エゴ

 

 妖精王国の食堂、いつものメンバーといつものテーブルに座っているのだが、今、私は皆に見つめられている。私の答えを待っているのだろうか。でも、何も答えられない。まずは整理しないと。


 私がアンリに自分の理想を押し付けている?


 アンリに私以上の王になれと思ってる?


 今、アンリを助けたら最高の王になれないから手伝わない?


 アンリに私やディーンと同じような苦労をさせたくない?


 これらの事があるから手伝わない?


 分からない。分からないけど、苦労させたくないのはその通りだ。アンリにつまらない苦労をさせる訳にはいかない。


 ディーンを見ていれば誰だって分かる。


 私が帝位簒奪を手伝い、簒奪後もディーンは魔族と共に帝国を盛り立てた。結果、どうなった? ディーンには何の力もないと思われた。そして不名誉な二つ名が付いたんだ。


 そんな不名誉な二つ名がアンリにも付いたらどうする気だ。だから私は手伝わないし、他の魔族にも手伝わせていない。手伝わせているのは従魔だけだ。これだって本当は良くないかもしれないが、トランの戦力を考えたら当然のサポートだと思う。


 やっぱり私に非はない。皆の勘違いだ。


「皆に言われて考えたが、そんなことはないと思うぞ。私がアンリを手伝わないのは、ディーンと同じ道を歩ませたくないからだ。理想の押し付けとかしてない……はず」


 ディアが半眼でこちらを見た。


「そうかな? アンリちゃんに変な二つ名が付かないようにしようとしているだけじゃない?」


 するどいな。でも、当然だろう。アンリに変な二つ名を付けたら、つけた奴に殴り込みをかけるぞ。


「ディアの言う通りだ。アンリに不名誉な二つ名が付かないようさせるための対策だ」


「それは誰のため?」


「誰のため? そんなのアンリのために決まってるだろう? アンリのことなんだぞ?」


「私からすると、フェルちゃん自身のためだと思うな」


「私自身? 何でそうなる?」


「アンリちゃんが最高の王になれないから、かな?」


 ディアはさっきから何を言っているのだろう? いまいち話がかみ合っていないような気がするけど。


「すまんが何をいっているのか分からない。理解しようとはしてるんだぞ? でも、ディアの言っていることが理解できないんだ」


「私の印象なんだけどね、フェルちゃんはアンリちゃんをプロデュースしている感じなんだよね」


「プロデュース?」


「私がヤトちゃんをプロデュースするって言ったことがあったよね?」


 アイドルグループとしてのニャントリオンだな。確かにそんなことを言っていた気がする。なんとなく覚えてる。


「ヤトちゃんにはこういう風になってほしいとか、ああしてほしいとか、私の理想があったわけだよ。プロデューサーとしてね」


「それが何だ?」


「フェルちゃんも一緒じゃない? アンリちゃんにフェルちゃんの理想通りになって欲しいっていう気持ちが何となく伝わってくるんだよね」


 ディアは一度飲み物を口に含んだ。


 その間に何か言い返そうかと思ったのだが、何も言えなかった。そう、なのだろうか?


「フェルちゃんはさ、三年前、アンリちゃんに色々アドバイスしていたけど、物語のような王道展開って言えばいいかな、それをアンリちゃんにやらせようとしている気がするんだよね」


「王道展開……?」


「筋書きはこんな感じかな。アンリちゃんは頼りになる仲間、信頼できる仲間を見つけ、苦難の末に王位を奪い返す。そして新たな王となり、助け合った仲間と一緒に国を栄えさせる、ってところだね」


「なにを言って――」


「細かい筋書きはどうか知らないけどさ、アンリちゃんにそういう正しい道を歩んで欲しいと思ってるんでしょ? そしてその筋書きの中のアンリちゃんは、フェルちゃんに力を借りようとするような弱さは持ってない。完全無欠の――なんて言えばいいかな……そう、主人公だね、物語に出てくるような完全無欠の主人公をアンリちゃんにさせようとしているんじゃないかな?」


 ディアは何を言ってるんだ? 物語の主人公? 私がそんなことをアンリに求めている? そう言う筋書きになる様に、私がアンリにアドバイスしていた?


