同じ時間

 

 あの後、従魔達はすぐに取り掛かると言って割り振りを決めてくれていた。


 あと、人界にいる魔物達を支配下に置きたい、とか言ってたな。それは別にいいんだけど、やり過ぎないよな? 大丈夫だとは思う。思うんだけど、何となく不安だ。


 さて、特にすることも無くなったかな。今日だけでなく聖都でもやることは無くなったと思う。


 一度、空中庭園に行こうと思っていたんだが、アビスが言うには大聖堂にある転移装置は使えなくなったらしい。さらに空中庭園の地表部分が激しく壊されてしまって中に入れないそうだ。時間をかけて瓦礫を撤去してからじゃないと危ないとも言っていた。


 となると、ロモンにいる必要もないわけだ。明日には村へ向けて出発するかな。


 その前にお昼か。どこで食事ができるのか分からないから、部屋に戻ってみよう。


 部屋へ戻るために屋敷の廊下を歩いていると、ディアに遭遇した。


「あ、フェルちゃん、ちょうどよかった」


 なんだろう、ディアの隣に厳つい感じの男がいる。正直に言うと目つきが悪い。


「えっと、その男はディアの知り合いか?」


「うん、異端審問官時代の知り合いで、ガープ君って言うんだ」


「ガープだ」


「そうか、私は魔族のフェルだ」


 私がそう言うと、目礼だけしてきた。寡黙なのかな。余計なことはしゃべらない、って感じの雰囲気を出してる。なにか聞いた方がいいのだろうか。それとも何も言わないのが正解?


「フェルちゃん、足出して」


「いきなり何を言ってんだ? 蹴ってくれって意味か?」


「ごめんごめん。ほら、ドラゴンの革で靴とベルトを作るための職人を探しておくって言ったでしょ? このガープ君って革の加工に優れてるんだよね。足のサイズを測って作って貰おうかなって」


 そういえば、そんなことを言ってたな。しかし、今日あった奴に足を出すというのもちょっと嫌なんだけど。あと、場所が嫌だ。なんでこんな場所で足を出す必要があるんだ?


「……俺に足を見せるのに抵抗があるなら、ディアに採寸してもらってくれ。ところで本当に俺がドラゴンの革を加工していいのか? 俺なんかよりももっと腕のいい職人は沢山いるぞ?」


 ガープがかなり低い声でそんなことを言った。確かにガープは職人として若そうだ。厳つい感じだが、三十前半ぐらいだろう。まだまだ修行中の身だと思うが。


「んー、大丈夫だよ。私の見立てではガープ君の才能は凄いよ。異端審問官なんかやってたのはもったいないくらい」


「そんなことはない。才能で言ったらディアの方が上だ」


 なるほど、ディアが太鼓判を押すほどか。なら頼もうかな。


「分かった。だが、それほどお金は出せない。相場はどれくらいだ?」


「ドラゴンの革を加工させてくれるなら金はいらない。ただ、俺が作った物を気にいらなかったとしても、それは諦めてくれ」


 ディアが作ってくれた服は最高に気に入った。でもガープが作った物はどうだろう? やっぱり即答せずに、ちょっと考えた方がいいかな。


 悩んでいたらディアが「問題ないよ」と言った。


「以前、ガープ君が作ってくれたものを見たけどね、基本を押さえたいい感じの靴だったよ。まあ、奇抜さがないから普通って感じの物だけど、フェルちゃんにはそういうのがいいんじゃない?」


 なるほど。攻めすぎた感じの靴なんか履きたくない。普通最高。


「ならガープに頼む。ディアが信頼しているようだからな。全面的にガープに任せよう」


「そうこなくっちゃね!」


「全力を尽くそう。ならさっそく部屋の方へ行くか? よく考えたらここで足を出すのは嫌だろう?」


 良く気付いてくれた。だが、よく考えなくても嫌なものだと気づいて欲しい。まあ、そう言うところが職人っぽいかな。


 でもな、靴を作るよりも優先しなくてはいけないことがある。昼食だ。そろそろがっつりいきたい。太らないと分かった以上、リミッターは常に解除していいと思う。昨日の夕食もまだ本気じゃない。あと二回くらい本気出せる。


