魔王の役目
村長のいる部屋を後にした。
村長はアンリに選ばせると言ってたけど、本心では王位を取り戻してほしいのかな。もしかすると、王位はどうでも良くて娘さんの復讐だけしてもらいたいのかもしれない。
アンリはどう思うだろうか。
本当の事を知れば、母親の復讐をしたいと考えるのは当然だろう。私だって両親を殺したイブに復讐したい。でも、王になりたいと思うだろうか。たまに人界征服とか言ってるけど、あれは冗談だろう。
王なんて、ちゃんとした教育を受けていないなら厳しいものになる。ディーンだって今は相当苦労しているはず。
私はまだマシだ。魔族は魔王にほとんど絶対服従だった。すぐにでも勇者を殺したいと思っていただろうに、その気持ちを押し殺して私のやることについて来てくれたからな。
なんというか、アンリにはあまり苦労してほしくない。あの村でそこそこの人生でも悪くないと思うんだけどな。
それにしても今回の対応は村長にしてはちょっと軽率だな。
トランからアンリを暗殺するための刺客が来るかもしれない。アンリを危険に晒すのは良くないと思う。村にいれば安全だろうけど――いや、村なら私や従魔達がいるから安全だと思って情報を流したのか?
あり得るな。村長は結構したたかだ。まあ、例えそうだとしても、村の皆を守るのは当然のことだ。改めて守ってほしいと言われる事でもない。ここは村長の思惑に乗っておくか。
そんなことを考えながら歩いていたら、どこからかアンリの声が聞こえてきた。
どうやら中庭にいるようだ。見ると、なぜかオリスアとスザンナもいる。アンリはオリスアに剣を教わっているようだ。アンリは体にまったく合っていない大きな剣を振っている。
「うむ! アンリ殿はなかなか筋がいいな!」
「素振りは好き。絶対あの技を覚えて見せる」
「お前達、何をやっているんだ?」
私が声を掛けると、オリスアがこちらを振り向いた。
「フェル様! 体の方はもうよろしいのですか!? 目を覚ましたと聞いて駆けつけたかったのですが、ドレア達に止められまして、すぐに向かえなかったのです! まったく! アイツらときたら!」
「ああ、うん。もう大丈夫だ。心配をかけたな」
寝起きにこのテンションで来られたら困る。ドレアとサルガナはいい仕事をした。
「えっと、アンリの剣を見てやっているのか?」
「はい。どうやらアンリ殿は私が女神教の勇者を倒していた所を見ていたようで、あの技を教えて欲しいと懇願されまして」
「あの技は素敵。アンリが望む攻撃を体現していた。一撃必殺」
アンリの言葉にオリスアがものすごく嬉しそうにしている。
私もオリスアに教わってはいたが、剣を使わなかったからな。指導する方としてはちょっとつまらなかったのかもしれない。アンリを教えているオリスアは結構楽しそうに見える。
スザンナも近くにいたけど、一緒に教わっていたのかな?
「スザンナは何をしているんだ? えっと、水を操っているのか?」
スザンナの周りを水球がいくつも回っている。
「うん。私も魔水操作に磨きをかけてる。サルガナって人に教わった。無意識に操れるくらい、普段から操作していた方がいいみたい」
「そうか、サルガナがそんなことを言ってたか」
サルガナの影も、スザンナの水も、操作するって点では似たようなものなのかな。
魔王になったとき、魔力操作が上手くいかなくて魔力が駄々漏れだった。サルガナに魔力操作のコツを教わったものだけど、あの時も常に操作することが大事だとか言ってたっけ。
「ところで、フェル様はどうしてこちらに? なにか御用でしょうか? もちろん何の用もなくてもずっといてくれて構いませんが」
「いや、用があったわけじゃない。歩いていたらアンリの声が聞こえたからな。ちょっと寄ってみただけだ」
「そうでしたか。なら一緒に汗を流しますか? リハビリがてらに模擬戦でもどうでしょう?」
オリスアと模擬戦なんかしたら汗を流すどころじゃない。ぶっ倒れるまでやらされる。絶対に嫌だ。
「すまないが、まだ本調子ではないのでな。それに――そう、ジョゼフィーヌ達に会いに行く途中だった。模擬戦はまた今度な」
今思いついた予定だけど、頼みたいこともあったし、嘘じゃない。
「そうでしたか。残念ですが仕方ありません。なら引き続きアンリ殿やスザンナ殿と特訓しておりますので」
