カブトムシの運ぶゴンドラに乗って、ルハラ帝国にある門へ移動している。お昼前には着くだろう。


 かなりのスピードが出ている。カブトムシが張り切っているという訳ではなく、普通に飛んでこのスピードのようだ。「もっと本気を出しますか?」と言われたがやんわり断った。ちょっと怖いので。


 ゴンドラには私を入れて十名と一体。魔族は特に怖がっていないが、メイド二人は顔が引きつっている。クロウは初めて乗るはずだが全く怖がってはいない。もしかすると、魔界へ行けることで気持ちが高ぶっているのかもしれないな。


「二人とも大丈夫か? スピードを落とした方がいいか?」


「い、いえ! 大丈夫であります! 速さよりも高さが怖いだけですので、できれば早めに着いてくれた方が助かります!」


 ヘルメの言葉にハインが高速で何度も頷く。


 そうか。高いのが怖いのか。確かに落ちたら危険だ。でも、私としてはカブトムシを信頼しているからそういう恐怖はないな。かなり乗っているからだろう。カブトムシがミスをするようなことはあり得ない気がする。


 それにこのゴンドラには落下時に衝撃を和らげる魔法を付与した、とヴァイアが言っていた。例え落ちても怪我はするかもしれないが、死ぬことはないだろう。


「フェル様、門が見えてきました」


 ゴンドラから進行方向を見ると、確かにカブトムシが言ったように門が見えた。


 懐かしいな。魔王様に連れられてあの門を超えてきたのが、つい最近のような気がする。まあ、たった数ヶ月前だ。最近といえば、最近だな。でも、その数ヶ月で色々と状況が変化した。いいのか、悪いのかは分からないが、いい方向に進んでいるとは思う。


 カブトムシが門のある広場に着陸した。


 山ではあるのだが、この辺りは人工的な手入れがされていて平坦だ。そこに半径二十メートルぐらいの円があり、様々な模様が描かれている。門というよりも魔法陣、かな。魔族がやったのか、人族がやったのかは分からない。もしかしたら創造主達がやった可能性もあるな。そもそもこの門を設置したのは人間達だろう。


「さて、昼食を取ってから魔界に行くからここで休憩するぞ」


 ゴンドラを下りながら皆にそう伝える。なんというか、楽しそうなのはクロウとウェンディだけで、他はそうでもなさそうだな。


「ほう、これが門という物かね? 幾何学的な模様が地面に書かれているようだ。門と言うからには開くタイプの門を想像していたが……最初から期待を裏切られたようだ。いや、楽しみだよ!」


「記憶、戻る。思い、出した。嬉しい」


 クロウは大喜び、ウェンディは嬉しさで泣いた。二人の気持ちはなんとなく分かる。


 二人を眺めている間に、ハインとヘルメが食事の用意をしてくれていた。二人が来てくれてよかった。よく考えたら二人以外に料理ができる奴がいなかった。オルウスはやれるかもしれないけど。


 せっかく多くの食材を持ってきたのだから、美味しく調理したものを魔族達に食べさせたい。魔界での調理をお願いしたら、クロウも本人達も問題なく引き受けてくれた。お礼に宝物庫で何かあげよう。


 料理ができあがり、皆で食べ始める。


 クロウだけはさっきから地面に書かれた門を見ているようであまり食べていないようだ。


「フェル君、これは一体どういう物なのだね? 確か門とは魔道具のようなもの、と教えてもらったが」


「どういう物なのかは私も分からん。魔力を込めると、魔界へ転移する仕組みだ。下手に触るなよ? 魔界に行ったらすぐに汚染された魔素に触れてしまうぞ。もし転送されたら死ぬかもしれない」


「はは、もちろんだよ。フェル君達の言う事には従うから安心してくれたまえ」


 ちょっと怪しいが信じるしかない。何かあっても自己責任だ。そういう誓約書も書かせた。


 しかし、門、か。当時は私もよく分かっていなかったが、これは転移装置なのだろう。魔界と人界は別の次元にあるとかではなく、どこか遠くの場所にあると言うことだ。


 アビスに聞けば色々分かるかもしれないが、今、聞く必要はないな。まずはクロウ達を無事にウロボロスまで届ける事が重要だ。もし、誰かを危険に晒してしまったら魔族の名折れだ。


「食事をしながらでいいから聞いてくれ。クロウ達に関しては必ず守り通せ。多くの人族との友諠を結べたのはクロウ達のおかげだと思う。本人の希望とはいえ、連れていく判断をしたのは私だ。恩を仇で返すわけにはいかないから、細心の注意を払うようにしてくれ」


 そう言うと、ドレア達は頷いた。


 ヴァイアの魔道具もあるし問題ないとは思うけど、ちゃんと意識して対応してやらないとな。故郷に帰って来た感じで気を抜かれたら困る。そういうときが一番危ないと思う。


 ふと、クロウを見ると、驚いた顔をしていた。


「クロウ? どうかしたのか? 何を驚いている?」


「ああ、いや、ずいぶんと持ち上げてくれたな、と思ったのだよ。貴族として王族の方から褒められることもあったがね、今、フェル君に言われたことの方が数倍嬉しい。こちらも魔族と友諠を結べて嬉しく思っているよ」


「そうか? よく分からんが、嬉しいなら何よりだ。さて、そろそろ魔界へ行くぞ。片付けてから準備しよう」


 数分後に片付けが終わり、全員の準備が終わったようだ。


「それではまず、魔力コーティングだ。これをしないで魔界へ行くと数分で死ぬぞ。しっかり対応してくれ」


「うむ、私達はヴァイア君が作ってくれたミスリルの指輪を付けよう。これは付けているだけで魔力コーティングしてくれるという物だ。はっきり言ってお金に換算できるものじゃない。無くさないように頼むぞ」


