本物の魔物暴走
メイドギルドでシシュティ商会と不死教団の情報収集、それと各所への護衛依頼をしてから支部をでた。
無料でいいと言われたが、そんなわけにはいかない。依頼料として大金貨千枚ほど置いてきた。全部のメイドを雇っても一ヶ月は持つような値段だと思う。多分。それほど長い時間をかけるつもりはないからまずは一ヶ月で十分だろう。
あとは情報待ちだ。商会と教団の本部とそれぞれのトップが分かったら強襲をかけよう。でも、その前に弱体化を図らないとな。そういうのを任せる場所は一つしかない。
まずは食糧の注文、そして資金提供をして潤ってもらおう。立て直しが急務だな。
ヴィロー商会の支店に来た。以前も来たことがあるが、あの時よりも随分と寂れている。商会紋章に書かれているドラゴンも心なしか弱弱しい。
アビスに聞いた限りでは、ヴィロー商会で売り買いをする人がほとんどいないそうだ。どんな商品もシシュティ商会で売っている方が安く、買い取り価格も高い。どうやらシシュティ商会は赤字覚悟で取引しているらしい。
おそらく赤字にしてでもヴィロー商会を潰すのが目的なのだろう。えげつない事をするものだ。
アビスと一緒に支店へと足を踏み入れる。
商品が展示されているショーケースにはそれなりにいい物が置かれているようだが、客がいないんじゃな。
「おや、お客様ですか。いらっしゃいませ、ヴィロー商会迷宮都市支店へようこそ」
初老の男性が出迎えてくれた。髪は真っ白で少々くたびれているようだが、背筋を伸ばしてから、丁寧にお辞儀をされた。
「ヴィロー商会と取引がしたい。注文は食料品だ。千名ほどで一ヶ月分の食料を頼む」
アビスの話では今魔界の魔族は千人程だと聞いている。出生率はあまり変わっていないような気がするが、それでもあのころよりも倍に増えている。ウロボロスが頑張ってくれているのだろう。
「……お客様、その注文は――いえ、そのお姿は!」
嫌な予感がする。メイドギルドの状況が頭をよぎった。
「失礼ですが、魔族のフェル様でいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ。私を知っているのか?」
男は笑いをこらえるようにしている。
「ヴィロー商会の幹部でフェル様の事を知らない者などおりません。不老不死の魔族でヴィロー商会一番のお得意様。数百年の間、行方不明だと聞いておりましたが……お戻りになられたのですね」
「まあ、そんなところだ。だが、戻って来たらヴィロー商会が潰れかかっていて、シシュティ商会とやらが幅を利かせていたんでな。あの商会は私の大事な物を奪おうとしていた。絶対に許せない。なのでヴィロー商会に頑張って貰おうと思って来たんだ」
「そうでしたか……しかし、悔やまれますな。もう少し早く来てくださればいくらでもお手伝いできたのですが」
「どういうことだ?」
「恥ずかしながら、とうとう資金が尽きてしまいました。本店からそのような通達が来ております。申し訳ございません。我々では頑張れるだけの資金がないのです」
資金がない? 私の持っているお金では駄目だろうか? それにアビスに色々と持ってきてもらっている。それを売ればなんとかなると思うんだが。
「大金貨五万枚ならすぐ提供できるぞ。それに品質の高い物を色々持って来た。それを売って資金にできないだろうか?」
男は首を横に振る。
「大金貨五万枚は確かに大金ですが、商売としては少々足りないでしょう。とくにシシュティと事を構えるなら全く足りません。それに品質の高い物があっても、それを捌くには時間がかかるので、それまでヴィロー商会が持たない可能性が高いのです」
これは困ったな。ヴィロー商会を大きくして、シシュティ商会の規模を減らしていこうと思ったんだが。
「資金なんて五万枚あれば十分ですよ」
アビスがしれっとそんなことを言いだした。私も男もアビスを見て、首を傾げてしまった。
「えっと、アビス、どういうことだ?」
「いえ、シシュティ商会はヴィロー商会のダンジョン管理の利権を奪ったんですから取り返せばいいのです。私の管理していたダンジョンで魔物暴走を起こさせたようですが、それが人為的なものだった証拠は全部揃えておきました。遺跡機関にも提供済みです」
「お、おお? でも、それだけで取り返せるものなのか? 確か、遺跡機関は管理できるだけの力がある方にお願いしてるんだよな? 今だとどう考えてもシシュティの方にお願いするんじゃないのか?」
「はい、ですがシシュティ商会にも管理できるだけの力があるのか、という事です。迷宮都市が村だった頃の方針があるじゃないですか。それをするだけです」