「うん。特訓する。フェル姉ちゃんより強くなる」
「私も。次は勝つ」
「まあ、頑張ってくれ。だが、私ももっと強くなるつもりだからな? 私以上に特訓しないと強くなれないぞ?」
そういうと二人は頷いてから特訓を再開させた。かなりやる気だ。
「それじゃ、オリスア。二人が怪我しないようにちゃんと見てやってくれ」
「畏まりました。そうそう、ジョゼフィーヌ達ならこの屋敷の敷地内にいるようですよ。こことは違う庭園のような場所があるらしいです」
「そうか。なら探してみる。またな」
オリスア達と別れた。
ジョゼフィーヌ達がいるという庭園に向かおう。
それにしても特訓か。イブに勝つためにはもっと強くならないといけない。私も特訓するべきだろう。でも、具体的にどうすればいいかは分からないんだよな。
私の戦闘スタイルは旧世界の本に書かれていた内容をマネしているだけ。見よう見まねのスタイルだ。もっと本を読み込んでみるかな。似たような本はまだまだある。他にも色々技があるかもしれない。
それに強くなるには体を鍛えるだけじゃなくて、武器や防具にも気を遣うべきだろう。
人族は弱いが魔道具や武器、防具で強さを補っていた。イブと戦うなら私もそうするべきなんだろう。魔力付与のスキルを使って、装備を強化することも視野にいれるか。失敗すると壊れてしまうからあまりやりたくはないんだけど、上手くいけば性能を上げることができるからな。
魔界に行くなら宝物庫から何か持ってくるという手もあるな。色々調べて見れば有益な物があるかもしれない。ルキロフの奴が文句言いそうだけど、アイツは管理人であって、所有者じゃないんだから問題ないはずだ。多分。
「フェル様」
急に声を掛けられた。ジョゼフィーヌのようだ。考え事をしていたらいつの間にか庭園についていたのか。
「ジョゼフィーヌか。ちょうどよかった。探していたんだ。他の従魔達もいるか?」
「はい、おります。ここに呼び寄せますか?」
「そうだな。よろしく頼む」
そう言うと、ジョゼフィーヌは皆に念話を送ったようだ。数分で全員が集まった。
「急な集合で悪かったな。まずは礼を言わせてくれ。お前達のおかげでリエルを助け出せた。ありがとう」
多分だが、皆が照れてる。照れ方が独特だけど、まあいいか。種族の違いみたいなものだろう。
ジョゼフィーヌが手を挙げた。なにか発言したいのだろうか。頷くと、ジョゼフィーヌが口を開いた。
「フェル様は大丈夫なのでしょうか? 一ヶ月も眠っておられたので心配しておりました」
皆もその言葉に頷いた。おお、ちゃんと心配してくれたようだ。
「もう大丈夫だ。ちょっと色々あってな。今の体調はいいくらいだ」
大狼が「フン」と鼻で笑った。
「だから言っただろうに。どんなことがあったかは知らんが、フェルが死ぬなんてことはありえんと。ジョゼやエリザなんかはこちらが驚くぐらい狼狽していたぞ? フェルにも見せてやりたかったくらいだ」
「そうなのか?」
ジョゼフィーヌは大狼をちょっと睨んだ後、こちらを真っすぐ見つめた。
「怪我はありませんでしたが、目を覚まさないフェル様を見て、三年前を思い出しました。フェル様をお守りできない自分が情けないです」
ジョゼフィーヌがそう言うと、エリザベートとシャルロットも一緒に三人で項垂れた。
そういえば、大霊峰で大狼から聞いたな。ジョゼフィーヌ達は三年前、私を守れなかったことを悔やんで強くなろうとしているとか。普段の態度からはよく分からないが、一応、主人として認めてくれているのだろうか。
「そうか、悪いことをしたな。だが、安心してくれ。私は死なない。不老不死なんだ」
皆に「何言ってんのコイツ」みたいな顔をされた。ちゃんと説明しておこう。
「私が魔王なのは知っているな? 世界規則により、私は勇者であるセラの攻撃以外で死ぬことはないんだ」
「確かにフェル様は三年前から全く成長していませんが、本当に不老不死なのですか?」
「全く成長していないという言い方にちょっと引っかかるが、その通りだ。三年前から歳も取っていない。これからも取ることは無いだろう」
ざわついている。まあ、そうだよな。
「それが本当なら、私達がフェル様をお守りする必要はないのですね……」
随分とジョゼフィーヌが落ち込んでいる。なんだ? もしかして守りたいのか? 私を?