「ディア、ずいぶんと長く話してくれたが、私はそんな風には思ってない。そんなことを言われてびっくりした。その考察は全く違うぞ? 皆も的外れだと思うだろ?」


 そう言って皆の顔を見渡すと、全員が納得したって顔をしている。嘘だろ。


「なるほどな。フェルの中のアンリは、フェルに手を貸してほしいとか言わない奴ってなってるのか。なんやかんや言ってアンリに直接手を貸そうとしないのは、フェルの中にある理想のアンリと現実のアンリが乖離しないようにか」


「待て、リエル。違う、全く違うぞ。私はそんな風に思って――」


「でもよぉ、アンリに苦労させたくないとか言っておきながら、この三年間、アンリに仲間集めの苦労はさせているだろ? 本当に苦労させたくないなら、フェルが知り合いに頭を下げてアンリの味方をしてやってくれって言うこともできたはずじゃねぇか?」


「いや、そんなことをしたらアンリが立派な王になれないだろ?」


「立派な王になる必要があるのか? 普通の王でもいいと思うぜ?」


 普通の王? アンリが? そんな馬鹿な。


「何を言ってる。アンリが普通の王で収まるような奴か。アンリは歴史に名を残すような――」


「ほら、それだよ、フェル。お前、アンリに歴史に名を残すような王になって貰いたいと思ってんだろ? いや、なって貰いたいとは思ってねぇな。そうなるべきだって思ってる。違うか?」


「いや、それは……」


 なんだ? なんで私は言い返せない? もしかしてディアやリエルの言う通り、私はアンリに自分の理想を押し付けて、そうなる様に誘導していたのか? 自分でも気づかないほど無意識に、そうなる様に仕向けていた?


「私ね、ノストさんと喧嘩したことがあるんだ」


 ヴァイア? いきなり何の話をしてるんだ?


「リンちゃんとモスちゃんに私が術式理論を教えていたら、ノストさんが怒ってね。それで喧嘩。あれが最初の喧嘩だったかな?」


「ヴァイア、一体何の話をしている? 今それどころでは――」


「まあ聞いて。私、二人が天才だって言ってたじゃない? だから私の知っている知識を全部教えようとして、ものすごい勉強をさせたんだ。二人とも才能はあったから教えたことを何でも吸収してくれてね。私も嬉しくなって時間を忘れて勉強させたんだよ」


 もしかして、それは私とアンリの事に例えているのか?


「勉強中にノストさんが家に帰って来て、二人を見てすぐに私を怒ったんだ。二人がこんなに辛そうな顔しているのに気づかなかったのかって……気付かなかったんだよね。嬉しくて」


 子供達の辛そうな顔に気付かなかった? あの子煩悩のヴァイアが?


「子供達が自分の期待に応えてくれるとさ、際限なく期待しちゃうよね。でも、それは自分のエゴなのかなって思う」


「自分のエゴ……」


「アンリちゃんは優秀だからね。フェルちゃんが色々と期待しちゃうのはよく分かるよ。でも、それはアンリちゃんが望んでいることなのかな?」


 私の期待とアンリの望みは違う、か。そんなことは言われなくても分かってる……はずだ。


「フェルちゃんがアンリちゃんの望みを全て叶える必要はないと思う。でも、戦って欲しいと言っているわけじゃないんでしょ? そばに居て欲しいという望みくらい叶えてあげてもいいと思うな」


「……お前達は皆そう思っているのか? 私はアンリのそばに居てやった方がいいと?」


「アンリの軍団には俺の子供達も一緒にいるんだよ。衛生兵ってヤツだな。アイツらのことを考えると、フェルがアンリのそばに居てくれた方がいいと思う。軍団の士気がかなり上がる」


「あ、魔術師ギルドの会員も参加してるんだよ。できればお願いしたいかな」


「うちのロゴマークつけた装備を提供しているからね、アンリちゃんが絶対に負けない条件を満たしていて欲しいとは思ってるかな」


「メイドギルドからもかなりの数が参加していますので、お願いしたいとは思っています」


 なんだ。皆それぞれ理由があって私をアンリの下へ送りたいのか。なら今までの話は嘘――いや、それはないか。言われてそうかもしれないと思えるものが結構あった。無意識のうちにそういう風にしていた可能性もなくはない。一度しっかり考えてみよう。


「私なんかいなくてもアンリは王位を奪えそうだが、私がそばに居た方が皆のためにもなるのか。アンリの要請に応えるかちょっと考えてみようと思う。私がアンリに期待を押し付けていたのかどうかも含めてな」


 そう言った直後、テーブルの下でリエルに足を蹴られた。


「何をする」


「なんかムカついたから」


「そんな理由で蹴ったのか? 蹴り返すぞ?」


 そう言ったらリエルに睨まれた。一体なんなんだ?


「この際だから言っておく。最近、フェルは自分の事を『私なんか』って言うことが多くねぇか? 特にアンリと比較するときに、それを言うことが多くなってる気がするぜ?」


「そうか? だが、実際そうなんだから仕方ない――痛! また蹴ったな? 次はカウンター入れるぞ?」


「フェルよぉ、お前はどれだけ自己評価が低いんだよ? ずっと言おうと思ってたんだが、フェルが自分を卑下するたびにムカついてた。丁度いい機会だから説教してやるぜ」


 リエルが私に説教? なんだか今日は色々あるな……仕方ない、とことん付き合うか。

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