真の勇者

 

 周囲の空気が重くなっていく感じがする。オリスアが殺気を周囲にまき散らしているのだろう。普通の奴なら動くこともままならないはずだ。


 その証拠に大聖堂前にいる女神教徒達が膝をついた。


 バルトスは膝をついた女神教徒達を確認した後、オリスアを見る。


「素晴らしいぞ! これこそが魔族じゃ! 五十年前、貴様達に恐怖した感情が蘇ってくる! 今こそ、貴様らを屠って見せよう!」


 オリスアは何も答えない。剣を上段に構えたままだ。


 対照的にバルトスは興奮している。ちょっとだけグランドマスターのダグを思い出すな。アイツも魔族の恐怖がどうこうとか言っていた。


 バルトスは腰を落として、前衛姿勢になった。


「『身体ブースト』『虚空領域接続』『疑似未来予知展開』」


 その技は確か管理者のユニが使っていた技じゃないか? 魔王様の方を見ると、魔王様も驚いた顔をされている。


「彼は天使や管理者じゃない。でも、それを使えるということは――体をいじったようだね。彼女が危ない、止めるよ」


 体をいじった? いや、それは後だ。まずはオリスアを助けないと。


「オリスア! 逃げろ!」


 オリスアから反応がない。集中し過ぎだ。くそ、間に合うか!?


 飛び出そうとしたところで、バルトスがすでにオリスアの前にいた。


「死ぬがいい!」


「貴様がな」


 バルトスの剣がオリスアの腹を貫いたと思った瞬間に、オリスアの剣がバルトスを叩き潰した。切ったではない。まさしく叩き潰した。


 オリスアが剣を振り下ろすと同時に、ちょっとした地震と衝撃波が感じられて、オリスアを中心に馬鹿デカいクレーターができた。ゾルデが斧を地面に投げつけた時よりも大きい。


「ぐおおおぉ!」


 バルトス自身も苦しそうだが、鎧も悲鳴を上げている。メキメキと金属が潰れるような音がここまで聞こえてきた。おそらく重力魔法も併用しているのだろう。


「驚いたね。天使並の強さを持っている彼を、あそこまで圧倒できるのか」


 魔王様がオリスアに驚いている。私も驚いた。つまりオリスアは一対一なら天使でも倒せるということか。


 クレーターにいるバルトスがうつぶせのまま、顔だけ横に向けた。ヘルメットで見えないが、おそらくオリスアの方に視線を向けているのだろう。


「き、貴様、化け物か! 弱体化している状態で、未来予知の上を行くとは……!」


「化け物? それはフェル様にこそふさわしい。私など、大したものではない」


 いや、化け物にふさわしいってなんだよ。なんとなく分かるけど、やめてくれ。


 しばらく、重力魔法が効いていたようだが、それが無くなると、オリスアは剣を鞘に戻した。


「命に別状はないだろうが、しばらくは立ち上がれないはずだ。そのまま寝ているがいい」


「儂に情けをかけるという事か?」


「情け? 違う。フェル様の命令だ。お前達、人族を殺さないように言われている。私が殺すことはないが、勝手に自害するなら構わんぞ」


 いや、その通りなんだけど、はっきり言わないで欲しい。自害されると、女神教徒がうるさそうだし。


「オリスア、避けろ!」


 ドレアの声が聞こえたと思った瞬間にオリスアのいた場所が爆発した。


 オリスアは後方へ飛びのいて躱したようだ。一体何があった?


 爆風が収まると、そこにはシアスがいた。もしかして、シアスがやったのか? 今の爆発にバルトスが巻き込まれたようだけど、死んでないよな?


「儂ごと殺す気か!」


「仕方ないじゃろう、ああでもしないと、お主に近づけん。それにほれ、これを飲めば何も変わらん」


 シアスがうつぶせのバルトスをひっくり返して、口元に試験管のようなものを近づけた。バルトスはその試験管に入っている液体を飲んでいるようだ。もしかしてポーションか?


「ふう、やれやれ。死ぬかと思ったぞ」


 バルトスが何事もなく立ち上がった。


 嘘だろ。そんなにすぐに立ち上がれるようなものじゃなかったぞ?


 バルトスはクレーターに落ちている聖剣を拾い、オリスアの方へ剣先を向けた。


「さあ、儂はまだ動ける。続けようか?」


 オリスアは剣の柄に手をかけながら、疑いの目でバルトスを見ている。


「しばらくは動けないほどのダメージを与えたはずだが?」


「なに、女神の涙という回復薬を使っただけだ。まさか、使ってはいけないという話ではないだろう? 儂ら人族は魔族に比べて脆弱だ。あらゆる手を使わなければ、魔族には勝てんからな」


 女神の涙? そういえば、リエルがエリクサーの事をそんな風に呼んでいたか?