「方針? それって――」
「やられたらやり返す。徹底的に。禍根は残さない。イブが絡んでいるから何も手を出していませんでしたが、イブと戦うと決めたのなら何でもやりますよ。まずはシシュティ商会に本物の魔物暴走というものを教えてあげましょう。商会が管理している全ダンジョンでそれをやってやりますよ」
アビスって三百年経ったら過激になったな。
だが、アビスの案はかなりいい。少なくともそうなれば、シシュティ商会がダンジョンの管理ができないと思われて、手放すしかなくなる。弱体化が図れるということだろう。
そして、その後釜に、いや、後釜というよりもヴィロー商会が取り戻す感じか。
「えっと、どうだ、この案は? ダンジョン管理を奪い返す感じになるのだが、それをヴィロー商会にやって欲しいと思っている。過去が冤罪で、資金が多少あれば遺跡機関も認めてくれると思うのだが」
「私の一存では何とも言えないのですが――」
男がニヤリと笑う。さっきのくたびれた感じが無くなって、今は気力が充実している感じになっている。
「是非ともお願いしたいと思っています。まずは本店へ連絡を入れないといけませんね……少々お待ちいただけますか?」
「もちろんだ」
色よい返事が貰えればいいんだけどな。
さて、男が本店へ連絡をしている間に色々考えるか。
シシュティ商会を弱体化させる方法は他にもあるだろうか。ダンジョンの事だけでも結構大ダメージを与えられると思うのだが、やれることがあるならどんなことでもしておきたい。
「アビス、さっきの案以外でもシシュティ商会へ打撃を与える事は可能か?」
「いまから一か月後ですが、迷宮都市の市長を選ぶ選挙があります。候補としてシシュティ商会の息がかかった人族が立候補するそうですね。それを阻止するのが良いかと。それなりに資金を投入しているようですので、市長になれなかったら大打撃でしょう」
選挙か。私が眠る前に魔界でもそんなことをしていたようだが、詳しくは知らないな。おそらくだが、選挙に勝つなら他の立候補がいないとだめだろう。
「対立候補でいい奴はいるか? そっちに味方するってことだよな?」
「それでしたらフェル様の知り合いの子孫が立候補する予定ですよ」
「私の知り合い? 誰だ?」
「たしかロミットとオリエという方の子孫になりますね」
ロミット? オリエ? 誰だっけ?
「思い出せませんか? たしか、フェル様は結婚男と結婚女と言っていた気がします」
「ああ、あの二人の! そうか、子孫はずっとここに住んでいたんだな。それで市長に立候補するのか」
「ええ、というよりも、現市長です。再当選を狙っているようですね。そもそも、シシュティ商会の息がかかった奴が市長になったら迷宮都市がどうなるか分かったものではありませんから、それを阻止しようとしているようです――怖い顔をされないでください。私だってそんなことになったら嫌なんですから」
「そうだな。すまない。だが、そうか。シシュティの奴らがここを滅茶苦茶にする可能性があるのか――それは許せないな」
ここは私の心の拠り所だと言ってもいい。ここが酷い事になったら、本気で暴れるぞ。
「はい、許せません。ですので、この迷宮都市からできるだけシシュティ商会の奴らを排除しましょう。アイツらは脅したり、お金をばらまいたりして票を入れさせるくらいなんとも思っていません。こちらもそれ相応の対応をしませんと」
「……駄目なのか? 選挙ってそう言うものじゃないのか?」
「……勉強してください。ただ、今回は相手と同じような手を使って現市長を選挙で勝たせます。メイドギルドにも依頼しましょう。手段は選びません」
そうか。選挙ってどんな手を使ってもいいから賛同を得るものだと思ってた。お金を使ったり、物理的な説得をしたりするのはダメなのか。
「分かった。今回は勉強する暇がないから、その辺りはアビスに任せる」
「畏まりました。ではフェル様は市長選前までに管理者達の再起動をお願いします」
「そうなのか? もしかしてイブに動きがあったのか?」
「いえ、まだありません。ですが、シシュティ商会や不死教団が弱体化すれば、出てくる可能性はあります。市長選で商会と教団に止めを刺すつもりですので、それまでに準備を整えておきましょう」
そうだな。あまりダラダラとやるつもりはない。市長選の日を目指して商会と教団を潰すプランにしよう。
期限は一ヶ月だ。それまでにすべての準備を整える。
「なかなか面白いお話をされていますな」
店の奥から男が戻って来た。首尾はどうだろう?
