魔王の力

 

 もう随分と遅い時間だ。食堂の客もまばら。すでに夕食は終わり、皆で少しだけアルコールの入った飲み物を飲んでいる。


 私だけはアルコールなしだ。既に二十どころか、三十を超えているが体は十五のまま。不老不死だからアルコールでどうこうなることもないが、世間体というか見た目の都合で飲まないようにしている。


 コイツらは酒癖が悪いわけじゃないんだけど、酒が入ると色々言い出すからな。しかもリエルは説教と言った。絡まれる感じなんだろうか。


 リエルが飲み物をコップの半分ほどまで飲み干してから、皆の事を見渡した。


「それじゃまず多数決だ」


 多数決? なにをするんだ?


「フェルが自分の事を『私なんか』と言うと、イラッとする奴は挙手」


 リエルはそう言うと勢いよく右手をあげた。


 さっきの話だな。私が自分を卑下した感じになるとムカつくとか。軽くだけど二回も足を蹴られた。忘れんぞ。


 ――全員が手をあげてる。おいおい。


「ちょっと待て。なんで全員が手をあげてる? 全員イラッとしていたって意味なのか?」


 リエルが勝ち誇ったようにこっちを見た。


「ほら見ろ。フェルの言葉に皆がムカついてんだよ。今日の夕食代はフェルの奢りな?」


「これは不当だ。お前ら何か示し合わせていたんだろう? 全員が私の言葉にイラッとするってどういうことだ?」


「見ての通りだろ? 他の奴らがどう思ってイラッとしているのかは知らねぇぜ? でも、フェルからそういう言葉を聞くとイラッとするという事だけは間違いねぇよ」


「分かった。なら何にイラッとしているのか言え。それが私に非があることなのか確認したい。最初はリエルからだ」


「おう、いいぜ。言ってやる。まず一つ目は、たとえ自分自身のことでも俺の親友の事を悪く言うことが許せねぇ」


 酒が入っているせいなのか随分と恥ずかしいことを言ってきたな。というか、一つ目って。二つ目があるのか?


「二つ目。俺はフェルに何度も救われてる。そのお前が自分は大したことがない、みたいな事を言うと、助けられた俺の立場はどうなるんだって話だ。フェルが自分を卑下しているときは、間接的に俺のことを馬鹿にしている感じになってるんだよ」


「待て待て。リエルの事をそんな風に思ったことなんてない。そもそもリエルは私よりもはるかに優秀だろ? 人界で最高峰の治癒魔法が使えて、孤児院をちゃんと経営して、誰からも好かれてる。さらには聖母という聖人扱いされているじゃないか」


 リエルは盛大なため息をついた。


「そんなことはフェルに比べたら大したことじゃねぇんだよ。お前は女神教を潰して俺を救ってくれたじゃねぇか」


 ああ、リエルの中ではそうなってるんだな。それは事実じゃない。ちゃんと説明してやろう。


「いいかリエル。あの時、私は何もしてない。リエルの洗脳を解いたのは魔王様の技術をアビスが使っただけだ。女神がいなくなったのも、魔王様が色々とやってくれたからああいう結果になっただけだ」


「フェルが何もしてない訳がないだろ? お前が俺を助けに来てくれたんじゃねぇか? まさかそれが魔王の命令だったとか言わねぇよな?」


「命令なわけがあるか。私の意思で助けに行ったに決まってる」


 あの時もらった手紙もいまだに亜空間の中だ。何となく捨てられない。いや、何となくじゃないな。私にとって大事な手紙だから捨てられないんだ。


「いいか、フェル。女神教に喧嘩を売ってまで助けにくるなんて、普通の奴はしねぇんだよ」


「その考えも間違ってる。私には魔王の力があった。だから助けに行こうと考えられたんだ。以前も言ったと思うが、この力はイブに与えられたものだ。私が努力して手に入れた力じゃない。もっと言えば、私の力じゃない。この力が無ければ、リエルを救いに行こうと思わなかったかもしれない」


 力を持っているからこそ行動できたということだ。力が無ければ、私はタダの魔族。人族よりも身体能力あるだろうが、それだけだ。


 そう思っているのだが、リエルは違うらしい。リエルは首を横に振った。そして真剣な眼差しで私を見つめる。


「フェルは来る。もし魔王の力が無かったとしても、お前は俺を助けに来る」


「えっと……?」


 私が否定してるのに、なんでリエルが断言するのだろう?


「フェル、俺達は十年以上の付き合いだ。親よりも一緒にいるから分かる。フェルは力があるとかないとか関係なく俺を――いや、困っている知り合いがいるなら必ず助けるはずだ。俺はフェルのそう言うところは絶対に敵わねぇと思ってる。そんなすげぇ奴が、自分を卑下しているのを聞くと、ムカつくんだよ」


 私自身がまったく納得できない形でムカつくとか言われた。


 私が力のあるなしにリエルを救いに行くはず? これって私がアンリにしているっていう理想の押し付けと同じなんじゃないのか?


 もしかして、私がアンリにそういうことをしてるんだぞ、と分からせるために言っているのだろうか。私に対する理想を言って、私にそうするはずだ、と決めつける、か……なるほどな。


 確かにそうなのかもしれない。私もアンリにそういう理想の押し付けをしていたのかも。アンリなら私が直接力を貸さなくても最高の王になれると思ってる。だから私が力を貸す必要はない、と決めつけていたのかもしれないな。


「リエル、お前の言いたいことは分かった。皆の言う通り、私はアンリに自分の理想を押し付けていたのかもしれない。それがようやく分かった気がする」


「ああ? 今はそんな話はしてねぇだろ? 話を聞いてねぇのかよ?」


 あれ?


