遺品

 

 隠れてこちらを見ているフリートに微笑みかけた。そして目線を合わせられるようにしゃがみ込む。


「ちょっとだけ見せてもらうぞ」


 ……やっぱりか。魔法行使不可という害悪でしかないスキルを持っている。そして残念ながらヴァイアが持っていた魔法付与のスキルや瞬間スキル発動のスキルは持っていないようだ。


「二人とも心して聞いてくれ。フリート、お前は『魔法行使不可』というスキルを持っている。残念ながら、どんなに頑張っても魔法は使えない」


「そんな!」


 レヴィアが声を上げた。そりゃそうだな。魔法が使えないと言うのは、はっきり言って不便だ。普通の人に比べて相当劣っていると言ってもいい。


 そして、レヴィアが驚くと言う事は、ヴァイアがそのスキルを持っていた事を知らないのだろう。もう、五百年前の話になるんだ。それが伝わっていなくてもおかしくはない。


「ま、魔法が使えないの……?」


 フリートが泣きそうな目で私を見ている。酷なことを言うが、ちゃんと理解してもらわないとな。


「そうだ、フリート。お前は一生魔法を使う事ができない」


「ふぇ……」


 いかん。泣きそうだ。話を続けないと。


「泣くのは後にしろ。まずは話を聞け。お前達は知らないようだが、ヴァイアも同じだった。アイツも魔法が使えなかったんだ」


 二人とも「えっ」という顔をしている。やっぱり知らなかったか。


「私は十八になってからのヴァイアしか知らないが、ヴァイアは相当努力したのだろう。魔法を使う事はできなかったが、魔道具を作ることができるようになっていた。そして魔術師ギルドのグランドマスターになって多くの魔道具を作り出したんだ」


 二人は驚いたままだ。私も当時は驚いた。あのスキルを後天的に覚えるって異常だと思ったものだ。


「フリート。必死に勉強しろ。いまはまだ子供だから無理をする必要はないが、大きくなったら寝る間を惜しんで勉強しろ。術式理論や空間座標の計算、ありとあらゆる知識を身につけろ。そうすれば、お前もヴァイアのようになれる。たとえ、魔法が使えなくても、魔道具を作れるようになるかもしれないぞ。お前の先祖であるヴァイアは身をもって証明した」


「それは嘘なんだよね……?」


「いや、嘘じゃない。本当の事だ」


「で、でも、初代魔女様は――」


「フリート、ダメよ。私達がそれを言ってはダメ」


 フリートの言葉をレヴィアが遮った? 何を言おうとしたんだ?


 そのまま、レヴィアは私の方を見てお辞儀した。


「フェルさん、ありがとうございました。娘が魔法を使えない理由が分かったので十分です」


 なんだ? レヴィアは諦めたような顔をしている。勉強をさせるつもりはないと言う事か?


 レヴィアは部屋にある机の方へ歩き、何かを持って来た。


「これはヴァイア様の遺品です。昔の物ですが、もう必要ありませんので、フェルさんがお持ちください」


「……何を言っている。これはお前達が持っているべきだろう。ヴァイアがお前達のために残した物じゃないか」


 見た限り、全部魔道具だ。これはどうみてもヴァイアが子孫のために残した物だろう。


「いえ、もういいのです。遺品である魔道具は使い方も分かりませんし、色々と諦めがつきました」


「諦めがついたってなんだ?」


 レヴィアは何も答えない。辛そうに下を向いているだけだ。


 どうしてやればいいのだろう。何が何なのか分からない……よし、遺品を使ってみるか。メモ帳を見た限りだと、この遺品に魔力を込めるようにも書かれている。ヴァイアのことだ。子孫のために魔道具を残している可能性が高い。


「遺品の魔道具を使わせてもらうぞ」


 見覚えがある魔道具があった。立体映像を表示する魔道具だ。


 魔道具に魔力を込めて、再生した。それを床に置く。


 魔道具から光が立ち昇った。その光の中にはヴァイアがいる。若い頃のヴァイアだ。多分、二十代半ば。そのヴァイアが優し気に微笑んでいる。


「フェルさん! こ、これって!」


「ヴァイアだな。そしてこれは立体映像を保存しておく魔道具だ。おそらくお前達宛てのメッセージがあると思うぞ」


「きれい……」


 フリートがそんなことを呟いた。ヴァイアの事を言ったのか、立体映像を表示するときの光の事を言ったのか分からないが、口をちょっとだけ開けてヴァイアを見つめている。


『え、えーと、初めまして! 魔女のヴァイアれす……です!』


 緊張し過ぎだ。ああ、でも、ヴァイアだ。夢で見ていたが懐かしいと感じる。そして胸が痛い。


 分かってる、分かってるんだ。人はそんなに長く生きられない。でも、なんで行ってしまったんだ。ヴァイアは長く一緒にいてくれた。でも、最後には置いて行かれた。せめて一緒に行きたかった。皆がいるであろう場所に。


