誕生日

 

 今日はアンリの誕生日だ。


 とうとうアンリも十五歳。村長からトラン王国の王位継承権を持っていることを聞かされる歳だ。アンリがどういう判断をするか……楽しみのような怖いような変な気分だ。


 私としてはトランなんか放っておいて一緒にダンジョン攻略をしたい。この十日くらい、アビスに入って一緒にダンジョン攻略をしていた。この十年、スライムちゃん達としかダンジョンに入ることはなかったから、新鮮で楽しかった気がする。攻略速度が早すぎて、アビスに本気を出されたけど。


 アンリは本当の事なんて知らずに、このまま過ごす方がいいと思う。それが一番幸せな気がする。


 でも、それは無理か。トラン国から暗殺依頼が出ているほどだ。放っておいてもいつかは知ってしまうだろう。なら村長の口からちゃんと伝えた方がいいのかも知れない。


 なにが最善なのかがよく分からないな。私の事じゃないけど、何となくモヤモヤする。


 おっと、そんなことを考えていたら時間が無くなって来た。私もその場に居て欲しいと言われている。朝食を食べてから、村長の家へ向かおう。




 朝食を食べてから宿をでて村長の家に向かった。


 広場には結構な人がいる。ほとんどは冒険者だろう。アビスへ行く準備をしているようだ。


 そういえば、以前ニアに聞いた通り、町が変な雰囲気ではあるな。なにがどう変なのかは言えないが。もしかすると、トラン国の間者とかがいるのかも知れない。


 一応、アビスや従魔達に警戒してもらっているが、それらしい奴は見かけてはいないと言っていた。念のために今も警戒してもらっているから何かあればすぐわかるだろう。


 村長の家に着くと、レイヤが家の前で一人だけポツンと立っていた。


「レイヤ、おはよう。こんなところでどうした?」


 レイヤはこちらを見てから微笑んだ。


「ああ、フェルさん、おはようございます。今日はなにやらアンリ様に大事なお話があるとかで席を外す様にお願いされました。一人ではダンジョンにも行けないですし、特に予定もないので、これから町を見て回ろうかと思っていた所です」


「そうか。ちょっと時間が掛かるかもしれないから、町を見て回っても時間が余るなら、妖精王国でのんびりしていてくれ」


「はい、分かりました。そうさせてもらいます」


 レイヤはそう言うと、この場を離れた。最初は冒険者ギルドへ行くようだ。


 レイヤには悪いがアンリの話は時間が掛かると思う。まあ、この町は大きくなった。色々見て回れる場所は多いだろう。一日くらい暇つぶしはできるはずだ。


「たのもー」


 村長の家に入ると、すでに皆揃っていた。


 一つのテーブルに村長とアンリ母、父が座りその対面にアンリとスザンナが座っている。アンリの左隣が空いているから、私はそこに座るのだろう。


「おはよう。すまない、遅くなったか?」


 そう言いながら椅子に腰かける。皆が挨拶を返してたあと、アンリがこちらを見てニッコリと笑った。


「フェル姉ちゃんも呼ばれてたんだ? 大事な話があるって聞いてるけど、何の話か知ってる? もしかして誕生日のサプライズが待ってたりするの? 何も知らない振りをするのは得意だけど」


