第十三章

落ち着く場所

 

 カブトムシが地上でゴンドラを引っ張っている。その後にはリエル達が乗る馬車もついて来ていた。


 聖都を出て十日目。もう少しでソドゴラ村へ着きそうだ。


 なんと表現すればいいのだろう。森の臭いというか、空気の感触と言うか、全てが懐かしく感じる。一ヶ月ぐらい眠ってしまっていたから、村に帰るのは五十日ぶりぐらいだ。


 私だけでなく村長達も巻き込んでしまったからな。ついてきてくれた皆、そして村に残してきた皆に申し訳なくなってきた。


 村長は、村とは頻繁にやり取りをしていたので支障はない、と言っていた。どう考えても私を気づかって言ってくれているだけだろう。五十日も村を留守にして何の問題もないのなら、それはそれで問題だと思う。


「村長、それに皆、すまなかったな。随分と村を留守にさせてしまった」


「いやいや、私達は無理やりフェルさんについて行ったようなものです。謝っていただくようなことはありませんよ。それに眠ったままのフェルさんを置いて村に帰ってきたりしたら、村の皆に怒られてしまいます」


 村長が笑いながらそう言うと、皆が頷いた。


 確かにそうかもしれないが、これはなにかお詫びをしないといけないだろうな。宴会することにして、食費を私が出せばいいか。それなら私も楽しめるし、皆も気兼ねなく食べてくれるだろう。


 そうだ。今度魔界に戻る。ついでだから食糧も買い込んでおこう。ヴィロー商会に頼むのがいいだろうな。千年樹の木材とやらを半値で売ってやったんだから、多少はお金が入るはずだ。そのお金を使おう。


 当然リエル救出のために依頼されたお金は受け取らない。


 受け取ったとしても全額村長へ返却だな。あの依頼って冒険者ギルドは一割取るのだろうか。もし取られたら私が取られた一割を負担して返さないといけない。一応、確認しておくか。


「ディア、村長が出したリエルの奪還依頼だが、あれって受理されているのか? 正直なところ、村長からお金を取るつもりは無いんだが」


「フェルちゃんならそう言うと思ってたよ。村を出る時、フェルちゃんのギルドカードに何もしなかったでしょ? 依頼自体は申請されているけど、依頼は受けたことになっていないからお金を受け取らなくても平気だよ。もちろん村に戻ってから依頼を受けて解決した形にしてもいいけど」


「そうか。なら村長に依頼を取り下げてもらえばいいだけだな? 後でその手続きをしてくれ。でも、いいのか? 一割がギルドの売り上げになるんじゃないのか?」


 ディアは笑って首を横に振った。


「あれはもういいよ。ネヴァ先輩との確執もなくなったしね。ソドゴラ村支店の売り上げが最下位だったとしても胸を張って生きるよ!」


「なんで最下位で胸を張る? せめて申し訳ないようにするべきだぞ?」


 ディアの中ではギルドの売り上げが無くてもいいことになっているのか。まあ、フェル手当とやらがあるからお給料は問題ないのかな。


 そういえば、冒険者ギルドにお礼をしておかないといけない。聖都へ攻め込む時に声明を出してもらった。何もしないという訳にはいかないだろう。


 メイドギルドと鍛冶ギルドに関しては、もうお礼は終わっている。


 帰ってくる途中、ステアを送り届けるために、メーデイアに寄ったら、なんというか、こう、色々やらされた。なんで私がメイドギルドの最上階にある王宮に泊まって、あれこれ世話をされないといけないのだろうか。今考えてもそれがお礼っておかしい。


 止めてくれと言ったら、遠回しにメイドギルドは頑張ったと言われた。いや、あれは遠回しというか、直に言っていたような気もする。ステアなんか「あんなに頑張ったのに」とウソ泣きしやがった。


 とはいえ、メイドギルドにはかなり世話になったのは間違いない。ロモンを攻め落とせたのもメイド達が事前に調べてくれたおかげだ。なので、メイド達の要望を聞いて、一日されるがままになることを承諾した。


 ものすごく後悔している。なんというか一生分の恥をかいた気がする。不老不死なのに一生分とはこれいかに。


 風呂に入れば五人がかりで洗うし、服を着るのも補助付きだ。そして色々な服を着せられた。最後の方は立ったまま意識が無かったと思う。


 そしてメノウは「こうやって徐々に抵抗を減らしていくのです」とか悪い笑みをしながらブツブツ言っていたな。聞こえてるぞ、と言いたかったが怖かったので近寄らなかった。


 まあ、あれで満足してくれるなら安い物だ……ものすごい高いような気もするけど気のせいかな?


