長生きする意味

 

 目の前でミトルが座っている。


 嬉しい。歳を取っているが、あの頃の知り合いが生きているというのは間違いなく嬉しい。でも、おかしいだろう。エルフとはそんなに生きられるものなのか?


 魔王様の言っていたことが間違っているということもあるだろう。もしかしたらエルフの村でも生活が良くなって平均寿命が延びたということもある。


 でも、エルフは四百歳を過ぎたら長老と呼ばれるようになると聞いた。ミトルは六百歳の後半くらいのはずだ。平均寿命が延びたなんて話のレベルではない。


「ミトル、お前、本物か?」


「おいおい、この二枚目を忘れたのかよ。友達甲斐のないやつだな」


 性格は間違いなくミトルだ。でも、ヴァイアと同じように立体映像とかそういうものじゃないのか?


 色々と考えていたら、ミトルが私を連れて来たエルフ達のほうを見た。


「ここはもーいいぜ。ありがとうな。何かあればまた呼ぶよ」


「か、畏まりました。で、ですが、大長老はそんな話し方をされるのですね? ちょっと驚きました」


「まあ、懐かしい奴に会ったからな。とりあえず、二人だけにしてくれ。こっちは大丈夫だから」


 エルフ達はお辞儀をしてから家を出て行った。扉が閉まり、ミトルと二人きりになる。


「そこの椅子に座ってくれよ。大したもてなしはできないけどな」


 ミトルはよろよろと立ち上がって、お茶の用意を始めたようだ。私がやろうと言うと「老人扱いするんじゃねーよ」と言われた。どこからどう見ても老人だろうが。


 テーブルにお茶の入ったカップが二つ置かれた。カップの置かれたテーブルを挟み、ミトルの対面に座る。


「それじゃ、改めて。久しぶりだな、フェル」


「ああ、久しぶりだ。だが、なんでお前が生きてる。もう寿命を迎えている歳だろう?」


「気合で長生きしてんだよ」


 ミトルはいたずらっぽくそう言うと、カップに入っているお茶をゆっくりと飲んだ。


「おい、冗談を聞きたいわけじゃない。歳をとっているから不老不死というわけじゃないんだろう? ちゃんとした説明をしろ」


「怖い顔するなって。美人が台無しだぞ? まー、そんなことはどうでもいいじゃねーか」


 そんなわけあるか。だが言いたくないなら調べるまでだ。私の魔眼を甘く見るなよ?


 ……状態が行動遅延? それってミトルが持っていたレイピアのスキルで発生させる状態異常じゃ――まさか、あれを使って生命活動というか成長を遅らせているのか?


「ミトル、お前、あの剣を自分自身に使っているのか? そうやって自分の寿命を引き延ばしているんだな?」


「そういや、フェルは魔眼とかいう強力な鑑定スキルを持っていたっけな。迂闊だったぜ。俺も詰めが甘くなったもんだ」


「お前の詰めが甘くなかった時なんてあるか。でも、そんなことが可能なのか?」


「できるみたいだぜ? この通り上手くいったしな。今の俺は普通の成長速度の半分くらいじゃねーかな」


 本当だろうか。そもそもレイピアを持っている様には見えない。さっきお茶を入れた時も両手は空いていたからそれは確認済みだ。でも、行動遅延の状態異常が発生している。どういうことだ?


 ミトルはちょっとだけ笑ってから右手に着けているブレスレットをこちらに見せた。


「ドワーフの鍛冶師に頼み込んでな、レイピアのスキルをそのままに、状態異常を発生させるブレスレットに作り直してもらったんだよ。行動が鈍くなるから生活に支障はあったが、なんとか寿命を伸ばすことに成功したぜ?」


 なんて馬鹿な事を。


「笑いながら言っているところを悪いが、それは生への冒涜だぞ。そんなことをしてまで、寿命を延ばして何の意味がある? お前は皆と同じようにちゃんと死ねたはずだ。限りある生を真っ当に生きられたくせに何をしている」


 ミトルが生きていることは嬉しいが、かなり幻滅した。そんなことせずに普通に生きて、普通に死んでほしかった。なんでそんなくだらないことをしているんだ。


「フェルならそう言うと思ってたよ。でもな、フェル。長生きする意味はちゃんとあったぜ?」


「ただ長生きしただけだ。意味なんかない」


 私がぶっきらぼうにそう言うと、なぜかミトルは微笑んだ。


「……あるさ。俺達はまた会えたじゃねーか。それだけで長生きする意味は十分にあったよ」


 まさか、私のためなのか? 私に会うためにずっと寿命を延ばしていた? そう言えば、さっき来るのが遅いと言われた。ずっと私を待っていてくれたのか?


「三百年くらい前かな、アビスに聞いたよ。フェルが深い眠りについて目を覚まさなくなったって。エルフでも長生きした奴はそうなるって知ってたからまさかとは思っていたんだけどな。もっと頻繁に会いに行けばよかったってずっと後悔していた」


 あの頃は誰にも会わないようにしていた気がする。アビスに頼んで誰からの連絡も受けるなと言って引きこもっていた。皆の子供達と話をしても、またいつか別れが来る。それに耐えられそうにないと思っていたから、皆の子供達と深く関わるのはよそうと考えていたんだ。


「アビスはもうダメだろうと言っていたが、俺は信じてたぜ? いつかフェルが帰ってくるってな」


「……そうか」


「でも、それがいつ頃になるかはまったく分からなかったからさ、できるだけ寿命を延ばそうと考えたんだよ。何でも試してみようと色々やってみたんだが、持ってたレイピアのスキルで何とか生き永らえたぜ」