「内容は知ってる。でもそれは村長から聞いてくれ」


 アンリは首を傾げてから、村長の方へ向き直った。


 村長は目を瞑っていたが、ゆっくりと目を開いてからアンリに微笑んだ。


「アンリ、まず、十五歳の誕生日おめでとう。これでアンリも晴れて成人だ」


「おじいちゃん、ありがとう。プレゼントは期待してる」


「そうだね、でもその前に大事な話がある。とても真面目な話だ。アンリが大人になったと思って話すことだから、ちゃんと聞いて欲しい。いいね?」


 村長の真面目な態度が理解できたのだろう。アンリも佇まいを正してから真面目な顔になった。


「うん、分かった。大事な話ならしっかり聞く」


「スザンナ君もいいかな? これはアンリにとって大事な話だ。真面目に聞いてもらいたい」


「問題ない。真面目に聞く」


 その後、村長は私にも視線を送って来た。私は頷くだけで応えた。


 村長も私へ頷き返してから、アンリの方を見つめた。


「アンリ、最初に酷な事を言うが、目の前にいるアーシャとウォルフはアンリの本当の両親じゃない」


 一瞬だけ、アンリがびくっとなる。スザンナも目を見開いて驚いているようだ。


「アンリの本当の父親はザラス。そして母の名はマユラ。トラン王国の前国王とそのお妃様だ。アンリはトラン王家の血を引いているんだよ」


 その後、村長はアンリについての話をした。


 母親が第二王妃に暗殺されたこと、トランからアンリを連れて信頼できる者だけと逃げたこと、その後、国王が亡くなったこと、聖女になった乳母のこと、支援してくれた女神教の司祭のこと、ゆっくりと分かりやすい様に一つ一つアンリへ説明した。


 それらを聞いたアンリはどう思っているのかよく分からない。最初は驚いたようだが、それ以降は普通だ。というよりもよく分かっていないのかもしれないな。


「……アンリ、なにか質問はあるかい?」


 一通り話を終えた村長がアンリに優しく問いかけた。アンリに表情は変わらない。というか無表情だ。どういう感情なのだろう。


「いま話した内容は本当の事なの? 誕生日のサプライズとかではなくて、本当の真面目な話?」


「本当の話だ。この話はフェルさんにもしてある」


 アンリが私の方を見た。その顔に表情はない。無機質な感じが少し怖いが、当然の反応だろう。アンリに対して頷いた。


 アンリは少しうつむいた後、頭を上げた。


「説明にはなかったけど、お母さんとお父さんはどういう立場の人?」


「それはアーシャとウォルフの事だね? アーシャはトラン国の宮廷魔導士、ウォルフは王宮騎士団の副団長だ。当時、私がもっとも信頼できたのはこの二人だったからね。トラン国からの脱出を手伝ってもらったと同時に、一緒に逃げて来たんだよ」


「そう、なんだ」


 その言葉にアンリの母であるアーシャが頭を下げた。


「アンリ、いえ、アンリ様、いままでのご無礼、本当に申し訳ありません」


 ウォルフも同じように頭を下げる。


「私も申し訳ありませんでした」


「アンリ、二人には私からお願いしたんだ。怒るなら私だけにして欲しい」


「そのことは怒ってない。むしろ、様付けすることに怒ってる。アンリはアーシャ母さんとウォルフ父さんの娘。そしておじいちゃんの孫。その関係はこれからも一緒」


 いつの間にかアンリは笑顔だった。


「アンリ、許してくれるのかい? アンリに本当の事を教えるまでは普通の家族を演じながら接していた。でも、それは作られた嘘の関係だ。アンリにはそれを怒る権利がある」


「おじいちゃん。私が怒ってるとしたら、もっと早く言ってくれなかったことに怒っているだけ。それに、お父さんとお母さんが合計四人もいるなんて私は幸せ者。怒る理由がない」


