出会い

 

 魔都ウロボロス。玉座の間。そこにある玉座に倒れるように座り込んだ。


 私は疲れていた。寝る間も惜しんで戦闘訓練を行い、過去に読んだ本を元に色々な組織作りを進めた。この二年半で力を付けることができたし、組織もある程度はちゃんと回っているように思える。それを思うと少しだけ苦労が報われたような気がした。


 私は魔王だ。


 私が指示を出せば、魔族達は喜んで対応してくれた。もちろん何も考えずに指示に従うと言うことではない。理由を聞いてくるし、別の提案もしてくれる。魔王とはいえ、こんな十代の指示なんて聞けない、と反発があるかと思ったが、そんなこともなく頑張ってくれている。


「魔王様。お疲れですかニャ? オリスア様の訓練は厳しいニャ。あまりやり過ぎると、勇者と戦う前に死んでしまうニャ。それに働き過ぎニャ。もっと休んで欲しいニャ」


 いつの間にか猫の獣人であるヤトがすぐそばで跪いていた。まったく気配を感じなかった。オリスアに怒られるな。気配が分からないなら探索魔法を常に展開しておいた方がいいと言われてたし。


「私に跪かないでくれ。お前と私は幼馴染みたいなものだろう? それに休んでいる暇はない。いつ勇者が来るか分からないからな。力を付けておきたいし、魔族の意識改革も行っておきたい。それに皆が頑張ってくれているのに私が休んでいたら駄目だろう?」


 ヤトは立ち上がり、こちらを見つめた。


「皆が頑張っているのは、魔王様が頑張っているからですニャ。それにこの二年半でウロボロスの生活は激変しましたニャ。それには魔族の皆様、それに獣人や従魔達も感謝していますニャ。今までの頑張りを見たら、一ヶ月ぐらい休んだって誰も文句は言わないニャ。いたらそんな奴は例え魔族の方でも半殺しニャ」


「嬉しいことを言ってくれるな。だが、私の方は気にするな。私は魔王なんだ。魔族達の王としてやるべきことをしないとな」


「なら王として我々のために休んで頂きたいのですがね」


 玉座の間にサルガナがやってきた。赤い絨毯の上をゆっくりと歩いてくる。それを見たヤトはサルガナに跪いた。そしてサルガナも私の前に来ると跪く。私にそんなことをしなくていいのに。


 サルガナは書類を持っているようだが、急ぎの案件なのだろうか。なら受け取って目を通さないと。


「まず、二人とも跪くな。面倒くさいだろう。それと何か問題か? すぐ取り掛かるぞ?」


「いえいえ、これは総務部で対応致します。魔王様には一ヶ月程お休みを取って貰うように進言しに来たのです」


「お前もか。だが、私は魔王だ。私が一番働くべきだろう。私に何もせず玉座で踏ん反り返ってろとでもいう気か?」


 サルガナは苦笑した。私は聞き訳のない幼子のようなものなのだろうか。


「私としては、その方がいいですね。偉そうに指示を出すのが魔王というものですから。まあ、踏ん反り返る必要はありませんが、お休みは取ってください。そうしないと、私達が休めません」


「なんでだ? 好きに休めばいいと思うが?」


「魔王様が働いているのに私達が休める訳がないでしょう。各部署からもそういう申請が来ております。ここは一つ、皆のためを思ってお休み頂けませんか?」


 休みか。でも、休んで何をするんだ? 本を読む?


「対応中の事は我々にお任せください。途中経過の報告だけはしますので」


 サルガナがそう言うと、ヤトも大きく頷く。


 そうか。私が休まないと皆も休めないのか。なら少しだけ休ませてもらおうかな。ここ最近は寝る時間も少なくなってたし。


「わかった。そういうことであれば休ませてもらおう。自室にいることが多いので、何かあれば連絡をくれ。念話でもいいけどな」


「そうですか、ありがとうございます。ヤト、魔王様を自室へ」


 休むと言ったのにありがとうと言われた。私が働き過ぎて逆に皆に迷惑を掛けていたのかもしれない。やっぱり、私は王の器じゃないな。なんで私は魔王なのだろう?


「では、魔王様、自室までお送りしますニャ」


「いや、いい。私はここで少し考え事をする。安心しろ、しばらくはちゃんと休む。二人は自分の仕事に戻ってくれ」


 二人は複雑そうな顔をしたが、一礼してから玉座の間を出て行った。


 ゆっくりと玉座の背もたれに寄りかかった。


 魔王となって二年半。やれることは何でもやった。色々と感謝の言葉を聞くが、本当に良かったのだろうか。魔族を組織化する。やったことは、ただそれだけだ。


 魔族は魔王がいないと、好き勝手に生きる。そんなことがないように、魔王がいなくても行動できる組織を作った。今は私という魔王がいるからちゃんと動いているのだろう。


 だが、私が勇者に殺された後はどうなるだろう? ちゃんと組織として動いてくれるだろうか? すぐに新しい魔王が現れてくれれば問題ない。だが、今回のように五十年近く魔王が不在の場合は?


