思い出
まずは村長のところに行こう。昨日は話を中断してしまったからな。
部屋を出て気づいた。
そもそも、ここはどこなのだろう。聖都なのは分かるが、この家は誰のものなのだろうか。結構豪勢な屋敷だから貴族街の屋敷なんだろうけど。
「もう歩けるのかの?」
背後から声を掛けられた。この声はシアスか?
振り向いて確認すると、シアスと知らない爺さんが立っていた。
「ああ、おかげさんでな。まさかとは思うが、この家はシアスの家なのか?」
「いや、儂ではなく、こやつの屋敷じゃよ。お主達には迷惑を掛けたのでな、せめてもの罪滅ぼしに提供しておるのじゃ。気兼ねなく使ってくれて構わんぞ」
「おい、それは儂のセリフだろう? なんでお前が言うんだ」
シアスの隣にいる爺さんがツッコミを入れている。顔を初めて見るがもしかしてバルトスなのだろうか。
「もしかして、お前、バルトスか?」
「む? そうか、フルフェイスのヘルメットを着けていたから儂の顔は初めてみるのだな。なら、改めて自己紹介しておこう。バルトスだ」
「そうか。魔族のフェルだ。寝床を借してくれて感謝する」
バルトスとシアスは二人とも驚いた顔になった。これはあれか、魔族が礼をしたから驚くというあれ。
バルトスが、一度大きく息を吐きだした。
「お主は変わっているな。儂の知っている魔族とは全く異なる。儂と戦った魔族とも何度か話をしたが、同じような印象を受けた。今の魔族は五十年前の魔族とは異なるのか?」
「五十年前の魔族を知らないから答えられないな。ただ、お前の印象が違うなら、違うんじゃないか?」
「そうか。そういえば当時の魔族はもういないんだったな。お主達の世代では話を聞いているくらいか」
なぜか分からないが、バルトスは寂しそうにしている。どういう感情なのかよく分からないな。ライバルを失ったとか、そういう類の感情なのだろうか。
まあいいか。そんなことを気にしている場合じゃない。村長達がいる部屋に行かないと。
「それじゃ私は用があるんでな。失礼する」
「待ってくれ。お前が起きたと聞いて会いに来たんだ」
「私に用なのか? まあ、急ぎの用ではないから別に構わないが、どんな用なんだ?」
はっきり言って私の方に用はない。色々と言いたいことはあるが、終わったことだ。リエルに頼まれているし、いまさら敵対するつもりはない。村の皆に謝罪してくれればそれで十分だ。
「いや、その、なんだ。言いたい事というのは――」
バルトスは言いづらいのか、さっきから挙動不審だ。隣でシアスが笑いをかみ殺す様にしている。
「早くしてくれ。急ぎではないが私にも用事がある。それに爺さんが挙動不審だと、ちょっと怖いぞ」
「ぐぬ! 分かった。簡単に言うと、お前に礼を言いに来ただけだ」
「礼? なんの?」
「それは色々だ。とくにお主は儂らの記憶を取り戻してくれたのだろう? 魔族に対する恨みが強かったとは言え、女神に唆されて記憶と引き換えに力を得た。当時はそれが正しいと思っておったが、今考えると無謀なことをしたと思っておる」
魔王様がやったことは私がやったことにすり替わっているんだな。なら私もそれに話を合わせないとダメか。
「気にしなくていい。リエルを取り戻すついでにやったことだ」
「そう、か。まあ、ついででも、感謝している。それを知っておいてほしかったのでな」
感謝か。シアスの方を見ると、「もちろん儂もじゃ」と笑顔で言われた。これは使えるかもしれないな。
「感謝しているというなら、魔族に対する態度を今後改めてくれ。過去の事を謝罪するつもりはないし、お前達にも謝って貰うつもりはない。お互い生き残るために戦争になったが、今後はそれもないだろうからな」
「リエルから聞いている。本物の勇者を殺すために魔族は人族を襲っていたそうだな。態度の件は了解した。儂ら年寄りは魔族の事を心から許せることはないだろう。だが、今を生きている者達にそれを引き継ぐのは間違っていると思う」
ずいぶんと簡単に了承したな。その方が助かるけど。
「だが、いつまでも魔族が大人しいかどうかは分からない。こちらとしても対抗手段としての戦力は用意するぞ?」
「それは当然だ」
私がいる限りそんなことはさせないが、個人の暴走という可能性は否定できない。人族にも対抗手段は必要だろう。
そうか、対抗手段か。
「バルトス。人族は弱い。対抗手段が必要だろう。これをやる」
亜空間から聖剣を取り出してバルトスに渡した。
「こ、これは――」
「五十年前の勇者が使っていた聖剣だ。売ればお金になるかと思って持ってきたんだが、どこでも買い取ってくれなくてな。邪魔だから、お前にやる」
「こんな素晴らしい物をいいのか?」
