理想

 

 今日はアビスの中にある「何もない部屋」で旧世界の事を調査した。


 当時の事について書かれている物を何百と読む。書かれている物は本ではなく、旧世界の魔道具だ。本と同じくらいの大きさであるにもかかわらず、そこに記憶されている内容は本で換算したら何万冊分の情報がある。


 結構な量があるため、いまだに読み終わらない。というか、読み終わるのだろうか……いや、私にはいくらでも時間がある。じっくり情報を得よう。


 とはいえ、目が痛くなってきた。今日はここまでにしよう。


 手を上にあげて体を伸ばす。この後は妖精王国で夕食にしようと考えていたら、アビスが話し掛けてきた。


『フェル様、スザンナ様がいらしてます』


「またか。アイツも懲りないな。なら今日はもう終わるから妖精王国の食堂で待つように言ってくれ」


『畏まりました』


 必要な物を亜空間へ入れて、準備をしてからアビスの外へ転移してもらった。


 外はもう夕方だ。冒険者達もこれからアビスに入ろうとはしないようだ。それぞれ拠点としている宿に帰るようだな。いや、その前に冒険者ギルドか。依頼の達成報告とかでこの時間帯は結構込むらしい。ネヴァがぼやいていた気がする。


 広場では冒険者ギルドの外まで列ができていた。建物をもっと大きくしないとダメなんじゃないだろうか。昔を考えたらよくもまあここまで、と感心してしまう。


 そんな冒険者ギルドを横目に妖精王国へ入った。


 いつものテーブルの方へ視線を向けると、スザンナが座っているのが見えた。


 目を閉じて腕を組んでいる。怒っているというか、近寄りがたい雰囲気ではあるな。周囲の冒険者たちもスザンナの方をチラチラと見ているが、話し掛けようとはしていないようだ。美人なのに勿体ない気がする。


「待たせたか?」


 座っているスザンナにそう話し掛ける。


 スザンナはゆっくり目を開けてから、こちらを睨んだ。


「待ってはいないけど、ずっと待ってる」


「意味は分かるが、そういう上手い事を言ったとしても答えは変わらんぞ?」


 そう言うと、スザンナの目つきが更にきつくなった。最近、スザンナの笑顔って見てないな。いや、数年前から見てないか。


 スザンナの雰囲気に怯え気味のウェイトレスがいたので、リンゴジュースを頼んだ。一応二つ。これくらいスザンナに奢ってやろう。


 テーブルにリンゴジュースが二つ置かれた。ウェイトレスは「ごゆっくり」と言ってそそくさと離れて行った。なんだか、嫌な客になっている気がする。


 まあいい。スザンナには話をする前に落ち着いてもらおう。


「スザンナ、私の奢りだ。まずは気持ちを落ち着けろ」


 そう言った後、リンゴジュースを一口だけ口に含む。そして飲み込んだ。味もそうだが、喉を潤す感じが最高だ。ゆっくり味わおう。


 スザンナはコップを掴むと、一気にリンゴジュースを飲み干した。そしてちょっと強めにコップをテーブルに置く。そして改めて私の方を睨んだ。


「なんで来てくれない? アンリは、いや、アンリだけじゃなく、私や皆もフェルを待ってる」


「またその話か。それは三年前から言ってるだろう? 私には呪いがある、そしてアンリが不当な評価をされないように参加しないんだ」


「呪いに関してはもう解決しているはず。トラン国に人族の兵士はいない。フェルが戦争に参加しても暴走することはない」


 スザンナの言うことは正しい。


 トラン国に攻め込んだアンリ達が見たのは、旧世界の技術で作られたゴーレムみたいな兵士だった。トラン国に所属する町に、人族、というか生命体は一人もいなかったそうだ。


 アビスが調べたところ、どうやらトラン国にいた人族はすべて一つの場所へ集められているようだった。アンリからの情報とアビスの調査により、とある遺跡に閉じ込められていることまでは判明している。


 酷いことをするものだ。あれじゃ魔界のウロボロスと変わらない。人族はその遺跡で魔力を作り出すだけの存在として扱われているらしい。町にいるゴーレムみたいな兵士達を動かすために、エネルギーを生産しているわけだな。


 トランにいる人族は、この十三年間、ずっとそうだとアビスが言っていた。つまりトランには国王とその母、そして博士と呼ばれる人族しかいないそうだ。それ以外はすべて遺跡、つまりダンジョンの中に閉じ込められている。


 つまり私が戦争に参加しても人族を殺すような事にはならず、呪いも発動しない。それがスザンナの言う解決なのだろう。


「まあ、そうだな。トランには戦えるような人族はいないだろう。私が戦争に参加しても暴走することはない」


「だったら……!」


「でも、いまさら私は必要ないだろ? 確か、後は王都とその周辺の町だけのはずだ。そこを解放したら終わりなんだから、私なんかに頼らずに今信頼できる奴をそばにおけばいい」


