レシピと規則

 

「今日は私の奢りだ。金を払いに戻る必要はないぞ。その代わり二度と来るな。お前達の飼い主にもそう言っておけ……聞こえてないかもしれないがな」


 二十人近い冒険者を宿の前に放り出す。叩きのめすよりも、運ぶ方が重労働だった。


 迷宮都市に住んでいる人達なのか、それともシシュティ商会の奴らなのか分からないが、何人もの人族が私を遠巻きに見ているようだ。


 シシュティ商会が気に入らないと思っている人達がこれを見て味方してくれるといいのだが。逆にシシュティ商会から恩恵を受けている奴らは憤慨するかもしれないな。どっちが多いのか分からないが、徐々にでも勢力図を変えていかないと。


 宿に戻ると、ハーミアが頭を下げてきた。


「あ、ありがとうございます!」


「礼はまだ早い。今日は暫定的な対処だからな。これからも懲りずに来る可能性はある。メイドギルドに依頼して護衛をしてもらうから、それまでは気を引き締めていてくれ」


「何から何まですみません……でも、なんで市役所の役人さんがそこまでしてくれるんですか?」


 そうか、後で話すと言って何も伝えてなかったな。それに私の事はメイドギルドやニャントリオンと違ってハーミアには伝わっていないようだ。


「信じてくれるかどうかは分からないが、私は不老不死なんだ。昔、この宿には世話になっていたから助けに来たということだ。そうだ、これを見てくれ」


 亜空間から二〇八号室の鍵を取り出した。それをハーミアに見せる。


「二階の奥の部屋を買い取ったことがある。今はどうなっているか知らないがその頃の鍵だ」


「二階の奥の部屋……? あ! 誰も泊めてはいけない部屋! それなのに掃除は欠かしちゃいけないって先祖代々伝わっているんです! まさか、貴方が……!」


 私の部屋をずっと掃除してくれていたのか。


 私は三百年、いやもっと前からこの宿には来てなかった。私を知っているのはニアとロンの子供、ハクくらいだろう。それなのに客のいない部屋をずっと掃除してくれていたんだな。


「あの、お名前を伺ってもいいですか?」


「もちろんだ、私はフェル。こっちはアビスだ」


「フェルさんとアビスさんですか。両親や祖父母なら名前を知っているかもしれませんが、私はフェルさんの名前を聞いていません。ただ、二階の奥の部屋は持ち主がいる。それは私達の祖先を救ってくれた方だと。例えどんなに満室でもその部屋だけは他人を泊まらせてはいけない、とだけ聞いています」


「確かにニアやロンを救ったことはある。でも、ニアとロンの方がもっと多くの者を救っているんだぞ」


 魔族と獣人がニアの料理やロンの建築技術に救われたと言ってもいいだろう。二人のおかげで魔族や獣人の生活がより良いものになった。それに比べたら私がニアとロンを救った事なんて大したことじゃない。ちょっとさらわれたから迎えに行っただけだ。


 懐かしいな。ルハラ帝国のズガルまで従魔達と遠征したんだった。珍しいことにあの時のロンは恰好良かった。ニアが惚れるのも何となくわかった気がする。普段もあれくらい真面目だったら良かったのに。


「ハーミア様。その祖父母やご両親が見えませんが、どうされたのですか?」


 物思いにふけっていたら、アビスがハーミアに問いかけた。


 アビスの疑問はもっともだな。まさか一人で宿を経営しているわけでもないだろう。


「祖父母も両親も、今までの事があって過労で倒れてしまいました。命に別状があると言う訳じゃないのですが、心労が溜まっていたようで、先週から寝たきりです」


「それでしたら、宿自体を一度休まれては? お一人では大変でしょう?」


「はい、両親からもそう言われたのですが、こんな状態でも宿に泊まりに来てくれる方がいらっしゃいますし、お手伝いに来てくれるご近所さんもいるんです。私もこんな嫌がらせには絶対に負けないと意地になってしまって……」


