指定席

 

 ニャントリオンの店を出て、妖精王国の前に来た。


 ここはあの頃と変わらない。千年樹の木材を使った建物だからだろう。新品とまではいかないが、それなりの時間が経っていても古さを感じない。


 ここではずいぶんと食事をしていない気がする。今日の夕食はここで食べよう。そのためにもとっととシシュティ商会の奴らを何とかしないとな。


 両開きの扉を押しながら中へ入った。


 ……ここもか。


 入ってすぐの食堂には、ガラの悪そうな奴らがたむろしていた。そして全員がこちらを見つめる。冒険者のようだが、おそらくシシュティ商会の奴らだろう。


 コイツらは後だ。まずはヴァティを捕まえよう。いる場所は三〇四号室。三階に向かおう。食堂の奥にある受付の横。その階段から三階にいけるはずだ。


 ガラの悪い奴らの視線に晒されてはいるが堂々と歩く。受付の前まで来ると、女性が申し訳なさそうにお辞儀をした。


 女性は二十歳くらいだろうか。何となくニアに似ている気がする。ニアが気弱になって若返ったような感じだ。


「いらっしゃいませ。あの、お客様。私が言うのもなんですが、この宿に泊まるのはおやめになった方が良いかと……今はちょっと問題がありまして、お客様が危険な目に遭うかもしれませんので……」


「気にしなくていい。私はもともとこの宿の部屋を借りているからな」


「え……?」


「ところで、ニアとロンの子孫か? 名前は?」


「は、はい、そうです。私はハーミアと言います。でも、ご先祖様の事をなぜ貴方が……?」


 やっぱりそうなのか。あとで料理の腕でも見せてもらおう。


「後で話す。悪いが今は急ぎの用事があるんでな」


 女性の話は聞かずに階段を上った。二階の奥に私の部屋がある。もしかしたらもう私の部屋じゃないかもしれない。部屋の鍵はまだ空間にしまってあるんだけどな。あとで使ってもいいか聞いてみよう。


 ちょっとだけ昔を思い出しながら、さらに階段を上がった。


 三階の通路に女性が立っている。というよりも、床の荷物を引きずっている感じだ。荷物を持って逃げようとしたが、重くて運べない感じか。間違いはないだろうが、念のため魔眼で確認しておこう。


 ……どうやらヴァティで間違いないようだ。


 見た目はあの女性の人形に似た感じだ。よかった。ルネには似てない。ルネに似ていたら許してしまう気がしてたんだが、これなら安心だ……いや、よく考えたらルネに似ていても許さないな。何のためらいもなくボコれる気がする。


「さて、ヴァティ。初めましてだが、自己紹介はいらないよな?」


「ひっ! ま、待って! 待ってくださいまし! わ、私はシシュティ商会に雇われただけです! 許してください!」


 動かせる人形がもうないのだろう。アダマンタイト製の人形というかゴーレムを六体も使っていたからな。人と見間違えるほど精巧な作りだったし、相当金をかけていたと思う。あのレベルの人形はあれで全部だろう。


「し、シシュティ商会に脅されて仕方なくやっていたのですわ! だから、だから、なにとぞお許しください!」


 戦意は喪失しているようだ。魔眼で見ても、ちょっと恐慌状態になっている。本気で私が怖いのだろう。


 ついでに魔眼で見たが、脅されていたのも事実のようだ。シシュティ商会に借金のある貴族の娘、か。でも、どうでもいいことだ。


「……お前の事情が私に関係あるのか?」


「え?」


「お前はシシュティに従って私の大事な物に嫌がらせをしていた。そしてタルテを殺すとまで言ったんだ。自分の安寧のためにな」


「そ、それは言葉の綾で!」


「お前にはお前の事情があるだろう。生きるためにそれをするしかなかったのかもしれない。でもな、私には関係ないんだよ。正義とか悪とか、正しいとか間違っているとかじゃない。私は、私が大事にしている物を傷つける奴が気に入らない。だから許す気もない」


「ひっ……! く、苦し、い……!」


 ヴァティは腰が抜けたのか、尻もちをついてしまった。そして苦しそうにしている。


「フェル様、殺気が漏れすぎです。ヴァティが死んでしまいます」


 後ろに控えていたアビスが私の肩に手を置きながらそんなことを言った。


 ……そうだな。ここでまた暴走なんてことになったら大変だ。


「ヴァティ、捕まえるつもりだったが、一度だけ見逃してやる。シシュティと縁を切って家族の元へ帰れ。そして普通に生きろ。もし、次に私の大事な物に手を出そうとしたなら、その時は容赦しない」


 ヴァティは首を縦に何度も振っている。


「お前の親の借金はシシュティ商会に借りているものだろう? しばらくすればシシュティ商会は無くなる。そうすれば借金もチャラだ。それまで大人しくしていろ」


 怯えていたヴァティの顔が、驚いたような、思考が追い付かないような、そんな顔になった。いきなりこんなことを言われたら整理が追い付かないか。


 そうだ、ユニークスキルの事も釘を刺しておこう。


「お前の持っているユニークスキルは戦いに使える。だが、そんな使い方よりも、人形劇とかでもして子供達を楽しませるように使え……私の知っている奴はそういう使い方が上手かったぞ」


 ルネは魔王を辞めた後、魔界で人形劇をするようになった。娯楽の少ない魔界の子供達に人気だったな。なぜか私にそっくりな人形を使って人形劇をしてたけど……まさかとは思うが、魔族の奴らが言ってたおとぎ話ってルネが作ったんじゃないだろうな?