「サイズを測るのは後でいいか? まず昼食を食べたい。全てを食らいつくすほどに」


「チューニ病的な言い方だね。今日のお昼は庭園の方でバーベキューをするって言ってたよ」


「そうなのか? 庭園の方から来たのだが」


「ありゃ。じゃあ、もう一回行く感じだね。ちょっと早いけど一緒に行こうか?」


「そうだな。ポジションの確保は大事だ。縄張りを主張しないと」


「いつものフェルちゃんに戻って来たね! よーし、まずは腹ごしらえしてから採寸しよう!」


 え? 私っていつもこんな感じなのか? 結構笑いを取る感じに言ったんだけど。


 庭園の方へ行こうとすると、ガープが「ちょっといいか?」と言った。


「腹がでた状態で採寸したらベルトが変な状態で仕上がるぞ?」


「ガープ君、デリカシーって知ってる? そう言うところは改めて! これから商売するのに、そんなことじゃお客さんを逃がしちゃうよ!」


「む、そ、そうか。すまない」


 私は不老不死なのでお腹が出るようなことは無い……はず。一時的には膨れるのかな? でも、今のベルトがきつくなったとかはないし、大丈夫だと思うんだけど。


「まあ、その辺りは気にしないでいい。食後、直ぐに採寸する訳でもないだろ?」


 むしろ気になるのはディアがガープを君付けで呼んでいることかな。ちょっと聞いてみるか。


「ディア、ガープの事を君付けしているが、ガープは年上じゃないのか? お互い、そういうのを気にしないタイプだとは思うが」


「え? ガープ君、年下だよ? 十六だっけ?」


「ああ、最近十六になったばかりだ」


「老け過ぎだろうが。どう見ても三十前半だ」


 くそう、魔眼で見ても十六だ。なんか騙された気分。


「フェルちゃん! ガープ君は繊細な時期だから! デリカシーって言葉覚えて!」


「いや、別に気にしていない。むしろ、繊細な時期とか言わないでくれ。そっちの方が恥ずかしいぞ」


 それにしても十六か。靴とかベルトを作らせるのが心配になってきた。まあ、ディアが大丈夫と言ってたから信じるけど。




 庭園で待っていると、皆がぞろぞろと集まりだした。そしてヤトとメノウ、それにメイド達が色々を用意している。


 バルトス達や従魔達も集まってきた。どうやら一緒に食べるようだ。負けんぞ。


「ここの食材は儂が用意した。遠慮せずにいくらでも食べてくれ。追加の食材もたくさんあるからな」


 バルトスがそう言うと、メイド達が用意した鉄網の上で色々焼きだした。串に肉やら野菜が付いていて焼くだけで食欲をそそる匂いがする。まだかな?


「メノウ、もう食べていいか?」


「お待ちください。バーベキューは焼き加減が重要なのです。タレで味をごまかすなんて邪道中の邪道。こういう言葉があります。火を制する者は料理を制す」


 メノウは鍋奉行の時といい、そういうのに厳しいよな。美味しくなるなら待つけど、限界はあるぞ?


 メノウが串についた食材を何度かひっくり返して、ようやく一本手渡してくれた。こんがりと焼けた何かの肉が三つ。その間に輪切りの玉ねぎと何かのキノコが刺さってる。


「どうぞ! まずは塩、胡椒による味付けです!」


 メノウの目が怖い。だが美味しそうだ。早速いただこう。


 うん、美味い。こういうのは串からかじり取るのがいいよな。肉、玉ねぎ、肉、キノコ、肉。完璧な配合だ。


「どうですか!?」


「もちろん美味い。いくらでも食えそうだ」


 メノウが満面の笑みになってから肉付き串を焼き始めた。どうやら私は何もしないでいいみたいだな。まあ、私がやると焦げるからやめておいた方がいいだろう。それは食材に対する冒涜だ。


