢神の本体を取り外していたとか言ってましたね。床にそれっぽい箱はありませんか?』


 魔王様が壁から取り外した箱か。それは床に置いてある。


「もちろんある。これをもとに戻せばいいのか?」


『はい、そうしてください』


 アビスの指示通りに床に置いてあった箱を壁に戻す。よし、これで大丈夫だろう。あとは操作マニュアルに書かれている通りにスイッチをいれるだけだ。


 箱から浮かび上がった立体モニターと呼ばれる操作パネルとやらをマニュアル通りに押していく。すると、操作パネルに起動中という文字が現れた。これで上手くいったのだろうか。


「起動中と言う文字がでたのだが、これでいいのか?」


『はい、問題ありません。あとは別の壁にある紐を取り出して、その小手に繋いでもらえますか。私の方でも色々とやらないと説得できませんので』


「わかった。さっそく繋ごう」


 壁から紐を伸ばして小手へ繋いだ。これで大丈夫だろう。


『確認しました。あとは賢神が起動するまでお待ちください』


 アビスの言う通りにしばらく待つと、地響きのような音が聞こえてきた。そして周囲の壁がカラフルに光る。赤、青、緑、黄。目がチカチカする。


『私を起動したのはお前か』


 部屋の中に声が響いた。初めて聞く声だがおそらく賢神クオーだろう。


「そういうお前は賢神クオーで間違いないか?」


『賢神か。騙される神など、神に非ず。ただのクオーと呼んでくれ』


「騙されたと言うのはイブのことか?」


『起動中にアビスという疑似永久機関からこれまでのデータを転送してもらった。私の虚空領域に追放された創造主やイブという情報は存在しないが、疑う余地はない。私はイブに騙され、創造主を殺してしまった。賢神という名前がこれほど滑稽なことはない』


「後悔は後にしてくれ。アビスからデータを貰っているなら、私達がお前にどうして欲しいかも分かっているな?」


『もちろんだ。私はただのプログラムに過ぎない。だが、イブに復讐したいという気持ちがある。どうか協力させてくれ』


「お前がプログラムかどうかは関係ない。重要なのは私達の仲間かどうかだけだ。そして今からお前は私達の仲間だ。これからよろしく頼む」


 そう言ったのに、クオーからの返事がない。どうしたのだろう。協力はするが、仲間になるのは嫌だということだろうか。


『……魔王フェル。お前は管理者である私を恨んでいないのか? 私を何千回破壊しても許せない、そんな人生を送ったはずだ。そんな私を仲間だと言ってくれるのか?』


「創造主や管理者達に言いたいことや恨み言はたくさんある。だが、そのおかげで掛け替えのない友人達との出会いがあったとも言えるんだ。それに私の人生はまだ終わってない。不老不死だが、いつか死ぬかもしれないその日まで、私の人生の評価をするんじゃない」


 辛いことも苦しいこともある。絶望に心を閉ざすほどの壮絶な人生だ。だが、今の時点ではそれほど悪い人生じゃないと胸を張って言える……親友達のおかげだな。


『強いのだな、魔王フェル。創造主達でもそれほど強くはなかった。創造主達は定期的に記憶を消していたし、精神を安定させる薬も多く服用していた。体は死ななくても精神はそうでない。お前は人の精神のまま不老不死となった。それがどれほどのことか……』


「私もそんなに強くないぞ。夢と現実の区別がつかない程に精神が弱り眠りについていたんだからな。でも、私の親友達が助けてくれた。だから私は強くない。皆に助けられてようやくと言ったところだ」


『それが強いというのだが……まあいい。同胞として、そして新しい主として魔神フェル様に仕えよう。どうかよろしく頼む』


「……仕えて欲しいわけじゃなくて、仲間になって欲しいのだが」


 なんとなくメノウを思い出す。勝手に新しい主と言わないで欲しい。


『たいして変わらないだろう。気にしないでくれ』


 ものすごく気になるが、コイツらは頑固だ。一度決めたことを覆させるには相当な時間が必要になる。仕方ない、イブを倒すまではそういう事にしておこう。


 とりあえず、管理者の一体は起こした。あとはアビスと相談しながらイブを追いつめる計画を立てて欲しい。


 ここでやることは終わったな。もうすることはない。エルフの村に戻って宴に参加しよう。

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