密林

 

 虚無という言葉がとても似あう魔界を歩き、ようやくウロボロスへ着いた。


 久しぶりに見るけど、全く変わってないな。


 魔界で住むことができる三つのダンジョン。その一つである魔都ウロボロス。建物の一階は魔素に汚染されていて住むことはできない。建物内から地下へ行く階段を降りて初めて安全となる。


 しかし、この建物、なんというか、あまり好きではない。周囲は高い壁に覆われているし、開きっぱなしではあるが入り口の門も厳重な感じだ。そもそも何の建物なのだろうか。


 そういえば、探索部に他にもダンジョンがないか探させているが、新たなダンジョンが見つかったという報告はない。そもそも移動できる範囲が限られているからだろう。魔力が切れる前に戻って来れないと間違いなく死ぬ。余っているダンジョンコアを使って休息地点を作るとか言っていたが、上手くいったのだろうか。


 おっと、考えている場合じゃない。まずは地下へ下りないと。


「こっちだ。ついて来てくれ」


 クロウ達を促し建物に入った。


 厳重そうな門をくぐり、無機質な通路を歩く。


「この通路は全部金属でできているのかね? それにうっすらと天井が光っているようだが?」


 クロウが周囲を見渡しながら質問してきた。


「そうだな、全部金属でできている。残念ながら壊したりすることはできないぞ。天井が光っているのは、この建物もダンジョンコアの範囲内だからだろう。我々の魔力を使って光を作り出しているんだ」


 クロウは「ほう……」と、感嘆というか驚きというか、どっちにも取れる声を出した。オルウスやメイド達は声を出さないが驚いているようだ。そして、ウェンディは泣いている。


「ぐす、変わって、ない」


 感覚的には数年しか経っていないはず。ウェンディは帰り方を忘れていたようだし、起きた時は魔族もいなかった。私に会うまでは帰れるとも思っていなかったのだろう。知っている場所まで帰って来て感情が溢れたかな。


 クロウもウェンディもこの場所に対して色々あるのだろうが、歩く速度が落ちている。ここでのんびりしているわけにはいかない。


「色々とあるだろうが、第一階層に行かないと危ない。急いでくれ」


 そう言うと、皆が歩く速度を上げてくれた。クロウだけはちょっと名残惜しい雰囲気を出しているが、もっと安全な場所にも金属はある。とっとと進ませよう。


 通路の先にある部屋へ足を踏み入れると、通路よりもさらに明るい光で照らされた。真っ白い部屋で入ってきた扉と地下へ行くための扉だけしかない。そして全員が入ると、入ってきた扉が自動で閉まった。


『魔素を浄化します。しばらくお待ちください』


「フェル君、この声は一体なんだね? 魔族の誰かが迎えに来てくれたのかな? それとも何か魔法的な物かな?」


 クロウが興奮気味に詰め寄ってきた。近い。


「クロウ、落ち着け。ここは汚染された魔素を浄化する部屋だ。私達にもどういう仕組みなのかは知らないが、ここで魔素を浄化しないと下の階へは移動できない。浄化が終わるまで待ってくれ」


「汚染されたという魔素を浄化する方法があるのかね? そんなものがあるなら魔界全土を浄化すればいいと思うのだが」


「さっきも言った通りどういう仕組みなのかは知らないんだ。地表の魔素を浄化したくても浄化できない。とはいっても、徐々にではあるが、地表の魔素も浄化しているという研究結果が出ている。かなり小規模らしいけどな……そうだったよな、ドレア?」


 問いかけると、ドレアが笑顔で頷いた。


「フェル様の言う通りですな。おそらくここではない施設で地表の魔素を浄化しているのでしょう。それがどこで行われているかは分かっておりませんがね。その内、探索部が探してくれるとは思いますが、数十年はかかるでしょうな」


 もし見つかれば、その施設を研究してもっと魔界を浄化させることもできるだろう。でも、数十年後ではな。なら、やっぱり人界への移住を早めた方がいいだろう。


『魔素の浄化が終わりました。扉を開きます』


 そのような声が聞こえてくると、地下へ行くための扉が開いた。扉の先は階段になっている。


「もう汚染された魔素に関しては心配ないが、念のため下の階層へ行こう。入り口付近は安全だから」


 率先して階段を降りると、皆もついて来た。


 金属でできたらせん階段を下まで降りると、密林が広がっていた。ここも以前のままだな。


「すごい物だな! 地下に密林があるとは!」


「クロウ、声が大きい。魔物が寄ってくるぞ」


 魔族には常識的な事だったから、言うのを忘れていた。密林で大きな声なんか出しちゃダメだ。囲まれると面倒くさい。


「む、済まない。もしかして手遅れかね?」


 そこら中から鳴き声や唸り声が聞こえてきた。これはダメだな。殺気で威圧しても効果がないからやるしかない。


「いや、謝るのはこちらの方だ。先に言っておくべきだった。済まない。それとクロウの予想通り手遅れだ。複数の魔物に場所がバレたはず」


 探索魔法を使うと周囲にはマッドウルフが八匹はいるのが分かった。マッドタイガーがいないのはありがたい。


 マッドウルフ達はこちらを伺うように周囲を移動しているようだが……多分、弱そうな奴を探しているんだろうな。このメンバーで一番弱いとなると、メイド二人かな。


「最初にハインやヘルメを狙ってくるはずだ。ドレア、オリスア、二人を重点的に守れ。もちろん、クロウやオルウスも守るんだ」


 二人は返事をしてクロウ達のそばへ寄った。


「サルガナ、ウェンディ、ジョゼフィーヌ、お前達は私と一緒に狼狩りだ。ノルマは一人二体。できるよな?」


 全員、ニヤリと笑った。凶悪的な感じだが頼もしい。


「よし、行け」


 そう言ってから私も近くにいるマッドウルフへ向かった。




 数分後、全員がマッドウルフを退治した。一人二体のノルマも問題なく対応している。ウェンディも問題なかったようだ。むしろ楽しそう。マッドウルフを狩るなんて魔族なら誰でもやる。ウェンディも久々に狩りができて嬉しいのだろう。