「本店はなんと言ってた?」
「フェル様のお名前を出したら、すぐに回答をくださいました。フェル様の案にのるとのことです」
「そうか。なら、これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします。それとこちらをお持ちください」
少し古びた袋を渡された。どうやら魔道具のようだが、なんだろう?
「それはヴィロー商会が預かっていたフェル様のお金です。ヴィロー商会がダンジョンの管理をしていた時に利益の一割をフェル様の取り分にしておりまして、それをその袋にずっと入れていたとのことです」
袋に入れていた? ああ、亜空間の魔法が付与されているのか。
「この金には手を付けなかったのか? 私は三百年ほど行方不明だったはずだが」
「魔族の皆様へ食糧を届けるために預かっていたお金です。そして私達は食糧供給をすることができなくなってしまいました。それなのに、そのお金に手をつける事があっては商人を名乗れませんよ」
そうか。ヴィロー商会はいまでも信頼できる商会のようだ。ラスナ達の意思がちゃんと受け継がれているんだな。
「なら、どれだけ入っているのかは分からないが、このお金はヴィロー商会に投資する。好きに使ってくれ」
「……よろしいのですか?」
「構わない。もしかしたらあまり入っていないかもしれないからな。ただ、その代わり、さっき聞いていた選挙に協力してくれ」
「現市長を再当選させる話ですね? 当然です。協力させて頂きます」
「よろしく頼む。それとメイドギルドもこちらの味方だ。店に華やかさがないからな、何人か雇って店番をしてもらうといい。それとアビス」
アビスが頷いてから店のカウンターに近づいた。そして亜空間から色々な物を取り出す。
高品質な武具、そして巨大な魔石。武具はドワーフのグラヴェが作った作品だ。オリジナルではなく、アビスが作ったレプリカだが、それほど悪くはないだろう。
「これは――」
「ヴィロー商会にはいい物を安く売ると言うポリシーがあるだろ? シシュティ商会よりも安くしていいから、売りさばいてくれ。客はいないが、この店を任されているなら商人として優秀なんだろ? リハビリがてらに頑張ってくれればいい」
男は目を閉じた後、後ろを向いてしまった。そしてハンカチを取り出して顔の方へ持っていく。すこし時間が経ってからこちらを振り向いた。その顔は笑顔だ。
「年を取ると涙もろくなりますね……ありがとうございます。店がこんな状態になっているにもかかわらず、私を商人として見ていただけることに胸をうたれました。必ずフェル様のご期待に応えましょう」
「よろしく頼む。それと食糧の準備ができたら連絡をくれ。今回は私が魔界へ持っていく」
「畏まりました。あらゆるルートを使って食糧を揃えておきます。明日には用意できると思いますので」
「早くないか?」
どこからここへ来るにも一日以上はかかると思うのだが。
「私共には誰にも負けない配送ルートがあるのですよ。滅多には使いませんが、初代魔女様に作っていただいた商品転送用の魔道具がありますので」
ヴァイアはそんなものを作っていたのか。
「なら頼む。でも、そんなに無理はするなよ。それじゃよろしくな」
「はい。では、またのお越しをお待ちしております」
男は丁寧に頭を下げた。随分と長いが、私達がいる間は頭を下げている気だろう。なら早くでるべきだな。
アビスと共に店を出た。なぜか店の商会紋章に描かれているドラゴンも元気になった気がする。こういうのは気持ちの持ちようなのかな。
よし、次は市長に会いに行こう。選挙運動を手伝うと言っておくべきだからな。
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