「なんでそこまでした? 私がいつか目を覚ますことを信じていたとしても、ミトルが長生きする必要はなかったんじゃないか?」


 気持ちは嬉しい。でも、そのために生活に支障がでる程だったと聞いて私が喜ぶわけがない。


「せっかく待ってたのにひでーな。でもよ、アビスは諦めていた感じだったし、フェルの帰りを待っている奴が誰もいなかったら寂しいだろ? だからずっと待ってたんだよ」


 ミトルが優しい眼差しで私を見つめた。


「おかえり、フェル」


 不覚だ。ミトルに泣かされそうになった。いま口を開いたら泣いてしまうかもしれない。ちょっと心を落ち着かせよう。


 そうか、ミトルは私を待っていてくれたのか。そのために生活に支障が出るほどの状態異常をずっと受けていてくれたんだな。自分の人生を相当無駄にしたかもしれないのに……いや、実際無駄にしているはずだ。


 まったく困った奴だな。返すことができなさそうな恩を売りつけやがって。どうやってこの恩を返せばいいのかまったく思いつかない。


 ……よし、もう大丈夫だろう。それにちゃんと言葉を返してやらないとな。そうしないとミトルが報われない。


「ただいま、ミトル。遅くなって悪かったな。それとさっき言ったことも撤回する。確かにミトルが寿命を延ばしてくれた意味はあった。私もミトルとまた会えて嬉しい」


「いいって事よ。俺が勝手にやったことだし、さっきも言ったけど、いい女は男を待たせるもんだ。そしていい男はそれをいつまでも待つもんだぜ?」


「……そうだな。会ってから数百年経ったが、初めてミトルがいい男だと思ったぞ」


「気づくのがおせーよ……あ、いや、プロポーズされてるからあの頃から俺の事をいい男だと思ってたんだろ?」


 ミトルがしわだらけの顔でニヤニヤしている。


 そんなことはないと分かっていて言っているのだろう。なら乗ってやらないとな。


「調子に乗んな、コラ。だいたいお前にプロポーズしたことなんてないだろうが。あれは笑顔にならないために微妙な味の食事を作れって意味だ。勘違いするんじゃない」


「いやー、それはフェルの記憶違いだろ? 俺は明確に覚えてるぜ?」


「お前はもう爺さんだから記憶が曖昧なんだ。絶対にプロポーズなんかしてないから、さっきの奴らにちゃんと訂正しておけよ」


「あ、わりーな。俺の武勇伝としてエルフの皆に言っちまったよ。訂正はちょっと立場的に難しいかな。昔に浮き名を流した感じで尊敬されてるからなー」


「お前がモテたことなんて一度もないだろうが。よし、お前の寿命をいまここで終わらせてやる。遺書を書け。プロポーズされていたのは嘘ですってな」


「ちょ、それは冗談に聞こえねーぞ……冗談だよな?」


 そんな会話のやりとりをした後、ミトルと昼食を食べながら昔の話をした。


 お互いに遠慮のない話をするというのは久しぶりだ。


 そうだったな。昔は皆とこんなどうでもいい話をしていた。夢に逃げる前はそれを思い出すと胸が痛んだものだが、今はそうじゃない。あの頃を思い出しても暖かい気持ちになるだけだ。ちょっとだけ寂しい気はするけど。




 ミトルとの会話は楽しい時間だったのだろう。結構時間が経っていて、ミトルが話をしながら咳をするようになった。


 どうやら無理をさせてしまったようだ。


「すまない。調子に乗って話をし過ぎてしまったな。体は大丈夫か?」


 椅子から立ち上がってミトルに近づき、背中をさすった。


 昔、ミトルにおんぶしてもらったことがあるが、あの頃に比べると随分と小さくなった。成長を遅くさせて寿命を延ばしていても、私のように不老不死じゃない。少しずつでも歳を取っているのだろう。


「悪いな。寿命を延ばしていても老人は老人だから色々と体にガタが来てるんだ。でも、今日はすげー調子がいいんだぜ?」


 私に心配させないようにしているんだろう。本当なのか無理をしているのかは分からないが、少なくとも話するのはここまでだな。そろそろ世界樹へ向かおう。


「ミトル、これから世界樹へ行きたいのだが、許可を貰えるか?」


「さっき言ってた神を目覚めさせる件だな? 世界樹にそんな神がいるなんて知らなかったけど、大長老として許可を出すから問題ないぜ。すぐに行くのか?」


「ああ。ミトルも辛そうだし、私にはやるべきことがあるからな」


「わかった。気を付けてな……そうそう、帰りにまたここへ寄ってくれ。渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの? リンゴか?」


「それでこそフェルだな。もちろんそれも渡すけど、他にも渡したいものがある。絶対に寄ってくれよ? というか今日は村に泊まっていけよ。村で宴を開くからさ」


 昨日も宴だったのだが、歓迎してくれるというなら断る理由はない。もしかしたら久しぶりにリンゴが食べられるかもしれないし、ぜひ参加させてもらおう。


「なら帰りにまた寄らせてもらう。ミトルもそれまでに体力を戻しておけよ……まだまだ話したいことはたくさんあるからな」


 ミトルは「ああ、俺もまだ話し足りないからな」と言った後、他のエルフを呼んだ。どうやら私が世界樹へいくことを説明しているようだ。これでエルフの皆にも伝わるのだろう。


 よし、永遠の園と言われる場所へ向かおう。たしかその場所からさらに奥へ進んだところに世界樹があったはずだ。


 とっとと行って、神を目覚めさせないとな。

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