精霊

 

 今日はヴァイアとノストの結婚式だ。


 空は快晴。強風とかもないし、いい結婚式になりそうな予感がする。


 私の服装はいつも通りの執事服だが、ガープに作って貰った靴を履き、同じく作って貰ったベルトを腰に巻いている。今日がコイツらのデビュー戦だ。


 足のサイズをちゃんと測って作った靴だから、靴ずれはしないだろう。例え靴ずれしても私には効かないはず。それに出来がいいのか、靴には火炎耐性スキルが付いている。燃えないって素敵だ。


 ベルトもいい。戦闘中にズボンがずり下がったら周辺を焦土にしてしまう可能性があるからな。破壊無効のスキルが付いてるし、ベルトが切れることもない。安心して戦える。


 ディアの作ってくれた執事服と合わさってちょっと無敵感があるな。大事にしよう。


 結婚式までまだ時間はあるが、遅れないようにしないと。食堂で待機しておくか。




 前の結婚式と同じように、食堂では村の女性達が忙しそうにしていた。何の準備をしているのかは分からないが、この村の女性は少ない。一人の負担が大きいのだろう。そして残念ながら私にできることはない。大人しくしていよう。


 いつものテーブルにはアンリ達がいた。三人はおめかしして大人しく座っているようだ。アンリは前回と同じヒラヒラが多いドレスだ。お姫様っぽい。


「おはよう。可愛らしい格好だな」


「フェル姉ちゃん、おはよう。よく考えたんだけど、アンリは失敗した。あまりの可愛らしさに、主役のヴァイア姉ちゃんよりも注目を集めてしまうかもしれない」


「そうか。でも、ディアが言うにはヴァイアもすごいらしいぞ。目が潰れるらしい」


「受けて立つ。今日の主役がどっちなのか決着をつける」


「どう考えてもヴァイアが主役だからな?」


 次にスザンナとクルに目を向けた。


 なるほど。昨日言っていた通り、私と同じ執事服か。白いシャツに黒いジャケットとズボン。デザインは違うが遠目には私と一緒だな。


 でも、いいのだろうか。女の子なんだし、もっと可愛らしい服を着たいと思うのだが。


「二人とも髪をオールバックにして凛々しい感じだがいいのか? その、もっと女の子らしい恰好をしたいとか……子供なんだからそういうワガママは言った方がいいぞ?」


 スザンナはニッコリ笑うと、「大丈夫」と言った。


「妖精役が終わったら着替えるよ。ディアちゃんが作ってくれた別の服があるんだ」


「そうだったのか。クルもあるのか?」


「うん。練習だからって言われて私もディアさんに作って貰っちゃった。いままでああいうドレスを着たのはディーン君の戴冠式ぐらいかな? これはこれでいい物だけど、やっぱりああいう華やかなドレスを着たいよね!」


「スザンナ姉ちゃんもクル姉ちゃんも今日はアンリの引き立て役にしかならない。真のお姫様というものを教えてあげる。ひれ伏すがいい」


 アンリが言うと冗談になってないんだよな。アンリは間違いなくお姫様だし。分かってて言ってるわけじゃないのだろうけど、ちょっとヒヤリとする。


 そんなことを考えていたら村長が入ってきた。


「さて、皆。準備が整ったようだ。広場に集まってくれ」


 村長に促されて宿を出た。とうとう始まるのか。ヴァイアの友人ではあるが、結婚自体に自分はあまり関係ない。見ているだけだ。でも、結構ドキドキするな。血圧上がりそう。


 アンリ達は重要な仕事があるので、教会の方へ向かった。失敗しないように頑張って貰いたい。


 アンリ達がいなくなったら一人になってしまった。リエルは司会進行だし、ディアは衣装担当。ヤトやメノウ達は今も厨房で頑張っているのだろう。寂しくはないが、一人というのもなんだな。


 ……そうだ。前回と同じ場所にいよう。


 あの時と違って魔王様はいない。どこかで深い眠りについているのだろう。寂しく感じるが、私には魔王様に託された物や貰った物がある。


 左手を見た。魔王様の付けていた小手を今は私が付けている。そして、シャツの中に入れているネックレスをシャツ越しに触った。魔王様から貰った大切な物だ。


 この場にはいなくても、なんとなく存在を感じられるものがある。今はそれで十分だ。魔王様がいないからと言って、めでたい日に暗い顔をしていてはいけない。笑顔で祝福してやらないとな。


 しばらく待つと、教会の扉が開き、リエルが出てきた。どうやら始まるようだ。


 リエルは前回同様、高価そうな司祭服を着ていた。その後ろに二人の子供が並んでついてくる。両手に小さな台を持って、その上には色々な物が置かれていた。


 前回、よく見てはいなかったが、女神教の爺さんがやっていた役を子供達がやるのかな。緊張しているようで初々しい感じだ。


 そして相変わらずリエルは詐欺と言うかなんというか。普段からは想像できない程、清らかな感じを出して微笑んでいる。


 リエルと子供達はゆっくり歩いてステージに上がった。そしてステージの上にある祭壇の前でこちらを向き、右手を軽くあげる。


「正直、気が乗らねぇが、親友のヴァイアのためだ。派手な結婚式にしてやるから、お前らもちゃんとついて来いよ!」


 なぜか盛り上がった。詳しくは知らないけど、そういうノリでいいのだろうか。


「よし、次は新郎新婦の入場だ。ちゃんと拍手で迎えろ!」


 教会の扉が開き、ノストが出てきた。白のジャケットと白いズボン。かなり薄い黄色のベストにネクタイ。それに白いシャツか。全体的に白い。


 そのノストが教会からステージの方へ歩く。その道沿いにはリーンから来た兵士達が、鎧に身を包んで旗を掲げて立っていた。前回にはなかった演出だ。兵士にはなにかそういう作法があるのだろう。