「そうか、頑張ったんだな。よくやった。その頑張りは私達が引き継ごう。シシュティ商会の奴らはこっちに任せて、宿の経営の方をよろしく頼むぞ」


 ハーミアは一瞬驚いてから、笑顔になり、笑顔のまま泣いた。忙しいな。


「す、すみません……い、いままで、頑張って、良かったって……!」


 あんな強面の冒険者達がたむろしていたら誰だって怖いだろう。女性ならなおさらだ。祖父母や両親も倒れて、一人、頑張って来たんだろうな。


「あ、あのお礼をさせてください! 良かったらお食事でも!」


「確認したいのだが、ハーミアは料理が得意なのか?」


「いえ、私はそうでもないですね。母の作る料理は美味しいのですが――あ、いえ、私の作る料理が不味いと言う訳じゃないんです! 母に比べたら劣るということでして! まだ勉強中といいますか! 決してマズイ料理を食べさせようという意味ではなく!」


「大丈夫だ。そんなうがった捉え方はしてないから。昔食べたニアの料理はかなり美味しかったからな。それでハーミアの腕前を確認したかっただけだ」


 だが、ちょっと残念だ。ニアと同じでなくてもそれに近い料理を食べられるかと思ったんだけどな。ハーミアの母親が治るまではお預けと言う事だろう。


「ご先祖様の料理ですか。大変美味だったと聞いていますが、百年程前にレシピが失われてしまったそうなんです。何代か料理ができないご先祖様が続いてしまって、味を再現できなくなってしまったとか……残念です」


「レシピ? それなら私がニアに貰ったものがあるぞ」


「は?」


 ニアが料理を教えるために書き残した調理ノートだ。


 ニアに「フェルちゃんもいつか魔王さんに手料理を食べさせてあげなよ」と言われて、ハクと一緒に教わった。その時のノートが亜空間に入っている。大事な物だから状態保存の魔法をかけておいた。そのおかげで新品同様だ。


 ニアには門外不出と言われたが、ニアの子孫に教えるなら問題ないだろう。


 亜空間からノートを取り出して、ハーミアに渡した。


「一冊しかないから、書き写してくれないか。ニアには門外不出と言われているから、身内以外には見せるなよ?」


 ハーミアが驚きながらノートに目を通した。


「す、すごい! シンプルな料理のはずなのに、ものすごく味付けが計算されてる……こ、これをお借りしていいんですか!」


「もちろんだ。そもそもニアのレシピなんだから、私が借りているようなものだし」


「ちょっと一品作ってきます! 味を確かめてみてください!」


 ハーミアはそう言うと、ノートを持って厨房の方へ走っていった。随分と元気になったな。


 これからローズガーデンへ向かおうと思っていたが、ちょっとくらいは大丈夫かな。腹が減っては戦ができない、と言うやつだ。メイドギルドでサンドイッチを食べたけど、あれは別腹。


 料理を待つために、アビスと一緒にいつもの席に座った。


 さすがにあの頃のテーブルや椅子ではない。でも、懐かしく感じる。何度も夢で見ていたのにな。


 アビスと料理を待っていたら、宿の入り口から男が入って来た。


 三十代ぐらいの男だ。体は痩せていて黒髪のオールバック、目つきが悪い。だが、冒険者ギルドの腕章を付けている。どうやら冒険者ギルドの職員のようだ。


 そしてその男の後ろには、先程追っ払った冒険者が付いてきていた。大げさに包帯を巻いてるようだが、そんな怪我はさせてないぞ。


「失礼ですが、貴方がこの方に傷を負わせたのでしょうか?」


 職員が丁寧な口調で私に問いかけている。だが、目が見下す感じだな。一体何しに来たのやら。


「そうだな。私がボコボコにした。ミスリル級と言っても大したことないな」


 冒険者の方が私を睨みつけたが、徐々にニヤニヤしだした。


「そうですか。では冒険者ギルドの規則により、貴方を拘束します」


「規則? なんだそれ?」


「冒険者に怪我をさせた場合、冒険者ギルド立ち会いの下、賠償をする必要があるのですよ」


 職員がにこやかな顔でそんなことを言いだした。


「こちらの方は代表で来ていますが、二十人近い冒険者に怪我をさせましたね? そのすべての賠償となると相当な額でしょう。ちなみにお金が払えないなら鉱山での強制労働になります」