 大人だ。アンリは大人の対応をしている。普通なら喚き散らして暴れるような内容だ。それとも本当にそう思っているのかな。


 目の前の三人が少し涙ぐんでいる。アンリの言葉が嬉しかったのだろう。


「怒ってはいないけど、私を騙していた罰として、おじいちゃん達は今まで通り、私に接すること。それで全部の事を許す。あと料理からピーマンを減らして」


 ちゃっかりとした要望が入っている。十五歳にもなって、まだピーマンが駄目か。


「そうか、そう言ってくれるのか。分かった。今まで通り接することを約束するよ」


 村長の言葉にアーシャとウォルフも頷いていた。とりあえず、今までの事に関しては問題ないようだな。次はこれからの事だ。アンリはどうするのだろう。


 村長はまた真面目な顔をして、アンリの方を見つめた。


「今までの話を踏まえた上で、アンリは今後の事を考えなくてはいけない。アンリはどうしたい?」


「どうしたい?」


「そう、アンリには二つの道がある。アンリは王位継承権を持っている。それは今の国王よりも高い順位だ。自分が王であることを主張することも可能だろう」


「私が王……」


「もう一つは継承権を放棄して無関係になることだ。継承権を放棄するという宣誓書をトランに送り付ければそれで済むだろう。そうすればアンリはトランと無関係になる」


 そんなことで無関係になれるのか。そうすれば、アンリに対する暗殺依頼も取り下げられるかもしれない。私としてはそれがいいと思うのだが。


「おじいちゃんはどうして欲しい?」


 村長が少し怯んだ。アンリがそんな風に言うとは思っていなかったのだろう。


「そうだね……正直なところを言えば、アンリに娘の――マユラの仇を取って貰いたいと思っているよ。そのためにはアンリが王になるのが一番だ。それをアンリにして欲しいと思っているよ」


「……うん」


「でもね、アンリ。それでアンリが幸せじゃないのなら意味がないんだ。マユラがアンリを私に託したのは、復讐するためじゃない。アンリに幸せになって貰いたいから、マユラは私にアンリを託したんだよ」


 村長は以前見ていた夢をまだ見るのだろうか。娘さんが何も言わずに立っている夢を。最後に聞いた時は笑っていたと聞いたが、今はどうなんだろうな。


「……分かった。ごめんなさい、おじいちゃん。私は継承権を放棄する」


 早いな。ほとんど考えることなく決めたようだが。


「……そうか。アンリはそう決めたんだね?」


「うん。お母さんには会ったことはないけれど、復讐を望むような人じゃないって思った。おじいちゃんからの説明でそれが分かったから、復讐はしない。それにトラン王国なんて弟にくれてあげる」


 トラン王国を「トラン王国なんて」と言うのか。大物だな。


 村長は最初アンリが何を言っているか分からなかったようだ。だが、理解したのか吹き出した。


「フフ、そうか! トラン王国なんてアンリにはいらないか!」


 村長にとってはツボだったのだろう。さっきから笑いが止まらないようだ。


「うん、トラン王国なんて小さい国の王になっても面白くない。もっと面白いことがある」


 もっと面白い事ってなんだろう?


 アンリが笑顔でこちらを見た。


「フェル姉ちゃんと一緒に人界を征服する。全ての国を支配する王、人界王になる方が面白い」


「いや、しないぞ? しないからな?」


「大丈夫。時間はまだある。これからゆっくり説得する」


「メノウみたいな事を言うな。本当に頼むからやめてくれよ?」


 皆が笑い出し、その後も色々と話をした。


 村長も人界を征服するほうが楽しそうだとか言って悪ノリするし、スザンナも人界征服を手伝うとか言い出した。


 アーシャとウォルフだけは大人の対応だったが、アンリから弟か妹が欲しいと言われて赤くなっていたな。アンリには腹違いの弟、つまり今のトラン国王がいる訳だが、アンリとしては何とも思っていないらしい。おそらくだが、何の感情もないのだろう。


 そんな悪ノリの話も昼食が近づいたので終わりになった。


「そろそろ昼食にしよう。誕生日だからアンリのためにケーキを用意したからね。アーシャ、準備を。そうだ、レイヤ君にも来てもらおう」


「なら呼んできます」


 スザンナが立ち上がり、家を出て行った。町を見て回るとか言ってたけど、見つかるかな。


 そんな風に思っていたら、スザンナがレイヤを連れて戻って来た。早いな。


「ずっと待ってたみたい。家のすぐ外にいたよ」


 すぐ外にいた?


「レイヤ、町を見て回るとか言ってなかったか?」


 私の問いかけを無視してレイヤはアンリに近づいた。


「おい、レイヤ?」


 ふと、レイヤが腰の剣に手をかけるのが見えた。まさか!


「アンリ! レイヤから離れろ!」


「え?」


「チッ!」


 レイヤが剣を抜いてアンリに突き刺そうとした――が、その直前にアンリとレイヤの間に村長が割り込んだ。


 何かが突き刺さるような音がした後、村長が膝をつく。そして床に血が広がった。

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