「アンリは他の誰よりも、フェルにそばに居て欲しいと思ってる!」


 スザンナがテーブルに手を叩きつけて怒鳴った。周囲の客がこちらを見るが、すぐに目を逸らす。ここのところ、これは日常茶飯事だからな。毎日のようにスザンナはここへ来て同じようなことを言う。私も同じ回答だけど。


「……ごめん」


 スザンナは怒りの顔から一転、申し訳ない様に項垂れた。最近、スザンナは情緒不安定な感じだ。トランへの侵攻に問題はないはずなんだけど……いや、私が怒らせているだけか。


「でも分かって。アンリはいつだってフェルに居て欲しいと思ってる。会議でもなんでも、皆で話し合うときに、アンリはいつも自分の左隣を一人分空けてる。あれはフェルの場所。誰も何も言わないけど、誰もが分かってる」


「……そうか」


「それにアンリは笑う事が少なくなった。笑ってもすぐに遠くを見つめて寂しそうにする。見る方角はいつも同じ。この町の方を見てる」


 町と言うよりも私を見てるってことか。そう言われて嬉しいと思う反面、ちょっと心配になる。


「フェルに戦えなんて言わない。アンリのそばに居るだけでいい。私もアンリを支えているつもりだけど、今、アンリに必要なのはフェル。このままでもアンリは王位を取り戻せると思う。でも、そこに達成感と言うか、喜びがない。アンリはフェルと一緒に国を奪い返したいと思ってるはず」


「達成感に喜びか……アンリがそう言ったわけじゃないから、ここで言っても意味はないんだが、王になるのにそれが必要か?」


「え……?」


「アンリが王になる決意をした理由はなんだ? トラン国の国民を幸せにしたいとか言ってたはずだぞ? 従魔達の話ではトラン国の状況を見て、さらにその気持ちが強くなったとも聞いた。それだけの理由があるのに、達成感とか喜びが無いってなんだ?」


 スザンナは黙ってしまった。ここでスザンナに言っても仕方ないんだけどな。そもそもアンリがスザンナの言う通りなのかも分からないし……でも言っておこう。本当にそう思っている可能性もある。


「アンリが王になろうとしているのに、私がいるとかいないとかでモチベーションが変わるのか? 何のために王になるのかをもう一度よく考えろ……アンリにはそう言っておけ。話は終わりだ」


 スザンナは小刻みに体を揺らしてから、勢いよく立ち上がり、何も言わずに去って行った。


 私って嫌な奴だな。スザンナは頭を下げてお願いに来てるのに、それを何度も追い返すとは。


 本当は助けに行ってやりたい。でも、ここで私が手を貸したら、アンリは私にずっと依存するような気がする。単なる自惚れかもしれないけど、そうなる可能性が高いはずだ。


 アンリはもう十八歳。そして王になろうとしている。だれかに依存するような王はダメだ。


 私も魔王様に依存しているようなものだから、アンリのことを言える立場じゃない。でも、だからこそ分かる。アンリは私なんかとは違うのだから、そんな風になったらダメだ。


 もしかしたら、アンリとの関係は壊れるかもしれない。でも、例えそうなっても仕方ないだろう。私はそれだけの事をしているんだからな。その代わり立派な王になってくれればそれでいい。


 でも、それはそれで、なんとなくモヤっとする。


 残っているリンゴジュースを一気に飲んだ。いつもより美味しくない気がする。


「えっと、フェルちゃん、ため息ついてどうしたの?」


 背後からヴァイアの声がした。


 いつの間に? それにため息? 私はため息をついていたのか。自分で気づかなかった。


「いや、なんでもない。ところでヴァイア、ここのところずっと来てるけどいいのか?」


「うん、魔術師ギルドはクロウさんやオルウスさんのおかげで運営自体は問題ないからね。定期的に魔道具や術式の論文を渡しておけば問題ないよ」


「それはそうだろうけど、子供達は大丈夫なのか?」


「昼間ずっと一緒にいたから大丈夫だよ。それに、こっちの方が心配だし……」


「心配? 何の心配だ?」


「ううん、何でもないよ。今日も皆来るんでしょ。皆で夕食を食べよう」


 この三年間、ずっと町にいたからな。何を約束する訳でもなく、皆で夕食を取ることが多くなった。ヴァイアも転移魔法で良く訪れる。


 でも、最近、なんというか皆の様子がおかしい。言いたいことがあるような顔だ。


 そうこうしている内に、皆が集まって来た。ディアとリエルとメノウだ。最近はずっとこのメンバーだから、このメンバーがテーブルに集まっていても、あまり驚かれなくなったな。