 全員が集まると、クロウがため息をついた。


「すごい物だな。見た限り二メートルはありそうな狼じゃないか。それを一人で二体も軽々しく倒してしまうとは……魔族の強さは知っていたが、戦うところを見ると改めて強いと認識するな」


 さっきのことがあったので、声を潜めるように話している。そこまでしなくてもいいのだが、それくらいの慎重さは必要かな。


「私達魔族にとってマッドウルフの肉は主食だ。これを狩れないと生きていけないからな」


「ほう、美味しいのかね?」


「いや、全然。人族の食べ物に比べたら味なんてないようなものだ。しかし、これくらいしか安定して狩れるような魔物がいないんだ。栄養も少なそうだが食べる物がないから食べている感じだな。まあ、第三階層まで行ったら食べさせてやろう」


 クロウは嬉しそうにしている。でも多分食べきれないと思う。味がなさすぎて逆に気持ち悪い感じになるはずだ。食糧を無駄にするのは許されないが、何事も経験だ。渡すのはほんのちょっとだけにしよう。


「それじゃ、全員警戒しながら進むぞ。マッドタイガーが出てきたら全員でクロウ達を守れ、狩りの方は私とジョゼフィーヌでやる」


 ジョゼフィーヌとは魔王になる前から、そして、なってからも一緒にこの密林で修行した。私一人でもやれるが時間がかかる。二人でやった方がいい。お互いのやり方は分かっているから時間も短縮できるだろう。


 警戒しながら第二階層へ行く階段がある方に向かった。


 ここでは色々な音が聞こえる。水が流れる音、鳥が鳴く声、魔物の雄叫び。うるさい音が多いが、これは重要な情報源でもある。今のところは大丈夫のようだが、安心はできない。とっとと進もう。


 十数分後、第二階層への階段がある場所へ到着した。


「全員いるな? 先に進むぞ」


 皆が頷き、第二階層へと下りる。


 第二階層も第一階層と同じ密林だ。ここもマッドウルフとかマッドタイガーが多い。ここには会いたくない魔物が一体だけいるが、ソイツに見つかるほど運が悪いこともないだろう。とっとと通り抜けるのが一番だ。


 途中、マッドウルフを一体だけ倒す。それだけで目的地へ着いた。この階段を下りれば安全地帯だ。


「よし、クロウ達は先に下りろ、この先は安全だ。オリスア、先頭に立って、クロウ達を中に。ちゃんと歓待してやってくれ」


「それはいいのですが、フェル様も一緒に下りられるのですよね? なぜ殿に?」


「……そのつもりだったんだが、余計な奴が来た。面倒だから相手してくる」


「ああ、なるほど。ならお任せします」


 代わってくれないんだな。まあいいけど。


 少し待つと、木がなぎ倒される音が聞こえてきた。それがだんだんと近づいてくる。そして目の前の木が横になぎ倒されるとソイツは姿を現した。


 巨大なワニ、デイノスクスだ。しかも、知能があるタイプ。進化していないから名前はないが、かなり強い。


「やっぱりフェルの臭いだったかぁ。久しぶりだなぁ、しばらく見ないから死んだと思っていたぜぇ?」


「久しぶりだな。何か用か?」


「俺達に用事なんて一つしかねぇだろうがぁ」


 また戦えってことか。面倒だが、この巨体がこの階段に入り込もうとして、階段を詰まらせるともっと面倒になる。ある程度戦って追っ払うか。


「……と言いてぇところだがなぁ、今回はお前じゃねぇ」


 私じゃない?


「ジョゼフィーーーヌ! 居やがるんだろうがぁ! 俺と勝負しやがれぇ!」


 ジョゼフィーヌ? なんでジョゼフィーヌと?


 階段からジョゼフィーヌが出てきた。


「久しぶりだな、デイノスクス。なぜ私がお前と勝負する必要がある? もう決着はついただろう?」


「黙れぇ、スライムごときがぁ! お前が暴食の力を持っているのは知っているぞぅ! その力は俺の物だぁ!」


「哀れだな。大罪の力は譲渡できるものではない。覚醒するものだ。私を倒したところでお前の力にはならんぞ?」


 何を言ってんだろう、この子達は? 私の知らない話をしているようだけど。


「倒すなんて生ぬるい事をするわけねぇだろうがぁ! 貴様を食って暴食の力を手に入れてやるぜぇ!」


「くだらん。逆に私がお前を食ってやる。大罪の力をすべて手に入れるのはこの私だ」


 なにかよく分からない物語が展開されているけど、とくに興味はないなかな。


 戦いが始まったけど、放っておいて階段を下りていいのだろうか? だめかな?

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