『これを見ていると言う事は何か問題があったんだね? でも、ごめんね。これを見ている時点で私では助けられないと思うんだ。だから助けてくれそうな人を紹介するよ。まずはメモ帳に残したチャンネルに念話を送ってみてね』


 こんな若いころから私に頼る気マンマンだったのか? いや、モスが生まれた頃か? ヴァイアの子供達のために、残しておいたものなのだろうか。


『その人は魔族で、最初は嫌がるかもしれないけど、ちゃんとお願いすれば、なんでもやってくれるんだ。そうそう、依頼するときには美味しい物をご馳走するようにしてね』


 都合のいい女みたいな言い方しやがって。それに美味い物だけでは釣られないぞ。多分。


『その人はね、フェルちゃんって名前で私の大事な親友なんだ。フェルちゃんはね、すっごく優しいんだよ。そしてものすごく強いんだ。私の知り合いは皆、フェルちゃんに助けられたんだ。だから、本人は嫌だ嫌だと言っても最後は助けてくれるから安心だよ』


 優しくなんかない。それに強くもない。私は皆に会えなくなってダメになってしまった。夢に逃げて、何もせずに引きこもり、最後にはすべてを忘れようとした。


『どんな大変な事があったのかは分からないからアドバイスはできないけど、フェルちゃんなら必ず何とかしてくれるから、大船に乗ったつもりでいるといいよ。それじゃどんなことがあってもくじけないようにね。諦めなければ、必ず道は開けるからね!』


 そう言って光の中のヴァイアは手を振った。どうやらここまでで終わりのようだな。


「す、すごい! こ、こんな魔道具をどうやって……! それにあれがヴァイア様! すごい! すごすぎる!」


 なんだかレヴィアが興奮している。一体どうしたんだ?


「えっと、フェルちゃん?」


 フリートが私のズボンをちょっとだけ引っ張りながら私を呼んでいる。


「どうした?」


「フェルちゃん、泣いてるの? 痛いの?」


 泣いている? 私が? ……そうか、泣いていたか。


「ちょっと目にゴミが入ってな」


「そっか、大きなゴミだったんだね」


 そう言ってフリートはハンカチを渡してくれた。


 その言葉に少しだけ言葉を詰まらせてしまった。ヴァイアもあの時そう言った。この子はもしかしたらヴァイアの生まれ変わりなのだろうか……いや、そんなことはないか。たまたまだ、偶然だろう。だが、ヴァイアの何かがこの子に受け継がれているようで嬉しく思う。


「あ、あの、フェルさん」


「レヴィア、もう大丈夫か? 踊りだしそうな雰囲気だったぞ?」


「は、はい、大丈夫です。その、やっぱり後で別の相談にものってくださいますか? 今の魔道具を見て、考えを改めました」


「他にも相談事があるのか? もちろん構わないぞ。そのつもりで来たんだしな。後じゃなくて今すぐでもいいけど」


「あ、いえ。その、フェルさんはヴァイア様と話をされたいのかな、と思いまして。この応接室を使ってください。私達は隣の部屋におりますので」


 そうか、これは気を使ってくれているのだろう。なら少し甘えるか。久しぶりにヴァイアを見たからかな、ちょっと話をしたいと思った。


「分かった。ならそうさせてくれ。しばらくヴァイアと話でもする」


「はい、そうしてください。それじゃ、フリート、お母さんと一緒に部屋を移りましょうね」


 フリートは頷いてから、「後でまた魔女様を見せてね」と言い、レヴィアと部屋を出て行った。


 改めて魔道具に魔力を込めて、立体映像を再生させる。


 ヴァイアは先程と同じことを言い始めた。それを最後まで見てから、そのままになっているヴァイアに頭をさげた。


「ヴァイア、私を強いと言ってくれたけど、そんなことはないぞ? 私は弱かった。強い奴が、何百年も夢に逃げる訳がない」


 ジョゼ達が意識を失くしたのが、ヴァイアが亡くなってから百年後ぐらいだ。そしてヴァイアのメモ帳が五百年くらい前ということなら、私は三百年くらい寝ていたのだろう。


「夢の中でお前達に会ってた。幸せだった時の事を思い出して夢を見ていたんだ。お前達の前では強がっていただけだと理解したよ。追い込まれて、本当の自分が出てきたら、私は寂しがり屋で、臆病者で、卑怯者だった」


 今でも覚えている。皆に置いて行かれて寂しかった、魔王様には何で助けてくれないのかと恨みもした、そして全てを忘れようとした。


「そっちで皆は私をどう思ってる? 私を笑っているか? それとも愛想が尽きたか? それとも貶しているか? ……なんでもいい。どう思われてもいい。もう一度お前達に会いたい……私はもうダメだ、今は辛うじてレヴィア達の事があるから生きていられる。でも、それが終わったら私は生きる気力を失くしてしまう。もう、何もかもが辛いんだ」


 本当に情けないな。もういない相手にこんなこと言うなんて……レヴィア達が待ってる。話を聞きに行くか。


『大丈夫だよ』


「え?」


 ヴァイアの声が聞こえた。まさか、立体映像がしゃべったのか?


