名前

 

「邪魔するぞ」


 第一会議室の扉を開けて会議室へと足を踏み入れた。


 私のような魔族が来ることをまったく想像していなかったのだろう。部屋にいる魔族はこちらを見て不思議そうな顔をしている。そして部屋の中は沈黙に包まれた。


 どういった理由で私のような魔族が乱入してきたのか全く理解ができず、思考が停止していると思う。さすがというか、そんな中で最初に動いたのは一番奥の上座にいる魔王だ。


「何者じゃ? 今は部長会議中じゃぞ。なにか緊急の連絡か?」


 緊急と言えば緊急だが、魔王が意図しているようなものではないな。


「ちょっと話があって来た。悪い話ではないので聞いて欲しい」


 さらに不思議な顔をされてしまった。まあ、見た目十五、六の少女と言える奴がそんなこといっても意味が分からないよな。なんとなく早めに話をしなくてはいけないと思って、何も考えずに会議室に入ってしまった。


「貴様は何者だ、小娘! この中にいる誰かの娘なのか!」


 随分と筋肉モリモリの強面が私の方を見て怒鳴っている。会議を邪魔されて怒っているのだろうか。仕方ない、ここは名乗っておこう。魔王なら私の名前を知っているはずだ。色々と取り計らってくれるだろう。


「ここにいる誰かの娘ではない。私の両親は既に亡くなっているからな。自己紹介が遅れてすまない、私の名はフェルだ」


「ならフェル! 貴様は何の理由があって会議室に入って来た! 今は大事な会議中だ! とっとと出ていけ!」


 強面の魔族が私に近寄って来た。もしかして強制的に追い出すつもりなのだろうか。さっき、話があるって言ったんだけどな。


「ま、待て! 待つんじゃ! その名前は……!」


 席に座ったまま魔王が慌てた様子で強面の魔族を止めた。


「魔王様! 一体なんだと言うのですか! 我々には早急に決めなくてはいけない事があるでしょう! こんな子供の相手をしている場合ではないのです!」


「いいから待つんじゃ!」


 魔王が強面を一喝する。その言葉を向けられた本人だけでなく、部屋にいる全員が身を強張らせている。なるほど、結構な歳のようだが、魔王としてそれなりに強いのだろう。だが、そんな魔王が私の方を恐る恐るといった感じで見つめてきた。


「名前をもう一度聞かせてくれ……いや、聞かせて貰えますかな?」


 魔王の言葉に全員が訝しげな顔をした。魔族の中で最も偉い魔王が下手に出るような言葉を使ったからな。それは当然だろう。だが、反応を見る限り魔王はフェルと言う名前にどういう意味があるのかを理解してくれているようだ。伝言ゲームじゃないのだが、ちゃんと伝わっていてくれて助かった。


「魔族のフェルだ。さっきも言った通り話をしたい。聞いてもらえるだろうか?」


「……皆の者、会議は一時中断とする。再開させるときは念話を送ろう。しばらく休憩をとってくれ」


「なっ! 馬鹿な! 我々の未来に関わる大事な会議をしていると言うのに、魔王様にとってはこの小娘の話を聞く方が大事だと言うのですか!」


 知らない奴から見たら確かにそう思えるよな。でも、今回はとっとと話を進めたい。魔王を辞めている身だから介入し過ぎるのは良くないと思うが、今回だけ仕方ないだろう。


「その未来に関わる話を持ってきている。私の話を聞いてくれないだろうか。全員が聞いてくれて構わない」


「よろしいのですか?」


 会議室にいた魔族が全員、魔王の方を見て驚いていた。さっきと同じだ。魔王が私に丁寧な言葉を使っている。どういう理由なのか分からないのだろう。


「今回だけは特別だ。改めて名乗ろう。神殺しの魔神フェルだ。お前達にお願いがあってきた。話を聞いてくれ」


 周囲がざわついた。いきなり来た少女が魔神だと言っても通用しないか?


「魔王を預かる身としてこのランダムが保証しよう。その方は間違いなく魔神様じゃ。儂を含めた歴代の魔王はフェル様に魔王の座を借りているに過ぎない。これは本来、魔王だけが受け継ぐ情報だ。他言無用じゃぞ」


 魔族達はその情報も驚いただろうが、さらに驚いたはずだ。魔王ランダムが椅子から立ち上がり、私に跪いたからな。そこまでしなくてもいいんだけど、話を聞いてもらうためには必要な行為だろう。でも、ずっとされていても困る。


「もう立ち上がってくれ。私に跪く必要はない。だが、分かってくれたな? これから大事な話を――」


「魔王様! これは一体何の冗談ですか! この小娘が魔神? 魔神とは我々魔族を救うために奔走した大昔の魔王の事を言うのであって、このような小娘の事を言うのではありません!」