 いつも通り夕食を注文して皆で食べ始める。


 特に会話はない。いや、あるんだけど、いまいち盛り上がらない。まあ、毎日話すネタなんかないよな。でも、今日も皆は私に言いたいことがある様な顔だ。チラチラと私の顔を窺っている。


 ちょっとイライラしてきた。言いたいことがあれば言えばいいのに。遠慮するような間柄でもないだろうが。


 食事が終わり、寛いでいるところで話を切り出した。


「お前達は私に何か言いたいことがあるのか? 言いたいけど言えない、みたいな雰囲気にイラッとするんだが」


 そう言うと、リエルがため息をついた。


「今日もスザンナは来たのか?」


「ああ、来たな。追い返したけど」


「……そうか」


 ……え? それだけ? もっとないのか?


 そう思っていたら、ヴァイアが真面目な顔をしてこちらを見つめていた。


「フェルちゃん、言いたいことがあるんだけどいいかな?」


「何でも言ってくれ。そもそも、なんで遠慮する?」


「遠慮してたわけじゃないんだけどね……言い出しにくいって言うか。じゃあ、まずは聞くけど、フェルちゃんはアンリちゃんの手伝いをしないの?」


「お前達には何度も言っただろう? 今アンリは最高の王になろうと頑張ってる。私が手伝って簡単に王になったらダメだ。それだと今後苦労することは目に見えてる。だから私の力は頼らずに王になるべきだ」


 アンリなら誰もが尊敬するような最高の王になれるだろう。そうなってくれたら私も嬉しい。だから今は辛いかもしれないが、未来のために頑張って欲しい。


「最高の王って言うのがどういうニュアンスなのか分からないけど、フェルちゃんはアンリちゃんがその最高の王になれると思ってるんだね?」


「そうだな。なれるって確信してる。アンリを子供のころから見てるんだ。私なんかよりもはるかに素晴らしい王になれるはずだ」


「そっかぁ……でもさ、フェルちゃん、それはアンリちゃんに期待し過ぎじゃない?」


 ヴァイアの言葉がよく理解できない。アンリに期待しすぎ?


「えっと、すまん。ヴァイアの言っている言葉の意味が良く分からない」


「そのままの意味だよ。フェルちゃんはアンリちゃんに期待しすぎ。アンリちゃんは成人してるけど、まだ十八歳だよ? なんでフェルちゃんよりも素晴らしい王になれるって思ってるの?」


「え? いや、だってアンリだぞ? 子供のころからアンリを見てただろう?」


「もちろん見てたよ。私もアンリちゃんはすごい子だと思ってる」


「だったら――」


「でも、すごい子でも、まだ十八歳の少女だよ? フェルちゃんの期待って、それ以上の事を求めてない?」


 それ以上を求めてる? 私が? アンリに?


 メノウが「僭越ながら」と言って、こちらを見た。


「フェルさんはアンリちゃんに自分以上になって欲しいって思ってませんか?」


「それは……その通りだ。アンリには私以上になって欲しい。私以上になれる器をアンリはもっているからな」


 それは間違いないと思う。村長の教育もあるだろうが、アンリ自身が人の上に立てる器だ。私なんかとは全然違う。まさに王になるべくして生まれた感じだ。


「それはフェルさんがアンリちゃんに自分の理想を押し付けているだけじゃないでしょうか?」


「私の理想を……押し付ける?」


「はい。フェルさんはアンリちゃんに対して、自分以上であるべき、という理想を求め過ぎかと思います」


 アンリに理想を求め過ぎ……そう、なのか?


「俺もそう思うぜ」


 今度はリエルが口を開いた。難しそうな顔をしている。


「アンリに期待するのはいいと思う。でもよ、アンリがフェルの期待通りになる必要はねぇだろ? フェルがアンリを助けねぇのは、アンリならこうあるべきだってフェルが勝手に思ってるからじゃねぇのか?」


「い、いや、そんなことは……」


 ……ないとは言い切れないか? 私はアンリに自分の期待を押し付けている?


「まあ、フェルちゃんは、十五から魔王やってたし、ディーン君が王になってからの苦労を知っているからね。アンリちゃんにそういう苦労をさせたくないから、今のうちに頑張れって思ってるんでしょ」


「ディア、そうだ、その通りだ。私やディーンがした苦労をアンリにして欲しくない。だから私は――」


「なんで?」


「な、なんで? なんでってなんだ?」


「なんでフェルちゃんやディーン君がした苦労をアンリちゃんがしちゃダメなの?」


「いや、それは――」


「苦労をどう思うかは人それぞれだよ。そんな事よりも大事な事ってあると思うけどなー」


 ……私が間違っているのだろうか。


 私がアンリを助けに行かないのは、アンリが私の理想通りになって欲しいから?


 よく分からなくなってきた。

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