「売れないからな。ただ、それは魔族と人族の友好のために渡したと思ってくれ。もし、それで魔族を殺したなんてことがあったら、今度は跡形もなく潰すぞ」
バルトスは聖剣を見つめてから、亜空間にしまった。
「心得ている。これは魔族が人族を信用して渡してくれたものとして扱わせてもらおう。さっきも言った通り、対抗手段としての戦力を組織として作るつもりだ。この聖剣をその組織の象徴とさせてもらおう」
「組織というのは聖人教じゃないのか?」
「いや、聖人教とは別の組織にするつもりだ。勇者を育成する機関という位置づけだな。聖人教にも武力は必要だが、戦力を集中させるのは良くあるまい」
「勇者を育成する?」
「そうだ。魔族に対抗する戦力であると同時に、魔族と友好な関係を作るための組織だ。魔族と友諠を結ぶなんて勇気が無ければ無理だろう?」
バルトスは笑いながらそう言った。そういう勇者なら、ソドゴラ村にはいっぱいいるけどな。
それはともかく、魔族と良好な関係になろうとしている組織があるならそれは助かる。
「勇者の定義がそうなるならありがたいな。ぜひ頑張ってくれ。さっきの剣が魔族と人族の橋渡し的な物になるなら、願ってもない事だ」
「ああ、儂はもう老い先短いが、立派な次世代の勇者を育てて見せるぞ」
バルトスはやる気になっているようだ。まあ、頑張ってもらいたい。魔族の方も本物の勇者とそれ以外の勇者に関して知っておかないといけないだろう。ちゃんと連絡しておかないとな。
それにしても老い先短い、か。
爺さんとはいえ、その目には活力が漲っている。寿命が近づいているからこそ頑張れるのかもしれない。
なら、私はどうなのだろう。私は今のところ永遠の命を持っている。いつかすべての事をやりつくしたら、怠惰に生きることになるのだろうか。
魔王様を探し、情報を集め、強くなる。これが当面の目標だ。
でも、その後は? 例えば、イブを倒して、セラとも何らかの形で和解、その後は魔王様が目覚めるのを待つことになるだろう。
でも、何をして待つんだ? 百年、二百年なら耐えられるかも知れない。でも、それ以上待つことになったら?
その頃にはもう誰もいない。アビスやセラはいるだろうが、他の皆はいないだろう。
背筋がぞくりとした。
今はいい。皆がいる。でも、いつか私は一人になる。そんな状態で私は魔王様を待ち続けることができるのだろうか。
「どうした? 顔色が悪いぞ? まだ本調子ではないのか?」
「ああ、すまん。ちょっと考え事をな」
いかんいかん。そんな未来の事を考えてどうする。まずはやるべきことをやって、それから考えればいい。
ここは話を変えよう。
「そういえば、オルウスやダグに連絡を取ったか?」
二人は、はにかむように笑った。
そしてシアスが頷く。
「これもお主のおかげじゃな。リエルの嬢ちゃんに言われて連絡を取った。事情を話したら二人には怒られたわい」
「怒られたわりには嬉しそうだな?」
「まあのう。あんな事情があったとしても親友でいてくれたんじゃ。嬉しいに決まっておる。まあ、今度食事を奢ることになったがな。よほど美味い料理ではないと納得してくれそうにないがの」
シアスの言葉にバルトスも頷く。二人とも本当に嬉しそうだ。
「そうか、いつになるか知らないがちゃんと奢ってやれよ」
「もちろんじゃ。それに、空白だった十年分を埋めるくらいの思い出をこれから作って見せるわい。お主もリエルの嬢ちゃんたちと思い出を作っておくんじゃな。若い時期なんてあっという間じゃぞ?」
思い出か。私もリエル達との思い出を作っておけば、一人になった時に耐えられるだろうか。
「そうだな、年長者の助言だ。ありがたく受けておこう」
二人がまた驚いた顔をする。そしてバルトスは笑顔になった。
「やはりお主は変わっているな。人族でも年寄りの言葉なんて聞いてくれんぞ」
「年寄りは話が長いからな。要点だけ言えば、聞いてくれるぞ」
「なるほど。若者の意見として聞いておこう……さて、引き留めて悪かったな。儂らの方の話はこれで終わりだ」
「そうか。なら私は自分の用事に戻る。またな」
バルトスとシアスも「またな」と言って、歩いて来た通路を戻って行った。
色々と思うところはあるが、いい方向へ向かっているなら何の問題もないだろう。是非とも新しい勇者の育成には頑張ってもらいたい。
それと思い出か。そうだな。皆との思い出は未来の私に必要になるはずだ。
そうだ、皆との思い出を本にするというのはどうだろう。
ヴァイアの恋愛物語を本にしようとしたけど、他の皆の分も書くべきだな。リエルとかネタに困らなそうだし。
よし、なんだかやる気が出てきた。ネタを書くメモ帳をたくさん用意しておこう。
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