 話を聞かない奴だな。分からんでもないが、私の言う事はともかく、魔王の言う事にはちゃんと従えよ。仕方ない、最後の手段だ。


「私を魔神と認めないなら、力で分からせてやる。かかってこい」


 強面の魔族にそう言うと、一度ポカンとしたが、次の瞬間には憤怒の顔で私を睨みつけた。


「小娘が! 軍部を預かるこのアガレスと戦うつもりか!」


「お前の事なぞ知らん。いいからとっととかかってこい、先手は譲ってやるから」


 雑にそう言うと、アガレスが顔を真っ赤にして襲い掛かって来た。どうやら腰の剣は抜かずに殴りかかってくるようだ。それくらいの冷静さはまだあるか。


 アガレスは大きく振りかぶった右のストレートを放った。魔族でもこんなの食らったらものすごく痛いだろう。でも、私には通じないな。


「なんだと!?」


 アガレスのパンチを左手で止めた。


「どうした? もう終わりか?」


 次にアガレスは両手で殴りかかってきたが、それらも全て受け止めた。その程度の攻撃力じゃ手で受けなくてもダメージはないが、それだとかわいそうなので一応全部受けてやった。


「馬鹿な! そんな馬鹿な!」


「さて、次は私の番だな。必死に耐えろよ? 下手すると死ぬぞ?」


 身長差があるのでボディ狙いしかない。アガレスの懐に転移して、アッパー気味のパンチを腹に繰り出した。


「ご、は!」


 片手でガードしたようだが、それじゃ防げないな。


 腹にパンチを受けたアガレスは私の前で四つん這いになり、片手は腹に手をあてていた。私を信じられないもののように見上げている。これで多少は大人しくなってくれるだろう。


「アガレスと言ったな? 私の言う事はともかく、魔王の言う事を聞かないとはどういうことだ? 敬意はないのか? それとも次期魔王を狙っているからか?」


「魔王様には敬意を払っている! だが、これほど人族にコケにされていても人界に侵攻しないのであれば、儂が魔王様を倒し、新たな魔王になるしかあるまい!」


 そういうことか。シシュティ商会にいいように使われているのはコケにされていると考えているのだろう。まあ、その通りだな。だからこそ私が来た。


「人族と言うよりも、シシュティ商会にコケにされているという理解でいいんだな?」


「その通りだ! あの商会は食糧と引き換えに魔族達を言いように使っているのだ! 同胞がそんな目に遭っていて黙っていられるか! そんな商会、叩き潰してやる!」


「お前の魔族に対する気持ちはよく分かった。だからこそ私の話を聞け。シシュティ商会と縁を切る様にお願いしにきたんだ」


「……どういうことだ?」


 アガレスが聞く姿勢になってくれたので、他の魔族も話を聞いてくれる姿勢になったようだ。よし、話をしよう。


 シシュティ商会と縁を切り、魔族を魔界に一度引き返させるように依頼した。代わりに食糧を売ってくれる商会があることも説明する。


 簡単に説明してから、会議卓に袋を置いた。


「空間魔法が付与された袋だ。中に千人分一ヶ月ほどの食糧が入っている。来月にもヴィロー商会には食糧を調達してもらうから、来月以降は誰かが対応してくれ」


 もしかしたら、話に付いてこれなかったのかもしれない。魔王を含めて全員がポカンとしている。もう少し話をしながら理解を深めてもらえないとだめかな。


「アガレス。ヴィロー商会はシシュティ商会と違ってお前達をコケにするような事はない。だから人界に攻め込む必要もないんだ」


「ヴィロー商会と言えば、以前魔界へ食糧を売ってくれていた商会だったはず。今でもその頃のような対応をしてくれるのか……いえ、してくれるのでしょうか?」


「もちろんだ。ヴィロー商会は潰れかけていたからな。それを多少は救ってやったから、魔族に対してちゃんとした対応をしてくれるはずだ」


 私から投資もしているんだし、魔族に横柄な態度を取ることはないだろう。迷宮都市支店のあの店長しか知らないけど、信用できる商会のはずだ。


「フェル様、ありがとうございます。フェル様のおかげで魔族達の抱えた問題が一気に解決しそうです」


 魔王ランダムはそう言いながら私に頭を下げた。


「気にするな。こう言ってはなんだが、シシュティ商会は私にとって不倶戴天の奴が背後に付いている。そんな組織に魔族が関わって欲しくないという個人的な理由があるんだ」


「それは、セラという者のことでしょうか?」


 私の名前と一緒にセラの名前も魔王にはちゃんと伝わっているんだな。危険人物だから接触しないように教えておいたんだけど、それもちゃんと伝わっているようで安心した。


「それとは別の奴だ。それは私の方で対処するから知る必要はない。ちなみにセラという奴も今は封印中だから気にしなくていい。だが、もしそんな名前の奴が魔界に来たら、何も手は出さずに私に連絡してくれ」


 その後も色々質問攻めにあったが、徐々に私の事に対する質問にシフトしてきた。そんなことをしている場合じゃないんだけど。とはいえ、今日はもう転移門を開けない。今日はこのままウロボロスに泊まって、明日帰ろう。

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