 鍛冶師ギルドに関してはお礼としてドラゴンの牙を渡した。あれで十分だろう。


 なぜかリーンにドワーフの村にいた宿屋のおっさんが来ていたので、鍛冶ギルドへのお礼としてドラゴンの牙を渡した。おっさんがガレスと言う名前で、鍛冶師ギルドの元グランドマスターというのは今でも疑っている。


 なんでリーンにいたのか聞くと、ゾルデから話を聞いていたそうだ。私に会うためにリーンで待ち構えていたらしい。


 開口一番「なんで村に来んのじゃ!」とか言って怒っていた。どう考えてもドワーフの村は聖都へ行くルートじゃない。とはいえ、ご機嫌斜めだったから酒を奢ってごまかした。


 そうしたら町中を巻き込んで宴会になってしまった。


 ドワーフの村からメノウファンクラブの奴らも来ていて、騒ぎになったからだろう。中央広場でメノウがゴスロリメイド服を着て歌い出したという理由もある。さらにヤトも参戦してたし。まあ、盛り上がっていたから別に問題はないと思うけど。


 その後、雑貨屋の婆さんが来て、ドワーフのおっさんと飲み比べしてたな。どっちが勝ったのかはしらないが、最後に見た時は硬い握手をしていた。友情が芽生えたのだろう。


 一晩中騒いでいたようだが、朝は静かだった。だからすぐに逃げて来た。逃げる時、門番の奴が「お早くどうぞ!」と言っていたな。いい奴だ。


 オリンとルハラにもお礼をしないといけないだろうな。


 オリンには貢物をするか。魔界に一旦戻るから宝物庫から何か持ってくるのもいいかもしれない。魔道具っぽい物なら何でも良さそう。問題はヴァイアが作る魔道具よりも劣りそう、ということかな。


 ルハラの方は私がディーンに挨拶へ行けば十分な気がするけど、私も忙しいからな。それに行ったら歓待されそうだし、できれば近寄りたくない。ルハラも貢物で攻めよう。


 やらなくてはいけない事は多い。まあ、一つ一つ対応していくしかないな。でも、今日は村に着いたら何もせずに休もう。


 久しぶりにニアの料理を食べて、自分の部屋で寝る。たったそれだけだが、最も贅沢な時間だと言える。


 村へそろそろ着くころだと思うんだが、今はどの辺りだろう。普段と違って今日は地上を移動しているからな。周囲は木ばかりで村の位置がよくつかめない。


「ディア、村まであとどれくらいだ?」


「もう着くよ。ほら、川の音が聞こえてきたでしょ? 川を渡れば村まで目と鼻の先だよ」


 ゴンドラの動く音が大きいので聞き逃していたが、よく聞くと確かに川の流れる音が聞こえる。村の東側にある川だ。ということはもう着いたも同然だな。


 少しだけ背筋を伸ばし、ゴンドラの外を見る。懐かしい風景が広がっていた。


 ゴンドラのスピードが落ちて、ゆっくりと川に掛かっている橋を渡った。そしてそのままのスピードで村の柵沿いに道を進む。少し進むと村のアーチが見えた。それだけで心臓が高鳴る。


 カブトムシがゆっくりとアーチをくぐった。以前、アーチを壊したからかな。今回は慎重だ。


 村の広場では皆が待っていた。カブトムシが引くゴンドラが広場の中央に止まると、待っていた皆が笑顔で「おかえり」と言った。


 村でその言葉を聞くと、いつも思う。自分は帰って来たんだな、と。


 ゴンドラ中で立ち上がり、皆を見渡した。そして答える。


「ただいま」


 皆から歓声が上がる。ここは魔界以上に落ち着く場所だ。どんなに時が流れてもここは残っていて欲しいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る