「えっと、まあ、その通りだな。お前達が勇者よりも強いなら守ってもらうけど、流石にそれは――」
「勇者より強ければいいのですね?」
「え? いや、理論上はそうだけど、勇者よりも強いというのは――」
「強くなります。勇者よりも」
ジョゼフィーヌがそう言うと、マリーを含めたスライムちゃん達が全員頷いた。ちょっと怖いくらいなんだが。
「そ、そうか。私もセラの奴に殺されないくらい強くなるつもりだ。それに私にはイブという敵がいる。まだまだ強くなるつもりだから、お前達も強くなれよ。いざと言う時には助けてもらうからな?」
「もちろんです。確認ですが、セラ、そしてイブと言うのがフェル様の敵なのですね?」
「まあ、そうかな。セラはともかくイブは確実に敵だ」
「畏まりました。その者達よりも強くなるように努力します」
なんだかものすごい決意をした目だ。大丈夫かな。
話題を変えた方がいい気がする。というか、こっちが本題だな。
「それでだな、お前達に頼みたい事がある」
全員に遺跡の捜索をお願いした。
いままでの事情を話し、どこかで眠っておられる魔王様を発見したい、それを皆に依頼したいと頼んだ。さらに遺跡内で発見したアナログ情報なんかも持ってくるようにお願いした。
最初から話したから時間は掛かったけど、話の内容は分かってくれたと思う。
「そういう事でしたら、遺跡を発見する部隊と、遺跡の中を探索する部隊に分けて調査していきます。ただ、時間に関しては――」
「時間はいくら掛かってもいい。そう簡単に見つかる場所にいないと思うから、時間が掛かっても見逃しが無いようにじっくりやってくれ」
イブが先に見つけてしまうという可能性はあるが、アイツも魔王様にウィルスを食らっていたはずだ。どれくらいの効果があったかは知らないが、アドバンテージはこっちにあると思う。
よし、従魔達にお願いすることはこんなものかな。
「フェル様、一つ伺ってもいいでしょうか?」
「なんだ?」
「先程のお話ですが、フェル様はその魔王様と言う方に魔王を譲ったと思っていたのですよね?」
「そうだな。まあ、魔王って譲れないものだったけど」
「フェル様が言った『敬意を払うな』というのは、それが理由ですか?」
うん? あ、そうか。私が勘違いしていたから、そう言ったんだけど、それを魔界の皆は誤解していたことになるな。
「そうだな。私の言ったことをどのように受け取ったのかは知らないが、私はもう魔王じゃないという意味で言った」
「なら、もうフェル様を魔王として敬意を払ってもいいのですか?」
敬意を払うって、あれか? 私が制限を解除した時の接し方だよな? あれをずっとやる気か?
うん、断固阻止だ。
「いや、ダメだ。私に敬意を払うのは制限を解除した時だけにしてくれ。そもそもあの時の状態でもやらないで欲しいくらいだ。なんとなく皆と壁を感じる」
「そうですか……」
なんでジョゼフィーヌは残念そうなのだろうか。あんなの嫌だろう。面倒だし。
「いちいち跪かれて、話をするのも一苦労なのは困る。雑に扱われるのも困るけどな。まあ、今まで通りにしてくれ」
「……畏まりました。努力します」
努力するような事なのか? でも、それくらいやって貰いたい。
大体、私が魔王なのはイブのせいだ。生まれた時から魔王だったわけじゃない。本来敬意を払ってもらうような資格もないんだ。この魔王という力は借りもの。それなのに私が魔王みたいな顔をしていいわけがない。
……そうだ。他の奴に魔王をやってもらうというのはどうだろう。
私にはやらなくてはいけない事がある。それは魔族のためになることでもなく、単なる私情だ。
魔王の役目を果たせないなら魔王を辞めるべきだろう。創造主や管理者が決めた魔王が魔王である必要は無い。魔王とは魔族の王。皆をしっかり導ける奴なら誰でもいいんだからな。
思いつきだけどいい案だ。よし、早速誰かにやって貰おう。
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