 完全に怪我と魔力を回復させる薬だが、それを持っていたのか。まさかとは思うが大量に持ってないよな?


「続けてもいいが、私に勝てる要素はないぞ? 同じことの繰り返しになるだけだ」


「かもしれん。だが、儂の剣がわき腹を少し貫いただろう? 血が止まっておらんようだぞ? 同じことを繰り返したらどうなるか子供でも分かる。それに貴様は儂らを殺せんのだろう? 続けない理由はないということだ」


 オリスアは平気そうにしているが、確かにわき腹から血が出ている。そうか、バルトスの持つ聖剣は怪我の治りを遅くする効果がある。今の状況は、バルトスは完全回復して、オリスアはわき腹に怪我をしているという形だ。


 そんなことを考えていたら、オリスアが笑い出した。


「いいだろう。私が死ぬか、お前達の薬が無くなるか、どちらが早いかの勝負だ。ドレア、手伝え!」


「命令するなと言いたいところだが、まあ、よかろう。儂の拘束から逃げ出せる面白い人族もいるようだからな。実験してやろう」


 どうやら、オリスアもドレアもやる気になってる。でも、怪我が心配だ。無理したら命を落とす可能性もある。ここは私がやるべきだろう。


「待て。ここは私が――」


「僕がやろう」


 魔王様が私を押しのけて前に出た。


「あ、あの、まお――師匠?」


「彼らは半分くらい人族をやめているようだからね。それなら僕の出番だ」


 オリスア達とバルトス達の間に魔王様が入っていく。そしてバルトス達の方を見た。


「何者だ? 次の相手は貴様か?」


「師匠殿。これは我々の戦い。いくらフェル様の師匠といえども、横入りは許されません」


「まあまあ、【ここは僕がやるよ】。任せてくれるよね?」


「師匠殿にそう言われては、しかたありません。お任せします」


 オリスア達は構えを解き、数歩下がった。そして配られていたポーションを飲みだす。


 思考誘導か。普通、魔族に効くものじゃないんだけど、魔王様がやると問題なく効くな。そのままバルトス達にもやってほしいけどそれは無理なのだろうか。


「さて、待たせたね。君達は女神の加護を受けたと言っていた。それはどうやら肉体の改造を指すようだ。代償は記憶かい?」


 バルトス達はあからさまに驚いている。バルトスは機敏に武器を構えた。


「貴様、なぜそれを知っている?」


「女神に騙されたようだね。過去の記憶、家族、友人や恋人などの記憶がないだろう? 彼女は君達から余計な記憶を消し、自分の思い通りに動く人形が欲しかっただけだよ」


「騙された? 違う。儂らは志願した。なにを代償としても魔族を倒せる力が欲しいとな。我々人族はずっと理不尽な力を持つ魔族に怯えていた。家族を殺されたことがあるか? 友人を殺されたことが? 将来を誓い合った恋人が目の前で死んでいくことが、どれだけ辛いと思っている! 魔族を根絶やしにできるならどんな代償でも些細な事だ!」


「そうだね。辛さは分かるよ。でも、それは魔族も一緒だ。勇者という理不尽な力の前に多くの仲間を失っていたからね」


 魔王様の言う通りだ。魔族も勇者が襲ってきたときは理不尽を感じていただろう。なぜあれほど強いのかと。私もセラに対してそう思ってる。


「儂ではない、本物の勇者のことか。くだらん。同じだから許せと? それに魔族を全滅させられない奴など、勇者であるものか。儂が真の勇者になり、魔族を根絶やしにしてくれる! お前達が許されるのはその時だけだ!」


 なんだろう? さっきからバルトスの言動が変わってきたというか、怒り出した? もしかしてオリスアの魔剣「狂喜乱舞」の効果か?


「どうやら、魔族への憎しみを増幅されているようだね。体は戻せないが、余計な事をされた部分は元に戻してあげよう。隣の君もね。ちょっと痛いけど、我慢してくれ」


 魔剣は関係ないようだ。でも、憎しみが増幅されている? セラがおかしくなっていた時と似たようなものか?


 そんなことを考えていたら、珍しく魔王様が構えた。


 殺さないようにするため、次元断とかは使わないのだろう。もしかすると、以前ユニと戦った時のような戦い方をするのかな。あの時は速すぎて良く見えなかったから、今度はしっかり見ておこう。

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