 私が食べたことで皆も食べ始めた。周りから美味しいとの声が聞こえてくる。楽しそうな声も聞こえてくるし、料理も美味い。言うことなしだな。


 そんな穏やかな気持ちでいたら、ヤトが近寄ってきた。


「フェル様! 作って来たニャ! 食べて欲しいニャ!」


「お、おう、ありがとう」


 鬼気迫る顔で言われた。もっと楽しくやった方がいいんじゃないか。


 ヤトに渡されたものを見ると、串にちょっとくねらせた魚が刺さってる。これも美味しそうだ。


 うん、美味い。魚の表面が少しだけパリッとした感じで中がホクホク。そして表面の塩加減が絶妙だな。


「どうですかニャ!?」


「もちろん美味いぞ」


 それを聞くと、ヤトはメノウの方を見て、「ふふん」って感じの顔をした。そしてメノウが歯ぎしりする。お前ら仲悪いな。こんな時ぐらい楽しくすればいいのに。


「フェル姉ちゃん、これはアンリから。ぜひ食べて」


 背後からアンリの声がしたので、振り向くとアンリとスザンナがいた。二人はいつも一緒だな。


「そうか、ありがたく頂こう――」


 渡されて串を見て絶句した。ピーマンオンリー。串が緑で覆われている。木を模しているのだろうか。


「なんでピーマンだけなんだ――いや、分かった。私にピーマンを全部食べさせるつもりだな?」


「それは違う。ピーマンは体にいいってお母さんがいつも言ってる。だからフェル姉ちゃんのために作った。ピーマンだけの串。伝説の聖剣エクスカリバーって言ってもいい」


 緑過ぎて明らかに魔剣な感じだけど。そしてアンリが持っている串はトウモロコシの輪切りオンリー。それ、串に刺す必要ないだろ。


「せっかくだから食べるけど、食べ物で遊んじゃダメだぞ?」


「うん、全ピーマンの串を食べるなんてフェル姉ちゃんは勇者。末代まで語る」


「止めてくれ。それにバルトスがこっちを見てる。なんか勇者って言葉に反応したみたいだ。面倒事はごめんだ」


 今日はのんびり美味しい物を食べて、色々と面倒な事を忘れたい。英気を養わないとな。


 だが、その望みは絶たれたような気がする。リエルが来た。


「おい、フェル、聞いてくれよ! ヴァイアの奴が!」


「一応聞くけど、どうした?」


「ヴァイアがノストに肉を食べさせてやってたんだよ! あーんって! こう、あーんって! こんな皆がいる場所でよ! ああいうのを裁ける法律とかねぇのか!」


「私は魔族だから人族の法律はちょっと」


「聖人教でそういう法律を作ってやる……」


 なんでリエルは聖女なのかな……ああ、見た目が良かったからだっけ。なんで見た目はいいのに中身が付いてこないんだろう。残念過ぎる。


「まあ、待て。もしもだぞ? もしもリエルにそういう男性が現れたら、同じことをするんじゃないか?」


 リエルが急に止まった。時が止まったように。そして、ギギギ、と軋む音が聞こえそうな速度で首を動かしてこちらを見た。


「それはそうだな……俺にもその可能性は十分にある。いや、絶対にある」


「分かってくれたか。ほら、お前の子供たちがちょっと引いてる。あれは冗談だと言ってやれ」


「そうだな。俺としたことがやっちまったぜ」


 いや、まさにリエルの行動だったけどな。言わないけど。


「そうそう、聞きたいんだが、ディアの隣にいる男って誰だ? ちょっといい男っぽいが」


「ああ、ガープって奴で元異端審問官だ。革の加工が得意な職人でな、私の靴とかベルトを作るためにディアが連れて来てくれたんだ」


「なるほどな。確かに職人っぽい。だが、そんなことはどうでもいいんだよ」


「どうでもいいのに聞いたのか? 言って損した」


「そうじゃねぇ。あれは男女の関係に発展する可能性があるのかって聞いたんだよ。どうよ? 見た感じ同じ職人って感じだから、いい雰囲気じゃね? 今のうちから邪魔しとくか?」