 ノストが祭壇の前まで行くと、リエルがノストに頷きかける。問題なしというところかな。


 次に教会からアンリが出てきた。その後ろにスザンナとクルの二人も並んで歩く。三人は花びらの入った籠を左手に持って、右手で花びらをまき散らした。色とりどりの花びらだ。それが舞っている。


 次の瞬間、感嘆の声が上がった。


 教会からヴァイアが出てきたからだろう。そちらへ目を向けた。


 ……なるほど。確かにすごい。目が潰れるほどじゃないが、一瞬、思考が止まった。


 初めて見た印象はバラ。白いバラだ。それをイメージさせるようなウェディングドレスなのだろう。


 ヴァイアの頭部、右前あたりに大きめの白いバラがある。そしてスカートもバラをイメージさせるものが付いていた。さらに背後へ長く垂れ下がっているヴェールにもバラっぽい物が付いていてバラ尽くしだ。


 ヴェールがヴァイアの顔にも掛かっていて表情は見えない。笑顔だろうけど、ヴァイアの事だから緊張して強張っているかもしれないな。


 皆が拍手するなか、ヴァイアが一歩一歩ステージの方へ歩いていく。


 アンリ達が花びらを撒きながら、ヴァイアをステージまで導いた。そしてヴァイアは階段を上りステージへ上がる。


 祭壇を挟んで、ノストとヴァイアはリエルと対峙した。


 そこで問題発生。リエルが号泣している。


「よがっ、よがっだなぁ、ヴァイア! ごごまで、ほんどうに……俺、俺、嬉じぐで……!」


 ヴァイアの結婚に駄々をこねてはいたが、心の中では祝福していたのだろう。リエルのそばにいた子供達が、リエルの涙や鼻水を拭いたりしている。そのための補助か。


 そしてステージを下から見ている子供達は、もらい泣きをしている。あれはどう考えてもリエルが友達思いな奴だと思って泣いてるよな。リエルの言動は嘘じゃないんだけど、普段ダメな奴がちょっといいことすると評価が上がる的な状態に似ている気がする。たしか相対性――まあいいや。


 ようやくリエルが泣き終わった。どうやら持ち直したようだ。


「すまねぇな、感極まっちまったよ。よし、続けるか! さっそく精霊を呼ぶぜ! 気合入れて呼んでやるからな!」


 リエルは鼻をすすりながら、水晶玉を手に持った。


「さあ、精霊よ、姿を現せ!」


 前回と同じように、上空に魔法陣のようなものが浮かび上がった。


 あそこから精霊が落ちてくる感じだったよな。前回は光の精霊だったけど、今回はなんの精霊だろう。


 ……なんだ? 一つだけじゃなくて、六つ落ちてきたぞ?


 皆がざわついている中、ちょっとだけ眩しい人型の奴が口を開いた。


「友の願いにより全精霊で参った。人族よ。我らに何を望む?」


 全精霊? 地水火風に光と闇か? どうして全員で来るんだ? 友?


「お、おう、全精霊が来るなんて初めてだぜ……この二人が結婚するから、宣誓の問いかけを頼みたいんだが大丈夫か?」


「承知した。まず私からだ。汝、健やかなるときも、病めるときも――」


 精霊が契約内容の朗読を始めた。これは結構長い。二人で頑張れよ、という内容だと思うんだけど、なんでこんな言い回しをしているのだろうか。不思議だ。


「――誓うか?」


 誓約内容の朗読が終わり、ヴァイア達に問いかけているようだ。


「誓います」


「誓います」


 ノスト、ヴァイアがそれぞれ誓うと宣言した。周囲に精霊が六体もいるのに二人とも動じてないな。ざわついているのは周囲の皆だけだ。


 精霊が二人に指輪を渡す。


「お互いの左手薬指につけるがいい。もし、この結婚に異議があるならその行為を阻止するのだ」


 相変わらずのバイオレンス。ここでリエルが止めに入ることはないと思うが、念のため注視しておこう。


 ヴァイアとノストがお互いの指に指輪を通した。


「最後に誓いのキスを」


 ああ、これか。前回は単なる知り合いだったから平気だったけど、親友がそういうのをするのはちょっと、いや、かなり照れる。見ないのも不義理だし、薄目で見るか?


 ノストがヴァイアのヴェールをめくった。ヴァイアは嬉しそうにノストを見つめている。今日、初めてヴァイアの顔を見たけど、幸せそうだ。こっちまで幸せになるくらいの笑顔。


 ノストが顔を近づけると、ヴァイアは目を瞑ってノストを受け入れた。


 こういうのって体感時間が長いな。早く終わってくれ。


 ノストが顔を離す。二人とも笑顔で見つめ合っている。幸せ、なんだろうな。


「これで二人は夫婦だ。光の精霊がそれを認めよう。幸多からん事を祈る」


 ここで拍手が沸き起こった。私も拍手をして祝福しよう。これで結婚は無事に終わりだ。二人は夫婦。自分の事のように嬉しい。


 ……あれ? なんで精霊は帰らないんだ?


「じゃあ、次は僕だね。汝、健やかなるときも、病めるときも――」


「おいおい、何してんだ? もう結婚の宣誓は終わったろ?」


 リエルが、火の精霊っぽい奴に問いかけた。その問いに火の精霊は不思議そうな顔をして首をかしげる。


「え? 精霊を六体呼んだんだから六回やらないと。やらないと僕達帰れないし。はい、ちゃっちゃとやろう! あと五回もあるからね!」


 どういう仕組みなのかは分からないけど、あと五回もやるのか……五回も二人のキスを見るってちょっとした拷問なんだけどな。

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