『ここまで再生できるのは、フェルちゃんか私くらいだよ。普通の人ならここまで再生できないんだ。だからもう適当にしてて大丈夫だよ』


 なんだ? 何を言ってるんだ?


『そうなのか? じゃあ、録画、だっけ? それを止めちまえばいいんじゃね?』


 リエルだ。リエルの声、それにリエルの姿が現れた。


『リエルちゃん、始める前にヴァイアちゃんが言ってたでしょ、込めた魔力を元に戻すことはできないって。だから止められないんだってば』


 今度はディアだ。ディアの声と姿が映った。


『勿体なくねぇか? 時間になるまでメッセージを入れてやればいいじゃねぇか』


 もしかすると、映像を記録し終わったあとも、まだ録画が続いているのか?


 そうか、録画は一人じゃ難しいと聞いたことがある。ヴァイアはディアとリエルに手伝いを頼んでいたのだろう。必要な部分の録画が終わったから寛いでいるようだ。


 ああ、ディアとリエルも若いな。夢で見ていたのに懐かしいと思う。こうやって四人が集まっていると、色々思い出せる。これにメノウやアンリ、スザンナがいれば完璧なんだけどな。


『お、いい事思いついたぜ! ここまで再生できるのは、ヴァイアかフェルくらいなんだろ? ならフェル向けのメッセージを残そうぜ! 不老不死なんだからいつか見るかも知れねぇだろ?』


 私向けのメッセージ?


『リエルちゃんの割にはいい案だね!』


『おう、ディア、俺の割にはってどういう意味だ。喧嘩売ってんのか』


『もう、二人ともやめて。それとリエルちゃんの案はすごくいいよ! 実際にフェルちゃんがこれを再生するかどうか分からないけど、メッセージを残しておこうよ!』


 本当に私へのメッセージがあるのか? 何を言ってくれるんだ?


『よし、俺からな。あー、フェル、これを再生した時の状況は知らねぇが、魔王を見つけてイチャラブしてんじゃねぇだろうな? そんなことはお天道様が許しても、俺が許さねぇからな!』


『何でリエルちゃんはいきなり喧嘩腰なの。えっと、ディアだよ。フェルちゃん元気? 服はまだちゃんと着れてるかな? ニャントリオンブランドの第一号なんだから大事にしてね! 他の服に浮気したら許さないよ!』


『ディアも喧嘩腰じゃねぇか。フェルの奴が見てたら呆れんぞ?』


『もー、二人ともフェルちゃんがこれを再生している状況をちゃんと思い浮かべてメッセージを残しなよ……フェルちゃんは、これを見ていたとしたらどんな状況かな? 魔王さんは見つかった? イブって人やセラって人にも勝ったのかな? もしかして、魔王さんと結婚して子供もいたりするのかな!?』


『おう、フェル、さっきも言ったが、そんなことは許さねぇぞ。あ、でも、未来の俺が結婚してたら許す』


『それって実質許してないのと一緒だよね?』


『はい、二人ともストップ。なんでフェルちゃんへメッセージを残そうとしてるのに喧嘩してるの。じゃあ、改めてっと。もしかしたらフェルちゃんはまだ魔王さんを見つけてないのかもしれないね。でも、フェルちゃんなら大丈夫だから! どんな困難もフェルちゃんなら一撃だよ! だって、私の自慢の親友だからね!』


『おう、そうだな。フェルならどんなに苦しくても何とかしちまうだろうからな。なんてったって俺の親友だからな!』


『それには同意かな。フェルちゃんは私の親友でもあるしね。それにフェルちゃんにはずっとニャントリオンの宣伝をしてもらうから、負けたり引きこもったりしないでね』


『どんな状況か分からないけど、もし大変だったとしても、フェルちゃんなら何とかなるよ。だから頑張ってね!』


『そうだ、頑張れよ! 俺もいい男と結婚できるように頑張るからよ!』


『私もニャントリオンを大ブランドにできるように頑張るよ。どっちが先に叶えるか勝負だね!』


『……なあ、ノリと勢いでメッセージを残したけど、フェル以外が見たら、俺達って馬鹿っぽくね?』


『大丈夫だって。さっきも言ったけど、私やフェルちゃんくらいしかここまで再生できないから、他の人には見られないよ』


『あれ? でも、リンちゃんなら将来やれそうじゃない? 魔力量がすごいよね?』


『あ――』


 そこで再生が切れた。


 これってメッセージか? どういう状況を見越してこれを残したんだろう?


 それはともかく三人とも勝手な事ばかり言いやがって。何が頑張れだ。


 辛いんだぞ? 苦しいんだぞ? ……お前達がいないんだぞ?


 ……でも、そうか。親友達が私に頑張れと言っている。これからも苦しいことは多いだろう。辛いことも悲しいこともあると思う。でも、アイツらから頑張れと言われたら、頑張るしかない。


 せめて親友の前では格好良くありたいからな。

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