「そうか。いくらだ?」


「全部で大金貨百枚といったところでしょう。払えないでしょうからシシュティ商会に借金して払うようにしてください」


 コイツらって情報の共有とかしないのだろうか。魔術師ギルドで大金貨五百枚の借金を返そうとしたのに。


 亜空間から大金貨百枚を取り出してテーブルに置いた。


「なっ!」


 職員と冒険者の男が同じタイミングで驚く。どっちも払えるとは思ってなかったようだ。


「持ってけ。そして二度と来るな。またボコボコにされたくはないだろう? それとも金を払えばボコボコにしていいのか?」


「……いえ、そういう訳ではありません。ですが、このような大金をすぐに用意できるのは怪しいですね。冒険者ギルドまで来てください。取り調べを行います。それにこのお金が本物かどうかも調べなくてはいけませんので」


「茶番だな。そもそも私と喧嘩したら罰があるのはお前達のはずだぞ?」


「どういう事でしょうか?」


「私は冒険者ギルドに所属している。ランクはヒヒイロカネだ。私に喧嘩を売ったなら罰則があるはずだぞ。そういう規則があるはずだ」


 それを聞いた冒険者が怒り出した。


「ふざけんな! ヒヒイロカネなんてランク聞いたこともねぇ! 勝手に作ってんじゃねぇよ! 大体テメェから喧嘩を売って来たんじゃねぇか!」


 亜空間からギルドカードを取り出して、テーブルの上に置いた。そしてカードに魔力を通して青く光らせる。


「どうだ? 本物だろう? それにカードも私のだと証明されたな? それに喧嘩を売った? それは違う。お前らがこの宿に嫌がらせをしているから排除したんだ。市長からもそういう依頼を受けている。どちらかと言えば、先に喧嘩を売ったのはお前達だ」


 物は言いよう。私が喧嘩を売ったのは間違いないが、先に嫌がらせをしているのそっちなんだから、私が喧嘩を売られたのと同じだ。


「カードは偽造したんだろうが! それに市長からの依頼だと? 誰もそんな事は信じねぇよ!」


「そうか? だが、一緒に来た職員はそうは思っていないようだ。少なくともヒヒイロカネのランクについては知っている様だぞ?」


 冷静沈着と言う感じの職員が病気かと思うくらい顔に汗をかいている。どう考えても分かっている顔だ。


「さて、職員のお前がシシュティ商会に与しているのは分かっている。それとも冒険者ギルド全体がシシュティ商会に与しているのか? 詳しくは知らないが、お前だけで判断できる状況じゃないよな? 大人しく帰った方がいいと助言してやるが、玉砕覚悟で無理を通すか?」


 職員は苦しそうな顔をしていたが、目を瞑って深呼吸をすると立ち上がった。そして頭を下げる。


「申し訳ありません。この者の勘違いだったようです。貴方――フェル様に非は無いようですので、このまま帰らせてもらいます。そのお金もしまってください。では、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


「お、お前、何を言って――」


「そうか。特に迷惑ではないから気にしなくていい。そうそう、近いうちにシシュティ商会は潰れるから色々と将来の事を考えた方がいいと思うぞ」


「ご忠告ありがとうございます。上司にもそう伝えておきますので。では失礼します」


「おい! お前、こんなことして――」


「うるさいですよ。この宿の営業妨害になりますから騒がないように。それと貴方も早めに身の振り方を考えた方がいいでしょう。それとも泥船に乗ったまま沈没するのを待ちますか?」


 職員の方が強いんだろうな。冒険者の首根っこを捕まえて引きずる様に外へ出て行った。


 冒険者ギルドの方はあまり気にしていなかったが、どうやらシシュティ商会と懇意にしてるようだ。だが、今の対応で少しは変わるだろう。もしかしたら全面的に協力してくれるかもしれない……ちょっと考えが甘いかな。


「あ、あの、どなたかいらっしゃっていたのですか?」


 ハーミアが料理を持って来た。ワイルドボアのステーキだ。それが二人前。アビスは食べないだろうから私が両方頂こう。


「気にしなくていい。ちょっと冒険者ギルドの職員と話をしていただけだ。そんなことよりも、その料理を食べていいのか?」


「はい! レシピ通りに作ってみたワイルドボアのステーキです! お代は結構ですのでお召し上がりください!」


 楽しみだ。味わって食べたいところだが、まだやることがある。早めに食べて次はローズガーデンへ行かないとな。

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