 ヴァティはまだ驚いた顔のままだったが、色々と理解したのか、一度だけ首を縦に振った。どうやら分かってくれたようだ。これで敵対することはもうないだろう。


「それじゃあな。今すぐこの宿を出て行けとは言わないから、部屋で今後の事でも考えるといい……人生は短いんだからよく考えろ」


 そう言った後、ヴァティに背を向けて歩き出した。アビスもそれについて来る。


「人生は短い、ですか」


「ああ、一緒にいられる時間なんてわずかだろ?」


 人族の寿命は短い。ヴァイアの百年が最長だ。普通の人族は百年も生きられない。魔族の平均寿命は延びたとは言え、人族よりは短いだろう。人族でも魔族でも、生きられる時間はとても短いんだ。私にとっては短すぎるほどに。


「そうですね。でも、私ならフェル様と結構な時間を一緒にいられると思いますよ」


「……そうだな。それにアビスと私は運命共同体だ。私が死ぬまで生きろよ? さて、次は食堂にいるガラの悪い奴らを追い出すか。今日はやることがいっぱいだな」


「まったくです。ですが、この妖精王国とローズガーデンさえ何とかすれば、多少は余裕ができると思います。シシュティ商会もそれほど早く対策はとれないでしょうからね」


 そうだな。今日中に危なそうなところを何とかしてしまおう。最初だけ何とかしてしまえば、後はメイドギルドやジェイ達が人手を貸してくれるはずだ。


 一階の食堂に戻ってくると、ハーミアがこちらを見て、心配そうにしている。


「あ、あの、一体何を……?」


「私達は市役所の役人でな。迷惑行為をしている奴らを排除しに来た」


「え? ほ、本当ですか?」


「本当だ。このカードを見てくれ」


 市役所で渡されたカードをハーミアに見せると、ハーミアは驚いた顔になった。


「ほ、本物ですね。で、でも、大丈夫ですか? お願いしている立場ではあるのですが、これまではあまり効果が無くて……」


「大丈夫だ。で、どんな迷惑を受けているのか、そしてどうして欲しいのかをちゃんと言ってくれ」


 ハーミアは食堂を見渡した。そして決意したようにうなずく。


「は、はい。シシュティ商会と契約している冒険者達が食堂にたむろしていて他のお客が寄り付きません。それを何とかしてほしいと思っています」


「わかった。なら、その冒険者達を排除しよう。ちょっとだけ暴れるが、周囲の物は壊さないようにするから安心してくれ。アビス、食堂全体に状態保存を。その後はハーミアを守ってくれ」


「畏まりました」


 ハーミアの願いを聞くと言う形にしたが、私には個人的に許せないことがある。まずはそこから対処しよう。


 許せない奴らがいるテーブルに近寄った。三人の男達が座っている。


 私に気付いたのか、冒険者達はこちらを見た。だが、小さい女の子だと思ったのだろう。下卑た顔になって、こちらをジロジロと見ている。


「なんだい嬢ちゃん? 酒の酌でもしてくれるのか?」


「おいおい、止めとけよ。子供にそんなことさせても酒は美味くはならねぇって!」


「ここは怖いお兄さんが多いから、ガキはとっとと帰りな。それともちょっと怖い目に遭うか?」


 今考えると、アンリの親衛隊達は行儀よく酒を嗜んでいたんだな。コイツらを見るとそれがよく分かる。そして、行儀のよくない奴らがそのテーブルで酒を飲むのは許せん。


「お前達の座っているテーブルは私の指定席だ。邪魔だからどけ」


「ああ?」


 そのテーブルは皆との思い出の場所だ。ちゃんと使うならともかく、足を乗せたり、食べ物を食い散らかしたりするような真似をするなら、それは私に喧嘩を売る行為だ。


「聞こえないのか? そこは私の指定席だからどけと言っている」


 私を見ている男の一人が何かを思いついたような顔をした。


「お前まさか、シシュティ商会に逆らってる魔族か?」


「ああ、そうだ。そうそう、今のうちに次の職場を探しておいた方がいいぞ。しばらくしたらシシュティ商会は私が潰すからな。お前らみたいな奴らは真っ当なところでは雇ってもらえないだろ? 早めに就職活動をしたほうがいい」


 そう言うと、ちょっとだけ間を置いてから三人が笑い出した。そして周囲に聞こえるような大きな声を出す。


「おいおい、この嬢ちゃんはシシュティ商会を潰すんだってよ!」


 その言葉にまた一瞬だけ間があり、大爆笑になった。


「嬢ちゃん一人でシシュティ商会を潰すのかよ。なら俺は一人で聖人教を潰しちゃうぜ?」


 男の一人がそういうと、さらに周囲は爆笑した。


「一人じゃない。メイドギルドやヴィロー商会、魔術師ギルドも私と一緒にシシュティ商会を潰してくれる」


「どこも潰れそうか、シシュティ商会の傘下に入りそうなところじゃねぇか」


「話が伝わるのが遅いな。どこもシシュティ商会とは敵対する関係になった。それともお前らみたいな下っ端には情報を流す必要がないと思われてるのか? まあいい。そんな事よりも早くそこをどけ。邪魔だ」


 男達はそれぞれ武器を抜いた。周囲から笑いは消えて、殺気を放っている。


「テメェ……魔族だとしてもこの人数相手にやる気か? 俺達は全員ミスリル級以上だ。いまさら冗談では済まないぜ?」


「冗談で済まないのはお前達の方だ。とっととかかってこい」


「死ね!」


 剣で斬りかかって来た男の攻撃を躱す。そして手加減した左フック。


 一撃で壁まで吹っ飛び激突。床に倒れて動かなくなった。死んではいない。重傷なだけだ。もっと手加減しよう。


 そんな状況を理解するのがようやく追いついたのだろう。全員が驚いていた。


「さあ、残りの奴らもかかってこい。人生は短いんだ。お互い時間を無駄にしたくないだろう?」


 あと二十人くらいか。全部で十分くらいかな。

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