 クロウの言葉にオルウス、ハイン、ヘルメは恭しく頭を下げた。そして全員が指輪を装備する。魔眼で見た限りちゃんと魔力コーティングされているようだ。


「四人とも魔力の消費に気を付けてくれ。まあ、魔都は歩いて二時間程度のところだから四人とも大丈夫そうだけどな。ただ、何かあればすぐに言ってほしい」


 四人は頷いた。流石にクロウもちょっと緊張した顔になってきた。


 ドレア達の方をみると特に問題なく対応している。ウェンディやレモ、それにジョゼフィーヌも大丈夫そうだ。ジョゼフィーヌは亜空間に入るかと聞いたが、いざと言う時のために外にいるとのことだ。何か思うところがあるのだろう。


「よし、それじゃ、門の上に立ってくれ。転移に関しては私が魔力を使おう」


 地面に書かれた模様の上に全員が立つ。それを確認した後、門に魔力を流した。幾何学的な模様が青白く光り、周囲が青い光に包まれる。


 次の瞬間には魔界にいた。魔界側の門の上に皆が立っている。


 相変わらず暗い。上空は黒い雲に覆われているし、地表は無機質なものだけだ。むき出しの地表に、旧世界の建物だったと思われる白い石柱。焼け焦げて原型は分からないが、四角い馬車のような物。見ているだけで気が滅入ってしまう。


 おっと、まずはクロウ達のケアをしないとな。いきなりこんなところに来たらパニックになるかもしれない。


「皆、大丈夫か? 体調が悪かったりしないか?」


「……ああ、問題ない。フェル君、念のために確認するが、ここが魔界なのかね?」


「そうだな。どんな想像をしていたかは知らないが、随分と寂しい所だろう?」


「寂しい? いや、なんというか、色々と物がある様に見えるのだが、無、というのがしっくりくるね。全ての生が拒否されているようで、寂しいと感じるのもおこがましい感じだよ」


「詩人だな。まあ、魔界とはそう言う物だ。旧世界の物がその時のまま、ずっと時を刻んでいる。いや、時が止まっている、か?」


「フェル君もなかなか詩人ではないかね? さて、魔都とやらに招待してくれるのだろう? 早速案内してくれないか? あまり地表には長居したくないからね」


「そうだな、ここに留まっていても危ないだけだ。ウロボロスを目指そう。こっちだ」


 ドレア達がクロウ達を囲むように歩いている。地表には生物がいない。それは絶対だが、念のためだ。


 歩くこと数十分。沈黙に耐えられなかったのだろう。クロウが話し掛けてきた。


「フェル君、君達魔族は、こんなところに住んでいて、その、辛くないのかね?」


「さすがに地表には住んでいないぞ? 魔都ウロボロスというダンジョンに住んでいるから勘違いするなよ?」


「そこを見ていないので何とも言えないが、ダンジョンの外はこれだろう? その、生きる希望がない、そんな風景じゃないか。聞こえるのも自分の足音、それに風の音だけだ。辛いという気持ちを通り越して、死にたくなりそうな場所に思える」


 ずけずけ言うな。もうちょっとマイルドに言えないのだろうか。まあ、貴族にそれは無理かもしれないけど。


「人族ならそう思うかもしれないな。だが、魔族は生まれた時からこうなんだ。私も人界を見てからここを見ると、正直、どうかと思う。でも、人界を知らなければここはそう言う物だとしか思わないぞ」


「なるほど、確かにそうかもしれんな……」


 まさか、同情とかしてないよな? 同情されるほど酷い物じゃないとも思ってるんだけど。


 食べ物に味はほとんどないし、危なっかしい魔物もうろついている。命の危険がない日なんてほとんどないだろう。でも、頑張って生きている。辛いこともあるが、悲観するほどでもない。


 それにこれからは色々改善されるだろう。勇者に怯える必要も無くなった。食糧は人界から供給される。未来は明るい感じだからな。


「フェル様、魔族の皆様は人界へ住もうとは考えていないのですか?」


 オルウスがそんなことを言い出した。


「考えてはいるぞ。だが、いきなり魔族が大量に人界へ来たら人族は怯えるだろ? そうならないように徐々に移住するつもりだ」


 百年ぐらいで移住できれば最高だな。


「フェル君がいるなら、別に今すぐでも問題ないと思うがね? 場所ならオリン国が提供しても構わないが?」


「は? いやいや、ダメだろ? 魔族だし」


「フェル君の今までの功績を考えたら全く問題ないよ。それに魔族は千人もいないのだろう? 村から町くらいの規模なら何の問題もないと思うがね?」


 オルウスの方を見ると笑顔で頷かれた。二人ともそういう考えなのか。


「ドレア、どう思う?」


「素晴らしい提案だと思いますな。我々が魔界に住んでいるのは、勇者の問題があるからです。ですが、その問題はフェル様のおかげでほぼなくなったと言えるでしょう。我々が魔界に住む理由はもうありませんからな」


「そうだな。勇者さえどうにかできるなら魔界に住む必要はないな」


 セラは今頃何をしているのだろう。なぜイブに従っているのは分からないが、セラは魔族が憎いとかそういう感情はないと思う。ちゃんと話をすれば、魔族が人界に住んでも文句を言わないだろう。多分。


 セラの事はともかく、短期間での人界への移住に関しては考えてみる価値がある。まだまだ時間は必要だと思っていたけど、暴れたりしないって約束すれば、受け入れてもらえるくらいの信頼は得ているようだしな。


 ウロボロスに着いたら皆に相談してみるか。

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