 運よく勇者が来なかったから魔族は種族として生き延びれた。でも運はいつか尽きる。次も生き延びれるとは限らない。魔族を種として残すためにはもっともっと色々とやっておかないと。


 ……やっぱり休んではいられないな。今日はもう寝るけど、明日は自室で旧世界の本でも読もう。経営学とか、そんなの。


 でも、疲れた。体も瞼も重い。少しだけここで休んでから自室に戻ろう。




「君が魔王かい?」


 声がする。聞いたことがない声だ。魔王? 魔王は私だ。私に問いかけている?


 体が思うように動かない。いつの間にか寝てしまった? もしかしたらこれは夢なのかも。


 下を向いている顔を何とか上げる。そして目を開いた。私の前には見知らぬ男が立っていた。だが、何だろう? その男は驚いている。でも、驚いているのは分かるが、その顔を上手く記憶できない。ぼやけているようなはっきりしているようなよく分からない状態だ。


 やはりこれは夢なのだろう。玉座に座ったまま眠ってしまったようだ。でも、夢を認識しても目が覚めないと言うのはどういう事だろうか。


 ゆっくりと男を観察した。男は右手で胸元を押さえて口を開こうとしているようだ。私に言いたい事でもあるのだろうか。それとも私から何か言わないとダメなのか?


 そうか、魔王かどうか聞かれていたな。なら答えないと。


「そうだ、私が魔王だ。お前は誰だ? 魔族ではないよな?」


 角がない……あれ? あるのか? ないよな? どっちだ?


「あ、ああ、初めまして魔王。名前を伺っても?」


 名前? 私の名前を聞きたいのだろうか? 別に隠すような物でもない。


「私の名はフェル。魔王フェルだ。お前の名前は?」


「僕の名前はアダム。よろしく、フェル」


 魔王様ではなく、フェル、か。懐かしいな。昔はそう呼ばれていたが、今はすべて魔王様だ。嫌ではないが、名前で呼んでもらいたい。えっと、男の名前は――あれ? 男は名乗ったはずなのに覚えられなかった? そんなに難しい名前を言ったとは思えないんだけど?


 いかん、改めて聞き直すのも失礼だ。ここは名前を使わずに話を進めよう。


「そうか、よろしく頼む。で、えーと、そう、お前はここへ何しに来た?」


 夢だとは思うが、一応聞いておかないとな。


「魔族というのは魔王に従うものなのかな?」


「なんでそんなことを聞く? 当然だろう。魔王は魔族の王なのだ。王の命令は聞くものだろう?」


「そう――」


「だが、代わりに魔王は魔族を守らなくてはいけない。命令を聞くと言っても、奴隷じゃないんだ。魔王とは魔族のために身を粉にして頑張る代わりに、ちょっとだけ言うことを聞いてもらう。そういうものだ」


 すこしだけ残念そうだった男の顔が笑顔になった。どういうことだろう?


 というか、ちょっと待て。夢だと思っていたが、これは夢じゃないのか? 目の前にいるのは実在する奴? 少しずつだが意識がはっきりしてきたと言うか、色々なものに現実の存在を感じる。


 見覚えのない男がここにいる。ソイツは魔族でも獣人でも魔物でもない。なら考えられるのは一つだけだ。


「まさか、お前……勇者、か?」


「いや、違うよ?」


「違う? いや、勇者以外考えられない。そうか、とうとう来たのだな?」


「話を聞いて――まあ、それでもいいか。一ついいかな? お願いがあるんだけど」


 お願い? 勇者が? そんなものを聞くわけ……いや、待てよ? ここは交換条件を出そう。私の願いも聞いてもらうべきだ。


「聞いてやってもいい。だが、私の願いも聞け。それでどうだ?」


「いいよ、ならそっちの願いは何だい?」


「魔族達の事だ。私を殺した後、他の魔族を殺さないと誓ってくれ。魔族達にもお前に手を出さない事を誓わせる。その願いを聞いてくれるか?」


 この男からは血の匂いがしない。おそらくここまで来るのに、誰も殺していないのだろう。なら、今後も私以外の魔族を殺させないようにするべきだ。


 私が殺されれば、一週間程で勇者も死ぬ。魔族が誰も死ななければ、私は死んでも、私の勝ちだ。


「君は――そうか、知っているんだね? それで犠牲になろうとしているんだね?」


「お前も知っているのか。だが、そんなことはどうでもいい。願いを聞くか、聞かないかだ。どっちだ?」


 男は笑顔になると頷いた。


「もちろん構わないよ」


「そうか、感謝しよう。ならお前の願いは何だ? 私の命で叶えられることならいくらでも叶えてやる」


「感謝か。君は魔族なのにとても義理堅いね。親御さんの教育が良かったのかな。素晴らしいご両親なんだろうね」


 親の事を褒められるのは、自分が褒められるより嬉しいな。


「その言葉は嬉しく思うが、まずは願いを言え」


「そうだね。ならお願いは一つだ」


 男は言葉を区切り、少しだけ溜めを作る。そして満面の笑みで口を開いた。


「戦いで君に勝てたら、僕が魔王になっていいかな?」


 何言ってんだ、この男は。

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