「いや、その、あれ? リエルは私がアンリに理想を押し付けているってことを分からせるために、そう言ってくれてたんじゃないのか?」


「なんの話だよ? アンリに理想を押し付けてるって話はさっき終わったろ?」


「えぇ? いや、これまでの話の流れからすると、リエルが私に理想を押し付けているよな? 私に力が無くても助けに来るっていうのはリエルの理想だろ?」


 リエルにやれやれというポーズをされた。その態度には私もムカつくんだが?


「じゃあ、多数決な。フェルは力が無くても助けにくると思う奴は挙手」


 全員手をあげやがった。何の迷いもなく、ビシッと手をあげている。


 そしてリエルがほら見たことかという顔になった。


「決まりだな。俺はフェルに理想なんか押し付けてねぇ。フェルがそういう奴なのは、皆の共通な認識だ」


「その皆の中に本人が含まれてないだろうが」


「だから自己評価が低いって言ってんだ。ヴァイアだって、ディアだって、メノウだってフェルの事はすげぇ奴だと思ってんだ。お前だけなんだよ、フェルが大したことねぇと思ってるのは」


 横暴な理論のような気がする。


 でも、とりあえず聞いてみるか? 私がすごいというのは本当なんだろうか。


「ヴァイア、私ってどういう評価なんだ?」


「強くて、恰好よくて、やさしい、かな? フェルちゃんは感謝されるのが苦手だから何をしても自分の力じゃないっていう癖が付いてると思う。もうちょっと自分の手柄を誇るべきだと思うな。そうしてくれないと、フェルちゃんがやったことで救われた人達が誰に感謝していいのか分からなくなっちゃうよ」


 全然的外れな評価をしていると思うんだがヴァイアはそんな風に思っているのか……とりあえず、他にも聞いてみよう。


「ディアはどう思ってる?」


「概ねリエルちゃんとヴァイアちゃんと同じ評価だね。追加で言うなら、いまだに素材の買い取り三割引きだよね? あれって店がどんなに大きくなっても変えるつもりないでしょ? それに、いっつも『気にするな』とか『ついでだ』って言ってるけどさ、あの素材ってついでで手に入れられるような物じゃないよね? ダンジョン攻略中にたまたま手に入れたとか言ってるけど、そんなわけないよね?」


 バレてた。確かに素材を目的として寄り道することがある。隠し事がバレるってかなり恥ずかしい。


「言い方は悪いけど、フェルちゃんはおせっかいやきだよね? もちろん感謝してるよ? 人知れずに色々やってくれるのは感謝してもしきれないくらい。だから私もフェルちゃんが『私なんか』なんて言うと針で刺したくなるね!」


 笑顔でそんなこと言うな。でも、そうか、感謝してる、か。


「それじゃ、メノウは――言わなくていいや」


「なんでですか! 言わせてください! 一日中だってフェルさんのすごいところを話して見せますよ!」


「だから言わなくていいんだ。なんとなくメノウが私に対してすごいと思ってるのは分かってるから」


 多分、話し出したら止まらない。夜も遅いんだ。徹夜とかは嫌だ。


 とりあえず、皆は私を評価しているんだろう。でも、それって過大評価だと思う。


 そう考えていたら、リエルが飲み物を飲みほしてから私の方に手を回してきた。ちょっと酒臭い。


「フェルは俺達全員を救ってくれた。命の恩人だと言えるわけだ。最初は偶然に助けただけだったかもしれねぇ。でも、それ以降も俺達を色々な形で助けてくれただろ? そんなフェルが『自分なんか』なんて言ってたらムカつくじゃねぇか? それに俺達が自分の事を『自分なんか大したことない』なんて言ったら、フェルはどう思うよ?」


「……まあ、ムカつくな。そして、そんな事はないと言い聞かせるつもりだ」


 皆、それぞれの分野の第一人者と言ってもいい。そんな皆が大したことないなんて言うのは間違ってる。


 ……皆も私にそう思ってくれているのか。ありがたい話だな。


「皆の気持ちは何となく分かった。これからは自分を卑下しないと誓おう」


 私が自分を大したことないと思っているのは、自分の力で得たものがないからだと思う。どんな知識も技術も、全ての起点が魔王の力だ。そもそもこれから全部始まってる。


 なら、この力に頼らない力を手に入れる……いや、違うな。逆だ。魔王の力を完全に私の物にするんだ。昔から自分の物じゃないと思っていたからダメなのかもしれない。


 これはイブから与えられたものだ。だからと言って、この力に問題があるわけじゃない。なら、禁忌にする必要もない。力は力だ。


 アビスと相談して魔王の力をしっかり把握しよう。そして私の物にするんだ。


「皆、ありがとうな。今後の方針が決まった気がする。私はもっと自分に自信が持てるように頑張るつもりだ」


 いままで自信がなかったのか、と色々とツッコミを入れられたが、皆、笑顔だ。私も笑顔だろう。夕食代を奢るくらいどうってことない。私の今までのモヤモヤも全部なくなった。これからまた忙しくなるな。


 でも、その前にアンリの件を何とかしないといけない。次にスザンナが来たらちゃんと話をしよう。でも、結構怒らせたからもう来てくれないかもしれないな。私の方から行くのもどうかと思うし……どうしたものかな。

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