「お前、聖人と言われてるんだよな? 本気で返上して欲しいと思ったんだが」


「それはそれ、これはこれだ」


 リエルを助けたのをちょっと後悔した。


「リエルちゃん、さっきから何を言ってんの?」


 ディアの事を話しているのが聞こえたのか、ディア本人が近寄ってきた。


「おう、ディア。あのガープって奴といい仲なのか? 返答によっては聖人教が敵に回るぞ?」


「ディア、私をそんな目で見るな。私もリエルにはちょっと困ってる」


 ディアはため息をついてから、諭すようにリエルに言った。


「職人を目指して一緒に頑張ろうっていう気持ちはあるけど、そういう感情はないから」


「本当か? 本当だな? 嘘ついたら、針千本じゃ足らねぇぞ?」


「だからな、ディア、私をそんな風に見ても何も解決しないから」


 なんで管理が行き届いていないの、みたいな顔されても困る。リエルを管理できる奴なんていないだろうに。魔王でも無理だ。


 そんなあきらめにも似た雰囲気の場所にヴァイアがやって来た。


「あれ? みんなどうしたの? 早く食べないと無くなっちゃうよ? 私はノストさんの分を取りに来たんだ。やっぱり男の人はお肉だよね。お肉ー、お肉ー」


 たった数秒で変な雰囲気が上書きされた。いや、いいんだけどね。


「おう、いいか、お前ら。お前らにちゃんと言っておくことがある」


 リエルが力強く肩に手をまわし、四人で円陣を組んだ。なんか前もやったな、これ。


「俺より先に結婚したら、お前らのこと聖人教で裏切者扱いにするからな? 肝に銘じとけよ?」


「ちょっと待て。私はお前から許可を貰ってるぞ。ちゃんと手紙もある」


「じゃあ、フェルは免除。ヴァイア、ディア、お前らはダメだぞ?」


「リエルちゃん? 一瞬と長いのと、どっちが好き? あと、参考のために熱いのと寒いの、どっちが好きかも教えて?」


「針治療って知ってる? 針を体に刺して体を健康にするんだけど……リエルちゃんで試していいかな? 大丈夫、痛くないよ? ちょっと刺しどころが悪いと危ないけど」


 親友同士の和やかなバーベキューで嬉しい限りだ。一触即発な状態に涙が出てくる。


 こんなことでも、いつかいい思い出になるのだろう。


 不老不死なんてなるものじゃないな。この親友達にいつか置いていかれる。それだけじゃない。アンリやスザンナ、皆に置いていかれる。


 以前、ミトルがそんなことを言っていた。ミトルは耐えられたのだろう。でも、私はそれに耐えられるだろうか。


 そうなった時に考えればいいとは思っていても、どうしてもその考えがチラつく。


 魔王様なら、私を普通の魔族に戻してくれる可能性はある。そうなれば私は不老不死でなくなり、皆と同じになれるわけだ。でも、それはいつになるか分からない。


 それに、私が不老不死でなくなるなら、魔王様は一人になってしまうのだろうか。それはそれで嫌だ。私がずっとお側に仕えれば、魔王様も寂しくないかもしれない。私も魔王様と一緒なら寂しくないかも。


 どうすればいいのだろう? どうするのが最善なのだろうか?


 私はずっとそれを考えなくてはいけないのだろうな。魔王様がお目覚めになるその日まで。


「フェルちゃん?」


 ヴァイアの声で我に返った。随分と考え事をしていたようだ。


「ああ、すまん、どうした?」


「これはもうリエルちゃんにとっとと結婚してもらうしかないと思うんだ。誰でもいいからリエルちゃんに紹介しよう!」


「おい、誰でもいいって言うなよ。いい男限定だって」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! もう、ピンときた男の人を捕まえちゃって! ううん、その場で結婚して! リエルちゃんは精霊を呼べるんだからその場で呼んで宣誓すればいいんだよ!」


 それって最低な行為だと思うぞ? 魔王の私でもそう思う。


「いいな、それ!」


「良くないでしょ。ヴァイアちゃんもリエルちゃんも落ち着いて。まず、リエルちゃんはその性格から治そ? 時間は掛かるけど、その方が確実だってば」


「アムドゥアから、いい性格してるな、ってよく言われてるけどな?」


「それ、皮肉だぞ」


 その後もずっとどうでもいい話をしていた。


 こんな生産性のない話でも、いつか懐かしむことになるんだろう。皆とは同じように生きられない。でも、皆と同じ時間に生きている。今日の事を忘れないように頭に刻み込んでおこう。思い出すたびに疲れる気がするけどな。

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